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第二章 『紅月の下の古城』
9.『月下の古城』
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「到着したはいいけど本当にここに何かがいると思うか?」
広大な森を目の前にし、そのような疑問が浮かぶ。
霧も深く、暗闇を除外したとしても先に進むのは困難だ。一メートル先も何があるかわからないような場所だ。森の奥も霧に囲まれ、本当に古城があるのかすら確認不能だ。
「生き物の気配は確かにない。でも、何かにずっと見られてるような感覚はするぞ」
山暮らしということもあり、人一倍生き物に対する感覚が鋭いリュウジを先頭に俺、ユミ、モトキ、アオイ、リツ、その他の数名の王国兵で森の中を進んでいた。
しかし、先程から生き物の気配は微塵も感じられない。
普通、森と言えば木々が生い茂っており、地面は苔と枯葉が多いつくし、生き物はその陰にひっそりと暮らしている。
時には人目に晒されることもあるが、大抵は前記と同様、森の陰にひっそりと暮らしている。
それがどうしたものか、一向にその姿はもとい、そこに存在していたであろう痕跡ですら目撃されていない。
「何かってなんだよ! もう俺、怖くて進めないよお」
「何言ってんすか、モトキさん。そんなに怖いなら王都で待っていれば良かったじゃないすか」
ここに来て弱音を吐くモトキにアオイが叱咤をする。しかしモトキはそれに確固たる反論を繰り出した。
「だってユウヤがあんなこと言ったあとに俺が言うのって後味悪いじゃん!
「それはごめん」
——思わず謝ってしまった。
確かにモトキがあの場面で文句を言わないはずがなかった。お菓子を買って貰えない子供のように駄々を捏ねていたはずだ。
「それでも、ここまで何一つ文句も言わずに付いて来てくれたじゃないですか。それは何か理由があってのことなのでは?」
「そういうわけじゃないけど……」
どこか煮え切らない様子ではあるが、あまり言いたくもなさそうだ。
とにかく今はそっとしておこう。
それにこの霧の中で長く滞在するわけにもいかないだろう。
森の深部へと歩みを進めていくと、霧が濃くなっている。このままでは気付かぬうちに全員が散り散りになってしまう。
「急いだ方がいいんじゃない? これだけ霧が濃いと、モトキさんほどではないけど私も怖くなってきたし」
モトキをフォローする形でユミが提案する。
「何、怖いの? しょうがないな。ほら、兄ちゃんのお手てギュッと握ってて良いぞ?」
「この怖さを力に乗せてユウ兄の手を握り潰せってこと?」
「どうしてそうやって俺を痛めつける思考に走るんだよ!? 霧が濃いから離れないように握っててやるってことだよ!」
「——あ、それなら間に合ってますので」
改めて詳細を説明するが、当然のように切り捨てられる。それも哀れんだ目で優しく引き離してくる。
そっと、差し出した手を払われる。そんなものは自分に必要あるものではないと……。
——兄ちゃん泣くぞ、コラ。
「……おい、置いてくぞ」
リュウジの言葉も効かず、木陰に蹲って泣く真似をする。それに呼応してユミが俺の手を取ってくれないかと期待しながら……。
しくしくしくしくしくしく、しくしく、と——。
——そして、ふと気付く。
「——あれ?」
いつの間にか、他のみんなが消えていた。辺りを見渡しても誰もいない。俺一人が取り残されてしまっていた。
動いてしまってはこの霧の中だ。どう足掻いたって迷ってしまうのはわかっていた。
だが、それ以上に一人になってしまうのが何より怖かった。
「みんな! 俺を一人にするなよ!」
しかし誰も反応しない。仕方無くみんなの進行方向であろう道を進んでみた。
歩きでは追いつけない。足場はそこまで悪くはない。走れば容易に追いつくことができるだろう。
「————っ」
両足を交互に前に出し地を蹴っていく。
それを早く、早く、もっと早く——。
それでもみんなに追いつく様子はない。むしろ、足を踏み込む度に距離が離れているような感覚を覚える。
しかし今頼りにできるものは少ない。少なからず、紅い月明かりを頼りに進んでいくことしか——。
「……月明かり?」
足を止め、自分の立たされた状況に目を向ける。
いつの間にか霧は晴れていた。森を抜けたのか、はたまた戻ってきてしまったのかは定かではないが、一つ変わったことがあった。
自分に影ができている。
ごく普通のことだ。ごく普通のことなのだが、現状を考えればおかしいことなのだ。
自分にできた影を見つめ、疑問が浮かんできた。いや、もっと早く疑問に思うべきだった。
ユミたちと別れてしまう前もそうだった。俺が泣く真似をしている時泣いていたのは木陰だった。その時からおかしかったのだ。
何故、空は闇に覆われているのに影ができている?
影ができるその原因は月明かりにあることは確かだ。それを隠してしまった闇はどこへ消えた?
恐る恐る視線を上へ向ける。
「——っ!」
思わず息を呑んだ。
視線を向けた先は城だった。紅く、禍々しいオーラを纏って引きずり込まれるような感覚に陥る。その紅はまるで血を表しているかのようだ。月明かりはこの城の周りだけを照らしている。仮に月明かりに照らされなくともそのを落とすことはないだろう。
しかし今にも崩れそうな程にあちこちが倒壊している。その光景は王都で見た資料と何ら変わらないものだった。
零れ落ちそうな程に目を見張り、その光景に全てを奪われる。
「これが……古城」
——次の瞬間、意識が途絶えた。
意識が途絶える直前に自分を嘲るような冷淡な顔が見えた、
——気がした。
広大な森を目の前にし、そのような疑問が浮かぶ。
霧も深く、暗闇を除外したとしても先に進むのは困難だ。一メートル先も何があるかわからないような場所だ。森の奥も霧に囲まれ、本当に古城があるのかすら確認不能だ。
「生き物の気配は確かにない。でも、何かにずっと見られてるような感覚はするぞ」
山暮らしということもあり、人一倍生き物に対する感覚が鋭いリュウジを先頭に俺、ユミ、モトキ、アオイ、リツ、その他の数名の王国兵で森の中を進んでいた。
しかし、先程から生き物の気配は微塵も感じられない。
普通、森と言えば木々が生い茂っており、地面は苔と枯葉が多いつくし、生き物はその陰にひっそりと暮らしている。
時には人目に晒されることもあるが、大抵は前記と同様、森の陰にひっそりと暮らしている。
それがどうしたものか、一向にその姿はもとい、そこに存在していたであろう痕跡ですら目撃されていない。
「何かってなんだよ! もう俺、怖くて進めないよお」
「何言ってんすか、モトキさん。そんなに怖いなら王都で待っていれば良かったじゃないすか」
ここに来て弱音を吐くモトキにアオイが叱咤をする。しかしモトキはそれに確固たる反論を繰り出した。
「だってユウヤがあんなこと言ったあとに俺が言うのって後味悪いじゃん!
「それはごめん」
——思わず謝ってしまった。
確かにモトキがあの場面で文句を言わないはずがなかった。お菓子を買って貰えない子供のように駄々を捏ねていたはずだ。
「それでも、ここまで何一つ文句も言わずに付いて来てくれたじゃないですか。それは何か理由があってのことなのでは?」
「そういうわけじゃないけど……」
どこか煮え切らない様子ではあるが、あまり言いたくもなさそうだ。
とにかく今はそっとしておこう。
それにこの霧の中で長く滞在するわけにもいかないだろう。
森の深部へと歩みを進めていくと、霧が濃くなっている。このままでは気付かぬうちに全員が散り散りになってしまう。
「急いだ方がいいんじゃない? これだけ霧が濃いと、モトキさんほどではないけど私も怖くなってきたし」
モトキをフォローする形でユミが提案する。
「何、怖いの? しょうがないな。ほら、兄ちゃんのお手てギュッと握ってて良いぞ?」
「この怖さを力に乗せてユウ兄の手を握り潰せってこと?」
「どうしてそうやって俺を痛めつける思考に走るんだよ!? 霧が濃いから離れないように握っててやるってことだよ!」
「——あ、それなら間に合ってますので」
改めて詳細を説明するが、当然のように切り捨てられる。それも哀れんだ目で優しく引き離してくる。
そっと、差し出した手を払われる。そんなものは自分に必要あるものではないと……。
——兄ちゃん泣くぞ、コラ。
「……おい、置いてくぞ」
リュウジの言葉も効かず、木陰に蹲って泣く真似をする。それに呼応してユミが俺の手を取ってくれないかと期待しながら……。
しくしくしくしくしくしく、しくしく、と——。
——そして、ふと気付く。
「——あれ?」
いつの間にか、他のみんなが消えていた。辺りを見渡しても誰もいない。俺一人が取り残されてしまっていた。
動いてしまってはこの霧の中だ。どう足掻いたって迷ってしまうのはわかっていた。
だが、それ以上に一人になってしまうのが何より怖かった。
「みんな! 俺を一人にするなよ!」
しかし誰も反応しない。仕方無くみんなの進行方向であろう道を進んでみた。
歩きでは追いつけない。足場はそこまで悪くはない。走れば容易に追いつくことができるだろう。
「————っ」
両足を交互に前に出し地を蹴っていく。
それを早く、早く、もっと早く——。
それでもみんなに追いつく様子はない。むしろ、足を踏み込む度に距離が離れているような感覚を覚える。
しかし今頼りにできるものは少ない。少なからず、紅い月明かりを頼りに進んでいくことしか——。
「……月明かり?」
足を止め、自分の立たされた状況に目を向ける。
いつの間にか霧は晴れていた。森を抜けたのか、はたまた戻ってきてしまったのかは定かではないが、一つ変わったことがあった。
自分に影ができている。
ごく普通のことだ。ごく普通のことなのだが、現状を考えればおかしいことなのだ。
自分にできた影を見つめ、疑問が浮かんできた。いや、もっと早く疑問に思うべきだった。
ユミたちと別れてしまう前もそうだった。俺が泣く真似をしている時泣いていたのは木陰だった。その時からおかしかったのだ。
何故、空は闇に覆われているのに影ができている?
影ができるその原因は月明かりにあることは確かだ。それを隠してしまった闇はどこへ消えた?
恐る恐る視線を上へ向ける。
「——っ!」
思わず息を呑んだ。
視線を向けた先は城だった。紅く、禍々しいオーラを纏って引きずり込まれるような感覚に陥る。その紅はまるで血を表しているかのようだ。月明かりはこの城の周りだけを照らしている。仮に月明かりに照らされなくともそのを落とすことはないだろう。
しかし今にも崩れそうな程にあちこちが倒壊している。その光景は王都で見た資料と何ら変わらないものだった。
零れ落ちそうな程に目を見張り、その光景に全てを奪われる。
「これが……古城」
——次の瞬間、意識が途絶えた。
意識が途絶える直前に自分を嘲るような冷淡な顔が見えた、
——気がした。
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