上 下
2 / 28

*1* 運命的な(殺伐とした)出逢い。

しおりを挟む

 今夜もやっぱりと言うべきか、案の定と言うべきか――……夜会が始まってからすでに二時間。その間ずっと会場内で壁の華として佇んでいる私に、声をかけてくれるお金と地位のありそうな殿方は一人もいない。

 せっかく私付きメイドのアデラが張り切ってくれたドレスや髪も、無駄になってしまった。元々婚約者探しの為に夜会に参加することに良い顔をしない父は喜ぶでしょうけど、子爵の……それも没落している家の当主が、娘可愛さに恋愛結婚を望んでいては駄目なのに。

 そんな暢気な父は普段あまりこういう場所に出向かないので、出席しているところを友人達に見つかれば、あっという間に連れ去られてしまう。娘の私よりも余程人気者なのだ。

 女性陣は遠巻きにこちらを見て“相変わらず無駄な努力をなさること”とクスクスと嗤うだけだし、男性陣は“見た目だけならなぁ”というようなことを口にするばかり。今夜も我が領地を立て直せそうな良い物件は見つかりそうもないわね。
 
 収穫がないならさっさと帰って、アデラと新しい夜会の装いについて研究した方が有意義だわ。そう思い、自分に向けられる好奇の視線を無視して閉場になるまで会場を離れようとしていたら、突然背後から「失礼、貴女がキルヒアイス子爵令嬢だろうか?」と声をかけられた。

 聞き覚えのない声に振り返った先に立っていた相手を見て、今夜はやっぱり外れなのだと納得する。それというのも、婚約者探し以外で注目されたくない私と並ぶには相手が悪すぎたのだ。

 この国ではあまり見ない浅黒い肌に、癖の強い黒髪を後ろで一本に結んで垂らしている長身の男性。がっしりとした体躯に見合った威圧的な顔立ちに、瞳の色は光によって赤く見える赤茶色。

 そんなある意味私と同等に目立つ姿をしたこの人物の名は――。

「ええ、そうですわ。そちらは確か男爵家の……?」

「ああ……名乗りが遅れて申し訳ない。ヴィルヘルム・ノイマンだ」

 思った通り相手は父親の代で商人から男爵位を手に入れた、所謂【成り上がり】と呼ばれる貴族だった。貴族社会では何故かやたらと軽んじられる彼等だが、私は嫌いではない。上昇志向が強いのは悪いことではないもの。

 しかしその中でもノイマン家の長男、ヴィルヘルム・ノイマンと言えば“麒麟児”と呼ばれる存在の人物だ。最近お父様である男爵が“健在な内に隠居する”と言い出して、実質はもう彼が家督を継いだようなものなのだとか。そんな人物が、没落子爵令嬢に一体何の用だろうか?

「そう、ヴィルヘルム様と仰るのね。初めまして、私はクラリッサ・キルヒアイスと申します。以後お見知りおきを」

 疑問点はいくつもあるけれど、取り敢えずは当たり障りのないように子爵令嬢らしくカーテシーをとった。相手は自分から呼び止めておきながら、一瞬私の行動に目を瞬かせる。何か粗相があったのかと訝しみつつ、固まったままのノイマン様に「それで何かご用でしょうか?」と問いかけた。

 すると相手は周囲に視線を巡らせ「ここは人目が多くて少し話にくい。場所を変えても?」と申し出る。よくない意味で話題に上る両者が一緒にいれば、当然目立つ。用件が何かは知れずとも、場所を移動するという申し出を断る理由もない。

 結局二人きりでも人に声が届く範囲であれば良いだろうという思いから、彼の申し出に「構いませんわ」と頷いて会場を出る。

 何となくこういう時に庭園に足が向くのは不思議なもので、相手も私も言葉を交わさずとも自然とそういう流れになった。けれど長身の彼と私が並んで歩くと、どうしても一歩の差が違いすぎて遅れるのではと思っていたのに、相手は意外にもこちらの歩く速度に合わせてゆっくりと歩いてくれる。

 春の夜に今が盛りの薔薇の香が溶けて、花弁の色をはっきりとさせない月光が淡く縁取る様は、こんな時でもなければなかなか幻想的で美しい。そんな庭園内を無言のまましばらく歩いて。

 会場から聞こえてくる音楽や人の声が、会話の邪魔にならない程度に遠ざかったところで彼が立ち止まった。それに合わせてこちらが足を止めると、彼のただでさえ彫りが深い顔立ちと肌の色とが相まって、逆光の中その意志の強そうな瞳だけがギラギラと赤く浮かび上がる。

 そして――。

「単刀直入に言う。貴女の家の爵位が欲しい。俺の婚約者になってくれ」

 という、貴族としてはいきなりすぎる上に、かなり失礼な婚約の申込みをしてきた。正直ここまで真っ直ぐに“家名にしか興味がない”という表現をされるのは……面白い。

 今夜初めて会ったばかりの人間に対して言う言葉でもなければ、男爵位につくまでの商人という立場から見ても悪手。それでもそのお陰と言うべきか、彼に対しての興味は惹かれた。

 だからこそ珍しく会話を続けてみようと思い「まぁ……その包み隠さない野心はなかなかよろしいけれど、わざわざ私にお声をおかけになったのだから、私の噂をご存知なのかしら?」と言葉を返したのだけれど……。

「勿論だ。あれだろう“先見の魔女”とかいう胡散臭い能力・・・・・・の。ノイマン家は根っからの商人気質だ。そういうペテン紛いのことは信じていない。失礼だとは思ったが、そちらの家の事情も調べさせてもらった。どうだろう、そちらにとっても悪い取引ではないと思うのだが?」

 残念ながら直後にはっきりと返ってきたこの言葉には、流石に愉快な気分にはなれなかった。別にこの能力を誇りに思っているとか、貧乏が恥ずかしいとかでは全くないのだけれど、両親が“素敵”と評してくれたものを、いきなり現れた赤の他人に踏みにじられて良い気分がするはずがない。

「ご立派なお考えですわね。それにあの会場内でお声をかけて来られた理由も、成程よく分かりましたわ。けれど今夜のような場所に、そのような目立つ肩書きと見目でおいでになられるくらいなのだから……噂通り豪胆でいらっしゃるのね。成り上がり者の“黒蛇”さん?」

 無礼な相手にはそれなりの答え方をするのが私の流儀。それを相手が不快に思ったところで知ったことではないもの。彼が言うように悪い取引ではなかったけれど、この交渉は決裂だわ。

 相手は自分のこれまでの言動を棚上げして「これはなかなか……いい性格をしておいでのようだな」とのたまうものの、こちらとしてはもう最初に感じた興味もすっかり失せてしまった。

 これ以上この男とここにいる意味もなければ、そろそろ会場内に娘の姿がないことに気付いた父が慌て始める頃だろう。

 そんな父の姿を想像したら可哀想になってきたので「お褒めに預かり光栄ですわ。話がそれだけなら私はもう帰るところですので、どなたか他を当たって下さる?」と言い残し、相手の返事も待たずに身を翻した。

 一瞬でも無礼な男のことを面白いと感じてしまったことに若干苛立ちつつ、追って来ない程度の分別は持ち合わせていて良かったと言い聞かせる。今夜のことは貴重な時間の浪費に終わったけれど、今更悔やんでも無駄。一晩ぐっすり眠って明日からまた頑張れば良いわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜

ハマハマ
ファンタジー
 ファンタジー×お侍×父と子の物語。   戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。  そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。 「この父に任せておけ」  そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。 ※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

もふけもわふーらいふ!

夜狐紺
ファンタジー
――これは、もふもふ世界の九尾のお屋敷で繰り広げられる、一人の少年とケモノ達のほのぼの和風ライフの物語である。 九尾の狐、『御珠様』の妖術によって高校生の浅野景が迷い込んでしまったのは、獣人だけが暮らす和風世界! 有無を言わさぬ御珠様のもふもふで妖しい誘惑に翻弄された景は、いつの間にか彼女のお屋敷で住み込みで働くことが決まってしまう。 灰白猫の『ちよ』や、白狐の双子、そこには他にも様々なケモノたちが暮らしていて……。 恋に神事にお手伝い、賑やかなお屋敷の日常が今、始まる! ※小説家になろうにも公開しています。 ※2017/12/31 HOTランキング8位 ※2018/1/2 HOTランキング6位になりました! ありがとうございます!!!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...