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*13* 仕切り直しで良いのかしら。

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 貴族間で催される夜会の名を借りた怪しげな商談会から一夜開け、私達は再びキルヒアイス家庭園内の四阿に身を寄せた。本日の議題はズバリ【もっと腹を割って話をしよう】という、非常に今更なものだ。

 しかし今までそれが出来ていなかったことで、何か直接的な被害があったわけではない。ただ何となくもっとお互いを信頼しあうべきなのかもしれないと、私達が同時に感じたことが大切だったのだと思う。

 始まりが最悪の出逢いだっただけに、これ以上下がることはまずないだろうとは思うものの、それでも有事の時に足並みを合わせられなくては、手を組む意味もないのだ。

 そのことを念頭に置いたうえで、正式にノイマン男爵家からヴィルヘルム様の名で書簡が届けられ、父と私がその書簡を受け取り商売仲間としてではなく、客人としてキルヒアイス家に招き入れた。

 最初の一時間半ほどは昨夜の謝罪であったり、今までの非礼への謝罪であったりと、主に彼からの謝罪会見のようなもので。私はその一つ一つの内容に頷き、それらを受け入れるという貴族の儀礼的なもので消費された。

 その後は非常に気安い時間が流れ、どれくらい気安いかといえばずっと気になっていた彼の年齢を訊ねた時に、それを聞いたアデラが「え……ノイマン様、わたしと同じ歳だったのですかぁ?」と、あからさまに嫌そうに眉を顰めたくらいだ。

 年齢云々については「もっと早く指摘しろ」と言われ、それに「でも婚約する気もないのに、果たして年齢を気にする必要があるのか分からなくて」と答えたところで、三人して“それもそうか”という見解の一致を見せた。

 これを期に堅苦しい言葉遣いもなるべく改めるようにし、そうなると“貴女”や“ノイマン様”という呼び方も面倒になるので、他人の目が周囲になければ、名前もそのまま呼び合うことに落ち着いたわ。

 どこまで行っても私達は一蓮托生の比翼の鳥で、考えることの根が同じ連理の枝。お互いに婚約者候補にはなりえない。厳しい婚活を生き抜く戦友にはなれるかもしれないけれどね?

「ちょうど良い。ここはもう少しお互いに言葉を交わしてみるべきだ。いくら金目当ての婚約者探しとはいえ、クラリッサの好みも多少は反映させないと商人としてはやりがいがない」

「そうは言われても私としては婚約者に求めるものなんて、一にお金、二にお金、三に年齢、四に人柄――……程度だと思うわ。この際だから言うけれど、見た目や家柄はあまり気にしていないの」

 当然ともいえる彼の発言にそう返したところ、直後にアデラから「あら、わたしは気にしますわぁ。ノイマン様、お嬢様の旦那様になるなら一から四までは当然のこと、五に“見た目”も付け足して下さいませね?」と、紅茶を淹れる手を止めずに釘を刺された。

「家柄を一番軽んじてくれるのは正直助かる……が、今回はアデラの言葉に同意だな。一流どころを探すと約束した手前、それは三くらいに押し上げてくれ。いくら財力ありきとはいえ、平民が子爵家のご令嬢と結婚出来るわけがない。下手をすれば醜聞だぞ?」

 まさかここへきてアデラと手を組まれるとは思っていなかった。無茶な二人の発言で板挟み状態である。しかも何だか当初の“お金持ちと結婚したい”程度だった話が、だいぶ重たくなってきている気がするのだけれど?

「醜聞はさすがに言い過ぎじゃないかしら? 子爵家とはいっても、うちは没落しかけているのだし。もう少しで家計の床を踏み抜くわ。それに家格の話を持ち出したところで、嫁ぐのは曰く付きの私なのよ?」

 ただでさえ表情も声音もほとんど代わらないのっぺりとした印象なのに、勿体をつけていたら売れるものも売れ残ってしまう。感情らしいものはほとんど表に出せないなりに焦ってそう言うも、アデラから紅茶を受け取ったヴィルヘルムは微妙に顔をしかめた。

「ああ、そうか――……まずクラリッサはその考え方を改めた方が良い。俺たち商人は安物を高価に見せて売りつけるのは得意だが、高価なものを安価に見せるのは苦手だ。はっきり言って出来ないし、したくもない」

「高価……夜会で“魔女”と呼ばれている私が? 下手な冗談だわ。勘違いで自分の価値を見誤って売れ残るのはごめんよ」

 瞬間空気が悪くなりかけた私とヴィルヘルムの間に「まぁまぁ……お二人共そこまで、ですわぁ」とアデラが割り込んでくれなければ、その後もしばらく揉めていたかもしれない。

 彼女が紅茶と一緒に出してくれたスコーンを割って、ジャムを塗っていたら少しずつ気分が落ち着いてきた。そのまま一口、二口と咀嚼して、飲み込んでからふと、ちょうど良い機会だから言ってしまいたいことを思い出す。

「それと、そうだわ……そのことで腹を割って話すなら、貴男を信じて打ち明けようと思うのだけれど」

 それだけで私の言おうとしていることを察知したアデラが、表情を固くした。口では「あらまぁ、それも言ってしまうのですかお嬢様?」と面白がる響きを持たせながら、私が傷付く事態にならないかと心配してくれている。

 それでも、これ以上黙っていることは公平ではないと感じたのだ。

「だってアデラ、信じてもらえるかは分からなくても、こちらの方は大商家のご長男だもの。全部吐き出しておかないと、後でどんな請求をされるか分からない方が心配だわ」

 本心と不安の両側から生まれた言葉は刺々しくて、向かい合う彼の視線がスッと冷たくなったように感じる。

 言葉選びを間違ったことを詫びようとする前に「随分な言われようだが、まだ隠し玉があるのか。今度はいったい何だ?」と、瞳の奥が笑っていない商人特有の笑みを浮かべた彼に、先を促される。

「……私ね、皆が噂するような魔術も予知も持ってはいないのだけれど、動物の言葉が分かるのよ。種類によっては意志の疎通もできる。今まで貴男に渡してきた情報は、全てその能力で得たものよ。信じるか信じないかは貴男に任せる。この説明はこれきりしないから質問返しは受け付けないわ」

 かなりざっくばらんに話したものの、飛び出した言葉達はやや性急で、心臓は痛いくらいに脈打っている。それでも言ってしまった。もう引き返せない。

 さてどんな反応をしてくれるのかしらと、アデラと二人で見つめてる先で彼は一瞬天を仰いで……再びこちらに向き直った瞳には、苛立ちのようなものが滲んでいた。その瞳を見た瞬間、身勝手だとは思いつつ、信じてもらえなかったことに心が冷える。

 けれど――……。

「ふん。その不思議な力について、俺が相棒を信じない男だと思われてたことはつまらんが……正直、聞かされたのが今で助かった。最初からそんな能力を持っていると知っていたら、あんたを相棒じゃなく商売道具・・・・にしちまうところだ」

 まだ心臓がバクバクと音を立てている私の目の前で、やけに芝居がかった仕草でパンッと両手を大きく打ったヴィルヘルムは、もう悪徳商人の顔になって「良いね! 商人は、新しい物と面白い物が好きなんだ」と、またニヤリ。

 ――おかしなものね、見慣れてきたからなのかしら? 夜会で誰かが“品がない”と評したこの表情が、心強く見えるだなんて。
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