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◆一年生◆

*20* これは……スチルの玉手箱やぁ。

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 本日は“十月十一日”……に、つい今し方なったところ。

 毎日深夜の十二時は、私が推しメンと唯一二人だけになれる時間だ。最高の癒しの時間だと言って過言ではない。

 お肌を休める睡眠時間? そんなものは知らんな――とは、流石にラシードとの約束がある以上簡単に言えないので直接本人に訊いてみたら、

『お肌を回復する睡眠時間? 知ってたのは偉いけど、それもう古いわよ。美肌神話っていうの? 最近では睡眠時間じゃなくて、睡眠の質。ストレスを溜めないことが大事なの。眠り始めて三時間がお肌の黄金時間で、この三時間の睡眠の質さえ良ければ何時に寝ても良いっていうお医者さんもいるわよ』

 という、とても長ったらしい返事が返ってきたので、ストレスフリーな睡眠時間の為に私はこうして毎晩スティルマン君と星詠みを楽しんでいるのである。うぅん、役得だなぁ。

 領地では家族や領民の皆と畑仕事をしたり、収穫したりしている時に感じたけれど、今はこの時間さえあれば全ての嫌な物事が清められる。

 例えば最近星座のお勉強がおざなりになってて、そのせいで今日(もう昨日だけど)のテストが欠点スレスレであったとしても。

 例えば最近放課後にラシードと行動しているせいで、一部の上級生のお姉様方から地味な嫌がらせを受けているとしても。

 クラスで浮きまくっている上に家名の後ろ盾もないせいで、友人が同性異性を問わず未だ一人もいないとしても。

 そのせいで全く友人のことが書かれていない手紙を心配した両親からの手紙に“お友達は出来た?”という一文が、毎回枕詞のように添えられているとしても。

 ふむ……こうして挙げてみたら結構な数の不安要素がある気もしないではないけれど、推しメンがいればどうということもないね。私の場合は領地に帰れば皆がいるし、今は推しメンのヒロイン攻略が重要だ。

「ねぇ、スティルマン君は今日も放課後、鍛錬場に行くの?」

 クルリと天体望遠水晶の中に捕まえた星を詠みながら、何でもない風を装って、背中合わせのスティルマン君にそう訊ねる。最近夜中は冷えてきたから、背中から伝わってくる体温の尊さに思わず顔がにやけそうになる。

 転生して肉体年齢的には同格になったけれど、精神年齢を考えれば自分でも引いてしまうレベルの危険人物だ。ラシードあたりに見られたら全力のおブス認定を食らってしまう。

「ああ、一応そのつもりだ。君はまたついてくるつもりなのか?」

「勿論……って言いたいところだけど、スティルマン君が鍛錬してるところを見られたくないなら行かないよ」

「……別に、邪魔をするわけではないのだから、見に来たいなら来ると良い。けれど見に来たところで、女性にとって面白いことでもないだろうに」

 いや、確かに貴男がいなければ何の用事も興味もない場所ですよ。でもそれはたぶん、あの場所にいる大半の女の子にも言えることだと思うな。女性であの場所を心から楽しめる人は、武術の心得がある人だけだよ。

 でもたまーに男子生徒に混じっている、女性騎士見習いの子達はかなり格好良い。あれは百合様に走る子もいるだろう。ベル○ラもかくや。

 キリリと高い位置で纏めたお団子髪から零れ落ちる僅かな後れ毛とか、歯を食いしばった顎のラインだとか、レイピアで突きを繰り出す際に飛び散る汗なんか、同性の私が見てもときめく。

 一心不乱に電光石火の突きを繰り出すその姿は、さながら女王蜂のようで美しい。あぁ、でも、女王蜂は戦わないから彼女達は護衛蜂か。

 何にしても蜂の巣というのは、ほぼ女性だけで形成されているらしいので、どちらにしても華々しい。

 そうそう、ここはゲームの世界とは言っても妙なところがリアルで、女性騎士は基本レイピアしか使わない。幅広のバスター系とか大槍は体格的に禁止されているのだとか。まぁ嫁入り前の娘さん達だし、それを抜きにしても手許が狂ったりしたら危ないもんね。

 しかし……ちょっとだけ女の子の大剣使いとか見たかったのになぁ。惜しい。

 そんなことを考えながら、また天体望遠水晶をクルリと回す。中の傷に反射した星達は、流星群のように流れては乱反射して、私の予測をより難しい物へと変えていく。

 ははは、水晶こやつめ。これを真に受けてそのまま詠めば、明日にもこの国は水没するほどの豪雨被害を受けるぞ。付き合いが長いからそんなヘマはしないけどね。

 さてどれどれ……どんなものかなと、意識を集中させ、そこから傷に走る星の軌道を少しずつ選別して細分化する。

「お……今日は晴れるけど、明日は午後からお天気雨になるってさ」

「そうか、どれくらい降りそうだ?」

「――お天気雨だから、雨量は大したことないね。ただお天気なせいで気温が微妙に高くて上空が不安定だから、風が強く吹くらしいよ。その代わり気温は高いから風邪はひかなさそう」

 クルリ、クルリと天体望遠水晶を回しながらそう答えると、不意に水晶にこちらを振り返ったスティルマン君の顔が映った。魚眼のように丸く映し出されるその顔は、いつもより愛嬌がある分、ゆるいマスコットのようだ。

 そういえば前世のこのゲームでのマスコット・キーホルダー、推しメンのだけなかったなぁ。あったら絶対に買ったのに。

「スティルマン君ったら面白い顔で映ってるけど、どうしたの?」

 何か用事かと思ってそう声をかけたら、水晶に映ったスティルマン君の目が少しだけ見開かれた。驚かすつもりはなかったけれど、予期せず良いスチルを手に入れてしまったぞ。

 でもとりあえずそれは部屋に帰ってから脳内再生するとして、物言いたげだったスティルマン君の方を振り向く。

 しかし当のスティルマン君が何故か背中を向けてしまったので、私はその背中に再度「どうしたの?」と声をかけたのだが……結局その後、私の問いかけに対するスティルマン君からの答えはなかった。

 自室に戻った私は、ラシードに書いてもらったスキンケアの手順をしっかりとこなし、ベッドに大の字になって寝転がる。世の女子はベッドに寝転がるまでに、毎日この工程をやっているのかと思うと本当に頭が下がる……。

 これは恋人や夫は、彼女や妻を褒めてやらないといかんね。

 この努力は凄いよ。だって毎日だよ、毎日。これで肌が綺麗にならなきゃ嘘だろ。だから世の男性陣、本当に褒めて。

「見せる相手もないのに頑張る私は誰が褒めてくれるんだよぉ」

 口にしたら気分が若干ダレてしまい、ベッドの端まで数回ゴロゴロと転がってみる。そんな時ふと過ぎったのは、別れ際のスティルマン君の何故だか少し暗かった表情だ。

「……うーん、何だったのか気になるけど、無理やり聞き出したいわけでもないからなぁ。推しメンが自分から言いたくなるまでそっとしとくか」

 冷えた身体を横たえたベッドの中でそうぼやきながら、入手したばかりのスチルを再生しながら落ちる夢は、きっと私の肌を格別に良くしてくれることだろう。


***


 血気盛んな若人達が今日も汗を散らせ、恋情に頬を染め、熱い技量のぶつかり合いの中で友情を深め、青春を謳歌する放課後の鍛錬場に――教師から呼び出され、死んだ目で遅ればせにやってくる私。

 くっそぅ、せめて補習分の提出物だけで許してくれよ! 明日の授業の準備とか自分でやって下さい。お給料分働くのは乙女ゲームの世界だろうが社会人の常識だと思います。

 そんな不満たっぷりの顔だった私を見つけた大柄な人物が、数人の男子生徒をかき分けて近付いてくる。目にも眩しいマンゴー色の星をまき散らしながらな。

「あら、今日も遅かったわね~、ルシア。もうとっくにスティルマン君の基本の型のアップ終わっちゃったわよ」

 そう言いながらもラシードは私の頬をつついて「うん、だいぶハリが出てきたわね~。偉いわ」と肌のチェックを忘れない。ふ、ふん……この程度褒めて欲しくなんか……いや、まぁ、ちょっとは嬉しいけど。

 最近慣れてきたとはいえ、プロの肌チェックは補習を言い渡される時より怖いよなぁ。

 しかしそれよりもさらに怖いのは、ラシードとこうして親しげにしていることで、背中に突き刺さるお姉様方の視線がめっちゃ怖い。視線で人が殺せたら、私は今頃両手の指の数では足りない回数死んでいるに違いないぞ。

「ま、ま、それよりさ、スティルマン君の調子はどんな感じ?」

 これ以上余計なヘイトを稼ぎたくない私は、やや強引に会話をぶった切って、あの奥まった場所にあるベンチの場所へとラシードを急かす。

「ふふふ、当初は謙遜してたけど、連日模擬試合してたからだいぶ緊張感も苦手意識も薄れてきたわよ。それにそんなに焦らなくてもアンタの推しメン真面目だから、アタシがちょっとアンタを迎えに席を外したくらいで帰っちゃったりしないわよ」

「真面目はそうだし、オネエさんな上級生への苦手意識はそうだけどさぁ、一人でいたら誰かに絡まれたりするかもしれないじゃない?」

「もう、大袈裟ねぇ。そんなに心配しないでも男の子なんだから、自分に降りかかった火の粉くらい自分で払うわよ」

 ラシードと二人でそんなことを話ながら奥まった鍛錬場の端に向かうけれど、それも次第に近付いてきた風切り音と、足元を踏みしめる砂利の音で途切れた。

 ドキドキしながら直前にある壁の物陰からそうっと覗けば、そこには鍛錬に勤しむ推しメンの姿が……。

「ヤバいヤバいヤバい、尊い尊い尊い尊い尊い」

「――ちょっとぉ、心の声が全部口から出てて気持ち悪いわよアンタ。こんなところで不健全に興奮してないで、声くらいかけなさいよ」

「いやいや、あんなに集中してる相手にそんなの無理ですけど?」

「どのみちアンタが来るまで一時間半くらい休憩なしで鍛錬してるんだから、ここらへんで一旦休み挟んだ方が効率的なのよ」

 そう言うが早いか、ラシードは私が止めるのも聞かずに「ねぇ、ルシアが来たから一旦休憩しましょうよ」と汗を散らしている推しメンに声をかけた。その声に顔をこちらへ向けた推しメンが、タオルで汗を拭いながら「分かった」と答える。

 ぼうっとこちらにやってくるその姿に見惚れていたら、不意に旋毛辺りに視線を感じた。顔を上げればニヤニヤと嫌らしく笑うラシードと視線が合ったので、その腹にグーパンチを見舞う。ぐ……オネエさんの腹筋固いなっ!

 突き指しそうになって手をプラプラさせていたら「今日も遅かったな」とさっきも聞いたような発言をするスティルマン君がすぐ近くに立っていた。

「う、るさいなぁ、二人とも。別にこっちだって、呼び出されたくて呼び出されてるんじゃありませんからぁ」

「そうそう、頭の作りよね?」

「そうか、頭の作りなら仕方がないな」

 両側からの無礼千万なその発言に思わず「そんな時ばっかり仲良くなくて良いですからぁ!?」と突っ込む。

 ここは乙女ゲームのシナリオでも最重要イベントを目前に私が用意した、いわば第二回捏造イベント会場。

 水色カインとのイベントを発生させてしまった推しメンを援護する為に、スティルマン君が一人で鍛錬しているところへ偶然を装ってやってきたラシードが絡む……という雑な筋書きのもと発生させたのだ。

 監修は私なのでやや粗が目立つが、そこは我慢。今のところは剣術の腕前が確かなラシードの元で、一緒に切磋琢磨する推しメンを見られるようになった私しか益がないけれど、まぁ、許して欲しい。

 天恵祭で水色カインを返り討ちにさえすればイベントの進行上、ヒロインちゃんの推しメンへ対しての好感度が爆上がりする予定だから。

 推しメンはなかなか上がらないヒロインちゃんの好感度を、ラシードは私の顔面を目当てに、私は貴重な推しメンの鍛錬スチルを得る。正に誰も損をしない完璧な布陣だ! 偉いぞ私!

 ――でもまぁ、今は取り敢えず……。

「優しい私が差し入れ持ってきたから休憩しよっか?」
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