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◆二年生◆

★10* おかしな休日。後輩編。

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今回はスティルマンとルシアのダブルス(*'ω'*)ノ
前半戦はスティルマン、後半戦がルシアとなっております。

◆◆◆

 休日にルシアと出かけるのは二度目だが、ラシードとベルジアン嬢も込みでというのは初めてのことだった。四日前ラシードの唐突な提案に乗ったのは、無意識の中でこういうことを楽しんでみたかったからだろうか。


『それじゃあ二時間後にこの広場で待ち合わせね。少しくらいなら遅れても構わないから、二人で協力してアタシ達にぴったりのプレゼントを探してきて頂戴』


 そう言われて二人一組のペアに別れた俺達は、ラシード達のペアと反対の方角へ歩き出したのだが、ルシアは去年とは比べものにならないほど街に精通しており、店には俺よりずっと詳しくなっていた。

「ねぇねぇ、スティルマン君よ。ちょっとお知恵を拝借したいんだけどさ、こっちと、こっち。カーサに似合うのはどっちだと思う?」

 その一言と共にズイッと目の前に差し出された髪飾りらしき物が二つ。重ねて確認するほどでもないが、提示された髪飾りは“二つしか”ない。

「それは……この二種類のどちらかに決めろということか?」

 一応最後の確認のためにそう訊ねれば「だからそう言ってるでしょ。真面目に答えてよ」と睨まれてしまった。とはいえ差し出された髪飾りのデザインは二種類とも、ベルジアン嬢が付けるには幼い印象を受ける。可愛らしさを優先させるあまり、本人に似合うかの見定めが甘くなっているのだろう。

「俺が思うに、この二種類だと彼女の雰囲気から乖離かいりしている。可愛らしさを求めるのは結構だが、贈り物は贈る側の物ではないということを考えるべきだ。これではルシアの好みの押し付けにしかならな……い」

 そこまで口にしてから、ふと髪飾りを差し出していたルシアの表情が曇っていることに気付いた。

 内心焦って取り繕う言葉を探すが「言われてみたら、そうだよね。つい自分の感覚で選んじゃってたかも。もう一回探し直してみるよ」と肩を落として商品棚の間に消えていくルシアを見て、また言葉選びを失敗したことに気付く。

 何もあんなキツい言い方をせずとも、提示されたどちらか一方を選べば良かっただけなのに、つい“似合う方”をという言葉を優先的に捉えて口にしてしまった。これでよくルシアに押し付けるななどと言えたものだ。

 そもそも最初にラシード用を俺が、ベルジアン嬢の物をルシアが選ぶと決めたのだから、彼女の選択肢を優先してやるべきだったのに……。ついプレゼントを差し出した時に、ベルジアン嬢がルシアの選んだ物を思いのほか喜ばなかったらと想像してしまった。

 考えてもみればベルジアン嬢は、友人ルシアが選んだ物であれば何でも喜んで受け取りそうな人物だ。だとするとこの場合押し付けがましい人物とは俺のことだろう。

 ここ数日は色んなことが起こりすぎて、ルシアに情報を上手く消化しきれていない苛立ちをぶつけてしまった。八つ当たりしてしまったことを謝ろうと、ルシアの姿を探して店内を彷徨く。

 この店は今までも前を通ることはあったものの、入ったのは今日が初めてだ。間口の割に奥行きがあり、奥に進むにつれ入口からの陽光が届かなくなる上に、あまり店の奥に進む客も少ないのか、光量の低いランプしか吊されていないので仄明るい程度だ。

 高齢の店主にいたっては、入口横にあるカウンターの内側で居眠りをしていた。声をかけてやっと起きた老店主はルシアと仲が良いらしく、俺を見るなり白い眉毛の下から皺に隠れた目を開けて「ほっほっ、ルーちゃんはうちの常連さんじゃし、そのルーちゃんの友達なら安くしてやろうなぁ」と笑った。

 頭に白いスカーフのような布を巻き、同色の貫頭衣を着た浮き世離れした老人は、その言動と不思議な雰囲気でだいぶ浮き世離れをして見える。肌は浅黒いからラシードの国に縁のある人種なのか?

 それにどうやら商売をする気云々より、生活リズムの一環として店を開けているといったところなのだろう。

 店の奥へ消えたルシアの後を追って店内を進むが、棚の品物はどれも入口付近にある物よりも趣のある凝ったデザインのものが多い。要するに流行遅れの古物なのだろうが、俺は表に陳列されていた新しい商品よりも、奥に売る気もなく雑多に陳列されている商品の方が好ましいと思った。

 天井ギリギリまである棚のせいでルシアを探すことには苦労するが、その代わりに退屈することはない。誰に売りつけるつもりで仕入れたのかよく分からない商品の中には、動物の頭蓋骨や標本といったおどろおどろしい物まである。かと思えばその隣にアクセサリーを置いてあったりもして、ますます謎が深まるばかりだ。

 それでもよくよく見れば棚には懐中時計やカフスといった男物から、手鏡や指輪といった女物まで一応それらしくそろってはいる。その中でふとある物に目が止まった。

 いつも誰かに何か贈らなければならない時には、執事に当たり障りのない物を用意させるのだが、今回は友人に贈る物とあって、さっきのルシアと同じく少し浮ついた気分だ。

 見つけたのはかなり古いデザインをした香水瓶。硝子の加工技術がまだ未熟な頃の作品なのか、やや歪ではあるものの、それがかえって生き物めいて見える琥珀色のスラリとした造形は、どことなくラシードを彷彿とさせた。

 吸い寄せられるように香水瓶を手にとって眺めていると、香水瓶を置いていた棚の奥で何かがランプの灯りを受けてキラリと光る。何となく気になって手を入れてゴソゴソと奥にあった物を取り出してみると――。

「これも悪くないが……古いわりに良く出来た模造品だな」

 値札を見ればどちらも値段の付け間違いでなければ、店主が商品を仕入れた当時のものをそのまま付けているのだろう。こんな奥に追いやられているところをみると、店主も忘れかけているに違いない。掘り出し物だといえば聞こえは良いが、ようするに売れ残りの見切り品だ。

「両方購入したとしても蚤の市で買うより安いな……」

 商品の質には問題がなさそうだが、果たして贈り物にとなるとどうなのだろうか。しかしそんなことを考えながら埃を被った表面を服の裾で拭ってみたところで、もう心は決まっている。

「どうせあの面子でそんなことを気にする人間はいないか」

 ルシアのように自分が相手を思い浮かべた時に買いたい物を買って、贈りたい物を贈るのも良いのかもしれない。そんな風に考え直した俺は、このまま奥に進んでもルシアを探すどころか遭難する恐れがあると判断して、商品を手に店の入口まで戻ることにした。

 まるで洞窟の中を歩く冒険家のような気分で目指した店先では、老店主がパイプをふかして来た時と同じようにカウンターの中に座っている。

 俺に気付いた老店主は「あんまり遅いから、ルーちゃんと一緒に迷うたのかと言うとったとこじゃわ。あの子ならついさっきお茶菓子買いに行きよったよ」と笑った。どうやら気付かない間に店の奥で入れ違いになったのだろう。

 俺は思わず「それは好都合だ。今のうちにこれを精算してくれないか」と奥の棚から持ち出した商品を手渡す。老店主は一瞬手にした商品の値札を見やり「ふん、ルーちゃんの友達は買い物上手じゃわい」とニヤリと笑った。


***


 本日は“五月十三日”。ポカポカとした日差しがまだ明るい色の葉をした街路樹に降り注いで、そこはかとなく幸せな気分になる。まぁ、ただ単に隣を推しメンが歩いているだけかもしれないけどね?

 時間ギリギリまで悩んでプレゼントを選んだ私と推しメンは、朝ラシード達と分かれた広場を目指して歩いている。チラチラと隣の推しメンに視線を向けながら“私服姿のスチル良いわぁ”などと汚れた感情を胸に抱いてな。

 もうラシードとカーサのくじ運には感謝しかない。はあぁ、尊い。などと考えていたら急に推しメンが「あの店はまた行ってみたいな」と言い出す。

「え、そうなの? 最初の顔だと駄目だったかと思ってたんだけど……何にしても好みに合ったみたいで良かったよ」

 まさか一時間半前に連れて行った店の前で、いきなり『本当にここか?』と胡乱な目をして人を見ていた推しメンの口からそんな言葉が聞けるとは。だいぶ私の感性に毒されてるのかもしれないなぁ。都会の貴族が田舎者の感性に近付いちゃ拙いと思うんだけど。

「まぁ、スティルマン君がなかなか奥から帰ってこないから心配したけど、何とかお互い時間内に良い物が見つかって良かったね!」

 二年生になってから暇を持て余していた時に偶然見つけた雑貨店……というには多少難のある店は、パッと見だとゴミの積まれた廃墟に見える。でもガラクタに見える人間はあの店の客層にはいないから問題ないけどね。

「でも、まさかスティルマン君がゴド爺と話が合うとは思ってなかったけどさ。私がドーナツ買いに行ってる間にだいぶ盛り上がってたもんねぇ。ゴド爺は気難しいのに初対面であんなに打ち解けるなんて、一体どんな話をしてたの?」

 収集家あるあるというのか、オタクは自分のジャンルに興味のない人間にはことごとくドライだ。本名をゴドラン・ダーガことゴド爺も例外なくそのタイプだ。とはいえ、私は生前からああいった怪しいお店を覗くのが好きだったので、初対面でも難なく打ち解けられたけど。

 そもそもオタクというのは一種のテレパシーでもあるのか、初対面の人間に同じような趣味があった場合、相手がどれだけ擬態していようが嗅ぎつけて餌を仕掛ける傾向にある。

 思えば私が初めてあの店の前で立ち止まった時もそうだった。今まで寝ていたゴド爺は急に起きたかと思うと、店の奥から怪しげなランタンを持ち出してこれ見よがしに店先で磨き始めたからね。あんなの釣られるってば。

 でも隣を歩く推しメンからはそんな特殊な性癖を感じない。だからこそとても気になるのだ。私は推しのプロフィールにある空欄は全部埋めたい派なもので。いや、だったら何で誕生日の記載がないことに気付かなかったんだとラシードにまた怒られそうだけども。

 そこは頭が回らなかったんだよ! 生きて動いてるだけでも尊いのに、自分と同じで誕生日のある人間だと思う? 思わないよね? もしも今、一年の時からさらに内容の濃くなった生徒手帳を落としたりしたら、死ぬかもしれない。

「いや、そんなに大した話でもないが……」

「大したことでないかどうかは私が決めまーす。ささ、どうぞどうぞ」

 ふふふ、推しメンが余程言いたくなさそうな話題でもない限り、私はこの件から引き下がらんぞ! ニコニコしながら圧をかけること一分ほど。諦めた……というよりは、何となく予想していたという風にスティルマン君が苦笑した。

 そのままジャケットのポケットから薄汚れた布を取り出した推しメンは、それを「掘り出し物だそうだ」と言って、私の方へ差し出してくる。受け取った布には何かくるまれているようで、少しだけ重さを感じた。

 形は布の上から触る分には丸く、小さめのリンゴくらいの重さだけでは判断出来ない。思わず首を傾げれば「開けても良いぞ」と推しメンが言う。特にやましい物ではなさそうだし、購入者からの許可ももらったので「それでは遠慮なく」とおどけながら布の結び目を解く……が。

 中から現れた物に私がさらに首を傾げたところで、推しメンがどこか愉快そうに「何だと思う?」と訊ねてくる。まさかこのフリはあれか。

「ミ○プルーンの種?」

 しかし当然通じるわけもなく。直後に推しメンから「ルシアにはそれが植物の種に見えるのか?」と本気でボケ殺しの憂き目にあわされた私は、急に悟った。

 “慣れないボケを指摘されることは、慣れた失敗を詰られるよりも辛い”ものだということを。
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