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4 師匠

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 私の師匠は、父ではない。
 今は辺境伯となった、アリステア・マートン様。

 自身が国一番の強者だと思い込んでいた父の前に現れた、最強のライバルである。
 漆黒の髪に薔薇色の瞳の美丈夫は、ミステリアスな雰囲気だ。
 力技の父とは違い、無駄な動きが一切ない。
 相手の力を利用し、意表を突く戦法。
 身軽で舞うような動きは、私の憧れだ。

 父が一方的にライバル視していたのだが、剣を交えているうちに、二人は親しい友人になっていた。

 だが、私の存在が二人の仲に亀裂を入れた。

 アリステア様は、剣術を習いたいと願う私の味方になって下さった。
 父に内緒で剣術を教わり、センスがあると褒められていた。
 父にも実力を認めてもらいたくて、当時父の右腕だった部下を叩きのめした。
 これで認めてもらえると思ったのに、父の怒りの矛先がアリステア様に向いてしまった。
 我が家の教育に口を出すなと父が憤慨し、アリステア様との縁を切った。
 そして私にも彼とは会うことも、手紙を出すことすらも禁止された。

 でも、クラレンスが必死に説得してくれ、女の身でありながら、剣を持つことを許された。

 幼い私の愚かな行為によって、何の落ち度もないアリステア様を傷つけてしまった。
 有能な彼は、数年後には辺境の地を任され、それ以降は一度も連絡を取る事ができていない。

 だけど、毎年私の誕生日には、匿名でブルーベルの花束が届く。

 間違いなくアリステア様だと思う。
 そう思いたい。
 だって、クラレンスにも届くのだけど、私の花束にだけは一輪の真っ赤な薔薇が混ざっているから。
 
 私の味方になってくれたアリステア様のためにも、私は剣を置くことはない。
 いつか立派な大人になったら、また昔のように剣を交えたい。
 密かに彼の一番弟子だと思っている私は、一日でも早く武功を立てて、その姿をアリステア様に見せることが目標だ。

 よって、ラウル殿下の面倒をみている場合ではないのだ。

 だが、どんな理由があれ、手を出してしまったのは私の落ち度だ。
 王妃様とも約束をしたので、彼が私に飽きるまでは面倒を見るつもりだ。

 そう思っていたのに、赤髪の悪魔は、毎日のように私の前に現れることになる。

 憎まれ口を叩きながら、共に剣術を学ぶ日々を過ごし、いつのまにか私の弟子のような存在になっていた。
 スアレス家のむさ苦しい男共と混じり、男気に溢れたお方に成長し、性格は矯正されていく。

 そのことを心から喜ぶ陛下から、ついに正式に婚約者にされてしまっていた。

 雲ひとつない、十五の夏のことだった。

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