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◆一年生◆

◆幕間◆“らしさ”ってなんなのかしら。

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今回は頼れるオネエさん、
ラシードの視点でお送りします~σ(・ω・*)

時間軸的には28話と29話の間あたりです。

◆◆◆◆◆

 ちょっとだけ、考えてみて欲しいのよ。

 吐く方にとっては何気なくぶつけただけの言葉にも、誰かの人格を殺す力があるってことを。

『なんか○○君って男の人なのに、女の人より行儀作法とかに細かくて気持ち悪いよね。今時そんな女いないって言うか、夢見すぎ』

『お前さぁ、口さえ開かなきゃ女ウケ良さそうな綺麗な顔してるんだし、合コンの時とか黙っててくれない?』

 昔から、それこそ前世から苛まれる、ただ人の上に立ちたがる輩から幾度となくかけられた言葉。大抵表面上は波立たせないように笑ってやり過ごしたわ。その場しのぎの付き合いにいちいち本心をさらけ出したりしたら、無責任な言葉達に殺されてしまうもの。

 アタシは格好良い服が好き。可愛い服にも憧れるわ。その点でいえば、男の子よりも女の子の方がファッションでは圧倒的に有利よね。例えばだけど、女の子のファッションにはボーイッシュっていうジャンルがあるのに、男の子のファッションにはガーリーなものなんてないもの。

 一時スカート男子やレギンス男子なんてものが流行ったけれど、雑誌やテレビで目に見えて流行ったのは一瞬で、定着するには至らなかった。学生の頃は特に男の子の制服を着るのが嫌というわけではなかったから“そういうキャラ付け”をしているんだろうと容認されていたわね。

 それにそもそも両方の良さを選んだところで何が悪いんだか分からないのよ。どちらかしか選べないなんて不自由だわ。

 別に女の子のように着飾ったところで不真面目なわけでも、努力を怠るわけでもないし、世間の常識から外れる行いを公の場で取ったわけでもない。なのにいつだってアタシは色眼鏡で見られた。

 そんなアタシの唯一の楽しみは“乙女ゲー”と呼ばれる女の子向けのジャンルゲーム。身長が百八十を超えてるアタシでも、ゲーム画面の中では可愛らしく着飾ったり、格好良く着飾ったり出来たわ。

 ファッションの世界はアタシのような人も多いから、就職を決めるのに何の迷いもなかったし、服やメイクで自分に自信のない女の子達を綺麗にしていくのは楽しかった。厳格な両親は良い顔をしなかったけど、元々縁遠い人達だったから。

 家族に理解されないことは辛かったけれど、家族を理解しようとしなかったアタシも同じくらい酷かったのかも知れないわね。不妊治療の先にようやく授かった待望の“男の子”は、残念ながら世間一般の男の子“らしく”なかった。

『どうしてそんな風になってしまったんだ! 何が不満なんだ?』

 家を出るアタシの背後でそう叫んだ前世の父親を振り返って、たった一言叫んだ言葉を今でも時々思い出して悔やむことがある。

『アンタ達みたいな親の子供に産まれたことよ!』

 そう感情的に叫んで飛び出した家には、結局死ぬまで帰らなかった。あの言葉を家族として交わす最後の言葉に選んだアタシは、自分に毒を吐き散らかした連中と何が違ったのかしらね?

 都会に出て専門学校に通っていた頃、街角でファッション雑誌の撮影に出くわして撮られたスナップ写真をきっかけに、運良くメイクアップ関係の仕事につくことが出来た時はいよいよ自分にも運が向いてきたのだと思った。

 紹介された仕事は順風満帆とは言えなかったけれど、やりがいがあって楽しかったし、モデルの女の子や男の子達とも学生の頃のような付き合いをしている間は平和なものだった。

 閉鎖的な田舎と違って、都会はアタシを受け入れてくれると――……暢気にもそう思っていたわ。好意を寄せられたら取り敢えず相手の欲しがりそうな言葉を考えて与える。決して傷付けるような否定的な言葉は使わない。

 そうした言葉をかけ続ければ、どんな失敗もしないものだと思っていた。でもそんな小狡い立ち回りがずっと通用するわけもなくて。アタシの周りにはいつでも、優しい嘘を吐かれたいだけの享楽的な仲間が集まるようになった。

 それがまさか最後がそいつ等の起こした痴情のもつれが発端の喧嘩に巻き込まれて、仲裁の最中に刺されて死ぬだなんて――……我ながら割に合わない人生の終え方で笑っちゃうわ。

 だからこっちの世界に転生してラシード・ガラハットになったのだと理解した時は、これはやり直しのチャンスだと思った。何となくここが過去の西洋史の世界でもなければ地球でもないとは理解できたわ。そうでないとファッションの違いの説明が付かないもの。

 どことなく生前やっていたゲームの世界に似ている。その程度の認識で、新しくプレイすることになったキャラクターがどの作品の誰かなのかまでは分からなかったけれど、それで構わなかったわ。

 ただ、家族運がないのは前世の行いのせいかしらね。長男とは言え妾の子で、妹二人のうち姉の方はアタシの産まれた三日後が誕生日だ。その時になってようやく気付いた。前世の両親の何と親らしかったことかと。

 だから、これはある意味分かりやすい天罰の形なのだと思ったわ。分かって欲しいと叫ぶ一方で、アタシもあの人達を分かろうとはしなかった。そのことへの、これは罰なのだと。

 アタシが七歳の時にこっちの世界での母が亡くなって、引き取られた先の屋敷にいた本妻とその娘達の怖かったことったらなかったわね。でも父親はアタシに無関心。家を継ぐ男児がいれば良かっただけみたいね。

 母は亡くなる前に何度もアタシに“弁えなさい”と言った。弁えずにぼろ雑巾のように捨てられたクセに。それともあれは自分の失敗を踏まえての言葉だったのかしら? ともかくその言葉を守ろうと、アタシは“アタシ”を閉じ込めて“ボク”として生きることにした。

 引き取られた後は毎日毎日、エスカレートしていく折檻に堪えていたけれど、九歳くらいでもう馬鹿馬鹿しくなった。前世のアタシとそう歳の変わらない両親の馬鹿さにホトホト呆れたのね。

 その点、妹達は仕方がないわ。その歳に相応しく親の言葉を鵜呑みにして馬鹿な両親の教育の元、自分達こそが世界の頂点だと勘違いしたとしても。それに好きではないけれど、本妻である継母もアタシの母とクズな父親の被害者だわ。

 それからは、もう、父親の気に入らない子供として生きることにした。要は前世と何ら変わらない生き方に戻っただけだったけれど。

 それまで大人しかった“ボク”がアタシに戻って好き勝手をし始めると、案の定、父親にはとんでもなく嫌われた。最初は折檻の嵐だったけれど、結局矯正出来ないと分かれば元の無関心に戻ったわ。本当にクズね。

 けれどその分、継母は心が安定したのか陰険な折檻をピタリと止めて、折檻されたアタシを手当てしてくれたりもした。

 その時に感じたのは“可哀想に、この人もまだ子供なのねぇ”と同情すらしてしまったくらい。妹達はそんなアタシを遠巻きに見ていたけれど、母親が穏やかになればこちらに敵意を剥き出しにすることもなくなった。あの子達も母親を守ろうと必死だったのね。

 そうやって十五歳まで屋敷で暮らしていたアタシを、久し振りに自室に呼んだ父親は『隣国に留学しろ』とだけ言って、次の日には大した荷物も用意させずにアタシを屋敷から放り出した。でもかえってその方が良かったから、アタシもあっさり隣国のグエンナ王立学校に留学したわ。

 学園内では最初からアタシとして振る舞っていたけれど、お坊ちゃんお嬢さんが多いせいか、はたまたゲーム補正なのか。アタシの存在は割とすぐに容認された。それが“特権意識の強い貴族の中では精神的にまとも”だったからだと知ったのは、下級貴族の友人達からだったけど。

 それでも良かったわ。ここでは好きなように呼吸が出来て、深くは付き合わないけれどそれなりに連んで楽しい友人達も得られた。後はどうやって屋敷に戻らずに生きていこうかということだけが悩みだった毎日に、突然前世の記憶を持った一学年下の女子生徒が飛び込んできたのには流石に驚いたわ。

 しかも人を巻き込もうとする理由が、ゲームの推しメンを助けたいだなんて……正直ちょっと引いたけど、それでも前世の仲間が出来たのは嬉しかった。だけど結局今回もきっとアタシの上辺だけの言葉に騙される。今までみたいに表面上の関係になると踏んでいたのに――。

 良い意味でルシアと彼女の推しメンはアタシを裏切ったわ。二人と連むようになってから、アタシは表面上の言葉以外の物を沢山吐いた。それでも二人は呆れも怒りもしない。それは何だかとても妙な気分だったけれど、不思議とちっとも嫌ではなかったわ。

 ――だから、天恵祭の日にルシアが木から落ちて地面に倒れていたときは本気で血の気が引いた。大切な“友人”の一人を失うかもしれない。その衝撃はそれは隣にいたスティルマンにしても同じで。いつも無表情な男が青ざめるのを初めて見た。

 あの事件の後、ルシアは治療の為にしばらく学園を休んだ。アタシはあの事件に思い当たることがあったけど、スティルマンにもルシアにも、怖くて言えなかった。事件から二日後、空き教室にファンの子達の中でも特にしつこい子達を数名呼び出して鎌をかけたら、あっさりとあの日の出来事を白状した。

『このことを家の人間に報告されたくなかったら、アナタ達の血の巡りが悪い頭でも丸く納める方法ぐらい分かるわよね?』

 アタシはそう転生してから初めて明確な怒りを持って相手を脅した。相手の子達は怯えて大泣きしたけれど、その後は脅しの効果があったのかぱったりとファンクラブの中から姿を消したわ。

 その後アタシとスティルマンは後ろ盾のないルシアが、これ以上妙なやっかみに巻き込まれないように、そして三人で気兼ねなく遊べる場所を作ることに。

 生徒からのウケはイマイチだけど授業態度が真面目で教師にウケの良いスティルマンは、すぐに良さそうな場所を見つけてきて教師のウケが良さそうな同好会をでっち上げ、まんまと今こうしてだらけられる場所を作っちゃったのよね……。将来が末恐ろしい子だわぁ。

 そんなことをぼんやりと振り返っていたアタシの目の前で、ルシアが嬉しそうに紙袋を持ち出した。古物ばかり扱う雑貨屋の物だから中身の方は期待出来ないけれど、何が出てきても喜んであげなくちゃね?

「はい、これ同好会の部費で調達してきたマグカップね」

 紙袋の中から取り出され、ゴトリとテーブルの上に並べられたマグカップは全部で三色。どれも窯元が同じなのか、デザインは色の配色の違いだけ。上下の色が二色に分かれただけのシンプルなマグカップ。

 一つは赤と紺。もう一つは緑と黄。最後は青と白。この三色の中から選べと言いたいのね。だったらきっとアタシが選ばないといけないのは……緑と黄かしら。本当は鮮やかな赤と艶のある紺のマグカップが良かったけど、赤は色味的にもルシアが自分用に買ったものだろうし。

 そう思って緑と黄のマグカップに手を伸ばそうとしかけた、その時。

「ラシードはこの赤と紺のマグカップね。スティルマン君は――」

「ああ、この青と白だな?」

「うん、正解。それでこの緑と黄が私のだから。それぞれのイメージで色を考えたから憶えやすいでしょう? これでお茶飲んでね。あ、一応お茶も各自のイメージで買ったからね。スティルマン君は手堅くコーヒーとダージリン。私はまぁ特にこだわりがないけどコーヒーとココアかな。ラシードはローズティーとハーブティーね」

 得意気に並べられた銘柄は、いつもアタシが飲んでいるメーカーのもので、スティルマンも「悪くないな」と缶に記載されているメーカー名を確認している。その光景を見たアタシは、何故だか思わず泣き出したいような気分になって。

「ポットに目一杯お湯用意してきたし、今から皆で早速飲もうよ。ね?」

「……そうだな。そうしよう」

 何かに気付いた二人は、けれど、それ以上は何も言わずにお茶の支度を始めた。並んで楽しげにお茶とお菓子を選ぶ二人の後ろ姿を見ていたら、このままが良いと思ったわ。だからゴメンナサイね、ルシア。

 アタシ、アンタのことは大好きだけど、アンタのしようとしていることを応援出来ないかもしれない。アンタ達は二人でいた方がきっと幸せなのよ。



 ――――幸せにしたいわ。誰かだなんてフワッとしたものじゃなくて。

 ――――幸せにしたいわ。アタシの手で、初めて得たこの二人の“親友”を。
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