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第二章

38 運命の相手 アデルバート

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 私の想い人の舌の上には、癒しの聖女の紋章が浮かび上がっていた――。

 先祖様の日記に描かれていた、お世辞にも美人とは言えない女神様の似顔絵を見て育った私は、あまりにも美しすぎる紋章に目を奪われた。

『俺たち……もしかしたら、八百年前の癒しの聖女様と、アデルの先祖様の生まれ変わりだったりして……』

 目尻の涙を光らせて、優しく微笑むイヴ・セオフィロス。

 彼こそが、本物の女神様に見えた。

 その神々しい姿をいつまでも見ていたいのに、ぶわりと涙が溢れて何も見えなくなっていた――。



 イヴに見せた先祖様の日記は、まだ見せられる内容のものだった。

 真実はもっと残酷で、王家の人間が癒しの聖女様の想い人が私の先祖様と知り、敢えて殺さずに人質にとった。

 その後の癒しの聖女様は、命が尽きるその日まで、先祖様と会うことは許されず、ただひたすら子を産み続けた。

 癒しの聖女様が従順になり、数年後に先祖様が処刑されたとも知らずに……。

 もちろん、我がバーデン家は、王家の人間を恨んでいる。

 でも、癒しの聖女様が息を引き取る際に渡された手紙を読んで、皆は恨み続けることをやめた。

『全ては癒しの聖女になってしまい、紋章を授かる子を身籠ることが出来なかった自分の責任だ。だから誰のことも恨まないで欲しい。恨むなら私を』と書かれていた。

 そして、先祖様──アンドリューを愛してしまった私を許して欲しい、と。

 涙で濡れる羊皮紙は、何度も書き直した痕があり、偽りの文章ではないことが判断出来た。

 

 二人のことは隠蔽されたけど、我が家では神によって引き裂かれた運命の恋人達として、それはそれは美しい物語として語り継がれていた。

 だけど、私はそんな風には思えなかった。

 ジュリアス殿下のことは好きだけど、彼は傲慢な王家の血を僅かばかりでも引いているわけで。

 その相手が、私の愛する人を同じように慕っているのだから、悲惨な過去が繰り返されてしまうと考えずにはいられなかった。

 紋章は遺伝するわけではないと実証された現在でも、癒しの聖女様の力は、どの国でも喉から手が出るほど欲する能力だと思う。

 ローランド国では、小さな勇者様が紋章を授かる者の法律改正をしたが、それでも王家がイヴを囲うことは避けられないはずだ。

 そうなると、クリストファー第一王子殿下、ジュリアス第二王子殿下、アルフレッド第三王子殿下、そして次期宰相ランドルフ。

 下手すれば、アルベニアの第五王子ギルバート様までもが、イヴを自分のものにしようと画策するだろう。

 皆がイヴが癒しの聖女であることを知っているとは思えないけど、そんな理由でイヴを好きになるのなら、私は絶対に許さない。

 私はイヴが癒しの聖女様であろうとなかろうと、そのままのイヴ・セオフィロスが大好きなんだ。

 イヴに、八百年前の先祖様たちの生まれ変わりかも……なんて言われて、身体だけでなく魂までもが震えた気がする。

 いつか癒しの聖女様が現れたら、先祖様のようにお仕えしようと思っていたけど、私の場合はそれだけじゃない。

 イヴのことが本当に大好きだから、ずっと一緒にいたいし、悪意に晒されている彼を守りたい。

 本当のイヴを周囲に見せつけてやりたいけど、自らライバルを増やす気はないから、教えてあげないけど。

 周囲にはこのままで勘違いしていて欲しい。なんて、醜い感情が芽生えていたけど、今はイヴを守ることだけに専念することにした――。



「アレン、少し相談したいことがあるんだけど」
「っ、アデル兄様っ!」
 
 イヴの優しい言葉のおかげで、弟──アレンと良好とまでは言えないけど、昔のような兄弟関係を築いているところだ。

 アレンは私より一つ年下なのに、父に似て大柄で、がっしりとした体つき。

 見た目だけで言えば、かなり気が強そうだ。

 でも性格は、母に似て内気で少し臆病で、いつも私のことを気にしている。そんな優しい子。

 学園には通わず、家庭教師の先生に来てもらっているのも、自分が学園で良い成績を修めれば、私が嫌な気分になるだろうからと気を遣ってくれていることにも気付いている。

 アレンの部屋を訪ねると、私の目元が真っ赤に腫れていることに気付いて、オタオタしながらもそっと濡れタオルを当ててくれる。

 それに、無理に何も聞いてこないところも気配りが出来るし、純粋に私を慕ってくれている。

「父のような宮廷医師になりたいって思っていたけど……それより大切な道を見つけてしまったの」
「大切な道……ですか?」
「うん。守りたい人が出来たの。でもそうなると、宮廷医師という地位も必要なんだよね……」
 
 なるほど、と呟いたアレンは少しの間考え込み、静かに頷いた。

「では、僕とアデル兄様二人が、宮廷医師になれば良いということですね?」
「ふふっ、よくわかったね?」
「アデル兄様のことはずっと見てきましたから」

 恥ずかしそうにぎゅっと大きな体を竦ませるアレンは、私に褒められて嬉しそうにはにかむ。

「私は騎士団の救護班の指導の任に就いて、その間はアレンが宮廷医師として働いて欲しい。まぁ、まだまだ父上が頑張るだろうけどね?」
「そうですね、父上は元気すぎますから……。それで、アデル兄様の大切な人は騎士の方なんですね?」
 
 にこっと笑うアレンは、私の慕う相手のことが気になって仕方ないらしい。

「そうだよ、しかも…………運命の相手みたい」
「っ…………それって」
「今は何も言わないで。事情があって、秘匿しなきゃいけないの。わかるでしょ? バレたらどうなるか……」

 さっと顔色を悪くするアレンは、小刻みに身体を震わせる。

 だけど、幼い頃から共に癒しの聖女様と先祖様の悲運な恋物語を読んでいたアレンもまた、私と同じ気持ちだ。

 すぐに力強く頷いてくれた。

「父上は知らないんですか?」
「ふふっ、うん。絶対に教えてあげないッ。だって、その相手を見下して、挨拶もしなかったんだよ?」
「うわぁ~……。愚か者だ」
「ね! 気付いたときに、自分がどれだけ酷い態度をとっていたかを反省したら良いんだよッ」
「…………多分、大号泣ですね。想像しただけで身震いしました」

 癒しの聖女様のことを心酔している父が、イヴを前に泣いて土下座している姿を想像して、にたりといやらしく笑ってしまう。

 アレンが十六になったとき、共に宮廷医師になることを誓った私達は、秘密を共有したことによって、更に兄弟仲が深まった。

 あとは、父を説得するのみ。

 イヴは卒業後、第四騎士団に入隊する予定。

 あそこは医師がいないから、私が手助けをするとでも告げて、イヴの傍で支えることに決めた――。



 しかし翌日。

 イヴは第二希望に第一騎士団と書いていた為、ギルバート様と共に第一に入隊することが決定されていた。

 なんらかの作為を感じるが、そうなったらなったで、騎士団の救護班全体の指導の任に就けば良いだけの話。

 今回こそは癒しの聖女様をお守り致します、と最後まで癒しの聖女様にお仕えすることが出来なかった先祖様の無念を晴らすべく、アンドリュー様に誓いを捧げた――。










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