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35 尋ね人

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 双子を抱え、慌ててナパジェ国から逃げ出したフレイは、隣国の田舎で家を借りていた。
 まだ名前もない、小さな村だ。
 病院のあった王都近辺に住んでいた頃とは違い、とても静かだった。

 そして静かな理由は、もうひとつ。

 今まで支えてくれていたレノアと、別行動することになってしまった。
 フレイはもちろんだが、レノアも『尋ね人』として各所に張り紙があったのだ。
 そのため、フレイは商団の長として顔が知れているレノアとは、別行動をせざるを得なくなってしまった。

(レノア嬢なら無事だと思うけど、心配だ……)

 張り紙を見つけた時は、フレイの出産時もずっとそばにいて励ましてくれていたレノアには、本当に申し訳ない思いだった。
 ただ、レノアはというと『公爵夫人の誘拐犯として指名手配されると思っていたので。尋ね人って、閣下にしては優しすぎますね』と笑っていた。

(各国に尋ね人の貼り紙を配ったのは、ヴァレリオ様なのかな……)

 離縁して一年以上経つが、まだフレイを探しているのだろうか。
 ヴァレリオとの幸せな日々を思い出す。
 何も知らなかったあの頃に戻りたいと、何度思ったことだろう。
 だが最後はやっぱり、離れでレニーと密会していた光景が思い起こされるのだ。

 ただ、辛い記憶が蘇っても、フレイはもう涙は出なくなっていた――。



 そして、レノアと合流する日を待っていたが、連絡が取れないまま、フレイは二十歳の世話係――ゾーイと共にひっそりと暮らしていた。
 だが、どれだけ節約しても生活費は減っている。

 そのため、ゾーイが家事手伝いの仕事を探してきてくれたのだが、薪割り中にゾーイが足を挫いてしまい、代わりにフレイが働きに出ることにした。

 だが、もちろんゾーイは大反対。
 それでも、フレイは折れない。
 双子のミルク代が足りないのだ。

「安心してよ、ゾーイ。僕は、普通の公爵夫人ではなかったんだよ? ジョナス様のお世話をしていた時の経験を、活かす時が来たんだよ」

「っ、本当に申し訳ございません、フレイ様。私のせいで……」

「なに言ってるのっ! ゾーイがいてくれなきゃ、僕は今頃、眠ることもできなかったよ? ゾーイには、感謝の気持ちしかない。大変な時期を、僕と一緒に乗り越えてくれて、本当にありがとう」

「っ……フレイ様ッ」

 フレイは、子供のように泣きじゃくるゾーイの頭を抱きしめた。



 それからフレイは、母親にしか懐かないレイチェルを抱っこし、仕事に向かった。
 しかし、足取りは重い。
 家事手伝いの仕事とはいえ、子どもを連れていくことの不安があったのだ。
 もし、レイチェルが泣き出してしまえば、フレイでも落ち着かせるまでに時間がかかってしまう。

(そうなれば、次回はお仕事をもらえないかもしれない……。むしろ今日、叩き出されちゃうかもっ)

 ドキドキしながら、近隣の家の扉を叩く。
 すぐに顔を出したのは、ジョナスと同世代の男性だった。
 白髪の男性が、フレイと抱っこ紐で眠るレイチェルを見て、目を丸くする。
 フレイは慌てて頭を下げていた。

「あのっ、お手伝いに参りました。ゾーイと申します! 僕の子どもも一緒なのですが、精一杯頑張ります! よろしくお願い致します!」

「っ…………お、おお。なんと可愛い子なんじゃッ!!」

「……ぇっ?」

「あ、ああ、いや、すまん。とにかく中へ……」

 興奮気味の男性が咳払いをし、子どもを抱くフレイを気遣ってくれる。
 そして男性の妻も、病で寝たきりだったが、大歓迎だった。
 若者は都会に働きに出ていることもあってか、子連れのフレイは歓迎されることになったのだ。



 そしてフレイは、料理に掃除に洗濯、老夫婦が困っていて自分にできることは、なんでもした。
 そうすると、気の利く子がいると、たちまち小さな村で評判になっていた。

 ゾーイの足の怪我も治り、一月後には仕事を代ったのだが、村人はフレイを指名する者ばかり。
 結局フレイは、レイチェルを抱っこしたまま、家事手伝いの仕事を続けていた。

「仕事はやりがいがあるし、なによりレイチェルが大泣きしても、村の人は誰も嫌な顔ひとつしない。とてもいい村でよかったよね」

「…………それはみなさん、フレイ様に嫌われたくないからですよ」

 なにやらボソッと告げたゾーイは、ぽやんとするエミリオに話しかけていた。

「嗚呼、困った。本当に困りました……。フレイ様が、人に好かれやすい人だってことを、すっかりと失念おりました! レノア様をそばで見ていて、わかっていたはずだったのに~! いまや、村人全員がフレイ様に夢中っ! どうしたらいいですか? エミリオ様っ」

「――あう?」

「ええ、ええ。私も嫌な予感がしますっ! このままだと、厄介ごとに巻き込まれて、すぐにお父上に見つかってしまいますよぉぉおお~!」

 四人の中で誰よりも落ち着いているエミリオが、ゾーイに頬擦りをされている。
 とても微笑ましい光景だった。

 いくら村人がフレイのことを気に入っていたとしても、プエル国からは遠く、まだ名前もない村だ。
 ヴァレリオの耳に入るはずがない。
 そう思っていたのだが、ゾーイの嫌な予感は的中してしまう。
 噂を聞きつけた近隣の伯爵家の者が、フレイに会いに来たのだ。

 















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