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◆一年生◆
*10* 夏休みイベント発生……って、私の?
しおりを挟むえー……本日は“七月三十一日”。
教室の窓から見える空は雲一つない晴天です。
テスト前に急遽開いた勉強会の三日間が功を奏したのか、はたまた私の地力が勝ったのか……考えるまでもなく前者のお陰で、私は学園に入学してから初めての長期休暇を無事赤点もなく迎えることが出来た。
「星座のテストは、あれだけ重点的に付き合わせておいて七十五点か」
しかしこの学園の教師陣よりも厳しい推しメンは、赤点がなかった安堵から机に突っ伏していた私の下敷きになっていたテストを抜き取り、そう溜息を吐く。いよいよ明日から学園は夏期休暇に入るとあって、いま教室内に残っている生徒は私と推しメンだけだ。
「ぐっ……そこは本当に面目ないです」
推しメンはゲームの中でも厳しいキャラだったけれど、うん、実体化して会話が出来るようになると尚更厳しく感じるなぁ。こう、自分のことなんだけれど、少しは褒めてくれたって良い――。
「まぁ、苦手な科目でこれだけ取れたら大したものだ」
――――――ん?
一瞬聞こえた空耳に、突っ伏していた机からガバリと身を起こして周囲を見回すけれど、当然教室内には私達しかいない。そしてもしも他に生徒がいたところで、ド辺境領から出て来た私を褒めてくれるような心優しい子はいないもんね。
「……今、何かとても幸せな空耳が聞こえた気がする」
「そうか、それは良かったな。疲れているなら今日は早めに寮に戻って、明日領地に帰る支度でもするんだな」
「今の台詞もう一回お願いします」
「疲れているなら早めに――」
「うん、それ絶対言うと思ったけど。その前“そうか、それは良かったな”の前まで巻き戻して」
笑いながら冗談半分、本気半分でそう言うと、スティルマン君は手に持っていた私のテスト用紙に視線を落としたまま「断る。過ぎた評価は堕落の元だ」と涼しい顔で流してしまった。でもその横顔が少しだけ呆れたように綻んだのを見逃す私ではない。
明日からの長い夏休みの前に、脳内のスチルボックスに些細なものでも構わないからため込んでおきたいのだ。今ので一枚増えたけれど、もうあと何枚か欲しくて「ケチ」と呟いてみる。
すると案の定「ケチで結構」と反論する眉が不服げにピクリとつり上がった。これも脳内スチルボックスに保管するとして……反撃が怖そうなのでそろそろからかうのは止めておこうかな、うん。
それにせっかくだから、長期休暇を前にした浮かれた学生気分でも味わって話題を変えてみることにしよう。
「そういえば、スティルマン君は休みの間の予定ってもう決まってるの?」
「……いつもながら君の会話には脈絡というものがないな」
「チッチッ会話なんてものはさ、相手に何となく通じる程度のとっかかりがあれば問題ないんだよ。それにスティルマン君は賢いんだから、今の会話で内容も理解してるでしょ?」
生前は職場の同僚達に“報連相”を説いたというのに、そんなことは都合良く頭から抹消して無茶なことを言ってみる。別に大した答えが返ってこなくても構わない。私はただ少しでもこの放課後の教室という特別な場所で、推しメンとの会話を続けたいだけだから。
それに実際問題として、ゲーム内でのスティルマン君のバックボーンはほとんど語られていないのだ。だからどんな会話であろうが、推しメンの語る内容は初めての情報ばかりということになる。
シナリオにあるのは“幼い頃に助けたヒロインに対し、異様な執着を持つスティルマン伯爵家の一子。彼女の愛を得る為であればどんな犠牲も、非道な手段も厭わない”という、如何にもぼんやりとした設定だった。
要するに、シナリオの時点で“コイツ面倒臭そうなストーカー系の悪役だわ”と思われるタイプの書かれ方。いくら何でも扱いが酷い。そういえば……推しメンの家族とはどんな人達なんだろう。
たった一人でも彼の間違いを正し、諭すような、そんな人が身近にいてはくれなかったのだろうか――?
答えを期待しないでそんなことを考えていたら、テスト用紙を私の机に戻したスティルマン君と目が合った。
「……君はどうするんだ?」
あぁ、やっぱり私には情報の解除システムはないらしい。ヒロインであるアリシアでないと、推しメンの予定は聞き出せないようだ。そのことにほんの少しだけ落胆しつつ、それを悟られないように口を開く。
「私は領地には戻らないで、夏期休暇の間ここの寮にいるつもり。というか、卒業までは家に帰らないよ。せっかく入れた学園なんだし、ここで目一杯知識を詰め込んでさ、故郷に新風を吹き込ませてやるつもり。あと毎日星詠みの練習をして、少しでも精度を上げようと思ってる。三日先までしか詠めない今のままだと、中途半端でここぞって時に役に立たないから格好悪いでしょう?」
ふざけているように聞こえるかもしれないけれど、これは私の本心からの言葉だ。両親も領地の皆にもそう伝えたし、皆応援してくれている。
そうして三年間帰らない代わりに、帰ったらこれ以上ないくらい前世の社畜魂を込めて働くのだ。それも大切な人達の為に働きたくて働くという、最高に贅沢な労働者になるのだから。
「それは……この王都で星詠師になるというのでは駄目なのか? ここなら仕事にあぶれることもないし、辺境領に戻るより手取りも良いと思うが」
やや興味を持ったのか、会話を続けてくれる気分になったらしいスティルマン君が至極もっともな意見を述べてくる。
「あぁ、確かにね。でも王都だと絶対人数が少ないとは言っても、有能な人が一杯いるでしょう? そんな中だと、私みたいな半端な能力しかない人材なんて物の数に入らない。だけど……領地では私の半端な星詠みでも、収穫高が増やせることもあるから」
王都にはスティルマン君が言うような、星詠師だけを集めて一年中星の観察をするような要職もあるらしい。年間の星の動きを大勢の星詠師に見張らせて、天災から国を護る。それが古くからある星詠師の仕事だと言えばそれまでだけれど、私にはあまり納得出来なかった。
だってそれでは王都しか護れない。それこそ王都以外の場所にも、天災は否応なく襲いかかるのに。
「私はこの能力をここで伸ばして、家族や領地の皆と楽しく生きて行きたい。そんなことも出来ないなら、ただでさえ半端なこの能力に意味なんてないからねぇ」
そして現状その三日先までしか当てられない星詠みも、先日の暗闇恐怖症を再発症してしまってからは難航しているのだ。
「まぁ……取り敢えずは、休みの間に星火石ランプなしで夜に出歩けるようにしないと駄目だけどね。スティルマン君とティンバースさんのお陰で補講もないもん。夏期休暇中は生徒も少ないし、学園の警備も手薄になるだろうから、夜な夜な校内を徘徊して手当たり次第星詠みでもしてみるよ」
思わず遠い目になってしまうけれど仕方がない。夜空を詠む職業の人間が、暗闇が怖くて夜道を出歩けないなどと言ってはいられないからな。
けれど腹をくくってそう発言し終えた私を眺めていた推しメンは、不意にその口許を歪めて皮肉げな微笑みを浮かべると、意外なことを提案して来た。
「成程、面白そうな試みではあるな。俺もすぐに領地に帰らなければならない予定もない上に、前回の星詠みでは無様な結果で遅れを取った。もし良ければ、君が言うところのその星詠み練習に、俺も五日間ほど同行しても構わないか?」
――取り敢えずそう言って笑った負けず嫌いな推しメンのスチルは、プライスレスな輝きを持っていた。まだ始まってもないけれど、ここは敢えて言おう。
…………ありがとう、神様。この夏休みに一片の悔いなし!!
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