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第五章

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 朝早くに王宮へと訪れた俺を、キラキラの笑顔で出迎えてくれた第二王子殿下は、自身の自室に案内してくれた。

 金糸の刺繍が映える真っ白なジャケットを羽織るジュリアス殿下は、凛々しくもあるが儚さも感じられる。

 ソファーに座るように促され、緊張している俺は大人しく腰掛ける。

 実は精霊でしたと言われても、納得出来るような美貌の王子様が最高級の紅茶を用意してくれ、俺の隣に腰掛けた。

「イヴ、大変だったね。疲れてない?」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「全然だよ。でも、私に内緒にしてたことには、少しだけ怒ってる」
「申し訳ありませんでした……」
「ふふっ、イヴのことだから、私とギルバートの関係がこじれるかも? なんて思ったんでしょ」

 全てお見通しだったか、と俺は苦笑いしながら頷いた。

「そんなこと気にしなくていいから、今度からは私に話してね? ランドルフにだけ心を許してるみたいで、嫉妬しちゃった」

 戯けたように話しているが、ジュリアス殿下の目が笑っていないように見えるのは、俺の気のせいだろうか……。

「キス三回で許すよ」
「っ……」

 優しい声色なのだが、有無を言わせぬ態度である。

(……本気で嫉妬していたのか……?)

 傷付けてしまったか、と俺が反省していると、嬉しそうな笑みを浮かべたジュリアス殿下が、話を変えた。

「ギルバートのことなんだけど。私もあいつの妹のことに関しては、気がかりだったんだ。だからこれを機に、ローランド国に移住してもらおうと考えている」
 
 ジュリアス殿下の話によると、ギルバート様の母親は平民の女性だったそうだ。

 国王陛下からの愛を一身に受けていたが、後ろ盾がない。

 王妃様や他三人の側妃にも疎まれて、肩身の狭い思いをしていたそうだ。

 そして五年前に風邪をこじらせてこの世を去り、暗殺されたのではないかと噂されたが、真相はわからなかった。

 残されたギルバート様は、平民の血が流れる者として邪険に扱われていたが、剣の腕がある為、まだマシな対応を受けていた。

 だが、障害のある王女様には何の価値もないと、離れの塔に幽閉されていたそうだ。

「クラリッサは、亡くなられた母君によく似ているから、余計に疎ましく思われていたんだと思う」
「そうだったんですか……。でも、父親はなぜ何もしなかったんですか? 愛する人の子供なら、大切にしたいはずなのに……」
「うん。私の予想でしかないけど、国王陛下は愛する人が暗殺された可能性があると疑っているんだと思う。だから、クラリッサもそうなるかもしれないからと、あえて黙認しているのだと思う。離れることで、愛する人との子を守っているんじゃないかな?」

 なるほど、と頷いたが、ギルバート様とクラリッサ様のことを思えば、胸が苦しくなった。

 そんな俺の手に、白く美しい手が重なった。

「だからね。二人を除籍させて、ローランド国で迎えたいと思ってる。妃達は賛成するだろうし、国王陛下も安心するだろうから、きっと了承してくれると思う。まあ、それでも本当のことはわからないし、二人の気持ちも考えたら、ちょっとだけ意地悪しちゃおうかな? とも思ってるよ」

 首を傾げる俺に、ジュリアス殿下はぞっとするような笑みを浮かべていた。

 だが、ギルバート様を罪に問わないでくれるならそれでいい、と俺は微笑んだ。

「あと、出来ればエヴァ……じゃなくて、タチアナさんのことも許してあげて欲しいです。クラリッサ様の侍女にしてあげたいんです……」
「うん、いいよ」
「っ、本当ですか?!」
「ふふっ。その代わり、イヴは私に何をしてくれるの?」
「なんでもします。俺に出来ることなら――」

 うっそりと笑みを浮かべたジュリアス殿下は、「言ったね?」と言いながら、綺麗な顔を寄せた。

(……早まってしまったかもしれない)

 瞳が爛々と輝いているが、悪巧みをしているような顔つきだ。

「恋人になって?」
「っ…………それは、」
「ふふっ、お試しでいいから。ね?」

 ジュリアス殿下が、口付けを強請るように身を乗り出す。

 すんと無表情になった俺は、拒否するようにジュリアス殿下の口を手で塞いでいた。

「お試しだなんて嫌です。終わりを告げたときに、ジュリアス殿下のことを傷付けることになりますから」
「っ、」

 息を呑んだジュリアス殿下は、僅かに浮いていた腰を下ろした。

「はあ……イヴ、好きだよ。終わりなんて告げなければいいんじゃないかな?」

 こてりと首を傾げ、美しい笑みを浮かべるジュリアス殿下だが、俺の胸は苦しくなった。

 もしそんなことをすれば、俺が味わった虚しい気持ちを、ジュリアス殿下にもさせてしまうとわかるからだ。

「――俺は、ジュリアスを、傷つけたくない」
「嗚呼……イヴ、そんな顔しないで? 私はどれだけ傷ついたってかまわないよ。イヴが傍に居てくれるのなら、それだけで幸せなんだよ。例えイヴの心が、別の人にあったとしても――」
 
 その言葉に、俺が僅かに目を見張ると、力の抜けた手を優しく繋がれた。

「可哀想だとか思わないでね? その期間に、イヴを振り向かせる気満々だから。もしそれでもイヴが私を拒絶するなら……」


 『その時は、自分が納得いくまで頑張って、最後は潔く諦める』


 そう締め括ったジュリアス殿下は、俺の手の甲をそっと撫でた。

「私の好きな人の受け売りなんだけどね?」
 
 一途に俺を想い続けてくれるジュリアス殿下の言葉は、俺の胸に刺さってしまう。

 中途半端なことだけはしたくないし、恋人になるなら、同じ気持ちになってからの方がいいと思う。

 今までの俺は、気付かないうちに、何度もジュリアス殿下を傷付けてきたのだから――。

 エリオット様の顔を思い出すが、もう俺は破門だろう。

 ギルバート様やエヴァさんのことを許してくれるのだから、ここはジュリアス殿下の希望に応えるべきかと思った、が……。

「そういえば、陛下は俺を呼び出したりしていませんけど……」
「大丈夫。私が阻止したからね」
「っ、どうやって……」
「ふふっ、秘密。でも、安心して?」

 友人同士がするように抱きしめられ、優しく背を撫でられる。

(あのエリオット様を止めただなんて、この男は一体、何をしたんだ……)

 これ以上話してはくれなそうだから聞けないが、公務で忙しい中、俺の為に動いてくれる親友を、俺は抱きしめ返した。

「期間はどれくらいにしますか?」
「っ、嬉しいっ!! 最低でも十年!!」
「長っ。それもう、絶対恋人になってますよ……」
「ふふっ、うん。だから」
「…………ジュリアスは完璧なのに、趣味が悪い」
 
 百合のような香りに包まれる俺が溜息を吐くと、くすくすと笑われる。

「趣味だけはいいと自負してる。イヴは魅力的だよ、癒しの聖女でなくてもね」
 
 耳元で囁かれて、ドキリと心臓が跳ねる。

 癒しの聖女や勇者の息子という肩書がなくても、俺自身を好きでいてくれるジュリアス殿下の言葉に胸を打たれた。

「ん……じゃあ、一週間」
「九年半」
「……二週間」
「九年」
「三週間?」
「八年半」
「……全然譲歩してくれない」

 顔を見合わせてくつくつと笑い、自然と唇が重なっていた――。

 唇を啄まれて、温かな舌を迎え入れていると、ソファーに押し倒される。

 上着に手をかけられて、ハッとした俺は慌ててその手を掴んでいた。

「ちょ、ちょっと待って。もしかして……す、するのか?」
「うん。だって恋人だから」
「……えっ、想定外だ」
 
 目を丸くしたジュリアス殿下が起き上がり、俺も座らせてくれる。

 そして一冊の書物を用意して、手渡された。

「前に言ったよね? 私はイヴと愛のあるセックスがしたいって。これを読むと、イヴは義務として私と交わろうとすると思う。だから先に恋人になって欲しいってお願いしたんだよ。イヴの心を守りたかったから……」

 一人で読みたいだろうからと、ジュリアス殿下は仕事を片付けてくると、席を外した。

 古い表紙を捲れば、癒しの聖女様について書かれた写本だった――。



















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