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◆第五章◆

♗幕間♗遠い記憶のことだけど。

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 こことは風土も文化も全く異なる異国から来た、マリという名のどこか野性的な強さを感じさせる不思議な少女。

 彼女を呼んでお茶会を開き、彼女が用意してくれたお菓子に記憶を刺激され、曾お祖母様と同郷かもしれないと言う彼女の言葉から、数少ない遺品整理をしてみた。でもほとんどはどこか異国の言葉で書かれた紙の束で、解読すら出来ない。

 けれどそれがまさかこんなに早くまた日の目を見るとは思ってもみなかった。そのきっかけが最近知り合ったレベッカ様からの手紙なのだから、私の人生はまだまだ面白くなりそうだわ。夫にお土産話を山ほど作らないと。

「あぁ、あったわ曾お祖母様の日記帳――……よね? こちらでは見ない綴じ方だけど、あの子に聞いたら分かるのかしら」

 鼻を寄せて変色したノートの匂いを嗅いでみるけれど、当然ながらもう曾お祖母様の残り香は感じられない。でもそれとは別に古い紙と、曾お祖母様が当時職人に煤を練って作らせた〝スミ〟の香りがする。思えばこれもあの人の香りだった。

 それなりに分厚いものが合計で六冊。紙が傷んでいるものから並べて一番状態の良かったものは、半分より先が白く残されている。時間が足りなかったのだろう。

 懐かしい香りを胸一杯に吸い込んで吐き出せば、朧気だった厳しくも優しかった曾お祖母様との思い出が過る――……とはいえ、幼かった私の記憶にあるのは、甘いお菓子を前にしていながらふと悲しげな表情を浮かべる彼女の顔。

 好きな物がなかったのかと心配になって話しかけると、曾お祖母様は決まって『いいえ、どれも本当に美味しそうだわ。けれどこの歳になるとね、無償に故郷の味が懐かしくなるのよ』と。血管の浮いた手の甲を擦りながら困った様子で微笑む彼女の肩には、いつも〝ブンチョー〟の〝チヨ〟がいた。

 小さな身体で励ますように歌うチヨの声に耳を傾ける時だけは、痩せた口元にそれと分かる微笑みを浮かべていたわねぇ。

「そういえば、チヨは鳥にしては随分長生きだとお父様が言っていたけれど……曾お祖母様に会えたのかしら」

 ふとあの曾お祖母様の他には誰にも懐かなかった小鳥を思い出し、次いで曾お祖母様と同郷だと言っていたマリという少女を思い浮かべた。あれほど礼儀作法に厳しかった曾お祖母様とあの子が同郷だというのは未だに信じられない。でもそこが面白くて今回の件を快諾した。

 貴族の女の身では体験出来ないことも、彼女はきっとこれまでにやり遂げ、外の世界を見てきたに違いない。年甲斐もなく心が弾む。そんな私の様子を見て使用人達や息子達が心配しているみたいだけれど、それは私にとってもあの子にとっても失礼な話だわ。

「女は淑やかで、母は聡明で優しく、そんなつまらない話はお腹いっぱい」

 バラを集めるのも、庭師に教わって自分で手入れをするのも、新しい東屋の設計をするのも、珍しいお菓子とお茶を提供してお茶会を開くのも楽しい。でもそれはあくまで〝貴族として〟でしかなくて。

 本当の私は木登りが好きで、馬を走らせるのが好きで、裸足で芝生を踏むのが好きよ。そんな私に求婚した、同じくらい貴族として変わり者だった夫は、子供達が手を離れたら船で世界を旅しようと言ったわ。

 言ったのに……それを先に死ぬだなんて許せないじゃない。義兄夫婦の遺した長男と同じ立場に次男をして。でも――。

「社交界一破天荒な娘だと言われた私も、あの人抜きで船旅をしようとは思えないのよねぇ。ほんっと、勝手に早く死んだことは恨むわよぉ」

 溜息混じりに恨み言を口にしてみても、思い出される日々は懐かしいものばかりだけれど。これを期に曾お祖母様のような形で残すのも悪くないと思えるわ。
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