個性豊かな異世界召喚

佐原奏音

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第一章 『始まりの一ヶ月』

3.『王都』

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 王都はとても大きなところだった。
 俺の期待通り、獣人の姿も少しだけだが確認できる。
 エルフは見当たらない。
 しかし、ファンタジー感の溢れる街並みに、家は全て洋風でレンガ造りだ。
 道も舗装されており、異世界の職人達の技術が見てわかる。
 なお、この世界は俺たちの世界とは違って今は秋頃の様子ようだ。
 そのため、少し肌寒く感じるが先程、服を買うことができた。
 服屋の店員はスライムによって溶かされた服を見て心底驚いていた様子だった。
 しかし、着心地は悪くなく、何より動きやすいのを選んだ。
 強いて言うのであれば、

「ちょっとこの服、高級感出し過ぎじゃないよね?」

「そうかな?」

「俺が服に取り込まれてる感じがするんだが?」

「そんなことはないと思うよ。とても似合ってる」

 異世界特典で即席の靴をレミちゃんに貰ったが、これからモンスターと対峙するにあったては動きにくいものだった。
 そのため、ライドに靴まで買ってもらったのだ。
 買ってもらいはしたが、服の装飾が少し派手なのではないかと疑い始めてきた。
 なぜなら、周りが俺たちをずっと遠目から見ているからだ。
 服は一式揃えたがライドのチョイスは派手な感じが出ている。
 周囲の人々は俺たちが歩いているだけで道を開けてくれるような気もしてくる。
 それほどまでにライドが選んだこの服は派手のようだ。

「ライド、なんか周りの人の接し方が尋常じゃない程に親切なんだが?」

「そうかい? ユウヤの気のせいじゃないかな。僕には何も感じないけど。いつも通りだよ」

(コイツかなり目立ち慣れしてやがる。こんなに周囲の目に集めていても、何も感じないのか)

 ライドに対して、ちょっとした劣等感を感じた。

「ユウヤ、王城に行く前にこの国を少し案内しようか」

「おう、頼む」

 そう言われ、まずライドに連れられたのは商店街のようなところだった。

「この辺は多くの国から輸入された果物や衣類、薬品などが売られている通りだよ」

「へぇ……」

(たしかに看板にそう書かれている。……あれ?)

「なんで俺、こんな初めて見る文字が読めるんだ?」

 俺にとって、この世界の言葉はおろか、全体的に知らないことが多いのだ。
 レミちゃんの説明で知ったこともあるが、それでも知らないことの方が多い。
 そもそも、レミちゃんに言葉は教えられていない。
 あのがさつな所が多い子だが、さすがに異世界で生きていくために必要な言葉については教えてくれているはずだ。
 何か、レミの説明不足な所があったのだろうか。

「それは神の御加護だよ。君は勇者だろう?この世界での生活に溶け込むために神様から加護を与えられたんだろうね」

「そうなのか。レミちゃん、ちゃんと説明してくれよ。レミちゃんよくアレで神様やれてるな」

「どうやら君は神様を良く思っていないようだね」

「だってレミちゃん、小さくて可愛かったけど、少しがさつな所があったからなぁ。ほとんどただの幼女だったからな」

「ユウヤ、この国、いや、この世界で氷の女神レアミール様は多くの人に崇拝されている存在だよ。あまりそういうことはこの国では言わない方がいいよ。大勢の人から串刺しにされるか、奴隷として売られてしまうかもしれないからね」

「何それ怖っ!」

 たしかに周りからの殺意の視線を感じる。その視線が怖い。
 今すぐにでも串刺しにしてやりたいという気持ちが溢れ出ている。

(あんな子でも信仰してくれる信者たちがいるのだな。この国にいる間はレミのことを悪く言うのはやめておこう)

 そう考えるが、周りの空気が普通ではない。

「なんか精神的に病んできそう」

 この服のこともあり、レミちゃんのこともありで既に召喚前のワクワク感が消え失せかけていた。

「大丈夫かい?」

「ああ、気にするな。ちょっとした現実の厳しさに目眩がしてきただけだよ」

「少し休憩しようか。何か食べ物を買ってくるよ」

「サンキュ、俺、その辺で座ってるわ」

 ライドはその場を離れ、俺は近くのベンチに腰掛けた。

「……はぁ」

 その日一番の深いため息が出た。

(俺が思い描いていた異世界ライフってこんなのだっけ? 何らかの功績を出して、国から讃えられ、みんなから慕われて、ちやほやされる。それが勇者だろ)

 自分の思い描いていた異世界と思いの外違いがあり、空想の世界に逃げかけていた。

(なんか違うなぁ。まだ勇者っぽいこと一つもしてないんだけど)

 その通りだ。
 俺が今日やったことと言えば、スライムに襲われて、助けられたと思ったら猟奇サスペンス劇場を見せられ、挙げ句の果てに周囲の人々から変な目で見られるで散々な日だった。

(このままじゃ、また別の面倒事がくるかもしれない)

 そんなことを思っていると白いローブを着た女の子が三人組の男に近くの路地に連れて行かれそうになっていた。
 その様子を見て、ユウヤの体はすぐには動けなかった。

「よう、お嬢ちゃん。俺たちと遊ばねぇか?」

「安心しろ。変なことはしねぇというか変なことしたいほど可愛い子というか」

「なに、言う通りにすればきれいなまま返してやるからよ」

 ユウヤの予想通り面倒臭そうなものが来た。
 一人は大柄で強面な男。もう一人は痩せ細ってて弱そうだがその風貌に似合わず、目つきが悪い男。もう一人は小太りで声も太い男。
 ユウヤにはすぐにわかった。あの男たちは関わってはいけない存在だと。
 女の子を助けはしたいが、自分だと力不足で逆に返り討ちになってしまうと勘で感じてしまっているのだ。
 しかし、周りからは不穏な言葉が聞こえる。

「あら、あの子、この辺りでも一番の悪者共に捕まっちゃってるわよ」

「あの子も災難ねぇ。アイツ等ってすごく手強いらしいわよ」

「そのくせ、逃げられた人はいないって噂よ」

(マジか。あの子、大丈夫かな。まぁ、きれいなまま返してくれるって言ってたし大丈夫だろ。それに、きっと誰かが助けてくれるはずだ)

 そんな他人任せの考えばかりが出てくる。俺は手に汗をかき、事が収まるのを待つ。

「譲ちゃん、早く来いよ、ほら!」

 男が女の子の腕を掴む。

「やだ、誰か助けて!」

(女の子がとても嫌がっている。でも大丈夫だ。誰かが助けてくれる。大丈夫なはず……)

 ーー本当にそれでいいのか?
 不意にそう聞こえてきた気がした。もちろん、誰かが俺に語りかけているわけではない。ここには連れてれそうな女の子と男たち、数人のおばちゃんと俺しかいない。
 今の言葉を言う者、言ったとして俺の耳に届く者は俺の近くにはいない。
 そう、今のは俺の中にある良心が動けと言っているのだ。
 たとえ怖くても、自分がどうなろうとも、目の前で困っている人を助ける、それが勇者だろう、とそう思ってしまったのだ。
 やられたくない。ケガをしたくない。情けないやつだと言われてもいいからと思っていた心に一つの言葉が投じられたのだ。

(俺だって、わかってる。勇者としてこの世界に来てからまだそんなに経ってないけど、それでも勇者なんだ。見過ごしてはならない……!)

 でも、体は動かない。
 頭ではわかっていても行動は起こさない。

(ライドが来るまで待つか? いや、それじゃ間に合わない。もう連れていかれる)

 ーー遅かったか……?

(いや、そんなことはない!)

「……やめろ!!」

「あぁん、誰だてめぇ」
 
 ユウヤはいつの間にか女の子を助けるべく、体が動いていた。
 すべてが吹っ切れた。
 見過ごして周りから愚かだと罵られるのと助けに向かい、無様な姿を晒すのであれば、助けに向かった方がまだカッコ良くあれるとそう感じたからだ。
 男共が睨み返してくる。

(誰かが助けてくれる? 俺は勇者だぞ。困っている人のために何かしてあげるのが勇者だろうが、そんな誰かに甘えたまま、目の前の問題事を見て見ぬふりをするんじゃこの先、勇者なんてやっていけない。いや、やってはいけない)

 自分が怖がっていることを相手に悟られないよう、自身に理解不能な勇者理論を言い聞かせた。
 自分が前に出てやられるのは嫌だが連れ去られそうな女の子を見過ごすことはもっと嫌だ。

「その子、嫌がってるだろ。今すぐ離してやれよ」

「うるせぇよ、てめぇ、他所よそ者だろ? 他所者が俺等のすることに口出ししてんじゃねぇよ」

 強面の男が殴りかかってきた。
 しかし、色々と吹っ切れたおかげか、悩むことがなくなり、適当にかわすことでユウヤは運良くかわすことができ、チャンスを逃すまいと渾身の右ストレートを放った。
 放った右ストレートは運良く男の顔面に当たり、男は一歩、二歩と後退りした。
 しかし、一発でダウンするほど男もヤワではなかった。

「てめぇ、やりやがったな!」

(ヤバい。ここまでできるとは思ってなかったからここから先どうすればいいかわからない。ヤバい、やられる)

 自分の予想外の瞬発力の良さに内心、オロオロしていたがそれを相手に悟られたら厄介だ。
 すぐさま反撃を返す態勢をとる。
 しかし、男は反撃をしなかった。いや、しなかっただけだ。

「お前は俺をイラつかせちまったんだ。しょうがねえよなぁ? 死んじまってもよぉ!!」

 男がズボンのポケットから何か石のような物を取り出した。
 それを左手に持ち、右手を前に突き出すと、右手から赤い光が出てきた。魔法を使う気のようだ。

「おい、それはやめといた方がいいんじゃねぇか? それ高かったしさぁ?」

「そうそう、殺したらメンドイことになるというか、俺等も攻撃範囲内にいるというか……」

「うるせぇ! こうでもしねぇと俺の気が済まねぇんだ!」

 男は何のお構いもなしに魔法を放とうとしている。
 俺は庇うようにして、女の子の前に立った。

(さすがにこんな狭いところで魔法を使ったら女の子にも被害が及んで、この男の仲間も無事では済まないだろ……っ!)

 俺の本能がそう感じ、女の子だけでも救おうと思い動いたのだ。

「さぁ、死ねぇ!」

 赤い光が最高潮に達したその時だ。

「そこまでにしてもらおうか」

 いきなり、横からの静止の言葉に阻害され、男は魔法を放つ手を止めた。
 この声は確かに俺の知る声だった。
 あの声は、

「ユウヤ、遅れてすまない。道がかなり混雑していてね。だが、僕が来たからにはもう安心だ」

「ライド!」

 そこには俺の異世界での始めての友達、ライドがいた。

「君たち、街中で攻撃特化魔法を使うのは法律で禁止されているはずだ。ここから今すぐ立ち去れ。それとも僕が君たち一人一人の相手をしてやろうか?」

「ただの騎士風情が! 一人で勝てると思うなよ!」

 聞き覚えのある言葉と共に強面の男がライドに殴りかかった。
 続けて、残りの二人の男もライドめがけて、走っていった。
 ライドは深く呼吸し、男たちを睨みつけると、強面の男の殴りかかってきた腕を掴み、投げ飛ばした。二人の男はその光景を目にし、驚いた様子だった。
 しかし、二人の男は歩みを止めず、目つきの悪い男は隠し持っていたナイフをポケットから取り出し、小太りの男はその辺にあったレンガブロックで攻撃しようとしたが、ライドはそれを余裕の表情で見事かわした。
 そして、腰に掛けてある剣も使わずに体術で残り二人の男も投げ飛ばした。

「痛ってぇな、いきなり現れやがってお前何者なんだよ!」

「僕をよく見てみればわかるはずだよ」

「だから、お前は誰何だって……あ、あああああああ!! ラ、ライド殿下!」

 強面の男が冷静さを取り戻し、ライドを見て、大声を上げた。

「えぇ! コイツ、あのライド殿下なのか!」

「バカ! お前、殿下をコイツ呼ばわりするな! 首が飛ぶぞ、早く頭を下げろ!」

 男たちがかなり慌てている。先程のゴブリンたちと同じ反応をしている。

(ホントにライドって何者なんだよ⁉︎ 殿下っていうことは王子ですか!? ライドが騎士から王子へクラスチェンジした!?)

 この光景を前にし、落ち着いた考えが中々できない。

「で、殿下! 申し訳ありません! 極刑だけはご勘弁を!」

「命を取るようなことはしない。だが、君たち、彼は僕の友人だ。彼を困らせることはこの僕が許さない」

「は、はいぃ! 申し訳ございません!」

 男たちの先程までの威圧感は無くなり、膝を付き、深々と頭を下げている。

「即刻この場を立ち去れ! そして、二度とこのような真似はするな!」

 男たちはそれを聞き入れ、そそくさとこの場を走り去っていった。

「二人共、無事で良かった。彼らはこの辺りをナワバリとしている小悪党共だ。幸い、僕がいたから助かったみたいだ」

「サンキュ、ライド。お前がいなかったら終わってたぜ。キミも怪我は無いか?」

 ユウヤはそっと、襲われていた女の子に目をやった。
 女の子はその場に座り込んで呆然としていた。
 すると、女の子はユウヤが見ていることに気づいたのか、服に付いた砂埃を払い、立ち上がり、頭を下げた。

「はい、大丈夫です。危ないところ助けて頂きありがとうございます。ライド殿下に、えと」

「俺はムクノキ ユウヤ。ユウヤでいいよ」

 優しく名乗ってあげると女の子は着ていたローブのフードを脱ぎ、顔が露わになった。

「はい、ユウヤさん、ありがとうございます。もうどうしようかと思いました」

 その見た目はまさに美少女と言うべきルックスの持ち主で腰の高さまで伸びた紫色をした長い髪。
 髪と同じような色をした目に、どこか幼さの残る口調だ。
 年齢は俺と同じくらいに見える。
 その可愛さに呆気にとられていた。

「いや、いいんだよ。困っているのを見かけたから助けないとなって思ってたら、体が先に動いてただけだから」

 照れ隠しのつもりで少し余裕ぶって言ってみたが、ど定番のクサいセリフになってしまった。
 しかし、意外と女の子には好評のようだ。

「あの、時間があるときに来てくれたら嬉しいです。えと、お茶とか出しますので」

 そう言われ、女の子から小さな紙を渡された。紙には『魔具店アロリナ』という店名と店までの地図が記されていた。

「店はいつでも開いていますので、では私はこれで。ありがとうございました」

 女の子は礼をして、その場を去った。ユウヤたちは手を振り、女の子を見送った。

(可愛かったなあ。いつか絶対に会いに行こう。そして、次は名前を聞こう)

「てかよライド、お前さっきの奴らに殿下って呼ばれていたけどお前って何者なんだよ?」

 殿下と言えば、国王の息子にあたる人物だ。

「えーとね……」

 なんか言葉がはっきりとしない。返答に困っているようだ。
 大体の予想は付くので早く言ってもらいたい。

「なんて言えばいいのかな。えと、僕はこの国の王の息子なんだ」

「まぁ、殿下と言えばそうだよな。というか、何で黙ってたんだ?」

「おや、意外と驚かないんだね?」

「まぁ、もうお前には慣れてしまったよ」

 さすがに、これまでのライドの人の域を越えた行動を見てしまったユウヤからしたら、ライドが魔王だと言われても驚きはしない。
 むしろ、その方が納得がいく。

「黙っていて悪かったね。でも、そっちの方が後から面白そうだなって思ってね」

「面白そうってお前っ! ……あれ? ちょっと待って。もしかして俺、今までとんでもない無礼働いてたりした!? 俺もライド殿下って呼んだ方がいい?」

「なに、気にしないでくれ。いつも通り接してくれればいいよ君は僕の友達だからね」

「そんなこと言われてもな……。まぁ、ライドがそう言ってくれてるし、その命令に背くのもアレだからな」

 もし、ライドの命令に背きでもしたら、ユウヤの考えられる最悪なパターンは三つ。
 その性格の悪さでライドの手の上で踊らされるか、手刀で胴を貫かれるか、腰の剣で真っ二つにされる未来しか出てこない。

「わかったよ、ライド。てか、お前、何で王子のくせに騎士とかやってんだよ?」

「それは他の同年代の人たちが命を懸けて戦っているのに王子という肩書きだけの僕がただ椅子に座って、ただ吉報を待つだけっていうのはいずれ、この国を治める者として間違った行為だと思ってね」

「カッコいいな。てか、凄ぇな、王子なのに威張らないなんてよ」

「僕は王子ではなく、一人の騎士としてこの国の平和を願っているだけだからね」

 よく漫画やラノベでは王族や貴族は平民から嫌われる立場にあることがあるのだが、ここでは違った。
 ライドはこの国の全てを心から大切に想っている。
 大切に想っているからこそ、ライドは守りたいと思うんだ。
 それがライド流の騎士道ってやつだろう。

「ああ、そうだ、改めて自己紹介しよう。……僕はラバン王国、王子兼王国騎士、ライド・ラバン・レヴァノール。改めてよろしくユウヤ」

「おう! 改めてよろしくな、ライド」
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