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しおりを挟む隼人と薫は、逃げる好機だったが、動けなかった。いや、動く余地を与えなかった。白衣に色が付くのを、ただ見つめていた。王は、1人を制圧してるように見えて、全てを威圧していたのだった。そして、悲鳴を飲み込んだ虎の目は、ついにこちらへ向けられる。足は1歩も地面から浮かせる事が出来ない。再び膝が強烈な痛みを覚える。
ーまた自分も、生命の輝きに飲み込まれていくのかー
そう覚悟した時、王の全てを威嚇する気配が、一瞬消える。
これはまさか…
「熊ちゃんだ!」
薫は、愛嬌を込めてそう呼んだ。熊は、雄叫びを上げて、王に鉄拳を下した。虎が吹き飛ばされ、顔を歪ませる。熊に、2度も助けられてしまった。恩返しが出来ないのが悔やまれる。
「何やってる!早く逃げろ!絶対にこんな所、二度と来るんじゃないぞ!」
「ありがとう、何度も…!」
薫は涙が溢れそうになった。
「ねぇ熊ちゃん!どうして私達を助けてくれるの?」
薫は力いっぱい叫んで、そう聞いた。
「俺は人間の言葉を覚えて、人間の善悪が分かるようになった。あんたらは、善だ。だから、あんたが空から降ってきた時も助けてやった。こんな所にいちゃいけない。早くここから逃げて、二度と来るな!」
熊が語気を強めて言い、虎と戦いを続ける。
パラシュート無しで降下して無傷だったのは、熊がいたから。
ー本当にありがとう、熊ちゃんー
「行くよ隼人!」
隼人の手を取り、猛スピードで森を駆けていく。海岸に出れば何か答えがあるかもしれない。その一心で走り抜ける。無尽に走る2人を嘲笑うかのように木が轟々と立ち聳える。異様な静けさ、そして息切れの音。飛び散る土の擦り切れる音。猛獣の唸る音。
全ての音が華麗なハーモニーを奏でる。
頭に何かがぶつかる。柔らかい感触。蛇だ。空飛ぶ、蛇。
初めて見た時は、背筋が凍りついた蛇。だが今では、生易しいものだ。
薫は勢いよく手で蛇を振り払い、地面に叩きつけた。
薫は奇妙な感覚に襲われる。蛇は確か序盤に見た生き物。
ということは…
「もうすぐ海岸よ!」
海岸には異常な生き物はいなかった筈。全ての望みを賭けて、最後の力を振り絞る。隼人も肩で息をしている。
意固地な木の中から、光が顔を出す。微かな海の芳ばしい香り。
薫は、光に向かって、飛び込んだ。
「海岸だ…!」
まだ道行きは長いにも関わらず、薫は達成感に満ち溢れていた。太陽が、遠慮なく薫の頬を照らした。
しかし、そのような高揚は束の間だった。眼前の海岸がモゴモゴと泡を吐き出す。波がザワザワと盛り上がる。海が何かを喚く。
「隼人、海から、出てくる…」
既に逃げる気力さえ失っていた2人は、手を繋いで、呆然と、騒ぎ立てる海を眺めているしかなかった。
広がる青世界から、灰色が顔を覗かせる。水滴を弾き、海面に大きな穴を空けるように、天高くそれは舞い上がった。これは、鮫だ。空に、虹を駆ける、鮫。
放物線を描くように、鮫が空を泳ぐ。
このままだと、一直線でこちらに突き刺さってくる。薫は直感的にそう感じた。
しかし、足はめり込んだように動かない。森の猛ダッシュがここに来て堪える。
「薫!逃げろ!」
ごめんね、隼人…
ここまで何度も死を覚悟してきた。
ー最後は鮫なんて、情けないなー
薫は小さく呟いた。スラッガーが期待通りの放物線を描くように、鮫は、私の頭上に現れる。
しかし、ボールはスタンドには届かず、センターがファインプレーをして、灰塊が垂直に落下していった。
ベンチでハイタッチを受ける野手は、これまた灰塊。
「スロット!?」
隼人が叫ぶ。
すると、ヘリコプターは鮫を突き飛ばした勢いで砂浜に着地する。プロペラがゆっくりと回転を止める。何が起きたのかがはっきりと読み込めない中、扉が開く。中から、厳めしい顔が出てくる。
科学者連中の仲間か、と警戒する。
「渡辺さん!?どうして…!?」
隼人の知り合いなのだろうか、その男は、慌てた様子で、言い放った。
「説明は後だ!君達!早くヘリに乗れ!」
そもそもどうしてこの島に上陸が出来ているのか。
警戒心を見せていると、
「渡辺さんなら大丈夫だ、早く乗ろう」
と、全てを察しているような顔で、隼人が声を掛けてくる。
隼人が言うなら、と手を取り、ヘリコプターに乗り込む。中には新車の独特の香り。
「さぁ早く!出発しますよ!」
言って間もなく、ヘリコプターがそそくさと砂浜から足を上げた。
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