4 / 280
第一章
4 漆黒の騎士団長様
しおりを挟む俺の通うローランド王立学園は、主に貴族の御子息様が通われている。
入学金を支払うことが出来れば身分問わず誰でも通えるのだが、平民が払える額ではないので、この学園で平民は俺だけだ。
厳密に言うと一応貴族なのだが、爵位は継げないので平民に変わりない。
学園では文官志望と騎士志望で分かれており、成績順にクラスが決まる。
俺は言うまでもないが、騎士クラス。
一組はエリート組、二組は平凡組、三組はカス……ではなく、もっと頑張ろう組だ。(俺視点)
年に二回試験があり、今回はなんとか平凡クラスのケツに食い込むことが出来た。
ちなみに、ジュリアス殿下は文官エリート組の首席をキープし続けている天才である。
カースト制の頂点に君臨するお方なのだが、十分程の休憩時間は、なぜかいつも騎士クラスにいる。
さすがに俺と同じようにハブられているわけではないと思うが、少しだけ心配だ。
なにせ国王陛下の命令とはいえ、唯一俺に話しかけてくれる奇特な人物なのだからな。
◇
今日の剣術の授業は、学園の卒業生である現騎士団長様が稽古を見てくれる特別な日。
学園の歴代最高傑作と呼ばれ、二十二歳にして騎士団長の座に就いた優秀なお方だ。
わざわざローランド王国の騎士団長様が学園の授業をみてくれるほど、この国は平和なのだ。
平凡以下な俺だが、可愛い義弟の役に立ちたくて、今でも剣術の腕を磨いている。
リーグ戦をなんとか勝ち越すと、美しい漆黒の髪の騎士団長様が俺の肩にぽんと手を乗せた。
「イヴ、随分と成長したな」
「お褒めいただきありがとうございます」
エリオット・ロズウェル騎士団長は、父と同等に俺の憧れの人だ。
父が勇者だからか、いつも俺にかまってくれるエリオット様は、勇者の紋章がなくても人並外れた才能の持ち主。
それに加えて努力も怠らないのだから、尊敬しないわけがない。
そして端正な顔立ちの男前。
全てを兼ね備えていると言っても過言ではない。
紋章がなくとも、エリオット様は神に愛されし者だと断言出来る。
切れ長の目が優しく垂れ下がる様子に、俺がほうっと見惚れていると、髪をわしゃわしゃとかき混ぜられた。
「何か良いことでもあったのか?」
「え? まあ、そうですね。守るべき存在を見つけたと言いますか……」
「…………そうか」
きゅっと口を引き結ぶ様子に首を傾げた俺は、ちょいちょいと手招きする。
羨ましいほどに背の高いエリオット様が屈んでくれたところで、俺は耳元に口を寄せた。
「エリオット様だからお話ししますけど……。俺の義弟です。まぁ、セオドアは勇者なので、俺より格段に強くなると思いますけど。今はまだ小さいので、俺が守ってあげないと」
黒曜石のような瞳がキラリと光り、これでもかと目を丸くしたエリオット様は、フッと息を漏らす。
「さすが、私の見込んだ男だ」
セオドアの愛らしい顔を思い出す俺がにこっと笑うと、エリオット様は驚いたように目を瞬かせた。
「今後はエリオット様にもお世話になると思いますけど……。まだ木刀を握ったばかりですので、セオドアには優しく接して貰えたら嬉しいです」
瞠目するエリオット様がそれはそれは美しい笑みを浮かべ、快く頷いてくださった。
その麗しいお顔に見惚れていると、どこからともなく現れたジュリアス殿下が、なぜか騎士クラスの授業に飛び入り参加することになった。
騎士団長様に対戦を申し込んでいたが、ジュリアス殿下は自分の授業に出なくても良いのだろうか……?
もしかしたら王族だから、全ての過程をクリアしているのかもしれない。
兄より早く産まれていれば……と噂されるほど、すこぶる優秀なジュリアス殿下は、俺にとっては雲の上の存在だ。
そんなジュリアス殿下も剣術の腕はあるのだが、騎士団長様に瞬殺されて、「覚えてろッ!」と雑魚が吐くような台詞を言い放っていた。
それに、相手が王族だからといって手を抜かない騎士団長様は、やはり尊敬に値する。
◇
授業を終えて屋敷に帰ると、俺の大切な義弟の頬に薄らと傷痕がついていた。
一瞬で頭に血がのぼる。
気付けば怒りで半泣きになる俺は、セオドアに怪我をさせたであろう父親をなじりまくっていた。
「父様っ!! どういうことですっ!! 可愛いテディーが怪我をしているではありませんかっ!」
「ああ、少し剣が掠めて……」
「はあ?! まさか、真剣で稽古をしたのではありませんよね?! しかも、傷を放置しているなんてあり得ない、許すまじ犯罪行為……」
怒りでわなわなと体が震える俺に、頭ひとつ分小さなセオドアが、むぎゅっと抱きついた。
「イヴ兄様っ。僕は大丈夫ですから……。お父様を責めないでください」
「っ…………なんてことだッ! 父様、テディーの優しさに感謝することですね!? フンッ」
セオドアを抱きしめ返し、薄らと血の滲む頬を消毒して治療を施した。
その後、父に話しかけられても睨み続ける俺に、セオドアは加害者である父を庇い続けていた――。
(なんて優しい子なんだ……)
寝る前に傷ついたセオドアをぎゅうぎゅうと抱きしめていると、手にしていたテディーベアを枕元に置いたセオドアは、俺の頬にキスをする。
「っ……テディー」
「イヴ兄様の泣き顔は初めて見ました。僕の為に怒ってくれて嬉しいっ……」
健気なセオドアは、勇者になりたくなかったはずなのに、俺のように自分の運命を呪うことなく、父との稽古に励んでいる。
俺より歳下で小さな体だが、勇者として日々努力する姿に、俺は感銘を受けている。
環境が変わっても嘆くことなく、プレッシャーを跳ね飛ばす勢いで頑張るセオドアを見ているだけで、俺の目頭が熱くなる。
剣など握らずに甘やかしてあげたいのだが、セオドアには使命があるのだ。
なにもできない自分が情けなくて、俺は我慢できずにぽろりと涙が零れ落ちた。
そんな俺の目尻にキスをして慰めてくれるセオドアが、愛おしくて仕方がない。
「ふふっ、泣き虫イヴ兄様。……可愛いっ」
「なっ……泣き虫ではない。テディーに関してだけは、感情を抑えきれない……」
「もう絶対に怪我しません。約束っ」
細い小指を出して、セオドアがにこりと笑顔を見せてくれる。
小指を絡めて、指切りをする。
そして俺も、傷ついた頬にそうっと口付けた。
「…………早く治りますように」
「っ、イヴ兄様……、今のは反則ですっ」
「え?」
「なんでもありませんっ!」
俺の胸元に顔を埋めたセオドアは、頭をぐりぐりとさせて甘える。
両親がいないから、甘えたくても甘えることができなかったセオドアを、俺は兄として、時には母として、たっぷり甘やかすことにしている。
というより、俺が甘やかしたいだけなんだがな。
次の日から、寝る前にセオドアが俺の頬にキスをするようになった。
嬉しさが爆発する俺も、照れながらもキスを返す。そうするとセオドアがすごく喜ぶから――。
可愛い義弟が、いつまでも笑って過ごせますように……と願いながら、俺は今日もマシュマロのようなぷにぷにとした頬に口付けるのだった――。
121
お気に入りに追加
4,118
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる