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◆第五章◆
*2* 一人と一匹、食について考える。
しおりを挟む――延々、
――黙々。
私が複製した魔石をルーターで削って形違いのパーツを作る目の前では、忠太が滑らかだったり野趣溢れたりする魔石を抱え込み、懸命にマクラメコードと格闘している。金太郎はマクラメコードが絡まった忠太を助ける補助係。
マクラメアクセサリー作りを始めて三日目。作業自体は順調なものの、私は目と指、忠太に至っては全身をアクロバティックに使うせいで少し疲れてきた。唯一疲れ知らずなのは羊毛ゴーレムの金太郎だけだ。こういう時は普段そこまで食べたいと思わない甘味を脳が欲してくるんだよな――と。
「あー……何か忘れてると思ったら、今年正月におしるこ食ってない」
ふと漏らした独り言に、たぶんこっちも疲れてきていたのだろう忠太が【しょうがつ おしるこ とは】と、スマホに入力した。休憩を挟むのにはちょうど良い話題だと踏んだのだろう。
「あぁ、別に大したことじゃないんだけど。正月はこっち来る前の世界で新年のことで、おしるこは餅っていう、えーっと……米って名前の穀物をなんかこう……叩き潰してちぎって丸めたり、四角くしたりして作った食べ物と、鍋に砂糖と豆を入れて火にかけて甘くどろどろに煮たやつ」
我ながら説明が下手すぎる。これだと不味そうさしか伝わってこない。やっぱりというべきか、忠太も金太郎も首を傾げている。
「と、とにかく見た目は泥水に何か白い物が浮かんでるだけなんだけどさ、えっと、あれだ。意外と旨いぞ?」
完全に語彙が死んだ。狼狽える私に忠太が【しょうがつ しらべます】と宣言し、久々に見る全身を大きく使ってのリサーチを開始してしまった。検索ワードをサクサクと選んで端的に正月に関するコンテンツを開いていく。このリサーチャー、出来る。
その間に私が説明出来たことと言えば、おしるこの画面に一緒に出てきたぜんざいとの違いについてだけ。個人的には粒餡よりこし餡の方が好きなんだよな。あとは栗入りと栗なし。付け合わせの塩昆布についての説明も頼まれたので、分かる範囲で教えた。栗のあるなしは純粋に財布の具合で決まると思うけど。
金太郎は途中で寄り道検索しした小豆の欄で、羊羮に興味が移ったようだった。確かにあれも見た目はすべすべの石だもんな。ひとしきり気になるサイトの検索が済んだのか、忠太はある結論を導きだした。
【まり しょうがつに たべるのは おぞうに おしるこ いつたべても いい】
「あ、いや、正月に食うのが雑煮なのは分かってるんだけど……金がな」
【ごかてい じじょう】
「そうそれ。だからお湯を注いだら出来るおしるこをコンビニで――、」
【つくりましょう おしるこ いま こしあんと おもち ちゅうもん した】
「いま? ていうか、わざわざこし餡と餅を注文したのか? カップのじゃなく」
【かんでも かっぷでも なく くりいり おしるこ しましょう】
背後に〝ゴゴゴゴ……〟とでも擬音がつきそうな忠太の迫力に押されて頷いたら、ちょうど注文した荷物が届いた。それも思ったよりも大きな段ボールで。
開封したら大袋の切り餅(二十個入り)と、餅を焼く用の網、何故かおろし金と大根三分の一カット、塩昆布、ティーパックタイプの緑茶と焙じ茶、きな粉に醤油に海苔まで入っていた。
「なぁ忠太……余計な物、多くないか? あと絶対この餅の量多いだろ。金太郎は食べられないから、私と忠太しか食べないのにファミリーパックって。それに今は人化出来ないだろ。おしるこの汁は良くても、餅は焼いた外側の皮しか無理だぞ」
【しょうがつ おもち あまったら れしぴ さんしょう】
「あれは〝余ったら〟であって〝余らせる〟前提じゃないんだぞ……」
おしるこを食べていないと漏らしたばかりに大変なことになってしまった。仕方なく箱の中からおしるこに必要な材料だけをあずま袋に包み、人気のない女子寮の食堂に出向き、火の気のない厨房に入って、自作の小さい神様の宿るアイテムで竈に火をおこす。
そこに焼き網を置いて四つ割りにした切餅を並べ、小鍋にこし餡と水を入れて火にかけながらかき混ぜる。餅が焼けて膨らむ香ばしい匂いと、温まったこし餡から立ち上る優しい甘い香りが厨房に漂ってきた。
作業台の上で爪先立った忠太が、目を細めてピンク色の鼻をひくつかせている。餅が若干焼けすぎて弾けたものの、久々に元日本人らしいものが食べられることに思いのほか気分が上がってるみたいだ。
考えてみたら何か色々と適当に食べてたけど、基本的に前世はほぼコンビニとスーパーの値引き弁当かカップ麺で、こっちに来てからは外食と持ち帰りばかりやってたからな……普通に自炊ってしたことない。仕事から帰ったら寝るだけだった。休みの日なんてなかったし。
「うわ、ヤバイな……もしかしてこれが初の自炊じゃないか?」
【まいにち たいへん だったんですね まり】
「お、おぅ、まぁな。仕事ばっかしてると飯とかは適当になってくるからさ」
【くっ○ぱっ○ じたん れしぴ いろいろ ありました】
「さっきの短時間でそんなのも調べたのか。忠太なら案外私が元いた世界でも上手くやれたかもな」
【では こんど まりに むこうのごはん つくります】
「本当に? それはちょっと楽しみかも」
そんなやり取りをしていたら仲間外れにされたと思ったのだろうか。それまで大人しかった金太郎が急に地団駄を踏み出してしまったので、この話題はここで切り上げ。温まった小鍋の火を止めてポットにお茶用の湯を沸かして、全部の支度が整ったら、百均のお盆に乗せて食堂の方へと向かったら――……。
「ん、やけに生徒が集まってるな。今日は何か提出日とかある日だったか?」
左右の肩口に乗っている忠太と金太郎にそう尋ねるが、当然のように一匹と一体は首を横に振った。だよな。単に私達と同じでおやつ用のお茶でも淹れにきたか。
そう思ってさっさと学生達の横を通り抜けようとしたら、固まって話をしていたグループの中から一人がこちらに「あの、少し聞きたいことがあるのだけど……」と言うので、面倒だけど立ち止まって「何?」と尋ね返す。
するとその女子学生は一度ギュッと目を閉ざした。端から見るとカツアゲしてるみたいだな……と思っていたら、やっと覚悟を決めたらしく口を開いた。
「わたしたち、ちょっと研究で煮詰まってて甘いものでも食べようかって、ここにパンケーキを焼きに来たんだけど……この辺りに広がってる甘い香りって、あなたの持ってるそれのせい?」
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