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第一章
29 一生勝てない クリストファー
しおりを挟む二人目の勇者と、勇者の息子が退出し、信じていたエリスは近衛騎士に拘束され、王族に対して毒殺を謀った罪で牢に入れられた。
何も知らない父と母とアルフレッドは、毒で生死を彷徨っていたはずのジュリアスのピンピンとした姿に、涙を流しながら喜んでいた。
その輪に混ざることの出来ない私は、美しい家族愛に溢れるその光景を、ただ眺めていた――。
暫くして二人きりになり、なぜ勇者の息子が癒しの聖女であることを黙っていたのかを聞いた。
「確証はありませんでした。でも、イヴは勇者たるべき人間だと、常々思っていました」
「そんな……。根拠もないのに、毒が入っているとわかっていて菓子を口に入れるなんて……」
「イヴが必ず助けてくれると信じていました。だってイヴは、優しくて正義感溢れる、私のヒーローだから……」
勇者の息子のことを思い出しているのか、ジュリアスは心の底から嬉しそうに笑う。
私が国王にと願う中、ジュリアスの存在は恐怖でしかなかった。
もちろん愛おしいとは思っているが、それとこれとは話が別だ。
私が未だに国王に相応しいと認められないのは、ジュリアスのせいだと……いつも弟のせいにして、私は自尊心を保っていた。
「私はイヴが好きで好きでたまらなくて、ずっとイヴを見てきました。セオドアとの噂が嘘であることも、セオドアがイヴに好意を抱いていることも、一目でわかりました」
「……さすがだな。私はつい先程まで、二人は険悪な仲だと思い込んでいた」
項垂れる私を眺めるジュリアスは、ふふっと軽やかに笑う。
「だから、セオドアの動向にも目を光らせていた。彼がいきなり法律改正運動を行ったことを疑問に思ったのです。なぜ、今なのか」
「そんな前から……」
「ええ。それに加えて、余命半年と宣告されていたランドルフが、息を吹き返した。もしかすると、セオドアの近くに癒しの聖女が現れたのではないか。それがイヴだったとしたら、王家に囲われることを恐れての、法律改正運動。そこまで考えていたのですが……。ただ、イヴの左手の甲には紋章がない。だから確信出来なかった、イヴが癒しの聖女であることを――」
唇を噛んで悔しそうな表情をするジュリアス。
そこまで先読みしていたにも関わらず、「まだまだですね」と呟くジュリアスに、私はどう頑張っても一生勝つことは出来ないと悟った。
「私は兄上こそが国王になるべきだと、今まで思っていました。兄上とずっと和解したかった。その手助けをしてくれていたのが、イヴなんです。初心なイヴを騙して、口付けを強請って……。私に振り回されただけなのに……」
「……ジュリアス、今まですまなかった」
私が心から謝罪すると、ジュリアスは嬉しそうに目を細めた。
「いえ。ただ、毒の量が想定外でした。本来の予定では、イヴが癒しの聖女であると発覚し、私がプロポーズして婚姻する予定だったのに……。まさかの絶縁。今回はセオドアにしてやられてしまいましたが、次は負けません。イヴと婚姻する為に、私は国王になることを宣言します」
そうか、と呟くことしか出来ない私に、ジュリアスは母親譲りの美しい容姿で優しく微笑む。
「二人の勇者が現れて、更には癒しの聖女が。魔物が復活する可能性が高まった。私が国王になったとして、兄上にもサポートしてもらわないと」
「っ…………私を、許してくれるのか?」
「当たり前じゃないですか。でも、イヴに何かしたら許しませんよ? その代わり、イヴを伴侶として迎え入れるように協力してくださいね?」
「フッ……。ジュリアスには私の力など必要ないだろう?」
ハァと溜息を吐いて首を横に振るジュリアスは、困ったように微笑んだ。
「兄上は、自分の能力を過小評価しすぎです。父上より賢いのに。ただ、それ以上に私が優秀だっただけです」
「クッ、父上に聞かせてやりたいよ」
「言ってやりますよ! イヴが癒しの聖女だと公表する時にね? 紋章を授かりし者と関わりを断つなどと、頭がおかしいんじゃないですか? 脳味噌が溶け出しちゃったんですか? って」
数年ぶりに、顔を見合わせて笑い合った。
「エリスのことは良いんですか?」
「ああ……なぜジュリアスを殺そうとしたのか。よくよく考えてみれば、私のせいだな」
「そうでしょうね? あの顔だけ単細胞を、兄上がなぜ好きだったのか疑問でしかありません」
肩を竦めるジュリアスに、何も言い返せない。
なぜエリスを好きだったのかと聞かれれば、一緒になってジュリアスの悪口を言ってくれたから。
私の方が国王に向いている、といつも励ましてくれたから。
私に都合の良いことしか言わなかったエリスを、愛していると錯覚していたのだろう。
さすがにそのことを本人には言えなかったので、顔がタイプだと言っておいたが……。
「良かった。それなら兄上と好きな人が被ることはないですね? 醜い心を持つエリスなんかより、素のイヴの方が……。いや、比べるまでもない」
うん、と頷くジュリアスは、勇者の息子に心酔しているらしい。
完全無欠のジュリアスを唸らせる人物は、どれ程のものなのかと気になるが、私は一生関わることは出来ないだろう。
その後、ジュリアスはエリスを許すと言ったが、エリスの精神が狂ってしまい、修道院に送られることになった。
北部にあるローランド国で最も厳しい環境の修道院だが、小さな物音にも怯えて「殺さないで」と叫ぶ今のエリスには何もわからないだろう。
温情をかけてくれたことに感謝を述べたが、ジュリアスは美しく恐ろしい顔で笑った。
「私を毒殺しようと企んでいたことは気にしていませんが、私の大切なイヴに罪を被せようとした。すぐに死なせるだなんて勿体ない。一生、小さな勇者に怯えながら精神を病んで、何度も自害したら良い。……ただ、死ぬまで苦しむ様を近くで見ることが出来なくて残念です……。ふふっ」
ぞくりと全身に鳥肌が立ち、身の毛がよだつ。
やはりジュリアスは国王に相応しいと思ったと同時に、猟奇的な小さな勇者とジュリアスに好かれる勇者の息子に、少しだけ同情した。
彼はどれだけ逃げても、二人に地の底まで追いかけられるのだろうな……。
悪評に惑わされたことを謝罪して、彼を助けてやりたいが、ジュリアスに協力しないと私の身も危険なので許して欲しい。
そんなことを願いながら、久方ぶりに兄弟で会話を楽しむのだった。
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