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第四章

90 生きる希望のために タチアナ

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 主人である第五王子殿下の指示のもと、私はクラリッサ王女と精鋭達と共に、母国であるアルベニアを離れ、ローランド王国を訪れていた――。

 入国の際にはあれこれ策を練っていたのだが、魔物の被害に逃げ惑う人々に紛れ、すんなりとローランド王国に入国出来たのは、幸運だったとしか言いようがない。

 それに、アルベニア王国はローランド王国に比べれば、然程魔物の被害に遭っていない為、入国する者はほとんどいなかった。

 門番には、ローランド王国にいる親戚の身を案じて訪れたと話せば、逆に同情されてしまった。

 儚げなクラリッサ王女と、偽りの涙を流す私を見て、本当に旅人だと思われているようだった。

(男は、女の涙に弱いちょろい生き物だ)

 ターゲットとなるエリオット・ロズウェル騎士団長はどんな人物なのだろうか。

 一筋縄ではいかない相手だとわかってはいるが、最終的には女の武器を使えばイチコロだろう。

 でも今回の任務は、相手を落とさなくても良いのだから、簡単だ。

「タチアナ、無理しないでね」
「はい。必ずや癒しの聖女様を連れて来ます。そして、共に草原を走り回りましょう」
「ふふっ、そんな夢見たいな日が来るといいわね……」

 馬車に流れ込む新鮮な空気を吸い、黄を帯びた鮮やかな赤色のふんわりとした髪を靡かせる美少女は、遠くを見つめていた。

 生まれつき足が不自由な為、今回が初めての旅になる王女様は、不安と喜びが混じったような溜息を漏らす。

 私の主人はギルバート第五王子殿下だが、敵に己の体を使って情報を吐かせる私の仕事を辞めさせたいと願い、侍女になるようにと進言して下さったクラリッサ様こそが私の生きる希望だ――。

 平民の私が王女様の侍女になることなど出来やしないが、その気持ちが嬉しかった。

 障害を抱える王女を政略の駒に使えないからと、王国では蔑ろにされているクラリッサ様を、微力ながらも幸せにしたい。

 今までの任務の中で一番気合が入っている私は、今日からエヴァと名乗り、鍵となるイヴ・セオフィロスの情報を頭に叩き込んでいた――。



 第四騎士団のもとに向かう途中、初めての遠出にクラリッサ王女が体調を崩し、近くの宿屋で休養することとなった。

足手纏いになってしまったわ……」
「いえ。そもそも、魔物がいる場所に行くこと自体が無謀だったのです。クラリッサ様が訪れるような場所ではありません」
「ふふっ、そうね。丸呑みにされちゃうわ?」
 
 寝台で安静にしている王女様が、高く可愛らしい声で話す。

 わざと元気な素振りを見せているクラリッサ様を見ているだけで、胸が痛くなる。

 気を落とさないで欲しいと、私は細い手を握った。

「初めての旅先は、魔物の巣窟ではなく、お花畑に行きましょう。その方が、クラリッサ様にお似合いですもの。今回体調が悪くなったのも、神様がそう願ってのことだと思います」
「っ、タチアナ……ありがとうっ。大好きよ」
「はい、私もです」

 この世で唯一、私の身を案じてくれる王女様と熱い抱擁を交わす。

 クラリッサ様を護衛達に任せ、御者役の仲間を一人だけ連れた私は、さっそく第四騎士団のもとへ向かった――。

 彼らがちょうど苦戦している頃合いに出て行き、騎士達を庇って魔物と戦った。

 情報通り小型の魔物ばかりで相手にならないが、数が多く、斬っても斬っても後をたたない。

 ひと段落してから第四騎士団のグリフィン団長に挨拶をし、予め決められていた設定の話をした。

 私が女性だということもあり、泊まる所がないのならと、村人達の家を貸してくれることとなった。

 それから討伐を手助けし、怪我人の応急処置を施すことで、あっという間に信頼を得る。

 あまりに順調で、不安になることすらあったが、魔物との戦いで疲弊している彼らからは、私が女神のように見えているらしい。

 目が節穴だが、状況が状況なため、致し方ないだろうし、私にとっては好都合だった――。

 
 そうして、ターゲットとなるエリオット・ロズウェルが率いる、第一騎士団が現れた。

 
 我が国との戦闘力の差に唖然とし、特に団長の力量が計り知れない。

 下手したら殺されることになるだろうと、気を引き締めることになった。

 そんな漆黒の髪の美丈夫の顔を見て、これは強敵だろうなと納得した。

 やたら強いは、オーラはあるは、男女共にモテそうだし、相手に困らないだろう。

 話せば真面目すぎる人物で、一筋縄ではいかないことが手に取るようにわかる。

 だが、鍵となるイヴ・セオフィロスを見つめる瞳が、とにかく甘すぎる。

 一目で、相手の弱みがわかったことだけは成果と言えるだろうが、それは第五王子殿下もわかっていることだ。

 それから私は、エリオット・ロズウェルと友人のような関係性を築くことに専念する。


 そして一番は、イヴ・セオフィロスの観察だ。 


 情報通りの無表情だが、私のタイプの顔立ちで、歳下だけどしっかりしているし、すごく優しい。

 黄金色の瞳は、他の男が私を見るような下品な目をしていない。

 嘘の設定である妹のことを心配してくれ、私のことも気遣ってくれるし、何かあったら力になるとまで話してくれる。

 皆最初はそう言ってくれるけど、今はここにずっといて欲しいと話してくる中、彼だけは違う。

 セオフィロスの性を使用出来る存在ではないと話していたのに、その名を使ってまで、私の力になろうとしてくれる。

 距離を縮める為に、朝は彼を待ち伏せして二人で散歩していたが、いつのまにか朝が待ち遠しくなっている自分がいた――。

 彼が無関係だったら良かったのにと、何度思ったことだろう。


 しかし、無情にも、彼は私が探していた人物だった――。


 ……いや、正確に言えば、第五王子殿下だ。

 私はクラリッサ様の足が治ればそれでいいが、ギルバート殿下の考えは違う。

 彼をアルベニアに連れ帰りたいのだ。

 クラリッサ様の置かれている状況に憤慨していることはわかってはいるし、もちろん私もその気持ちは理解している。

 でも、イヴ・セオフィロスはローランド王国を愛しているし、なによりエリオット・ロズウェルとは多分相思相愛だと思う。

 二人の仲を引き裂きたくはないのに、ギルバート殿下の画策通りの噂が流れてしまう。

 否定したくても、殿下が私の行動に目を光らせている為、下手に動くことは出来なかった――。

 












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