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◆第一章◆

*5* 一人と一匹、初ポイントゲット。

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 転生してから早いもので何だかんだもう十日。目覚めてすぐに見る景色が、ぼろアパートの不気味な木目と雨漏りで黒ずんだ天井から、黄緑色をしたポップアップテントの天井に変わったことにも慣れてきた。

 室内にはまだほとんど物は増えていないけど、当初の目標にしていた三百円のミニ脚立と、ホームセンターの端材コーナーで格安の長い板を渡して、折りたたみ式の蓋付きプラスチックボックスを四つ乗せた棚は作った。

 内訳はネットで競り落とした古着、歯ブラシと櫛なんかのトラベルセット、アクセサリーの材料や道具類、下着とタオルなんかがここに放り込んである。ただワイヤーネットの棚は忠太が枚数調整の為に温存したのでまだない。

 ――というのも、あの欲しい物メモを書き出した日はすっかり気分が上がってしまって忘れていたが、私達はここを終の住みかにするわけではないし、何より欲しい物よりも圧倒的に今は必要な物を揃える方が先だと気付いたのだ。

 正気に戻ってからは室内に暖炉はあるものの使い方が分からないので、メスティンとかいう直火で使える弁当箱(?)や、組立式の小さい焚火台、キャンプ用の食器セット(一人分)、忠太用のままごと食器、チャックの壊れた布団型シュラフ等を購入した。

 どれもスマホアプリで元値の半分以下で手に入れた中古品だけど、全部合わせればチリツモだ。食べ物だって全部を百均に頼っていてはリサイクル代が馬鹿にならないしね。
 
 ――で、そんな決して安くはない出費を私だけの稼ぎで賄えていたかというと、断じてそんなことはなくて。目の前で籠の中に腰かけてせっせと作業に取り組む守護精霊のおかげだった。

 百均で購入したレース糸ケースの中から引き出された薄水色の糸が、小さなハツカネズミのピンク色の手でみるみるうちに編まれていく。かぎ針不要のレース編みはまるであやとりか指編みみたいだ。

 作っているのは小さいモチーフ編み。繋げてもそのままでも繊細なレースの花が一輪、また一輪と出来上がっていくのを、レジンが固まるのを待つ間ぼんやりと見つめる。器用だ。しかも丁寧。

 本当はタティングレースとかいうものに挑戦してみたかったらしいけど、それに使うシャトルとかいう道具が、忠太の全長とあんまり変わらない大きさだったから断念したのだ。

 時々三百円で購入した書見台の前で百均の手芸本の編み図とにらみ合い、間違えると器用に指先でほどいていく。集中し過ぎているとヒゲがピタッと動きを止めるのが面白い。職人……いや、職ネズミの顔をしている。あと地味にオリジナル要素を足しているっぽいのが凄い。何となく数学とか得意そうだ。

 そんな忠太が初めて作った小さい花のモチーフ編みレースは、私にくれると言うので皺にならないよう、細心の注意を払ってレジンに閉じ込めてピアスにした。カスミソウのような形で軽くて可愛いが、私がつけると可愛らしすぎる気もする。でもつけた瞬間に忠太が大絶賛してくれたから外せなくなった。

 ちなみに、忠太が作るレースの方が私の作ったレジンアクセサリーよりも高値で売れる。これは当然のことで、私が他の人達に勝っているのは未知の材料だけなのに対して、忠太は純粋に技術を持っているから。

 人間よりも細かい作業が得意なハツカネズミに食い扶持を稼いでもらっているわけだ。動物愛護団体に虐待認定を受けてしまいそうな絵面だな……と。じっくり眺めすぎたのか、こっちの視線に気付いた忠太がヒゲを震わせて顔を上げた。

 編み途中の糸を長めに引っ張って輪にした忠太が寄ってきたので、スマホをメールのフリック入力画面に設定して向けると、小さな両手をポキポキいわせる仕草をしてから打ち込み始める。

【まり どうか しましたか】

「ううん、何にもないよ。忠太が真剣に編んでる姿が可愛かったから見てただけ。でもごめん、ジッと見られてたら気が散るよな」

【きは ちりません けど てれます ね】

 その言葉通り長い尻尾を身体に巻き付けて、スマホ越しにモジモジするハツカネズミ。前世で動物を飼ったことはなかったけど、もしこんな風なネズミがいたら楽しかっただろうなと思う。

 素直な気持ちで「忠太のおかげで収入が増えて助かる」と伝えると、忠太は照れ隠しなのかせかせかと顔を洗ってからスマホに向き直り、少し考える素振りを見せてから【わたしも まりのやくに たてて うれしいです】と打ち込んでくれた。

 そんな忠太の頭を指先で撫でていたら、急にスマホが震えてメールの着信を伝える。このスマホは私と忠太が検索に使う以外はほぼ一方通行。そんなアイテムにメールが届けられる奴の心当たりなんて一人しか知らない。

 初日にアプリの音声読み上げ機能を使って〝会話〟をした自称〝神様〟だ。あの適当野郎を思い出し、怒りに眉間に皺を寄せる私に代わって、忠太が届いたメールの確認をしてくれる――が。

 頭を左右に振って文字を追いかけていた忠太は、慣れた手つきでホーム画面に戻ると、すぐさま音声読み上げアプリをタップして届いたばかりのメールをそこにぶち込んだ。直後に『おめでとうございます!!』と爆音で祝われた。どうやら忠太か私が間違えて音量ボタンを触っていたらしい。

 可哀想に音が直撃した忠太は仰向けに倒れてスマホの下敷きに。慌ててスマホの下から忠太を救出してスマホの音量を下げた。

『この度、転生してからの売上金額が第一条件ラインを越えました。つきましては、新たに加算されたポイントで追加が可能になったオプションを数点ご紹介させて頂きます。まず始めに――、』

 そこまでで音声読み上げ機能を切り、邪魔をされないようにスマホの画面を凝視する。画面には早分かり守護精霊ポイントシステム表というものが表示され、細かく計算するための説明が呪文みたいに並んでいた。

「うわ……これ全部読んで理解するとか無理じゃん。忠太は分かる?」

 ハツカネズミの姿でもたぶん私より頭の良さそうな忠太にそう尋ねると、小さな頭が上下する。心強い。

「じゃあさ、これが全部読めたら、私にも分かるように新しいオプションとかについても教えてくれない?」

 この問いにもこくり。頼もしすぎて頭が下がる。じっくり読んでいる間はまたヒゲがぴたりと止まっていたものの、次にこっちを見上げた赤い瞳は興奮でキラッキラに輝いていた。

 一度フリック入力画面にしてしまうと説明しにくいからか、忠太は指差しで教えてくれるつもりらしい。その内容結果はというと〝以下の四つの中から二つ選べ〟的なことだった。それが――。

 一、手作り商品を売るフリマアプリで新着に三十分居座り続けられる。
 二、守護精霊の癒し能力の強化(忠太二匹分相当)。
 三、異世界ゴミの処分費用のキロ単価の値下げ。
 四、レアアイテム拾得率の上昇。

 ――これだ。

 忠太にさらに細かく質問すると、より頭のよろしくない私に対して分かりやすいよう、一度フリック入力に切り替えて説明しくれた。

 まず一に関しては、たぶんまた次のポイント支給で時間がさらに延長される可能性があること。二に関しては余程ポイントを貯めて一気に使用しない限り焼け石に水なこと。

 三に関しては現状困る要素としてはあるが、異世界の食材を使用せずに現地調達することでしばらくは何とかなること。四に関しては異世界こちらでのレアアイテムを指しているだろうから、私の元いた世界でのレアではないだろうこと。

 全部の説明を打ち終えた忠太は、その小さな身体から湯気を出しそうな勢いで息を整えている。飲み込みの悪い相方で申し訳ない。背中を擦ってやると、目蓋を閉じて気持ち良さそうにしていた。

「ありがと忠太。凄い分かりやすい説明だったわ。ちなみに私なら一と三かな。忠太ならこの四つの中で二つ選ぶならどれにする?」

 聞いた直後によろよろとフリック入力で答えようとするハツカネズミを捕らえ、スマホの画像を指差しさせるよう仕向ける。するとおかしなことに忠太が不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。キョトンって擬音がつきそう。

「何でそんな不思議そうなんだよ。私達は一人と一匹で一人前になるんでしょ。自分が選ぶ立場になることも考えなって。意見が割れたら相談すりゃ良いんだし」

 ピンク色の鼻先をチョンとつつくと、ほんのり湿って温かい。もう一度スマホの画面を見せて背中を押せば、忠太は恐る恐る一と四を選んだ。

「よし、じゃあ一は決定だな。四にした理由を聞いても良い?」
 
 またこくりと頷いた忠太がメール機能に切り替えて、フリック入力をした内容に大いに納得した。

【こっちのせかいで いきるなら れあひろう つくる まちですぐうれる げんきんか らくだと おもいます】

 そうして思った。今度から絶対大事なことを決める時は、まず忠太の意見を聞いて指示を仰ごうと。このハツカネズミの脳は頭の大きさに比例してないわ。
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