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25 特別な存在

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 ここ最近のフレイが、情緒不安定で泣き虫だったのは、妊娠初期症状だったのかもしれない。
 とにかく安静にするようにとフランシーヌに促され、フレイは休むことにした。

 翌日には、兄のヘクターとヒューゴもフレイに会いに来てくれた。
 嫡男のヘクターは、伴侶のルーサーとの間に可愛い子供がふたりいる。
 小さな天使は、フレイにもなついてくれており、ただそこにいるだけで、フレイを穏やかな気持ちにさせてくれた。

(もし、僕が妊娠していたら、ヴァレリオ様は喜んでくれるのかな……?)

 ヴァレリオのことを考えないように過ごしていても、ふとした瞬間に思い出してしまう。
 まだ平らな腹を撫で、ヴァレリオに愛された日々を思い出す。

「今頃、心配しているかも……っ」

 急にいなくなったフレイを案じて、ヴァレリオが迎えに来てくれるかもしれないと、フレイは淡い期待を抱いていた。
 しかし、フレイが何も言わずに実家に帰って一週間経っても、ヴァレリオから連絡はなかった――。



 ◇



 《ヴァレリオside》



 午後三時。
 執務室で書類仕事を片付けていたヴァレリオは、無意識のうちに扉を見つめていた。

「…………」

 一年半程前から、ヴァレリオは午後三時には珈琲を飲んで、一息つく習慣がついている。
 なぜならこの時間になると、ワゴンに珈琲とお菓子を用意したフレイが、ヴァレリオを休憩に誘いにきてくれるのだ。

 しかし、今日も扉は開かない。

「――フレイがいないと、静かだな……」

 ヴァレリオの心を癒やしてくれるのは、珈琲でも甘いお菓子でもない。
 愛らしいフレイの笑顔だ。


 体調を崩したフレイが、休養するために実家に帰ってからまだ一週間しか経っていないというのに、ヴァレリオは心にぽっかりと穴が空いたように感じていた――。


「ヴァレリオ様、少しは休んでください」

 ヴァレリオを気遣う執事のダリウスが、フレイの代わりに珈琲を用意してくれる。
 珈琲のいい香りがするが、口をつける気分にはなれなかった。

「はあ……フレイが心配だ……。ラヴィーン家に、内密に連絡してもいいだろうか?」

 フレイの置き手紙を見つめ、ヴァレリオは本日何度目かもわからない溜息を吐く。


『体調が優れないので、実家に帰ります。
 一月ほど休んでから戻りますので、それまで留守にすることをお許しください。フレイ』


 最近のフレイの体調が優れなかったことを、ヴァレリオも把握していた。
 だからこそ、実家に帰るのならば、ヴァレリオが送りたかった。
 まさかフレイが、侍従ひとりだけを連れて帰るとは思わなかったのだ。
 道中でフレイになにかあったら……と考えただけで、ヴァレリオは生きた心地がしなかった。

 ただ、置き手紙を見つけて、すぐに馬を走らせていたため、秘密裏にフレイが乗る馬車を警護することができたのだ。
 フレイが無事にラヴィーン伯爵家に着いたことも確認済みである。
 周囲の者からは、愛が重い男だと思われているかもしれないが、ヴァレリオは愛するフレイのことになると、冷静な判断ができなくなる傾向にあった。


「一目でも顔を見たい、が……。フレイは迷惑、だよな?」

「そうですね……。ヴァレリオ様に直接話をせず、置き手紙にしたということは、ヴァレリオ様の顔を見たくなかったのではないですか?」

「っ……やっぱりそうだよな……。――とうとう嫌われてしまったか……」

 ヴァレリオは絶望する。
 いつかこんな日が来るのではないか、と予想していたが、それでも胸が張り裂けそうなくらいに辛かった――。


 フレイ・ラヴィーンは、ヴァレリオにとって特別な存在だった。


 なぜならヴァレリオは、フレイの『名付け親』なのだ。

 馬車の事故からラヴィーン一家を助けた際に、フランシーヌ伯爵夫人から、生まれてくる子の名付け親になってほしいと頼まれた。
 正直、荷が重かった。

 だが、一度目の婚約者に裏切られてから、ヴァレリオは独身を貫くつもりでいたため、今後、血のつながった子をもうけることも、子に名前をつける機会も訪れない。
 だからラヴィーン夫妻は、そんなヴァレリオをおもんぱかってくれたのかもしれない。
 そう思い、たくさん名前を考えていた。

 そして近衛騎士の仕事は多忙だったが、偶然にもフレイが生まれる瞬間には立ち会うことができた。

(今思えば、あの時は偶然なんかじゃなかったのかもしれないな……)

 初めて赤子を抱いた時のことを思い出す。
 フレイは、生まれた瞬間から美人だった。

 そして、プエル国が崇拝する眉目秀麗な神と同じ名――フレイにした。

 愛らしい桃色の髪はふわふわとしており、パッチリとした大きな瞳でにこにこと笑うフレイは、老若男女を問わず好かれていた。

 若い頃はヴァレリオも引く手数多だったが、どんどん美しく成長していくフレイを見守っているうちに、ヴァレリオの時代は終わったのだな、と実感するようになった。

 そして親に連れられ、フレイはよく近衛騎士の訓練を見に来ていた。
 親友のケント・クルムに会いに来ていたようで、友人たちの前でははしゃぐ姿も見られたフレイだが、ヴァレリオの前でだけは大人しかった。

 ただ、ヴァレリオが見ていない時に、灼けるような視線を感じることは、度々あった。
 その時は、フレイがヴァレリオを慕っていただなんて、思いもしなかった。
























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