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◆第七章◆

*3* 一人と一匹、新規のお仕事。

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【うーん きょうも だいせいきょう】

「な。ここからでもあの周辺に陽炎が見える気がするわ。忠太は落っこちないようにポケットに隠れてろよ。今日は大事な取引があるんだ。書類の確認頼むぞ」

【りょーかいです むこうが あしもとみないよう しょるいのじゅんび ばっちりですよ】

 エドの店の保冷庫を三台増やし、約束通りギルドから新しく雇い入れた店員が見張るようになったことで、冷えた酒が消える騒動が治まってから五日。

 ロッカーの置場所を当初からあった一台を除いて表に設置したというのもあり、これまでの所業がバレたと悟った近隣住民からは、エドも私も結構な数のお詫びの品をもらった。しかもそのうちの一台は丸々私達の新商品が詰まっている。

 本当はロッカーの中を焼き芋一色に染め上げたかったものの、忠太から【〝やきいも おいしくやくの てまかかります とくになつばは ねっちゅうしょう しんぱいです〟】と冷静に突っ込まれたおかげで、やや正気に戻ってお手軽簡単その上この季節ならではの商品を急遽増やした。

「はいはい、奥さん方ちょっと道を開けて下さいねー」

「マリ待ってたわ! もう開店直後から中身が空っぽなの!!」

「おう、ご苦労様レティー。だと思って少し早めに補充に来たぞ。お待たせしました。焼き芋と水茄子とキュウリの浅漬け再入荷分です。お一人様一点ずつのご購入でよろしくお願いしまーす」

 それが今半泣きのレティーに抱きつかれながら、在庫をぶちこむ端から飛ぶように売れていっている、前日畑で採ったばかりの水茄子とキュウリの浅漬けだ。切って瓶に注いだ浅漬けの素に漬け込んで一晩寝かすだけの主婦の友。夏場の塩分補給にもぴったり。

 焼き芋の魔力に老若男女問わず狂うのは予測していたが、こちらが珍しい味のピクルスとしてウケたのは意外だった。肉厚なのに柔らかい特性を持つ水茄子の食感に魅了された人間は多い。

 もともと今が季節で育つのが早い夏野菜。それも緑の指の能力を借りればほぼ二日で実をつけるというチートぶり。家庭菜園の楽しみ方としては少々如何なものかとは思うけど、これはこれで楽しいから良し。

 価格帯は焼き芋がちょっと強気に、一本で小銀貨一枚と中銅貨一枚(前世価格だと千百円)、水茄子の浅漬けが大銅貨五枚(五百円)、キュウリの浅漬けが中銅貨四枚(四百円)となっている。

 あとは……金太郎が折った現代折り紙。指がないのにどうやって作っているのか謎なクオリティー。子供が握っても安心な分厚さ(折り返しが鬼)なので、子供や孫へのお土産に人気だ。こちらはお値段大銅貨一枚と中銅貨一枚(六百円)。

 一番人気は焼き芋で、麻薬でも入ってるのかってレベルで売れていくから補充も忙しい。冬になる前に大量生産が出来るよう、ドラム缶を半分に切った焼き芋機を作らないとな――とか思っている間に、持ってきた商品はあらかた売れた。

 店の方から袋詰めと会計をする店員の悲鳴が聞こえるが、そこはまぁ、そのために雇われたんだから頑張ってくれと念じるだけだ。

 お疲れのレティーにこっそり隠し持っていた焼き芋を一本握らせ、ご機嫌になった彼女と忠太と一緒に残った商品をロッカーに陳列し終えたところで、店の入口から顔を出したエドに「打ち合わせ前に悪いなマリ。先方がお待ちだ」と呼ばれる。

「また後でなレティー。それ食べたら歯を磨けよ。でないと虫歯になるからな」

「もう、マリも父さんもすぐそうやって子供扱いするんだから」

「はいはい。なら子供じゃないレティー。ちゃんと歯ぁ、磨いて待ってろよ」

【あとでかくにん しますからね】

 忠太と一緒にそう釘を刺したら、レティーは頬袋に種を詰め込んだハムスターみたいになって、プイッとそっぽを向いてしまった。そういう反応が子供っぽくて可愛いんだと指摘したら怒るだろうなぁ。入口のエドと苦笑しながら店内に入り、戦場になっている店内を抜けて店の奥にあるいつもの部屋に向かう。

 するとそこには白髪の混じった黒髪をオールバックにした中年男性と、同じく黒髪でこっちはかなり短く刈り揃えた青年がいた。エドに視線で促されて「どうも」と挨拶すれば、相手がソファーから立ち上がって一礼する。服に隠れてても分かるくらい背中の筋肉ヤバイなこの二人……。

「初めましてマリさん。突然お呼びだてして申し訳ありません。わたくし共はこの辺りの生鮮物流を担っているハリス運送の代表で、ブレントと申します。こちらは息子のコーディー。本日は折り入ってお願いしたいことがございまして」

「ああ、簡単な話ならエドに聞いた。表にある保冷庫が欲しいんだよな?」

「はい。あれは素晴らしい物です。貴族向けのクラーク運送のような大手ならいざ知らず、うちのような中堅では買えない氷結庫に代わりうる夢のアイテム! クラークめ……あんな味のしない野菜や魚のために氷結庫とは片腹痛いわ!!」

 それまでは商売人らしく腹の底が見えない笑顔だった男の声が、いきなり大きく荒々しくなり、契約書に目を通していた忠太の身体が一回り大きくなった。ブレントの隣のコーディーが、慌ててこちらに頭を下げる。

 ふと前世の小包の荷分けバイトに行った先のやり取りを思い出す。運送業の会社って血の気が多い人が一定数いたなと。どれだけ穏やかに見えても虎の尾を踏んではいけないと学んだ。

 コーディーが「親父、落ち着けよ。地が出てる。相手の人困ってるって」とボソボソ耳打ちしている。何か某囁き女将みたいだ。

 ハリスとクラークの関係性は○協とイ○ンみたいなものだろうか。だとしたら相手は敵だとも思ってなさそうだ。ブレントの一人相撲だとしたらコーディーが気の毒になってくるぞ……と。今度は私の隣に座っていたエドが囁き女将になった。

「あー、ほれ、あれだ。無理したら氷結庫の一台くらいなら何とか買えるんだがな、問題はクラーク運送の方が商工ギルドに圧力かけてやがるんだ」

「それはまた念の入った嫌がらせだな。意外と敵認識されてるのか?」

「どうだろうな、単に小さい同業者が目障りなんだろ」

「ケチくさ。客層住み分けしてるんだから別に良いじゃん」

【ししは うさぎをかるのも ぜんりょく いいますね でも かっこうよく いったところで よわいものいじめ】

「商売人の面子ってやつだ。客からしたらどっちも同じ運送屋なんだがなぁ」

「こだわるのって当人達だけだったりするやつな」

【おきゃくに あいてがわの さぐりをいれて とまどわせる やつですね】

 スマホにフリック入力するハツカネズミの動向を追うせいで、視線はだんだん自然と下を向く。ボソボソと雑談をしていた私達の耳に空咳の音が届き、慌てて向かい側へと視線を向ければ、居心地悪そうにしている運送屋親子の姿。

 前傾だった姿勢を立て直し、肘で〝会話を切り出せ〟とエドを小突いた。その合図にエドが口を開くよりも早くブレントが口を開いた。

「この仕事をもしお受け頂けるのでしたら、一台辺りの金額が氷結庫より安いのであれば、ひとまず五十台。貴女に注文させて頂きたい!」

 語気も荒くテーブルにダンッと叩きつけられた彼の拳を見つめながら、頭の中のそろばんを弾いた。
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