上 下
114 / 280
第五章

110 忘れるわけないのに

しおりを挟む

 薄らと目を開ければ、目を伏せて眠りにつく美しいお顔が見えた。

 俺に腕枕をしている漆黒の髪の美丈夫は、何を隠そう俺の恋人である。

(寝ても覚めても好きな人と一緒にいられるなんて、最高の一日だった……)

 薄い唇にそっと口付けて、にまにまする。

「かっこよすぎないか? 俺の……こ、恋人は」
 
 むふふ、と奇妙な笑いが俺の口から溢れる。

 全国民に自慢したいところだが、エリオット様の立場上、話さないほうが良さそうだ。

 相手が嫌われ者の俺となれば、余計に。

 でも、俺に想いを伝えてくれた皆には話したい。

 それでも協力してくれるかと、聞いてみる必要があるだろう。

「おはよう」
「…………おはようございます」
 
 考え事をしていた俺の額に口付けを送る寝起きのエリオット様は、普段より気怠げで色っぽい。

 至近距離で魅力的なお顔にうっとりと見惚れながら、朝の挨拶を呟く。

 じっと見つめられ、なんだか恥ずかしくなった俺は、腕枕をしてくれている腕に顔を埋めた。

「可愛すぎるな? 私の恋人は」
「っ…………起きていたんですか」
「今起きたばかりだが?」
 
 頬を赤らめて睨む俺の顔中に口付けるエリオット様は、にたりと意地悪そうに笑っている。

 俺は寝たふりをしていたであろうエリオット様から、不機嫌そうに顔を背ける。

(馬鹿みたいな独り言を聞かれていただなんて、恥ずかしすぎるだろう)

 だが、可愛い可愛いと愛でられて、辱められてしまった……。

 居た堪れなくなった俺は、今はまだ夜中だが、明け方にはここを出る為、湯浴みをすることにした。



 俺のお世話をしようとするエリオット様を振り切り、ひとり浴室へ向かう。

 上半身を見下ろせば、所有印が無数に散らばっており、じんわりと体が熱くなった。

「つけすぎなんだよ……」

 ぶっきらぼうに呟いて鏡を見れば、だらしない顔の俺が映っていた。

(ぶ、無愛想な俺は、一体どこへ行ってしまったんだっ!?)

 頭から冷水を浴びて、表情筋を引き締める。

 バシャバシャと三度ほど繰り返して、ようやく普段の俺に戻った、はずだ。



 着替えを終えて部屋に戻れば、既に身なりを整えてソファーに座っていたエリオット様が、なにやら真剣な表情で手紙を読んでいた。

「エリオット様?」
「イヴ、おいで」

 優しく微笑むエリオット様が手招きをし、俺は導かれるまま美丈夫の隣に腰掛けた。

 肩を抱き寄せられ、愛おしいとばかりに俺の頭に頬を寄せるエリオット様の行動は、冷やしたばかりの俺の体を熱くする。

「イヴはこのまま王都に残ることになりそうだ」
「……え?」

 ギルバート様の一件を秘匿するため、俺は第一騎士団ではなく第三騎士団に移籍する予定だったらしいが、その予定が変更されたそうだ。

 一時的にとはいえ、第三に移籍する予定だったことすら初耳である。

 近衛騎士になるか、もしくはバーデン兄弟と共に王宮で医術を学ぶ案も出ていたらしいが、どちらも難しかったようだ。

 なにせ俺は、小さな勇者様を虐める嫌われ者だと思われているからな。

 ジュリアス殿下の毒殺未遂事件の時に、俺に疑いの目を向けていた近衛騎士達に、国王陛下。

 それからアデルバート様の父――アルフォンソ様の冷めた目を思い出して、彼らが反対したことは言われなくてもわかった。

「ギルバートを第三に移籍することになるから、イヴが共にいると支障が出る。あいつの計画は未遂に終わったが、お咎めなしとはいかないだろう。理由は伏せてあるが、国境で待機していた者達の中には何かしら勘付いている者もいるはずだ。特に、御者役を捕縛したロミオは、あれで頭が切れる。ギルバートは第三でしごかれることになるだろう。だからイヴは、しばらく王都で待機だな? まあ、派遣先はすぐに決まるだろう」

 静かに話を聞き終えて、先程まで高揚していた気分が一気に落ち込んだ。

 ギルバート様が罪に問われることはないと思っていたが、そう簡単な事ではないようだ。

 レイドの話によれば、ロミオ副団長は元々ギルバート様のことを警戒していたようだし、今後少しでも不審な動きを見せれば、すぐに陛下に報告されるだろう。

 クラリッサ様の足が動くようになったから、ギルバート様はもう悪巧みをすることはないだろうが、少しだけ心配だ。

「私達は別の地に移動することになるから、しばらくは会えなくなる」
「…………そうですか」
「その間に、イヴが力をつけていることを祈っている。私もガリレオ殿と並ぶ男になれるように努力するつもりだ」

 どこまでも前向きなエリオット様の言葉に、落ち込んでいる場合ではないと、俺も頷いた。

 でも想いが通じ合って、これからもずっと……いや、もっとエリオット様の近くにいることが出来ると思っていた俺は少しだけ泣きそうになっていた。

 涙を堪えて不細工な面になる俺の顔を覗き込んだエリオット様は、なぜか特上の笑顔だ。

「……なんです?」
「イヴは泣き虫だな」
「泣いてませんっ」
 
 人の泣きそうな顔を見てくつくつとご機嫌に笑うエリオット様は、悪魔みたいなお方だ。

 不貞腐れた顔をすれば、余計に笑みが深まる。

「エリオット様って、実は意地が悪い……」
 
 そっぽを向くが、すぐに頬に手を当てられて、視線が交わる。

「誤解だぞ? 私と離れることを寂しがっているイヴが、たまらなく可愛くて笑っただけだ。今までのイヴなら、淡々と受け入れていただろう?」
 
 ……言われてみればそうかもしれない。

 俺は仏頂面のまま頷いた。

「イヴが私を想ってくれていることが伝わってきて、今でも夢のように思う。遠く離れても、私のことを忘れずにいてくれるだろうと、安心もした」
「……忘れるわけないのに。エリオット様は、意外と心配性なんですね?」
「そうかもしれないな? イヴのことに関してだけは、あまり余裕がない。……嫌いになったか?」

 眉を下げて、少しだけ情けないような表情になるエリオット様に、俺はぶんぶんと首を横に振る。

 そうか、と答えて笑顔になるエリオット様に抱き寄せられて、俺は甘えるように肩に顔を乗せた。

「いつも自信に満ち溢れたエリオット様の、ちょっとだけ弱ったところが見れて嬉しいです。弱気な顔も、可愛くて、好き……」

 俺が思っていることを口にすれば、なぜかエリオット様が息を呑んだ。

 パッと体が離れ、まじまじと顔を見つめられてしまう。

(……なにか気に触ることを言ってしまったか?)

 エリオット様にだけは嫌われたくない。

 不安な気持ちが芽生える俺は、エリオット様の顔色を窺いながら、首を傾げた。

「怒ったんですか?」
「いや。やはり、イヴが好きだと、再確認しただけだ」
「っ…………変なの」

 ぼそりと呟いて照れ隠しをしたが、俺は口許が緩むのが止められなかった。

「はあ……。可愛い――。イヴの笑った顔を見ているだけで、癒される」

 漆黒色の瞳に熱っぽく見つめられる。

 可愛いと言われることに慣れない俺は、本心では嬉しいのに、なんでもない素振りをしてしまう。

「っ、大変だ。ローランド国最強の騎士の視力が、弱まっているようです!」
「クククッ……。それなら、もう少し近くで可愛い顔を見せてもらおうか」
「つっ……恥ずかしいことばっかり言わないで下さい!」

 俺を困らせる口を手で塞ぐが、ぺろりと舐めなれてすぐに外れてしまう。

 両手で俺の頬をガッチリとロックした美丈夫は、愛おしそうに目を細める。

 ゆっくりと顔が寄せられ、焦らすように唇を啄まれた。

「んっ……ぁ……エリー……」

 艶やかな息遣いにうっとりとして、されるがままになる。

「――愛してる」
「っ…………俺も、」

 エリオット様にしなだれかかり、温かな舌に絡めとられ、ゆったりとした口付けをし続けた。

 出発予定の時間が刻々と迫り、離れ難くて抱きつく力を強めれば、エリオット様の舌が激しく蠢く。
 
 気持ち良くて目がとろんとしてしまう俺は、もう行かなければならないのに、なかなか離れることが出来なかった。

 でもエリオット様も同じ気持ちだったのか、心配した使用人が呼びに来るまでの間、ひたすら口付けていた――。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。 ※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。 ※2020-01-16より執筆開始。

処理中です...