僕と弟の宇宙紀行

れい

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ぼくたちはゆうかんなうちゅうひこうしなんだ!

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「しゅっぱつしんこー!」

声高らかに僕が叫ぶと、合わせて副船長もおー!と声を上げた。
発進ボタンを人差し指で押せば、宇宙船は、飛行機よりも早く、ぐんぐん加速していく。
低い怪獣の唸り声のように、船はまっすぐに空を目指す。
そしてそれは、さらに向こう側の、星まで目掛けて行くのだ。
その時の振動は、飛行機の離着陸よりも、おじいちゃんの手ブレのひどいホームビデオよりもすごい。
僕と副船長は椅子にしがみつくようにして、その時を待った。

「せんちょう!たいきけんをだっしゅつしました!」

副船長の声に、僕はよし!と返事をした。
椅子の揺れももう大分収まっている。
そして次第に宇宙船は、止まっているかのように、果のない、広大な銀河を漂い始めた。

「うむ、やはりうちゅうはしんぴてきだ」

満天の星空の中に、投げ込まれたようだ、と僕は続けた。
隣で副船長はは電子音の鳴るレーダーを弄り続けている。
操縦桿を握る手に力を込めて、僕はまっすぐ前を向いた。
赤とオレンジの斑模様に輝く、大きな丸い星が徐々に近づいてきている。
いや、この宇宙船が、近づいているのだ。

「あれがかせいか!ちかづいたらあつい、みぎへせんかいする!」

らじゃー!と副船長が声を上げた。
僕は操縦桿を右へ回す。
大きくなっていた火星は、すぅっと左の窓の端へ、流れていった。

「せんちょう!もくひょうはっけんです!」

副船長が叫ぶ。
手元のレーダーもけたたましく電子音を鳴らしている。
今回の目標。そう、それは人類の夢。


――月面着陸だ。


僕は銀色に光るその星を見て、おお、と感嘆の声を上げた。
遠く地球から見るよりも遥かに、美しく、神秘的だと思った。
人の顔にも、うさぎたちにも見えるその模様のせいか、目が離せないほどに魅力的だ。
僕は力いっぱい目をつぶって、頭を振ると、深く息を吸い込んだ。
今回の任務は月への着陸、そして調査。
あの美しく険しいクレーターは、さぞかし障害になるに違いない。
なぜならまだ、人類は月へとたどり着けていないのだから。

「げつめんへのちゃくりくをこころみる!」

僕は月面の中でも、クレーターの少ない、平坦な場所を着陸目標に定めた。
慎重に、ゆっくりと、宇宙船を降ろしていく。
月に砂があるのか、窓の外は白い砂埃で遮られていた。
宇宙船はガタン、と一度大きく揺れたが、しっかりと月面へその脚を降ろした。

「やったぁ!せいこうだ!」

「やりましたね、せんちょう!」

僕は副船長の小さな手と、ハイタッチを重ねた。
人類史上初の試み、歴史に残る瞬間だ。

「つぎはちょうさだ、そうびをかくにんするぞ!」

らじゃー!と副船長はまた声を上げた。
逸る気持ちで倉庫へと駆け、指差しをしながら調査のための荷物を確認する。

「さんそますくよーし、ぶきよーし、すこっぷよーし、おかしよーし…」

全ての荷物の点検が終わった。
僕と副船長はそれぞれリュックに装備をつめこむと、顔を見合わせて頷く。
いよいよ、人類が月へ降り立つ瞬間だ。
背負ったリュックをぎゅっと握って、僕は宇宙船の扉を開けた。

「いくぞ、ふくせんちょう!」

「はい、せんちょう!」

僕と副船長は、同時に宇宙船から飛び出した。
月面着陸。それは雲の上を歩くような感覚だった。
足が着いたのを喜ぶ隙もなく、再び体が宙を浮く。
そしてまた地面に足がつき、体が浮くの繰り返し。
徐々に緩やかになっていく波を経て、ようやく僕と副船長は月面に静止することに成功した。

「ましゅまろのうえみたいですね、せんちょう!」

副船長は飛び回りたくてしょうがない、という表情だ。
僕も、心の中でうずうずする気持ちを何とか抑え、まぁまて、静止する。

「あそぶのはあとだ。まずはつきのすなをさいしゅしないと」

そういって僕がその場にしゃがむと、副船長もそれに倣ってしゃがみこんだ。
地球と違って重力が軽い月は、バランスが取りにくいので、倒れないようにお互いを支え合う。
僕はリュックから袋を、副船長はスコップを取り出した。

「ゆっくりいれるんだぞ、でないとはいらないからな」

「はい、せんちょう」

副船長は真剣な目で、ゆっくりとスコップを持つ手を動かし始めた。
きらきら淡く光る月の砂を、震える手ですくう。
僕はその様子に、ごくりと唾を呑み込んだ。

何分経っただろうという長い時間が過ぎた。

副船長がゆっくりと注いだ月の砂は、地球の砂とは違い、なかなか落ちてこない。
落ちるのも遅く、重さを感じないそれは、見えないくらいの小さな羽を注いでいるみたいだ、と思った。
副船長はようやくスコップから砂が全て離れると、ふぅ、と息を吐いて額の汗を拭う。
なかなかに慎重さが求められる作業だったので、無理もない。
依然重さを感じない袋の中を、二人は顔を寄せ合って覗き込んだ。
袋の中には、確かに月の砂が入っていた。

「にんむかんりょうです!せんちょう!」

「よし!よくやった!」

僕は袋の口を縛ると、こぼれないようにリュックの中へとしまった。
嬉しそうな副船長の頭を、撫で回して、再びハイタッチをする。
よし、では宇宙船に帰還を、と振り返った時だった。

「あれは!」

僕は宇宙船のそばに、見覚えのある物体がいるのを目にした。
頭の先を尖らせた、ふっくらと丸みを帯びた物体。
その足元からは無数の短い脚が生えており、それらが蠢くようにして大きな体を運んでいる。
異変に気付いた副船長も、うわぁ!と悲鳴を上げた。

「たまねぎせいじんだ!」

見るや否や逃げ出そうとする臆病な副船長の腕を掴んで、まて!と僕は叫んだ。
そして副船長と向き合い、その両肩を掴むと、いいか、となるべく声を小さく、低くした。

「こんなときのためのぶきだ。だいじょうぶ、ふたりならきっとたおせる」

涙目になっている副船長は、僕の目を見返すと、口を結んでうん、と力強く頷いた。
僕は小声のまま、続ける。

「ぼくがしょうめんからうつ。ふくせんちょうはそのすきにうらにまわって、やつをうつんだ」

らじゃー、と副船長は小さな声で返事をした。
二人はリュックを下ろすと、中から銃を取り出し、じっと動く物体を見据える。
身軽なほうがいいだろう、僕は銃だけを持って、それの前へ飛び出した。

「くらえ!」

ばんばん、という音に合わせて、弾丸は敵へとまっすぐ飛んでいく。
いて、いて、という鳴き声とともに、それは体を身じろがせる。
だが正面は硬いのか、大したダメージにはなっていないようだ。
僕は敵を打ち続けながら、副船長を横目で盗み見みた。
副船長は忍び足で、少しずつ少しずつ、背後を取ろうと近づいている。
まだ敵は副船長に気付いていないようだ。もっとこちらに気を惹かなくては。
僕はさらに銃を撃ち続けた。
いて、いて、と繰り返し鳴き声を上げるそれは、しかし次第に低い唸り声を上げ始めた。
そして、その時は来た。

「まずい、たまぎれだ…!」

弾丸の出なくなった銃を見つめる僕。
しめた、と言わんばかりにすかさず敵が飛び上がる。
僕は襲い来るそれに、声を抑えることが出来ず、両腕で顔を覆った。


――ばんじきゅうすか…!


覚悟を決め、ぎゅっと目を瞑る。
その暗闇を、聴き慣れた声が切り裂いた。

「くらえー!みさいるはっしゃー!」

その瞬間、どかーん!という大きな衝撃音とともに、うわぁぁという悲鳴が上がった。
僕はそっと目をあけ、両腕の隙間から覗き見る。
立ち上った月の砂煙が晴れると、そこにはバラバラになって動かなくなった、敵の成れの果てが残されていた。

「せんちょう!こんどこそにんむかんりょうであります!」

ミサイルランチャーを肩に掲げ、副船長は声高々に宣言した。
そこにはさっきまで涙目だった、臆病な副船長はもういない。勇敢な戦士の顔だった。
僕は立ち上がると、うむ、よくやった!と駆け寄ってきた副船長と、本日三度目のハイタッチを交わした。

『緊急連絡、緊急連絡』

むせんだ、と僕と副船長は宇宙船を見上げた。

『本部から、船長、副船長に命じる。
晩ご飯の支度が出来たので、即刻地球に帰還せよ』

はっとして、僕は副船長と顔を見合わせた。
はやくかえらないと、と、置き去りにしていたリュックを取りに、月面を駆け出す。

『追伸、追伸。本日の晩ご飯は、ホワイトシチューである。即刻帰還せよ』

僕と弟は、武器もリュックも置き去りにして、三秒で地球に帰還した。
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