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第一章
13 絶対に諦めない
しおりを挟む王城を囲うように貴族の邸がそびえ立つ中、清廉潔白な印象を受ける白壁が、一際目立つ大きな邸に到着する。
長い歴史をもつ、ユリノクト侯爵邸である。
多くの使用人が出迎えてくれたが、皆一様に暗い雰囲気を纏っていた――。
ランドルフ様のもとへ案内されれば、清潔感に溢れる柔らかな白の壁色の部屋に、頼りなげな陽光が降り注いでいた。
心穏やかに過ごせるようにと工夫を施された室内では、ヒューヒューと絶望の呻き声が響いている。
声の主は、折りたたんだような眉間の皺が深く刻み込まれており、俺は息を呑む。
ランドルフ様の頬は痩せこけ、赤紫色の美しい髪も抜け落ちて、以前の見る影もなかった――。
「ランドルフ……」
友人四人が傍に寄るが、ランドルフ様の唇がかさついており、口を開くことも精一杯の様子。
アデルバート様が嗚咽を堪えながら、ランドルフ様の細くなった手を握る。
薄らと目を開いたランドルフ様は、僅かに口角を上げた。
久方ぶりに友人に会えたことに対する喜びもあるだろうが、俺にはランドルフ様が根性で上げたようにしか見えなかった――。
寝台に駆け寄ることも出来ずに佇む俺の背を、セオドアがそっと撫でる。
ハッと意識を覚醒させたが、人前で力を披露することは出来ない。
ましてや、悪名高い俺が病人に口付けるなど、許されるはずがない。
それに相手は、ローランド国に三つしかない侯爵家の御子息なのだから――。
ランドルフ様の体調も考慮し、十分ほどの短い面会時間はすぐに終わりを告げる。
友人達が退出する中、ランドルフ様の様子を見守っていた険しい表情の宰相殿に、セオドアが声をかけた。
「宰相殿。お話があります」
「……なにかな、勇者殿」
「僕と兄は、友人であるランドルフ様を助けたい。その為に、ここ数日の間で不思議な力を宿す者についての文献を片っ端から調べ尽くしました」
眉間にぐっと皺が寄る宰相殿は、ランドルフ様より鋭い目付きで、何を言い出すのかと不快感を滲ませているように見えた。
「僕は勇者としての力しか得ていないと思っていましたが、もしかするとほんの少しだけ癒しの力もあるような気がするのです」
「……癒し、だと」
「はい。ただ、本職は勇者なのでほんの僅か。ランドルフ様を助けることが出来るかと聞かれれば、即答はできません。でも、少しでも安らかに眠れるように、僕にランドルフ様の治療をさせていただけないでしょうか」
力強い眼差しで見つめられた宰相殿は、口を引き結んで暫し考え込む。
そして、ゆっくりと頷いてくれた。
「ありがとうございます。ただ、集中したいので、部屋には僕と兄のみで、他の人達は退出してもらいたいのです」
「……それは構わないが、彼は必要なのか?」
睨み付けられた俺は、ぐっと唇を噛む。
俺の悪評は、当たり前だが宰相殿の耳にも届いているのだろう。
ランドルフ様の友人だと名乗って欲しくもないのかもしれない。
このままじゃ、ランドルフ様を助けるどころか、友人ですらいられなくなるかもしれない。
でも、真実を話せば……
俺の人生は、確実に終わる。
だが、自由がなくなって、国の奴隷になったとしても、ランドルフ様を助けたい……。
そう思って口を開こうとすると、俺の隣から異様なまでの殺気が漏れ出した。
「僕の最愛の兄を愚弄することは許さない……」
平凡以下とは言え、鍛えている俺ですら全身に鳥肌が立ち、小刻みに体が震えた。
脂汗を掻く宰相殿は、立っていられなくなり、その場で膝をついた。
小さな体から、ぞわりぞわりと殺伐とした負のオーラが漏れ続ける。
ガタガタと膝が震えるが、病人であるランドルフ様がこの部屋にいることを思い出した俺は、慌ててセオドアを抱きしめた。
「テディー、大丈夫だから。落ち着いて……」
「っ……イヴ兄様っ、」
怒りに身を震わせるセオドアが、俺の胸元に顔を埋めて、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
肩を上下させ、深呼吸を繰り返すセオドアの背を撫で続けた。
「テディーの殺気で、ランドルフ様の体調が悪化したら大変だぞ?」
「そ、そうでした……。治しに来たのに」
「フッ……でも、ありがとな。怒ってくれて」
「当たり前ですっ!」
俺の胸元からひょっこりと顔を出すセオドアは、へたり込んでいる宰相殿を睨みつける。
「紋章があるからと、僕の意思を無視して、勝手に物事を決めていくこの国のお偉いさんたちなんか、本当はみんな大嫌いっ! でも、イヴ兄様が居てくれたから……。イヴ兄様だけが、僕の心に寄り添ってくれて、抱きしめてくれた……。僕がこの国にいるのは、イヴ兄様がローランド国を愛しているから。イヴ兄様が居なければ、僕は今頃、ローランド国にはいないと思います!」
ハッキリと言い切ったセオドアは、再度俺にむぎゅっと抱きついた。
俺の為に、宰相殿に怒ってくれたセオドアが愛おしくてたまらない。
ふわふわな髪に顔を埋めて、強く抱きしめた。
「テディー……大好きだよ」
「僕も、イヴ兄様が世界で一番大好きっ!」
熱い抱擁を交わしていると、俺の名を呼ぶ小さな声が聞こえてきた。
セオドアにも聞こえたようで、ハッとして二人でランドルフ様の眠る寝台に駆け寄った。
「……い、ゔ」
「ランドルフ様っ!」
「ち、ち……が…………す、ま……ない……」
か細い声で謝罪するランドルフ様の痛々しい姿を見つめる俺は、涙が込み上げてくる。
「いえ、いつものことです。気にしていません。俺には、本当の俺を知ってくれる、大切な友人がいますから……」
「あ、あ……」
「五人だけ、ですけど」
「…………ふっ」
目を閉じたまま話すランドルフ様の冷たい手を優しく握る。
「ランドルフ様。必ず助けます」
「…………」
「だから、諦めないで欲しいです。……どうしようもなく辛くて、ランドルフ様が全てを諦めようとしても……俺は、絶対に諦めない」
「っ…………いゔっ」
ランドルフ様の目尻から涙が流れ、俺も堪え切れずに、ぼとぼとと涙を零した。
「ランドルフ、さまっ……かならず、かならず……お救い、しますっ」
枯れ木のような手に俺の涙が零れ落ち、すーっと染み込んでいく。
触れている右腕がキラキラと金色に光り輝き、穏やかな光が全身を覆う。
色を無くしていた肌が、じわりじわりと温かみを取り戻していく。
「っ…………い、ゔ。ここち、いい、」
「ランドルフ様っ!」
「ずっと……そばに、いて、くださ、い……」
「っ、お傍にいますっ! ランドルフ様に鬱陶しいと言われても、ずっとお傍にいますからっ」
「ふっ…………あつくるしい、ですよ」
「ぐ、」
「そんなところも、すき……なのです、が――」
ゆっくりと瞼が持ち上がり、赤紫色の綺麗な瞳が見えた。
いてもたってもいられなくなった俺は、ランドルフ様の痩せこけた頬を包み込み、カサつく唇にそっと口付けていた――。
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