16 / 216
◆第一章◆
*15* 一人と一匹、ブームを作りたい。
しおりを挟む異世界に転生してから早いものでもう二ヶ月。
隠れ家の中に貯蔵した木材の香りのせいで、時々製材所で寝泊まりをしている気分になるけど、まぁ慣れれば悪くない。
山あり谷ありというようなこともなく、基本的には面白おかしく生きている。それもこれも偏に頼りになる小さな相棒のおかげだ。
「あのさ、ホッチキス型のハンドミシン作った人って発想が天才なんだけど……あんまりネットの評価が良くないよな~」
【たしかに いとぬけ おおい みますね】
「でも直線縫いしかほぼ出来ないし分厚いものも縫えないけど、単純な物ならあれで充分だよな。要はこれでもう少し厚めの生地が縫えたりしたら良いんだろ?」
【いうはやすし と いいますし さいごは てぬいが いちばんなる】
「それそれ。手仕事ってやっぱ凄いよな」
袖が擦りきれて着れないこともないけど、見た目が悪くなったストライプのシャツで作ったカバーをかけた、中身は三百円のクッションにもたれて励む針仕事。こういうのは黙々とやるよりお喋りをしながらの方が意外と捗る。
今作っているのはあずま袋だ。エドの店でダブついていた籠の展示方法を変えた時に、ふと籠の形がかっちりしてると不定形な荷物を一個入れただけで、収納力が下がるという事実に気付いた。そしてこの世界にエコバックという概念はない。
まぁ別にエコバックという概念がなくても良いんだけど、要はペタンコに出来る布の買い物バッグというのがないのだ。その地位には紙袋がいる。でも取っ手はない。しかも紙質が弱くてどうにも不便そうだった。そこであずま袋なのだ。
材料は百均の風呂敷を三枚か、手ぬぐいを二本。レアアイテムでもなく、二、三枚柄と大きさの違う物を作って複製すれば良いだけなので、量産化しやすい。上手く隙間産業を狙えたら良いんだけど。
「でも現代でまだ保育園とか小学校にでたまに見かける手作り神話は、あれは駄目だわ。共働きでそんなこといちいち出来ない親もいるし、子供に一切手をかけたくない親もいるんだからさぁ。市販品あるなら買うっての」
【だから まりは ぬいもの じょうず ですか】
「上手……っていうか、普通。うちの親は後者だったからな。体操服のゼッケン付けとか、休み明けの雑巾なんかは自分でやった。直線縫いとかがり縫いは得意だ」
あずま袋を縫いながらそう言うと、スマホを傍らに針山の針に糸を通してくれていた忠太が、テテテッと肩をよじ登ってきて、私の頬に鼻先をくっつけた。手にしていた針で忠太を刺してしまうと大変なので、糸を抜いて針山に戻しておく。
微かに湿った感触とすり寄ってくる白いフワフワの身体に癒される。鼻と同じ小さなピンク色の手が頬を撫でてくれるのも嫌いじゃない。
「ネズミの掌ってさ、結構でこぼこしてるよな。ちょうど良い刺激を感じるわ」
ふと零れたそんな言葉にも律儀に反応する忠太は、一度ジッと自身の掌を眺めてから、再び何を思ったのかペタペタと私の頬に触れた。可愛らしい張り手だな? しばらくペタペタと頬やこめかみをそうしてくれていた忠太は、疲れたのかバランスを崩して肩から膝に転がり落ちてきた。
あずま袋で受け止められた忠太はすぐに体勢を立て直してスマホに向かうや、文字サイズを最大にして【まり いいこ いいこ】と打ち込んだ。
「ハハッ、何だよそれ」
【これからは ほめてのばす じだい】
でかすぎる文字をこちらに向けて【いいこ いいこ】を連打する忠太を見て、ひとしきり爆笑した後の作業速度は、自分でも驚くくらい早くなった。
***
「おお、随分綺麗な柄の布地じゃないか。これも鑑定するのか――って、んん? 不思議な形に縫ってあるが、もしかしてこれも新しい商品か?」
「〝ああ。試作品だけどな。俺の国で古くから使われてる買い物袋だ〟」
最近はだいぶ板についてきた商談後、エドがテーブルの上から買い取ったアクセサリー類を片付けたのを見計らってあずま袋を出すと、早速興味を持って食いついてきた。掴みは悪くない。肩に乗った忠太と視線を交わす。
「買い物袋? 冗談だろ。この柄と色使いで壁掛けじゃないのか?」
「〝縫わないで生地のままならそう使えなくもないけど、これは買い物袋だ。俺の国ではこれを鞄にたたんで入れて持ち歩く。で、荷物が思ったより多かった時なんかに補助鞄として使うんだ〟」
「補助用なら紙袋があるだろ。あれなら無料だ。わざわざ別に購入してまで使う奴がそういるとは思えん」
こっちの世界で袋はまだ無料らしい。エドは急激に興味を失ったのか、渋い表情で手にしていたあずま袋をテーブルに戻した。ここまではまぁ予測内だ。無料で使える物があるのに、敢えて金を払ってまで、それほど不満に思っていない現状を改善する人間はいない。
「〝今まで俺はあんたに損をさせてこなかった。最初はここにある六枚で良い。売り物の籠の縁から見えるように引っかけといてくれよ。あんたは置いてくれるだけで、買い取りはしなくて良い。一週間で一枚も売れなかったら、もう二度と持ち込まない。それでも断るか?〟」
あずま袋の利点を教えた上で煽るように尋ねると、エドはそのスキンヘッドに青筋を立てた。すかさず忠太が肩から飛び降りて、テーブルの上のスマホに【ほかのみせ あたります まり むりいって こまらせる しない】と打ち込んだ。勿論これも打ち合わせ済み。
最終的に六枚のあずま袋を引き受けてくれたエドには悪いけど、この人、商売人に向いてないんじゃないだろうかと思ったのは内緒だ。
【うれると いいですね】
「売れなくても、別に良いさ。忠太と何か作ってる時間好きだし」
【まり いいこ いいこ】
そう言ってペタペタと頬に触れる忠太の手の感触にむず痒い気分になりつつ、一週間後の進捗を楽しみに歩く帰り道。ポケットに入れたスマホがメールを受信して、ブルリ、震える。
30
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。
魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる