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◆第三章◆

♤幕間♧二人ぼっちの世界に。

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 ルーグルーは流浪の民よ。
 ルーグルーは異能の民よ。
 ルーグルーは邪教の民よ。
 ルーグルーは異質の民よ。

 大昔の宗教戦争に敗けてから、そう語られ続けて数百年。先祖の興した国も文化も何もかもが失われ尽くした。いつしか故郷を持つことを諦めたルーグルー達は、仲間と集うことすら厭うようになり、自身の血を分けた極近しい一族だけを連れて流れるようになった。

 不思議と魔宝飾具師と占い師を多く輩出するルーグルー達は、自身達の占いの結果を頼りに箱馬車で移動する商人へと姿を変え、今日に至るまで定住することなく各地を旅をしている。

 ――のだが、勿論そんな者達ばかりでもないし、歴史の認識的にも古い。

 街の方が箱馬車で移動するより居心地が良いのは当然なので、定住はしないまでも一定の期間滞在くらいはする。諸外国的にも大っぴらに差別を許すとは流石に言えないため、迫害されても自警団や巡回騎士に頼らず自衛するのであれば、お目こぼしとして街に滞在出来るのだ。

 それに何より作る魔宝飾具の質が良い。精霊の力を使っていないそれらは、彼の民達にしか作れないものだ。抱え込みたがる商会達も多いが、流れる生活が板についたせいか、ルーグルー達は享楽的で仕事に対して非常に緩い。

 従って抱え込んでも真面目に商品を仕上げないのであれば、気が向いた時に売りに来られる方がマシなのだった。そんな現状なので同業者魔宝飾具師には蛇蝎だかつの如く嫌われている。無理もない。現代で昔のようにルーグルーを差別したり排除しようとしたりするのは、行商人が訪れないような僻地の田舎者か、魔宝飾具師だけである。

 中には酒場で楽器を掻き鳴らし、歌い、躍り、たんまりとおひねりをもらって、店を酔っ払い客でいっぱいにして去っていく……なんていう悪魔みたいな家族まで目撃されている。ただし酒場の方も売上は上がるので通報まではされない。時代は変わっていくものなのだ。

 そして何であれば、滞在中に子供をその土地の学校へ通わせようという変わり者な親までいたりする。たとえばそう、この王都にも――。

◆◆◆

「うげぇ……待って、何だこれ……この応用問題ってどうなってんの?」

「そこはこのクバル文字を入れて翻訳するのよ。ここと、あとここもね」

「よくある引っかけだから気をつけてマリ。わたしも最初は間違えたわ」

 図書室の机に突っ伏すようにしている金髪の生徒の両端に、まったく同じ顔をした少女が二人座っている。片方は赤いオウムを。もう片方は青いオウムを。傍目にはそのくらいしか見分ける方法のない二人の間には、白いネズミが一匹ちょこんと小さな板の上に座っていた。

 白いネズミは忙しそうに板の表面を撫でていたものの、動きを止めたネズミの下には【おふたりの おかげで あたらしい じゅつしき くめますね】と文字が浮かび上がっている。

「いや、うん、忠太。それはその通りなんだけど……今やってるこの問題が解けたらだからな?」

【まり ここ つづり まちがってます くばるもじ らくしゅもじと せいりつねんすう ちかくて にてますから きをつけて】

 忠太と呼ばれたネズミの指摘に、飼い主とおぼしき名を呼んだ金髪の生徒……マリが再び机に突っ伏した。表情は見えないもののブツブツと何かを呟いている。

 その肩を両側から叩いた双子が「チュータは飲み込みが早いわね」「マリも頑張ってるから、すぐよ」と慰めの言葉をかけると、突っ伏していたマリがノロノロと顔を上げた。どうやらこの双子は話す順番が決まっているらしく、同じ顔に挟まれている彼女にも見分けがつけられるようだ。

「ありがと。でも二人とも私に教えてくれてばっかで、全然自分の課題出来てないよな。後は部屋に戻って忠太に教えてもらうからさ、学食で何か奢らせてくれ」

「「気にしなくて良いのに」」

「するって。むしろさせて下さい。自分で自分の飲み込み悪すぎてへこむわ」

【まりは じつがくはだ だから せいれいもじ すぐおぼえた】

「そうそう、クバル文字もラクシュ文字も古文書の解読には必須だけど、」

「ええ、ええ、最近の新しい魔宝飾具にはほとんど関係ない文字だものね」

 小気味良く交わされる会話を目撃した司書に咳払いをされると、彼女達は慌ててそれまでより少し声の大きさを抑え、開いて立てた本の間に額を寄せ合って会話を続けることにしたらしい。ちなみに二羽のオウムは羽繕いに忙しそうである。

「でもさ、石に彫って強い効力を引き出すのに使ってる工房もあるって、この間の講義の時に先生が言ってなかったか?」

「「あら、良く憶えてるわね」」

【まり ねっしんに きいてて えらい】

「はは、ありがと。忠太は褒め上手だよなぁ。こんなに気の利く使い魔はいないんじゃないか?」

 力なくマリがそう言うと、忠太は小さな身体を目一杯膨らませて【まりも ほめじょうず】と満更でもなさそうだ。そんな一人と一匹のやり取りを見ていた双子は不意に真顔になり、マリ越しにお互いの手を伸ばして繋いだ。

「使い魔に褒めてもらえるのって良いわね、サーラ」

「ヨーヨーとローローにも教えてみない? ラーナ」

「え、ヨーヨーとローローは褒め言葉は覚えてないのか? いつも挨拶とかは普通にしてくれるぞ?」

「どちらも〝褒めろ〟は覚えてるの」

「どちらも〝褒めて〟はくれないの」

「成程、褒めを要求してくるけど還元はしてくれないわけか。なかなか悪どい使い魔だなぁ、お前達は」

 ラーナと呼ばれた少女の赤いオウムのヨーヨーと、サーラと呼ばれた少女の青いオウムのローローを指してそう笑うマリを見て、彼女達もつられて笑う。

 現代のルーグルー達は昔ほどではないにしろ、貶められ傷つけられた歴史から自分達の本当の民族名を、他の民族に教えることはない。教えることがあるとすればそれは、来世に持ち越す友情の証だとされている。

「「大丈夫よ、マリなら出来るわ。だって貴女は〝あたし〟と〝わたし〟の秘密を教えた人だもの」」

「ぐっ……またそれか……」

【めいよしょく みたいに なってますね】

「「良いから良いから、ほら次よ」」

 少し前までは二人でいる時以外に笑うことがなかった双子は、項垂れるマリを見てクスクスとおかしそうに先の問題を指差した。お喋りを注意しに来た司書ですら、声をかけずにカウンターに帰ってしまうくらい楽し気だったようだ。

 彼の民の名は〝ソラリポネウス綺羅星渡りの民〟。

 それはいつか昇る、空への梯子を持って生まれた星の子供達。
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