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◆第五章◆

*24* 一人と一匹、点と線。

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「忠太、紅葉ただいま! 点検は無事完了、で、商品の方も問題なかったんでそのまま納品した! あと早速で悪いけど今すぐ出かける支度するぞ!」

 帰宅(転移)直後の第一声としては不適切な私の発言に、たぶんそれまでまったりとリビングで薬草の仕分け作業をしていたのだろう、一匹と一体が動きを止めた。

 棒立ちのまま薬草を手にポカンとする真っ白なハツカネズミ。スマホがないと本当にただの可愛い小動物だ。片や少し離れた場所で床に脚を折り曲げてペタンと座る牡鹿。こちらはよほど驚いたのか「……ワァ」と、某ブラックなネタを飛ばすちい○わみたいな言葉を発した。こいつが声出すの久々に聞いたな。

 一瞬正気になってスンッとしていたら、薬草をテーブルに置いてこちらを見上げてくる紅い双眸と視線がかちあった。すると金太郎がスマホを手に忠太のいるテーブルまで大ジャンプ。いつの間にすられたんだよ。見事な手並みに今度はこっちが目を丸くする番だった。
 
 ――で。

【おかえりなさい まり ぶじに おしごと かんりょう よろこばしい でも きゅうに でかける どうしたんですか】

 仕分け作業で疲れているだろう小さい身体に鞭打って、凄まじいスピードでそうフリック入力する忠太。そのスマホを立ててこちらに見せつけるのは金太郎。テーブルの横に立ったまま「ドコ、イク、イカナイ、デ」と辿々しく話すのは紅葉だ。

「あ、ごめん……ちょっと気になる情報を聞いたから、つい気が先走った。びっくりしたよな」

 冷静さを欠いていたことに気付いて謝罪すると、忠太はホッとしたように頷いて【はなしのけいい ききたいです ゆっくりで いいので】と打ち込んでくれた。

 ――経緯はこうだ。

 風呂を上がってティアラを見せようと思ったら、サリアに『是非我が家にいらして下さい』と言われ、断りきれずに彼女の自宅に連行されてしまった。内心浴槽の中で聞いた情報を忠太と処理したかったので、商品の仕上がりを見てもらったら即効帰りたかった私は当初乗り気じゃなかった。

 でも顧客の言うことなら仕方ない。商品のお披露目を父親の前でしたがったサリアが、父親の目の前で箱を開けたら、中に収めていた白バラと赤とオレンジのポピーをモチーフに作ったティアラを見て、彼女が見たこともないくらい子供っぽくはしゃいで手を叩いて。

 その姿を見た父親は何も言わなかったけれど、深い溜息をついてこっちの勝手で増やした装飾の分の代金に、さらに上乗せして前世価格にして二十万を無言で手渡してくれた。そしてこれが一番重要なところで、サリアが壁にかけたウェディングドレスに冠をあてがっている時に、父親の口から彼女が風呂で口にした言葉がまた出たのだ。

 それが『娘にとっては、君がオーレルの森の聖女・・・・・・・・・だったか』という、如何にも気になる形で。視界の端に映る紅葉のことを気にしつつ話し終えると、忠太は極細かい産毛に覆われたピンク色の尻尾ユラユラさせながら、僅かな時間考え込み――……口を開いた。

【たしかに いくしか ありませんね あしゅばふに でも それには じゅんびが ひつようかと】

「そう。だからその準備しようって話」

【いえ そうだけど そうじゃなくて】

「え? でも準備が必要なんだろ?」

【このばあいの じゅんびは ききこみです それも ねまわし ひつようなやつ あとは でかけるなら こうぼうしめる いつから いつまで れんらくひつよう きゅうだと えどがこまる しょうばい しんようだいいち】

 もう早撃ち自慢のガンマンみたいに、金太郎の立てたスマホにトトトトトト! と入力していく忠太。これぞ一心不乱。普通のスマホなら保護シール張ってても画面割れてそう、とか余計なことを考えかけたものの、その内容は至極まともで。感情のままに突っ走ろうとした自分が恥ずかしくなった。

 ――が、久々に肩(?)で息をする忠太は相変わらず不憫可愛い。とはいえものには限度があるので、ここは私の癒しを優先している場合ではないだろう。

「なぁ忠太……悪いことは言わないからさ、予定とか決める間だけでも良いから人型になった方が楽じゃないか? 馬鹿共転売ヤーの断末魔で稼いだポイントあるだろ。そのままだと文字数で心臓破裂するぞ」

 心配になって背中を擦ってそう言葉をかけたら、物凄く渋々ながらも頷いた。忠太のこういうところはどうにもネズミらしく、貯蓄に余念がないっぽい。しっかり者だけど娯楽下手だ。前世を考えると私も人のことは言えないが。

そして一番この話題に関係がありそうな紅葉はというと、オロオロと床を踏み鳴らしている有り様で、とにかく落ち着かない。せめて安心させようと頭を撫でれば、少しは安心したようで足踏みも止んだ。

 忠太は金太郎に頼んで背負ってもらう形でテーブル上から飛び降り、寝室の方へと姿を消した。たぶん変身シーンを見られるのが嫌なんだろう。何となくだけど着替えシーンを見られるのに似てるのかも?

 半分開いたドアに向かってそう告げるとすぐにドアが全開になって。中から人型の忠太が現れるなりスマホをこちらに手渡して口を開く。

「わたし達のような契約関係はそうそうあるものではないです。ですから、まずは同じような先人の話を聞きましょう。幸いにもわたし達は、すでにそういったことを訊ねることが出来る人物と出会っている」

「あー……えぇっと、うん、あの人な、」

「はい。あのイレーヌ・ルキア・コルテス伯爵夫人です。彼女の曾祖母のお話を、前より少し踏み込んで聞かせてもらいましょう。幼子の記憶でも幾らかは憶えているかもしれません。ですがそれにはレベッカの協力を仰ぐ必要がありますね」

 思い出せない相方をサクッとカバー。忠太のせいで通常のネズミの記憶力がどの程度のものなのか認識がバグる。でも視線が合った金太郎は、黒いマスコット用の目なのにうっすらと残念な生き物を見る気配がした。どうやら私の人名に関しての記憶力は羊毛フェルトのクマに劣るっぽいな?

「そうそう、その人。気さくな人だったけどお貴族様だもんな。こっちの都合でラーナとサーラの商売に迷惑かけるようなことも嫌だし」

「ええ。その点同席していた貴族のレベッカからの手紙であれば、面白いもの好きなあのご婦人のことです。無碍にはなさらないでしょう。あとはそのためにも珍しい手土産を新しく作ることも必要ですね。たとえばお菓子とか」

「簡単で、でもこっちで手に入らない、もしくは誰も食べたことのない甘いものか。まぁ何とかなりそうではある」

 抜け目のない相棒に苦笑して珍しいお菓子について候補を思い浮かべつつ答え、それに対し忠太が大袈裟なくらいに持ち上げてくれたけど……こればっかりは慣れないもんだよな。
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