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第三章
75 苦行……?
しおりを挟むバンデッド兄弟と秘密を共有してから、夕食後はアレンくんと四人で集まることが多くなった。
俺の想いが強ければ、治癒の力も強くなることを話したからか、前回の治癒で感動したグレンが、俺の傍を離れなくなってしまった。
常に重傷患者専用のテントの前で護衛をしており、何人たりとも通さない鉄壁の男と化している。
危険地帯の魔物も少なくなりつつあるようで、以前ほど重傷患者が運ばれて来ることもなくなったのだが、おかげで俺は安心して祈りに専念できるようになっていた。
頼しすぎるグレンには最初から秘密を話しておけば良かったのかも、と思ったりもしている。
ちなみにレイドは、ギルバート様と仲良くなったらしく、常に行動を共にしていた。
「屑バート」と呼んでいるのを聞いた時には肝が冷えたが、うまくやっているようだ。
◇
そして現在、秘密を共有する四人で和気藹々とお手製のカードゲーム中だ。
罰ゲームもあるため、テント内は白熱している。
「ハイッ! イヴ様が副団長に、キッス♡♡」
勝者となったアレンくんが、自分で言って「きゃあ♡」と恥じらう。
仕草は可愛いのだが、無理難題を要求し始めた。
「ちょ、アレンくんっ! さすがにゴッド副団長にそんなことは……」
「ゴホンッ、ではイヴくん」
「へっ……?」
ゴッド副団長が乗り気なのは、金色の光が見たいが為である。
しかも、二人バンデッドがいるとややこしいからと、名前呼びを強要されている。
ほらほら、と指先で手の甲をトントンと差す大柄の上官に、指示を出されてしまう。
優しい性格のゴッド副団長は、実は強引な男だった……。
「今日は怪我をしていませんよね?」
「安心してください、イヴ様。私がゴッドに傷をつけます」
「いやいや、やめて?」
どこからともなく短剣を取り出した真顔のグレンが、副団長の腕に切り傷をつけようとする。
悪ノリが過ぎる彫りの深いイケメン兄弟に、俺はたじたじである。
「イヴくんって本当に癒しだよね~。無愛想な顔してるけど、作り物だし、実際はすごく優しくて良い子なんだもん」
急に俺を褒めて持ち上げるゴッド副団長は、背後から抱きついてくる。
……というより、力が強くて羽交い締めにされていると言った方が正確かもしれない。
「ギブギブッ、死にますっ!」
「諦めてキスね?」
太い腕を首に巻きつける俺は、溜息を吐く。
癒しの聖女であることを秘匿してくれているわけだから、願いを聞かないわけにはいかない。
それに、副団長はさりげなく俺の体調も気遣ってくれているので、バンデッド兄弟には感謝してもしきれない。
観念した俺が口付けようとすると、春の生温い風がテント内に吹き込んだ。
「ゴッド……」
「ヒィッ!!」
団長を尊敬しているはずなのに、なぜか心底怯える副団長は、情けない声を出して後退った。
珍しく不機嫌なエリオット様は、苛立ちを隠すことなく近付いてくる。
「なんのつもりだ」
「い、いや、あの、ゲームでっ」
「ほう?」
「調子に乗ってすみませんでしたあッ!!」
直様謝罪した副団長は、ピューンと風の如くテントから逃げ出した。
瞬発力がえげつない。
感心していると、鋭い視線が俺にも突き刺さる。
…………なぜだ。
「怪我の具合を確かめる」
謎の発言をしたエリオット様に、俺は無理矢理腕を取られる。
助けを求めてグレンを見たが、既にアレンくんとゲームを始めており、俺を見ようともしない。
薄情者め、と心の中で吐き捨てた――。
◇
エリオット様のテントまで引き摺られて行き、中に入れば、腕組みをする美丈夫に見下ろされた。
「一週間は安静にしろと言ったはずだが」
「……あ、安静にしていました」
「ほう? ゴッドとじゃれ合っていたように見えたが?」
「え、ええ……」
理由を言えない為、しどろもどろになりながらも肯定すれば、エリオット様の眉間の皺が深くなる。
そして急に、寝台の上に四つん這いになれ、と指示を出された。
訳がわからない俺は、ぽかんと口が開いてしまう。
「傷が出来ていないか見る。もし傷があるなら、薬を塗らないとな」
「っ、大丈夫です。ピンピンしてます」
確かに最初は違和感はあったが、今は平気だし、さすがに恥ずかし過ぎるだろう。
いじめかと思ったが、本当に心配してくれているようで、机には白色の薬らしきものが入った瓶も用意されていた。
初体験から五日経っていたが、俺を気遣ってくれていることが伝わって来て、嬉しくなった。
自然と頬が緩むが、エリオット様は怪訝な顔だ。
「気を遣ってくれてありがとうございます。本当に大丈夫です。その……エリーが、優しくしてくれたので……」
頬が熱くなるが、俺が感謝の気持ちを伝えると、エリオット様の薄い唇からは深い溜息が溢れた。
組んでいた腕を解いたエリオット様が、優しく俺を抱きしめる。
「全く……。イヴには敵わないな」
「え? どういうことです?」
「いや。イヴが可愛いな、と言っただけだ」
「…………全然違う気がする」
優しい雰囲気に変わったエリオット様にしがみつくと、爽やかな香りに包まれた。
今日は一緒に寝ようと話し、エリオット様の寝巻きを貸してもらうことになっていた――。
黒地の上下に分かれた寝巻きは、俺には若干大きくて、手足の長さの違いに惨めな気持ちになったのは言うまでもない。
どんよりとする俺に対して、なぜか喜色を滲ませる瞳の美丈夫は、せっせと袖を捲ってくれる。
今日はお泊まり会みたいなものだな、と思いながら寝台に寝転び、密着して話をする。
ゴッド副団長の話になると、無言になるエリオット様だったが、以前俺が勘違いをしてエリオット様を傷つけてしまった時に、いろいろとアドバイスをしてくれたことを話した。
それから仲良くなったと伝えると、納得したように頷いてくれた。
そういえば、あの時はお礼を言っていなかったことを思い出し、感謝の言葉を伝えた。
「本当なら、あいつらを葬りたかったが……」
「その気持ちが嬉しいです。ありがとうございます」
お礼を述べれば、ぐっと抱き寄せられる。
繋がった夜を思い出して、真剣な話をしている俺の息子が反応してしまい、居た堪れない。
今日は口付けもしないのかと見つめるが、おやすみと囁いた唇は、そっと額に触れる。
目を伏せた美しい顔を眺めて、俺も目を閉じようと思った、が……唇に口付けた。
ゆっくりと瞼が持ち上がり、無言で見つめ合う。
いつもなら唇を啄まれるのだが、エリオット様は微動だにしなかった。
(もしかして、そういう気分じゃなかったのだろうか……?)
秘密の関係は、エリオット様からのお誘いに乗る形だったし、俺から誘うのはおかしいよな?
自慰なんてほとんどしたことがないのに、ここ最近の俺の息子は元気すぎて、エリオット様に抱きしめられるだけで反応してしまう。
最後までしなくても、もう少し触れ合いたいなと思って、口を開いた。
「キスしたい……」
ピクリと眉が動き、『苦行だ』と呟かれた。
……苦行。
俺と口付けることは、エリオット様にとっては苦痛を伴う行為だったのか。
数えきれないほど口付けてきたことを思い出し、俺は大打撃を受けていた――。
胸が苦しくて仕方がない。
エリオット様の顔を見ていられなくなった俺は、勢い良く起き上がった。
「すみません、立場をわきまえていたはずなのに。俺、自分のテントに戻ります」
「……立場?」
寝台から飛び降りて寝巻きのボタンを外していると、背後から抱きしめられた。
顎を掬われて、優しく口付けられる。
「んっ!?」
驚いてされるがままになっていると、俺の肩に端正なお顔が埋もれる。
漆黒の柔らかな髪が首元に当たって擽ったい。
「本当は、あの日以降も、イヴを抱きたかった」
ドキリと心臓が跳ね、くぐもるような声で話すエリオット様は、顔を伏せたままだ。
「だが、なによりイヴの体が心配だった。それなのに、今口付けたら……自分を止められるかわからない」
「っ、エリオット様……」
「はあ……かっこ悪いな。言いたくなかったが、イヴが誤解していそうだったから……」
弱気な発言を聞いたのは、初めてだ。
全然かっこ悪いとは思わないし、むしろ俺はすごく嬉しかった。
にまにましながら黙っていると「一週間と自分から言ったのに、それを撤回することも出来ないし」と、ぽつりぽつりと話し続けるエリオット様が、たまらなく可愛い……。
俺は大丈夫だと言ってるし、我慢せずに誘ってくれて良いのに。
でも一度決めたことは曲げない、真っ直ぐな性格なのが、エリオット様の良いところだ。
拒絶されたわけじゃないのならと、俺は背後から抱きついている腕を外して、机の小瓶を手に取る。
ゆるりと振り返れば、エリオット様はなぜか傷付いたような表情だった。
「傷、出来てるかも……」
ぼそっと告げた俺は、薬の入った小瓶を差し出す。
愕然としている美丈夫は、一ミリも動かなくなってしまった。
恥ずかしすぎるから早く受け取ってくれと、俺は小瓶をエリオット様の胸元に押し付ける。
「エ、エリーの、大きいしっ!」
遠回しに俺からお誘いしたが、なんでこんなことを叫ばなければならないんだ! と、ヤケクソになっている。
ようやく受け取ってくれたことにほっとしたが、再度「四つん這いに……」と言われ、俺は誘っておいて、全力で拒否していた。
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