個性豊かな異世界召喚

佐原奏音

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第二章 『紅月の下の古城』

12.『炎舞劇の幕開き』

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 ユウヤが目覚めてから時は少し遡り、五時間前。
 王都は絶望の炎に包まれ、叫び声と炎が燃え上がる音がうるさく、まさに地獄の様だった。

「何が起きてるんだ!?」

 あまりの光景に身体の重みも忘れてしまう。何が起きているのか見当がつかない。

「と、とりあえず、救助しよう! 私が凍らせるからタクミさんはみんなを誘導して!」

「わかった! こっちは俺に任せて! ……――ホムラさんとニッタさんはどこだ!?」

 王都に残っている勇者は四人。そのうち、避難所付近にいるのはタクミとスズネだけだ。
 他のアカネとシオンは避難誘導だが、この大火災には気付いていないはずはないだろう。
 これほどまでの大火災を起こせる者はかなり絞られてくるが、アカネの気が狂って放火したという線はまずあり得ない。シオンが共にいるので、止めに入らないわけがない。
 正確な範囲はわからないが、王都の一角を火の海にするほどの火の魔法の使い手はタクミの記憶の隅にも存在しない。
 唯一ミナスだけは思いつくが、現在彼女は昏睡状態だ。

「見当たらないけど、この大火事だったらどこかで人を助けてるんじゃないかな!? アカネさんが火事起こす訳もないだろうし!」

「そうだと嬉しいんだけどな。ただでさえ、この状況じゃ、救助と鎮火と避難誘導を俺たちで回さないといけないからな……」

 それに加えて、タクミはユウヤから託された魔力の負担も現在継続中だ。
 今は目の前のことに気を取られてしまいそれどころではないが、少しでも我に帰れば、再び床に伏すことになるだろう。

「とにかく避難誘導をしよう。城の方までは火が行き届いていないみたいだから、ミクラさん! 氷で道標を作ってくれないか!?」

「了解! 『アイスサイン』!」

 スズネが両手を地面に当てると、そこから城までの道のりを氷が伝っていった。

「みんな! この氷で示した道を通ってったら、安全なお城に行けるよ!」

 スズネの言葉を聞いて、多くの避難民たちが氷の道を頼りに歩き出した。
 その光景を見て、スズネの顔が明るくなる。
 しかし、すぐに表情を引き締めた。
 まだ安心はできない。むしろここからが本番なのだ。
 こんな状況でも、人々は自分の家族や友人を優先してしまう。特に子供などは親や友達から離れようとしないものだ。
 それを無理やり引き剥がして連れて行くのは一苦労するだろう。
 それに——
 ————この炎の海の中に取り残されている人たちもいるはずだ。
 先程から何度か火の手が上がっている場所がある。
 おそらくは逃げ遅れた人や消火作業に当たっていたであろう兵士たちだと思われる。

(早く助け出さないとな……)

 タクミは焦る気持ちを抑えながら、一歩を踏み出す。
 その時であった。
 空を覆う暗闇によってわかりづらいが、黒煙の中から巨大な影が飛び出してきたのだ。
 それは大きな翼を広げており、一目見ただけで鳥類だとわかる。
 しかしどこかおかしい。

「あの鳥、なんかデカくないか?」

「えっ? ……本当だ。遠くてよくは見えないけど」

 距離があるせいで正確な大きさはわからない。
 しかし、遠目から見ても人、一人以上の大きさはあることがわかる。そんなものが空を飛んでいるなんて明らかに異常事態である。

「ここに来てドラゴンか? 異世界ならではのモンスター来たか?」

「ドラゴンなら火を吹くし、十分有り得るけど、……今更感が凄いね」

「言ってやらない方がいいよミクラさん。ドラゴンなんてありきたりなモンスターでも、強さには定評があるんだから」

「ごめん。私言い過ぎたかも。ドラゴンにだって事情の一つや二つくらいあるよね……。考えが及ばなかったよ」

「先程からドラゴンだのありきたりだの、喧しいわ!!」

 突如、上空からの怒声に吃驚とする。
 それと同時に大きな炎の波が襲ってくる。

「『アイスウォール』!」

 スズネの咄嗟の判断で氷の壁がそびえ立ち、炎の波に飲まれずには済んだ。
 しかし、徐々に氷は溶けていき、水滴がぽとぽとと垂れてくる。

「逃げろっ!」

 形状を維持できなくなってきた氷の壁はひび割れ、下から崩れていった。壁の隙間から脱出すると同時に氷は音を立てて崩れた。
 なんとか脱出することができたが、タクミたちはいつの間にか炎に囲まれていた。

「くそっ……ミクラさん大丈夫か?」

「うん。だけど、いきなりで魔力操作をミスっちゃった。一気に半分くらい消耗したかも」

 そのスズネの魔力の半分を使用して作り出した
大きな氷の壁も炎によって容赦なく形を崩してしまった。
 まだ相手もよくわかっていない状況でここまで追い詰められている。残り二人の安否も確認できていないというのにだ。
 なんとか無事でいてほしいと願いつつ、地上に降りてきたそれを見る。

「お主らが騒いでいるから思わず出てきてしまったではないか! おかげでチュンも丸焼きになりかけたわ!」

 先程の巨大な影がゆっくりと近づいてくる。それは背に炎を纏い、その巨躯を揺らしながらこちらを見下ろしている。

「そん……なっ……」

 あれは確かに知っている姿だ。あれがこんなところで見れるとは思わなかった。

「なんだ? チュンの全貌を目の当たりにして絶望でもしたか?」

 巨大な影は笑って、タクミの驚きに染まった顔を眺める。

「ドラゴンは…………マジ︎︎◯ャンズレッドだったのかっ……」

「……なんだと?」

 巨大な影は笑いから突然、困惑へと堕とされた。

「いや、これはどう見てもコッコ・◯ピアでしょ」

 スズネもこの場違いのノリに乗ってくれた。
 しかし、そのノリも今の状況では場違いでしかない。
 人々が怯え、逃げ惑う中で呑気にボケを入れる。自分自身も身体の限界を感じながら、だ。
 タクミはこの場に辛うじて立っている。いつ倒れても可笑しくはない。それにこの状況が重なり、かなり最悪な事態となってしまった。
 軽口を叩いていなければその気持ちを振り払いきれない。

「ドラゴンなどではない! ましてや、そのマジなんとかでも、コッコなんとかでもない! チュンはジノス。バルバトス様直属の配下だ」

 そんなタクミの気も知れず、ジノスと名乗る鳥人は自らの素性を明かしてきた。

「バルバトス? そいつが空を闇で覆った元凶か?」

「いかにも。そしてチュンはバルバトス様の命により、ラバンを攻め落としに来た」

「なんのためにそんなことをするんだ!」

「簡単なことだ。バルバトス様、そして現魔王軍にとってこの国は邪魔でしかないからだ」

「やっぱりこの一連の出来事は魔王軍の仕業か。だとすると……」

 ジノスの口から漏れた魔王軍という一言。
 これから推測すると、ユウヤたちが向かった古城には予想する限り最悪な相手が待ち受けていることになる。

「…………」

 スズネが拳を握りしめているのが見えた。怒りを堪えようとしているのだろう。

「こんなに厳つい見た目なのに自分のことをチュンって言ってるの可愛い……」

「…………」

 このポンコツお嬢様はタクミと違い、本当にそう思ってるようだ。こんな状況でも呑気な考えができるなんて余程の余裕がないとできない。
 それが彼女の強さなのか、それともただのバカか。
 恐らく後者だろうと思いつつ、スズネに呆れるしかなかった。

「そんなおだてようとも火の手は止めはせぬぞ?」

「別にこっちはおだててるつもりはないけどな」

 タクミの言葉にスズネはえー、と不満の声をあげているが、とりあえず無視する。
 それよりも今は目の前にいる敵に集中しなければならない。
 スズネの魔法によってなんとか炎の波から逃れられたが、いつまでも同じ手を使ってくれるとは限らない。それに、先程よりも炎の規模が広がっている気がした。
 このまま防戦一方では、必ずいつか終わりが来る。それまでに何か策を立てなくてはならないだろう。

「それはそうと、お前ここに来る途中に赤髪と銀髪の女の子に危害を加えていないだろうな?」

「む? 知らんな。しかし、お主がそこまで心配するということはそいつらも仲間だな?」

 そう思うのが自然だろう。この状況で他人の心配をするというのはそれほど大事な存在だという解釈となる。
 他の仲間の存在を知らせる形にはなってしまったが、ジノスが手を下していないのであれば、無事でいるはずだ。

「どこかへ逃げ込んでいるか、はたまた、既に火の餌食となっているか……どちらにせよ、チュンがいる時点でその二人もお主らもこの国も、無事では済まさぬがな」

「……」

 やはりあの二人に危険が迫っていることに変わりはなかった。それは王都にいる全ての人間もそうだ。
 スズネとタッグを組んでも勝てる気はしない。ほとんどがスズネ単独での戦闘になってしまうのは目に見えている。
 あの二人のが加勢にやって来てくれれば、勝利は見える。
 しかし、あの二人は今はいない。
 それでも今この化け物から逃げ出してしまっては、どれほどの被害が出るかは既に目の前にある。
 逃げも隠れも見逃しもしない。
 倒せなくても、誰かが来てくれるまでの時間稼ぎにはなるだろう。

「そんなことには絶対させねえよ!」

 がなり立てた声で堂々と宣言し、タクミは背負っていた弓から矢を発射する。
 ――それがこの熱き戦いの火蓋を切ることとなった。
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