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20 伴侶

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 細くて持ちにくいスプーンやフォークなどに、柔らいスポンジのようなものを巻き、持ちやすく工夫を凝らした専用のカトラリーは、東方の便利品だそうだ。

「見た目は変わっているが、しっくりくる……」

 特注のスプーンを気に入った様子のジョナスが、ひとりで食事を始めれば、近くで見守る使用人たちは、驚いたように目を丸くする。
 中には、涙を光らせている者までいた。

(とても喜ばしいことなのに、どうしてこんなにも複雑な気分なんだろう……)

 純粋に喜べない自身の醜い心に気付き、フレイは己を恥じる。
 そして周りの反応を見ていたレニーは、得意げな表情を浮かべていた。

「ジョナス様だって、誰かに食べさせられるより、自分の手で食べたいですよね? それに、フレイの負担も減るのだから、両者にとって好都合というわけです」

 いいことをしたと言わんばかりのレニーが、赤い瞳を細めてにっこりと微笑んだ。
 手入れの行き届いた金色の髪は美しく、プエル国では珍しい、ルビーのような赤い瞳は魅力的だ。
 レニーがヴァレリオの元婚約者でなければ、フレイも見惚れていたことだろう。

「まあ、私もフレイの負担を減らしたいと思っていたから、これはありがたいな」

「ジョナス様のお役に立てて何よりですよ」

「……相変わらず調子のいい男だな」

 やれやれと肩を竦めたジョナスに、レニーが親しげに話しかけ続ける。
 そんなふたりの前に腰掛けたフレイは、食事が喉を通らなかった。

(っ……僕は、食事のお手伝いが負担だなんて思ったこと、一度もないのに……)

 行儀は悪いかもしれないが、ジョナスとコミュニケーションを取りながら食事をする時間が、フレイは楽しかったのだ。
 それを、勝手に『負担』だと決めつけられたことが、フレイは悲しかった。
 
 そして、話す気力がなくなったフレイのもとへ、コニーが静かに歩み寄る。

「フレイ様。当主様が、緊急の用で登城されたそうです」

「…………そう」

 コニーに耳打ちをされ、フレイは頷いた。
 近衛騎士を引退しても、ヴァレリオが国王陛下から呼び出されることは度々あった。
 だが、こんな時に呼び出しだなんて、なんとタイミングが悪いのだろう。

(ヴァレリオ様と話したいと思っていたのに……)

 フレイはますます食欲が失せてしまった。
 だが、食べ物を残すことはできないため、結局、フレイは味がしない食事を終えていた。

 そして、ジョナスは薬を飲むために医師と共に退出し、レニーとふたりきりになる。

(何を話したらいいんだろう……)

 ヴァレリオとレニーが婚約していたのは、フレイが生まれる前の話だ。
 それでもヴァレリオを愛するフレイからすれば、レニーの存在は脅威きょういでしかない。
 ジョナスの命の恩人なのだから、精一杯のおもてなしをすべきだと頭ではわかっていても、心から歓迎できなかった。

 しかし、気まずいと思っているのはフレイだけのようで、まだ話し足りない様子のレニーは、食後の紅茶を所望していた。


「コレね、ボクの伴侶も愛用していたんだよ」

 
 ジョナスに贈ったスプーンを見つめる赤い瞳は、何かを懐かしむような、そんな目だった。

「彼女は影響力のあるお方だったからね。このカトラリーは、今ではボクの住むザイル王国でも普及ふきゅうしているんだ」

「そう、だったんですか……」

 なんと声をかけたらよいのかわからなかったフレイは、気遣わしげにレニーを見る。
 レニーが語った話は、すべて過去形だったからだ――。

 二十年連れ添ったレニーの伴侶は、半年程前に病で亡くなったそうだ。

「だからね、ジョナス様のことも心配だし、ボクはフレイの気持ちもわかるんだよ」

「…………僕の、気持ち?」

「ああ。きっとボクたち、うまくやっていけると思うんだ」

 話している内容はよく理解できないのだが、レニーのフレイに対する態度は好意的だった。

(亡くなられた奥様のことを、今も大切に想っているのなら、ヴァレリオ様のことは過去の人になったのかな……?)

 レニーの本心を知りたいが、失礼な質問だ。
 ヴァレリオと復縁したいのか、などと聞けるはずもなく、フレイはレニーの話を聞くことに専念していた。



 ◇



 外出していたヴァレリオが帰宅したのは、日付が変わってからだった。
 フレイは先に寝台で横になっていたが、まったく眠れなかったため、ヴァレリオを出迎えていた。

「遅くなってごめんね、フレイ。会いたかった」

「っ…………僕もっ」

 ぎゅっと抱きしめられる。
 普段通りの優しいヴァレリオだ。
 嬉しくなるフレイは、ヴァレリオが疲れているとわかっていても、ぎゅうぎゅうと抱きついたまま甘えていた。

「――あの男に、なにかされた?」

「……えっ?」

 真剣な表情のヴァレリオが、じっとフレイの顔を見ていたかと思えば、急にお姫様抱っこをされる。
 寝台に上がり、ヘッドボードを背にして座ったヴァレリオは、フレイを抱きしめたまま、静かに話し始めた。


「あの男のせいで、嫌な気持ちにさせてしまったなら、謝るよ。あの男が、父上の治療薬を持っていなければ、私は門前払いしていた。……でも、父上が助かるとわかった現状で、あの男を追い返すことはできなかった。……ごめんね」


 謝罪されたフレイは、心が軽くなっていた。
 ヴァレリオが気にかけてくれたことを知れて、フレイは愛されていると実感できたのだ。

「っ、ヴァレリオ様が謝ることではありませんっ。誰だって同じことをすると思います、正しい判断でしたよ?」

「いや、フレイに相談すべきだったのに――」

 しかし、反省している様子のヴァレリオは、フレイを抱きしめて離さない。
 まるで、フレイに許してもらえないかもしれないと、怯えているかのようだった。

「僕に相談していたとしても、結果は変わらなかったと思いますよ? だから、そんな顔しないでっ」

「っ……」

 思い切って、ヴァレリオの膝の上に乗ったフレイは、愛する人の頬に口付けを送った。


























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