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◆第十章◆
*15* 一人と一匹、三泊四日の現代旅行。
しおりを挟む駄神のいうところのサプライズとは、早い話が前世の世界を三日だけ遊び歩けるというものだった。慣れた世界に三日だけとはいえ舞い戻って何が楽しいんだかと思ったが、それはすぐに誤りであると判明する。
『今回は特別に守護精霊の同行も許可しましょう。軍資金は勿論貴方の通帳内のお金です。そもそもこの通帳が無事に使える状態なのも、わたしがチョチョイとこちらの世界の理を弄ったからですからね。そうでなければ死人の通帳残高なんて、今頃国のものになっていますよ』
――ということらしい。
確かにこちらの世界の〝真凛〟は当然死んでいる。通帳なんて真っ先に使い物にならなくなっているところだ。
けれど本当に何をどうやったのか、通帳は生きていて、残高は駄神のVTuberデビュー代の三十八万を除いても億単位残っていた。だが三十八万は三十万ちょっとじゃない。ほぼ四十万だよ馬鹿野郎が。
『わたしのプロフィールは石油王(笑)にしました。富豪が暇を持て余してVTuberを始めたということで』
個人的に最後の(笑)がめちゃくちゃ反感買いそうだし、ネット民相手に下手な煽りをするとコメント欄が荒れるぞと忠告したら、駄神のアバターであるエルフはにんまりと妖艶に微笑んで。
『ふふふ、そこは大丈夫ですよ。自分の領地の治安はしっかり守ります。相手はたかだか人間ですからね』
――と言った。駄神改め邪神って感じ。あのエルフの姿絵があいつの本当の姿でないのは分かるけど、当たらずとも遠からずって感じの見た目な気がする。絵師の解釈なのか、駄神の注文かは知らんが。
『一応身バレ防止のために、他人からはこちらの世界に生きていた頃の貴方の顔ではなく、他の人物の顔に見えるようにしておきましょう。そっちの守護精霊はガワを考えるのが面倒なのでそのまま。魔法が解けるのはお約束として毎日深夜十二時ということで。それ以降は前世の貴方の姿に戻ります。ね、スリリングでしょう?』
サプライズにスリルはいらんだろとは思いつつ、そう軽々しく死人が歩き回るのも問題な気がするので、それくらいの緊張感があった方がちょうど良いのかもしれない。あとは金太郎達への連絡についてもしてくれるそうだ。
とはいえ、こっちで過ごした時間は向こうでの朝から夕方くらいまでになるらしい。それくらいの時間であれば、採取に出かけて帰ってくるのと何ら変わりないから大丈夫だろう。
通達すべきことを一方的に配信してきた駄神は、またもあざとく顔の両側で手を振りながら『ではわたしは初配信の準備で忙しいのでこれで。楽しんで来て下さい』と言って通信が切れた。相変わらず自由すぎる奴。
「――で、始まりはまたこの部屋からなのな」
「サイラスが使っていたマリの部屋ですね」
「そうそう、悪趣味だよな。ご丁寧に着替えまで用意してあるみたいだし、さっさと着替えて遊びに行こう」
生活感丸出しの部屋の机の上に置かれているのは、きちんとたたまれた着替え。買った覚えのないものが自分の部屋にあるのはなかなかにシュールだ。
手に取って広げてみると、私の服はジャージー素材の赤いパーカー、無地の黒Tシャツ、スキニージーンズに足下はバッシュと、かなりラフだ。
対する忠太はなんだろうな……お育ちの良さそうな大学院生? みたいな黒いジャケットと白のタートルネックに、サマーウールの帽子と細身のパンツに革靴だ。知能によって服装に差が出るシステムでもあるのかと疑ってしまう。違うよな? な?
「今日は一日よろしくお願いしますね、マリ」
「おう、任せとけ。スマホ使っても持ち帰れないものっていったら、店でしか食えない出来たてジャンク飯か、食べ歩き系だろ。こっちでしか味わえない刺激で、忠太の腹をいっぱいにしてやるよ」
「なんと……それはとても楽しみですね!」
「へっへっへ、だろぉ? 途中でへばるなよ」
二人してサクッと着替え、玄関のドアを開けたらそこは――表通りの喧騒が聞こえてくる雑居ビルの間だった。クリーンな空気に慣れた身としては、久々に嗅ぐ生ゴミと排気ガスの臭いに早くも胸焼けがしそうだが、三日間と時間勝負なだけに出現場所が繁華街に近いのは助かる。
振り返った先にはボロくてベコベコに凹んだ雑居ビルの裏口ドア。成程、変なところでファンタジーだ。初めて見る高さの建物と騒音と臭いに目を白黒させている忠太は、成程、この服装が良く似合う。実にお育ちが良さそうだ。
駄神の服装チョイスはあながち間違っていなかったかもしれない。誰でも親切に声をかけてくれそうなものの、一人で置いていったらキャッチに捕まりそうな感じもするから、目を離さないように気をつけなきゃだ。
「まずは二郎系ラーメンだけど、朝だからもっと軽いので様子見するか。スマホでモーニングやってるとこ探すとして……ひとまず行こうぜ忠太」
そう言ってはぐれないようにと差し出した手をまじまじと見つめた忠太は、すぐに笑みを浮かべて私の手を握る。巨大化したハツカネズミの時よりしっとりとしていて、見た目よりゴツゴツ大きな掌にちょっと驚いたけど、握り返して表通りの方を目指して足を踏み出す。
――さぁ三日間、どうやって驚かせてやろうかな。
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