21 / 25
*19* 言葉で触れて。
しおりを挟む綺麗な終わりの日に向けて、私は日中四つの仕事をこなす。
一つ、私が死んだ後に彼が婚約者迎え直すご令嬢達の様子を見に行くこと。
二つ、計画日まで私への殺意が薄れないように協力者を挑発に出向くこと。
三つ、もうすぐ見納めになる仕事中の彼を遠目に観察して英気を養うこと。
四つ、伏魔殿へ毎日ある来客の確認や細かな情報収集に飛ぶこと。
以前までなら一つ目と三つ目だけでよかったけれど、増えた二つも大事な仕事だ。たとえ医者が出入りする頻度が増えていても。たとえお客の人数が日に二人から三人になったとしても。心は肉体にないのだから。
だけど毎日夕方に面会を申し込みに来てくれていたのなら、教えてくれれば良かったのにとは思ったわ。
せっかく持ってきてくれたお見舞いの花は、彼が門前払いをされた後に裏庭に掘られた穴に葬られていた。知っていれば今まで埋められた花達も、一瞬くらいは愛でられたのに。
無駄だと知りつつ透ける指先で土を被せられる花の一本に触れたけれど、当然救い出すことは叶わなかった。
でも、ねぇ、神様、今なら笑って許してあげるわ。
虚ろな人形に溢れるくらい、あの人が心を注いでくれたから。
***
二十六日目の深夜十二時。
完璧な終わりまで残すところも、あと五日。
それまではもうこれまでの人生が嘘みたいに毎日が砂糖漬け。一日の仕事を終えた後にご褒美があるかと思うと血潮が滾るのを感じるわ。あくまで本体で味わえないから概念だけだけどね!
『あの……お、お邪魔するわね』
以前までより緊張しながら彼の元に現れると、ソファーにかけて読書中だった彼がこちらを見上げた。
「邪魔なものか。待っていた」
『そ、そう。疲れているでしょうから、寝ていても良かったのに』
「いや、以前も言ったと思うが、流石に婚前にあの現れ方をされると困る」
正直全然困ってなさそうに冷静な顔で言われてしまったけど……え、それって少しは意識されてるってことよね? 意識されてるってことよね? 大事なことだから二回自問自答するけどそういうことよね?
『ひぇ……滾る……後で反芻しなくちゃ』
「何か言ったか?」
『いいえ? なーんにも』
金縛りをかけることを止めた彼は、宙に浮かんで変態道を極める私へと、まるでファーストダンスにエスコートするように恭しく手を差し伸べてくれる。閨事の一切絡まない憧れのお姫様扱い。この変態には勿体ない厚待遇。
あーもー……これで触れたら最高だったのに。前言撤回。ちょっとくらい融通してくれたっていいでしょう、神様のドケチ。ほんの、ほんの先っちょだけでも感触を残しておいてくれれば……!
しかし無いものをねだっても無駄ね。もう感触が心を満たしてくれないなら言葉で満たそう。職業柄甘い言葉を引き出すのは得意だもの。
誘われるままソファーに腰を下ろした私の隣に、何も言わないでも彼が拳二つ分の隙間を開けて座ってくれる。くぅ……紳士の距離感! そこに痺れて憧れるけど、ここは隙間のない婚約者の距離感でいいと思うの。詰められない私のヘタレ。
『ねぇ……思うのだけれど、こうして透ける私の指先と、血肉の宿る貴男の指先が重なれば、いったい何が通うのかしら?』
とはいえそれだけで月までひとっ飛び出来そうな内心の荒ぶりを、長年鍛えた悪女の微笑みで押し隠しながらそう問えば、彼は不思議そうに瞬く。
「君は何が通えばいいと思うんだ?」
……そうよね、そういう駆け引きじみた言葉遊びをするような場所に行ったことがない人だったわ。純粋すぎて眩しい。目が尊さで潰れる。でもたとえ浄化されそうになっても命をかけて欲しがるのが私の流儀なのよ。
『え、ええと、し、質問に質問で返すのはどうかと思うわ? 私は貴男の言葉で聞きたいのだもの』
「成程、それもそうだな。では俺は心が通えばいいと思う」
男らしいわ、直球勝負なのね。言葉の選び方も、客なら内心鼻で嗤って“自分の妻とは通ってないのに?”と、あざとく微笑んで皮肉ってしまうところだけれど、貴男の言葉は全部本音だから満点をあげるわ。
『ワタシモオナジデイイデス』
「俺も君の言葉で聞きたいのだが」
『えっ?』
「このままだと公平でないだろう」
『そ、そうよね……じゃあ、少しだけ待って頂戴』
平民出身者の部下を率いるだけあって適応力と応用力が高いのも素敵。むしろ言いたいことなら山ほどあるのよ?
――たとえば、
正直私の本来の出身層って貴男の部下達より低いから普通なら一生出逢えてすらいなかったのよねそれなのにこの間私ったら貴男の部下に高飛車にでちゃったの私が死んでから気まずくさせたらごめんなさいそもそも平民で生まれてた方が身分を気にしたりしない貴男に素直に好意を寄せて奥さんにしてとか言えたのかしら
恥じることのない綺麗な身体で口付け一つで頬を赤らめたりして触れたり触れられたり貴男が私の初めての人で私が貴男の初めての人でそれでもしも貴男が結婚してくれて職場の人達を家に呼んでご飯を振る舞ったりとかして貴男の部下に“素敵な奥さんですね”とかって言ってもらえたのかしら
好きよ嫌いよ大好きよ大嫌いよ愛してる愛して欲しい愛さないで私を忘れて思い出さないで私を憶えていて忘れたりしないで誰とも結婚したりしないで他の人と幸せになる貴男の姿なんて見たくないの誰かと結婚して幸せな貴男の姿を見せて私が隣に立ちたかった私でなくても構わないから
――……とかね。
あるのよ、いっぱい。
話したかった言葉は、あるの。
でも今更何を言ってもどうしようもないから。
『……やっぱり本当に同じよ。私の心が、貴男に伝われば良いのにって、思うわ』
思い切って拳一つ分を詰めて伝えたこの言葉だけを、どうか、貴男は憶えていてくれたら良いの。
0
お気に入りに追加
53
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる