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★7★ 世間知らずと課外授業。

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 ノイマン商会の関係者があまりいない町を歩きながら、ふと子供の時に珍しく親父に連れられて歩いた町並みを思い出す。まだうちが小さな雑貨屋だった頃は、こういう場所で小遣いを手に値打ち物を探したものだ。

 町の活気はそれなりにあるが、歩いている領民は皆この領地を治めているキルヒアイス子爵に似て、どこかのんびりとしている。今三人で歩いているのはそんな町の中でも、まだ店を構えることが出来ない若手が露店を広げている区画だ。

 だがこの領民達にしろ、まさか俺の隣を歩くスカーフをかぶった女が、自領のお嬢様だとは思わんだろうな。

 そう考えてみれば少し愉快な気持ちになり、先ほどの無表情な割に意外と負けず嫌いなところを見せたクラリッサ嬢を見下ろした。するとその半歩後ろに続いていたメイドの……アデラ、だったかがこちらの視線に気付き、目の奥が笑っていない微笑みを浮かべる。

 何やら敵視されているのは分かるが、こちらも遊びで引き入れた訳ではない。令嬢だろうがきちんと仕事をする人材を育てるのが、昔からうちの商会の流儀だ。例外はない。視線にそう意思を込めて微笑み返すと、クラリッサ嬢の頭上を通して両者の間に火花が散った気がした。

 するとそんなこちらに気付かず歩いていたクラリッサ嬢が、ある出店の前で足を止める。立ち止まった場所は手作りのアクセサリーを商う露店だった。小さな硝子玉や錫を使ったアクセサリーばかりで、店を構えるような工房の作品とは違い高そうな商品は一切ない。

「どうした、何か気になる商品を見つけたか?」

「……あのピンブローチ、綺麗だわ」

 問いかけて、答えと共に指し示された先には、錫と硝子玉で作られた小鳥のピンブローチがあった。小鳥は錫で精巧に作られ、周囲にはスグリの実を模した硝子玉が配されたそれは、確かに露店に並ぶものとしては良い出来映えだ。

 立地としては両側を見目の派手な宝飾品を商う店に挟まれていて、地味な品揃えのその店は下手をすれば気付かずに通り過ぎてしまいそうである。しかし両隣の店の商品には目もくれず、小鳥のブローチピンを見つめるクラリッサ嬢に、知らず口許が緩む。

 実際のところ華美な両隣の商品達よりも、間に挟まれて肩身が狭そうなその露店に並んだ品物の方が圧倒的に質が良い。何も教えずともサッとその判断が出来るのは、生まれた地位のおかげか偶然か……それとも――?

 ここの店主兼職人だと思われる青年は、クラリッサ嬢の言葉に嬉しそうに会釈をしてくる。ただ無理に売りつける商売気を持っていないのか、こちらに話しかけてこない。……好きに見ていけということか。

「成程、確かにデザインは地味だがそこが良いな。それにこういう安価な宝飾品は、最初の教材としてはちょうど良いかもしれん。では問題だリサ・・。これとこれだと、商品の種類は同じだが値段が違う。何故だか分かるか?」

 ここに来る前に決めておいた偽名を口にして、クラリッサ嬢が指した商品と、その隣に置かれた全く同じ見目の商品を掌に並べて訊ねる。同じ商品のように見えるが片方は正規の値段で、もう片方はやや値が安い。

 どちらにも同じ値段をつけても良さそうなのにそうしないのは、この露店の主人が商売人よりも職人気質に寄っているからだろう。ただの気晴らし程度に思っていた課外授業だが、これは案外掘り出し物が発見出来そうだ。

 ――しかし……。

「おじょ……いえ、リサ。こういうのは陽に翳してよーく見てみたら、分かるかもしれないわぁ?」

 小首を傾げてブローチピンを見つめていたクラリッサ嬢の背後から、過保護なメイドが覗き込んで答えを誘導しようとする。

 この外出の趣旨を理解していない訳ではないだろうに、余計な口出しをしようとするメイドに苛立ち「おいおい、横から余計な入れ知恵をするなら先に帰ってもらうぞ?」と釘を刺せば、メイドは「まぁ……横暴ですわぁ」とニッコリ・・・・微笑む。

 最初に顔を合わせた時にも感じたが、このメイドは俺が成り上がり者だという理由ではなく、純粋に他の貴族と同様に主人に近付く男を害虫として認識しているようだ。

 そして間に挟まれた形で店先に立っている当のクラリッサ嬢は、何故か掌に載ったピンブローチではなく、いつの間にか足許に擦り寄ってきていた大きなブチ猫に視線が釘付けになっている。ブチ猫はまるで自分がクラリッサ嬢に注目されていると分かっているかのように、上を向いてニャーニャーと鳴く。

 そのまましばらくブチ猫は店員が商品の説明をするように鳴き続け、それに気付いた青年が「すみません、うちの猫が邪魔をして」と苦笑しながら、その巨体を抱き上げて店の商品台の後ろに引っ込むと、クラリッサ嬢は無表情な顔をこちらに向けて「答えが分かりましたわ」と力強く頷いた。

 掌に置かれたピンブローチは、どちらも触れられてすらいない。この商品にある疵は七つある硝子玉のうち、一つにだけほんの小さな気泡が混じっているだけだ。それも錫で作られた小鳥の影に隠れる形で配されており、素人がパッと見ただけでは到底分からない。

 それを持ち上げることも、陽に翳すこともせずに分かったなどとは……不真面目に過ぎる。むしろ分からないと言われた方がまだよかった。しかし内心呆れたことはおくびにも出さず「では早速教えてくれるか?」と笑顔で訊ねる。

 どうせ適当な当てずっぽうだろうが、そこは自尊心を傷付けない程度に持ち上げて答えを教えよう。そう思っていたのだが――……。

***

 隣を歩くクラリッサ嬢のスカーフには、さっき勝負に負けて購入させられた小鳥のピンブローチが、降り注ぐ陽の光を弾いて輝いている。端から見ても赤いスグリを模した硝子玉も疵は全然目立たない。

 ――とはいえ、やはり勝利したのだから、贈るなら疵のないものを購入して渡したかった。勝負事に負けて疵のある商品を買わされるなど、商人としてはなかなかに屈辱的だ。

「なぁ……本当に二つとも疵のある商品で良かったのか? 今ならリサの方だけでも疵のないものを買ってやれるが」

「ええ、これで充分ですわ。疵のない商品が一つしかないのでしたら、私はアデラとお揃いの物が欲しかったのだもの。それに疵があったとしても、このピンブローチはとっても素敵だわ。買って下さってありがとう、ヴィル」

 しかしこちらの気持ちなど意に介さないのか、あるいはわざと知らないふりをしているのか。クラリッサ嬢はスカーフにつけたピンブローチを撫でながら、表情の分かりにくい彼女にしては非常に珍しく、どこか嬉しげに見えた。

「おじょ、いえ、リサったら……本当に優しくて、謙虚で、可愛らしいわぁ」

 その半歩後ろを歩いているメイドは、敬愛する主人と同じ商品を身に付けて機嫌が直ったらしく、こちらもずっとピンブローチを撫でながらそんなことを言った。

 何故手に取りもせずに疵の存在が知れたのか釈然としないが、一応喜んでいるのだろうと解釈し、余計なことを訊いて素人相手に目利き勝負で負けた傷口に塩を塗り込まれたくはない。運だろうがまぐれだろうが勝敗は決しているのだから……と。

 一瞬クラリッサ嬢の横を通り抜けようとした男からした気配に、何となく行儀の悪いものを感じて「おっと、リサ。そんなにのんびり歩いてたら邪魔になるぜ」と声をかけ、華奢な腕を引いて自分の方へと抱き寄せる。

 普通の通行人だったら何も言わずに立ち去るか礼を述べるところを、男の口から漏れたのは舌打ちだった。適当に「悪いな旦那、俺の連れが道をフラフラ歩いて」と謝り、メイドの方には軽く目配せをして避けるように合図する。

 男が通り過ぎた直後に、抱き寄せていたクラリッサ嬢から「そんなにフラフラしていたかしら?」と暢気な言葉が飛び出して。メイドの方は流石に俺の警戒していた理由が分かったのか、苦笑しながら「お嬢様、あれは恐らく物取りですわ」と教えてやっていたものの――。

「正解だが、あんたも課外授業中に“お嬢様”はナシだ。そうでなくても、ああいう輩は身分のある人間を嗅ぎ分けるのが得意なんだ。加えてここは屋敷の外。二人して注意力が欠如していては困るぞ?」

 そんな俺の発言に驚いた表情を浮かべるクラリッサ嬢と、気まずい表情を浮かべるメイドの二人を見ていたら、目利きの他にもまだまだ教えなければならないことは山積みそうだ。

 実際この後、残った報酬の使い道の一つとして上がった買い食いでは、座らないでの食事は行儀が悪いとクラリッサ嬢がゴネたり、珍しがって庶民の屋台の食事や菓子を食べきれないほど買ってきたり……正直七歳の弟よりも手がかかった。

 けれど帰る頃には、すっかり軽くなった財布を握りしめて「あの金額でこんなに色々出来るものなのね」と、心持ち微笑んだクラリッサ嬢に「そうだろう?」と苦笑した気分は、思ったよりも悪くはないな。
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