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第二章

48 師匠に怒鳴り散らす

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 第一騎士団に入隊予定のエリート組の生徒たちの話を聞いたエリオット様に、真偽を問われる。

 全く疑う素振りのないエリオット様は、俺が馬鹿なことをしていないと信じてくれている。

 だから俺は、淡々と報告するまでだ。

「売り物にならないフィグを購入しました。残りのフィグも獣の餌にすると話したことは事実です」
「っ、あ、あのなぁ~。そんな言い方すると、誤解されるに決まってるだろぉ? だから友人がいないんじゃないのかぁ?」
「…………余計なお世話です。友人は人数が多ければ良いというわけではありません。信頼出来る友人が一人でもいれば、俺はそれで充分です」
「あー、それは正論だけどよぉ?」

 ようやく正気に戻ったタリーズさんは、俺の肩に手を置いて、残念な子を見るような目で見つめてくる。

 勘違いをしているエリート組の生徒たちに、タリーズさんが事の経緯を話せば、皆がばつの悪そうな顔をしていた――。

「だから。生活出来ないって嘆いた俺の為に、売り物にならないフィグを纏めて購入してくれたんだ。しかも、正規の値段でな? 仏頂面だが天使のような心の持ちぬ、イテッ!!」
「天使ではなく悪魔では?」
「そ、そうだった。悪魔のような兄ちゃんだ! って、それはそれでおかしいだろぉが!」

 俺の胸元を叩くタリーズさんが、一人でノリツッコミをする。

 真剣な話し合いの場だったが、俺は堪えきれずにぷっと吹き出していた。

「そういう事ですので――」

 話を締め括った俺は、満面の笑みのタリーズさんに引っ張られて、にこりと笑う。

 すると、俺を貶していたエリート組の生徒たちが、皆一様に頬を赤らめていた。

「どうしたんです?」
「……いや、なんでもないぞ。気にするな」

 真剣な表情のエリオット様が、俺を隠すように立ち塞がる。

 そして、エリート組の面々に向き直った。

「イヴは誤解されやすいが、真面目な子だ。特に、セオドアとは噂のような関係ではない。私が話したところで信じられないかもしれないが……。セオドアの前で、イヴの悪口は言わない方が懸命だ。死にたくなければな? 私の力不足で、全員の命の保証は出来ない」

 真剣な声色のエリオット様は、俺を守る発言をしてくれたのだが、なぜか違和感を感じた。

「力不足……?」
「ああ……。イヴが気にすることじゃない」

 首を傾げる俺の頭をわしゃわしゃと撫でたエリオット様は、呆然とするエリート組の生徒たちを連れて離れていった。

 ……どういうことだ?

 エリオット様が、力不足だと弱気な発言をする意味がわからない。

 熟考していると、タリーズさんが慰めるように俺の肩を叩いた。

「やっぱり、残念な子だったんだな」
「失礼ですね?」
「まあ、俺にとっては、天使様には違いねぇ!」
「……そろそろお仕置きが必要なようですね?」
「ヒィィーーッ!」

 いちいち反応が大きいタリーズさんを揶揄いつつ、エリオット様のことを眺める。

 的確に指示を出してはいるが、やはりいつもの覇気がない気がする。

「兄ちゃんはそのままで良いと思うぞ? 俺の場合は、すぐに良い奴だってわかったが。心無い奴も多いからなあ……」
「ありがとうございます。俺も無理にわかってもらおうとは思っていませんので……」
「不憫だねぇ」
「いえ。セオドアが笑って過ごせるなら、俺は別に嫌われ者でも構いませんので」
「……泣ける、泣けるぜぇッ!」

 オメオメと泣いたフリをするタリーズさんに、俺は冷めた目を向ける。

「そういうことろだぞ?! もっとニコニコしたらどうだ?!」
「気持ち悪いだけでしょう」
「……はあ、やっぱり残念――ッ」
 
 再度ぐしゃりとフィグを握り潰す。

 慌てて逃げ出すタリーズさんの足取りは、最初に会った時より随分と軽やかだ。
 
 がっしりとした背を見つめてこっそりと笑う。

「元気になって良かったです」
「…………イヴくんって、やっぱり良い子」

 俺の独り言に返事が返ってきて振り返れば、第一騎士団副団長様──ゴッド・バンデッド様が、濃紺色の瞳を潤わせていた。

 だが、俺と目が合うと一目散に逃げて行った。

「俺は、魔物か何かなのか?」

 逞しい背中を丸めて全力疾走する副団長様を見つめて呟くが、今度こそ独り言になった――。

 

 果樹園からの帰り道。

 エリオット様と話したいと思っていた俺は、逆にエリオット様の方から、夕飯を一緒にどうだと声を掛けてていただいた。

 エリオット様の別邸に行こうと告げられて、二人きりで話がしたいのだろうと察する。

 豪華な料理に舌鼓を打ち、食事を終えた現在。

 みんなの憧れの第一騎士団団長様が、雑魚の前で土下座をしていた――。

「本当にすまなかった。イヴの気持ちも考えず、私は、イヴを守ることが出来るのは自分だけだと……勝手に思い込んでいた」
「っ、ちょ、ちょっと、やめてください! エリオット様っ!」

 慌てふためく俺は、頭を下げ続けるエリオット様の腕を引っ張るが、力が強すぎて微動だにしない。

「エリオット様! 座って話をしましょう! なぜ謝罪しているのか、理由がこれっぽっちもわかりませんっ!」
 
 絶叫するように声を荒げていると、顔を上げたエリオット様は、今にも泣き出しそうな表情だった。

 ……俺が、泣かせたのか?

 状況が理解出来ず、とにかくソファーに誘導して無理矢理座らせる。

 俺も隣に腰掛けて話を聞こうとすると、エリオット様は憂い顔で深い溜息を吐く。

 悩ましい顔もまた美しくて見惚れてしまうが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「エリオット様、なにがあったんです?」
 
 極めて冷静に問いかけると、黒曜石のような美しい瞳が怪訝な顔の俺を映す。
 
「イヴを、第四に移籍させる」
 
 なぜ急にそんなことを言い出すのかと絶句する俺に、エリオット様はなにを勘違いしたのか自嘲気味に笑った。

「イヴの希望通りだろう?」
「…………前まではそうでしたけど、今は第一で頑張ろうと思っています」
「それは、本心か? 私に気を遣っているのなら、気にしなくても良い」

 全てわかっている、と語るエリオット様に、俺は怒りの感情が込み上げてきた。

 エリオット様の為にも、足手纏いにならないように稽古にも力を入れてきた。

 俺を見捨てたわけではないと思うが、アデルバート様とアレン君の手助けもあって、俺は第一でやっていこうと決意していたんだ。

 でもエリオット様から見たら、俺は嫌々第一騎士団で稽古をしていたように見えていたのだろうか。

 必ず守ると言ってくれたのに、第四に移籍させると、まるで俺の意思を汲んだかのように話されて、自分の感情を抑えきれなくなってしまった。

「エリオット様の足手纏いにならないよう、自分なりに努力はしてきたつもりです。それが結果に出ずとも、エリオット様がいてくれたから、今の俺がいるんです。それなのに、なんで今更そんなことを言うんです?! もう、面倒が見切れないなら、さっさと切り捨てれば良いじゃないですかっ! なんでそんな傷付いた顔をしているのかさっぱりわかりませんっ! 泣きたいのは俺の方だっ!」

 元気付けたいと思っていたのに、エリオット様に怒鳴り散らした俺は、涙を堪えながら立ち上がる。

 これ以上情けない姿を見せたくなくて、部屋を出て行こうとすると、急に背後から抱きしめられた。

「イヴ、すまない。傷付けるつもりじゃなかった。ただ……イヴが救護班でうまくいっていないことを薄々感じ取っていたのに、何も出来なかった自分が許せなかったんだ……」

 悲壮感漂うエリオット様の言葉に振り返った俺は、睨みつけるように見上げる。

「それはエリオット様の責任ではありません。全て俺の態度が原因です」
「だが、私が――」
「エリオット様に原因があるとすれば、無駄に顔が良すぎることだけですね?」

 そう言って高い鼻を摘んでやると、きょとんとした顔の美丈夫は、目を瞬かせる。

「エリオット様がもっと不細工で、俺より激弱の雑魚だったら良かったのに……」
「…………すまない?」
「本当に悪いと思ってます?」

 鼻声で話すエリオット様が面白くて、真剣な話をしているのに、口許がひくりと動いてしまう。

「俺の気持ちを勝手に決めつけないでください。誰になんと言われても、俺は雑魚なりに、エリオット様に近づこうと努力しているところなんです。その気持ちは幼い頃から変わりません」
「イヴ……」
「必ず守ると言ってくれたのに。エリオット様は嘘つきだったんですね? 初めて知りました」

 腕組みしてツンとした態度を取ると、鼻で笑ったエリオット様は、ずいっと麗しい顔を近付ける。

「迷惑でなければこれからも私がイヴを必ず守る。だから機嫌を直してくれ」

 目元を和らげたエリオット様は、恋人に語りかけるように甘い声で告げる。

 性格も顔も最上級なんだから、何をされても許してしまう。

 そんなことを考えながら、俺は無愛想な面のまま頷くのだった――。

















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