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◆第十章◆

*3* 一匹、ほぼ名指しされてない?

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 うーん、このデジャヴ。こっちが箸を使ってうどんを一回すする間に、ブラックホールの如くうどんを食べる美少年。ついでにてんこ盛りに盛ったはずの揚げと天ぷらも消える。それこそ天ぷらが出汁を吸い込む暇もない。サクサクのまんまで出汁を吸った時の食感の変化とは無縁だ。

 心持ち野菜不足解消にと思って盛り盛りに入れた刻みネギも、教えたわけでもないのにうどんと混ぜて食べている。そんな光景を眺めつつ、レンゲに忠太用に少し冷ましたうどんと揚げを盛り付け、仕上げに出汁を足す。

 忠太は半分に折ってやった爪楊枝でうどんを刺し、左右に振って冷めたのを確認してからぱくりとやる。スープは百均のコンビニコーヒーについてるスプーンの柄を折ったやつで、器用に掬って飲む。一連の動きが可愛すぎて思わずスマホで動画撮影してしまった。

 片手でスマホ撮影をしつつ、空いている方で自分のうどんが入った丼ぶりを引き寄せ、チュルンとすする。久々に食べたけど出汁も麺も具も安定の美味さだ。昔はこんな贅沢な全部乗せじゃなくて、ほとんど素うどんか天かすうどんばっか食ってたけど。とはいえ――。  

「忠太の言った通りだったな」

【そうでしょうとも】

「んむ、むぐ、ん……何がだ?」

「いや、具材もうどんも用意し過ぎたかと思ったんだけど、全然そんなことなかったなって話だよ。食べ盛りは見てて気持ちが良いわ」

「あ、もしかしてわたしはマリ達の分まで――、」

「気にすんな。朝からずっと患者を見てたんだろ? 腹一杯食って午後の診察も頑張れ」

【わるいと おもうなら あげを ひとかけ くださいな】

「う……良いけど、チュータはどこにそんなに入るんだ」

 すでにちょっとお腹がたゆんとなっているくせに、食い意地の張ったハツカネズミめ。要求されたエリックもその艶艶しい白い毛皮に包まれた、膨らみかけのお餅みたいなお腹を見て困惑している。

 何でこんなに食い意地の張ったやつになったんだかと苦笑しつつ、テーブルの上で両手を広げる姿の可愛らしさに、ついつい自分の丼ぶりにまだ残っていた揚げの端を、箸で小さく切ってやりながら思った。たぶん私のせいだな。

「こら忠太。育ち盛りのエリックからカツアゲするな。私の分をやるってば。あとほら、具だけじゃなくてうどんももっと食べろ」

 エリックの方を向いていた忠太の頬をつついて、レンゲに揚げとうどんをよそってやっていたら、奥の部屋からサイラスとオニキスが顔を出した。瞬間【げっ】と打ち込む忠太。いったい何がお前をそうさせるんだ……。

「賑やかだと思ったら、マリ達が迎えに来てくれたんですね」

「サイラスにオニキス。小説の取材は順調か?」

「ええ、オニキスの話は本当に面白いですし、聖女ものは貴方のいた国の創作物では鉄板ものだったのでしょう?」

「マリの国にはそんなに歴代大勢の聖女がいたのか? 凄いな!」

「ふむ、余程信心深い信徒が多いのだろう。素晴らしいことだ」

「んあー……ははは、なー?」

【じっさいに なのると かると あつかい ですけどね でも まりは ほんものだから なのっていい】

「忠太、シッ、止めなさい」

 冗談でも転生直前までプリン頭だった目付きの悪い八重歯女が聖女とか、物語では許されざる存在だろ。宗教関係者に消されるわ。

 純粋な瞳で見つめてくる一人と一体と一頭から視線を若干ずらし、余計なことを打ち込む忠太の手元からスマホを遠ざける。宗教問題はむしろ前世より、中世寄りなこっちの方がデリケートっぽいからな。そういうゴタゴタで死にたくない。大体前世で宗教は詐欺の入口みたいな扱いだったし、実際〝信じる者と書いて儲けると読む〟っていう漢字の覚え方まであったもんな。

 いらんこと言いな忠太のピンク色の鼻をくすぐってわからせ・・・・ていたら、エリックが勇気を出して「あの、サイラス殿も一緒に食事をしませんか? それで、作品の話など……」と声をかけている。当然ながらサイラスはゴーレムなので、オニキスと同じで食事を必要としない。

 しかしエリックはサイラスのことを、コミュ障でローブをかぶっている作家だと思っているのだ。最初の自己紹介の時にゴーレムだと説明するのを忘れていたのと、エリックの身体の出来が良すぎたこともあるだろうが、何よりオニキス以外にもそういう常識外の存在がいるのだと言って良いものか、判断がつかなかったのである。

 別の担当者上級精霊がやらかしたこととはいえ、一族に押し付けられた呪い以外の件でうちの担当者駄神の玩具にされるのは可哀想だからな。

 ついでに付け加えるならば、最初にサイラスが病後の痕が残っているから、ローブの下はあんまり覗き込まないで(意訳)と言ったことを、エリックが信じ込んで、医者らしく心のケアの観点からあまり話題として触れないというのもあったりする。

「ああ、申し訳ない。食事は出かける前に済ませてしまったので。けれどそうですね……小説の進捗くらいなら、お見せしましょう」

「本当ですか? ではこちらにおかけ下さい!」

「うむ、エリックはこの年頃のニンゲンとしてはなかなか見所があるのだ。お主の求めるヒトの子の視点とやらの研究に役立つであろうよ。それはさておき――、」

 そこでひたとオニキスとサイラスの双眸がこちらを……というか、忠太を見つめて「「君ほど熱心に話をせがんでくれるといいのだが」」と、有無を言わせない声音で言った」
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