上 下
76 / 216
◆第五章◆

*2* 一人と一匹、食について考える。

しおりを挟む

 ――延々、
 ――黙々。

 私が複製した魔石をルーターで削って形違いのパーツを作る目の前では、忠太が滑らかだったり野趣溢れたりする魔石を抱え込み、懸命にマクラメコードと格闘している。金太郎はマクラメコードが絡まった忠太を助ける補助係。

 マクラメアクセサリー作りを始めて三日目。作業自体は順調なものの、私は目と指、忠太に至っては全身をアクロバティックに使うせいで少し疲れてきた。唯一疲れ知らずなのは羊毛ゴーレムの金太郎だけだ。こういう時は普段そこまで食べたいと思わない甘味を脳が欲してくるんだよな――と。

「あー……何か忘れてると思ったら、今年正月におしるこ食ってない」

 ふと漏らした独り言に、たぶんこっちも疲れてきていたのだろう忠太が【しょうがつ おしるこ とは】と、スマホに入力した。休憩を挟むのにはちょうど良い話題だと踏んだのだろう。

「あぁ、別に大したことじゃないんだけど。正月はこっち来る前の世界で新年のことで、おしるこは餅っていう、えーっと……米って名前の穀物をなんかこう……叩き潰してちぎって丸めたり、四角くしたりして作った食べ物と、鍋に砂糖と豆を入れて火にかけて甘くどろどろに煮たやつ」

 我ながら説明が下手すぎる。これだと不味そうさしか伝わってこない。やっぱりというべきか、忠太も金太郎も首を傾げている。

「と、とにかく見た目は泥水に何か白い物が浮かんでるだけなんだけどさ、えっと、あれだ。意外と旨いぞ?」

 完全に語彙が死んだ。狼狽える私に忠太が【しょうがつ しらべます】と宣言し、久々に見る全身を大きく使ってのリサーチを開始してしまった。検索ワードをサクサクと選んで端的に正月に関するコンテンツを開いていく。このリサーチャーハツカネズミ、出来る。

 その間に私が説明出来たことと言えば、おしるこの画面に一緒に出てきたぜんざいとの違いについてだけ。個人的には粒餡よりこし餡の方が好きなんだよな。あとは栗入りと栗なし。付け合わせの塩昆布についての説明も頼まれたので、分かる範囲で教えた。栗のあるなしは純粋に財布の具合で決まると思うけど。

 金太郎は途中で寄り道検索しした小豆の欄で、羊羮に興味が移ったようだった。確かにあれも見た目はすべすべの石だもんな。ひとしきり気になるサイトの検索が済んだのか、忠太はある結論を導きだした。

【まり しょうがつに たべるのは おぞうに おしるこ いつたべても いい】

「あ、いや、正月に食うのが雑煮なのは分かってるんだけど……金がな」

【ごかてい じじょう】

「そうそれ。だからお湯を注いだら出来るおしるこをコンビニで――、」

【つくりましょう おしるこ いま こしあんと おもち ちゅうもん した】

「いま? ていうか、わざわざこし餡と餅を注文したのか? カップのじゃなく」

【かんでも かっぷでも なく くりいり おしるこ しましょう】

 背後に〝ゴゴゴゴ……〟とでも擬音がつきそうな忠太の迫力に押されて頷いたら、ちょうど注文した荷物が届いた。それも思ったよりも大きな段ボールで。

 開封したら大袋の切り餅(二十個入り)と、餅を焼く用の網、何故かおろし金と大根三分の一カット、塩昆布、ティーパックタイプの緑茶と焙じ茶、きな粉に醤油に海苔まで入っていた。

「なぁ忠太……余計な物、多くないか? あと絶対この餅の量多いだろ。金太郎は食べられないから、私と忠太しか食べないのにファミリーパックって。それに今は人化出来ないだろ。おしるこの汁は良くても、餅は焼いた外側の皮しか無理だぞ」

【しょうがつ おもち あまったら れしぴ さんしょう】

「あれは〝余ったら〟であって〝余らせる〟前提じゃないんだぞ……」

 おしるこを食べていないと漏らしたばかりに大変なことになってしまった。仕方なく箱の中からおしるこに必要な材料だけをあずま袋に包み、人気のない女子寮の食堂に出向き、火の気のない厨房に入って、自作の小さい神様の宿るアイテムで竈に火をおこす。
 
 そこに焼き網を置いて四つ割りにした切餅を並べ、小鍋にこし餡と水を入れて火にかけながらかき混ぜる。餅が焼けて膨らむ香ばしい匂いと、温まったこし餡から立ち上る優しい甘い香りが厨房に漂ってきた。

 作業台の上で爪先立った忠太が、目を細めてピンク色の鼻をひくつかせている。餅が若干焼けすぎて弾けたものの、久々に元日本人らしいものが食べられることに思いのほか気分が上がってるみたいだ。

 考えてみたら何か色々と適当に食べてたけど、基本的に前世はほぼコンビニとスーパーの値引き弁当かカップ麺で、こっちに来てからは外食と持ち帰りばかりやってたからな……普通に自炊ってしたことない。仕事から帰ったら寝るだけだった。休みの日なんてなかったし。

「うわ、ヤバイな……もしかしてこれが初の自炊じゃないか?」

【まいにち たいへん だったんですね まり】

「お、おぅ、まぁな。仕事ばっかしてると飯とかは適当になってくるからさ」

【くっ○ぱっ○ じたん れしぴ いろいろ ありました】

「さっきの短時間でそんなのも調べたのか。忠太なら案外私が元いた世界でも上手くやれたかもな」

【では こんど まりに むこうのごはん つくります】

「本当に? それはちょっと楽しみかも」

 そんなやり取りをしていたら仲間外れにされたと思ったのだろうか。それまで大人しかった金太郎が急に地団駄を踏み出してしまったので、この話題はここで切り上げ。温まった小鍋の火を止めてポットにお茶用の湯を沸かして、全部の支度が整ったら、百均のお盆に乗せて食堂の方へと向かったら――……。

「ん、やけに生徒が集まってるな。今日は何か提出日とかある日だったか?」

 左右の肩口に乗っている忠太と金太郎にそう尋ねるが、当然のように一匹と一体は首を横に振った。だよな。単に私達と同じでおやつ用のお茶でも淹れにきたか。

 そう思ってさっさと学生達の横を通り抜けようとしたら、固まって話をしていたグループの中から一人がこちらに「あの、少し聞きたいことがあるのだけど……」と言うので、面倒だけど立ち止まって「何?」と尋ね返す。

 するとその女子学生は一度ギュッと目を閉ざした。端から見るとカツアゲしてるみたいだな……と思っていたら、やっと覚悟を決めたらしく口を開いた。

「わたしたち、ちょっと研究で煮詰まってて甘いものでも食べようかって、ここにパンケーキを焼きに来たんだけど……この辺りに広がってる甘い香りって、あなたの持ってるそれのせい?」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

処理中です...