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おかわり

白い王子様?

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「完全に迷いましたわね…」

 ここはアーヴィリエバレイ王国の王城である。
 そして、ミリアムは今まさに迷子になっていた。

 エミリオとの婚約が内定してから、ミリアムは王妃教育の為に定期的に王城に登城していた。

 以前からベアトリーチェに強制召喚されて王城には出入りしていたが、ベアトリーチェの邸から渡り廊下を通って翡翠宮からエミリオと馬車に乗って帰るのみだった。
 なので今は王城内の配置を覚えたり、アーヴィリエバレイ王国や交流のある周辺諸国の歴史や経済、マナーや所作の確認や復習、王家における諸々の儀式やそれにまつわる伝承や決まり事など、学ばなければならない事をとにかく詰め込まれていた。

 今日も広大な王城内の配置を担当の教育係と確認しながら散歩に出ていたのだが、廊下に飾られていた花に気を取られている間にはぐれてしまい、後を追いかけようとやみくもにウロウロした結果、完全に方向を見失ってしまった。

「落ち着くのよミリアム。えーと、確か王城は中庭を囲むように宮が建てられていると習いましたわ。だから中庭に出さえすればどうにかなるはずですわね」

 ミリアムは周囲を注意深く見回し、何か現在地をつかめるものがないかを探した。

「はっ!そうだわ!宮ごとにリネンの色を変えているとも教わりましたわ!リネンの色を見ればここがどこの宮かがわかるはず!」

 キョロキョロと何か布製品がないか探すと、今回の迷子の原因となった廊下の装花が目に入る。
 ミリアムは花瓶の下に敷かれたクロスの色を確認した。

「黄色…ええと、琥珀宮ですわね。だとすると中庭から見て右隣の宮が金剛宮、左隣が紅玉宮のはず。翡翠宮まで辿り着けば、エミリオ様の執務室への道はわかりますわ!」

「よし!」と気合いを入れていざ歩き出すと、後ろから「ブフっ!」と吹き出した様な声が聞こえてきた。
 ミリアムが振り向くと、そこにはスラッと背が高く、腰まである栗色の髪を後ろで束ね、切れ長の琥珀色の瞳を細めて笑う美しい人がいた。
 白地に金の刺繍が施された騎士服を着たその人は、まるで本の中からそのまま飛び出してきた王子の様で、ミリアムは頬を染めてボーッとその姿を見ていた。

「クククッ、せっかく気合を入れたのに、早速反対方向に向かおうとしているよ。可愛らしいお嬢さん」

 どうやらミリアムは気合をいれて紅玉宮方面へ行こうとしていたにも関わらず、金剛宮方面に向かって歩き出していたらしい。

「ご、ご忠告痛み入りますわ。わたくし、カパローニ侯爵家が次女のミリアム・ファリナ・カパローニと申します」

 その人はミリアムの名前を聞いて「ああ~」と呟くと、サッと手を差出し微笑んだ。

「初めまして。可愛らしいレディ。私の事はそうだな…、と呼んでくれ」
「ディック…様?」

 疑問形になってしまったミリアムに、ディックは笑みを深め、その手をやや強引に取り、紅玉宮方面に向かって歩き出した。

「迷子になっていたんだろう?おいで。翡翠宮のエミルの所まで送ってあげるよ」

(エミリオ様を愛称で?この方はどなたなのかしら?エミリオ様の従兄弟か何かかしら?でも、エミリオ様というより、イヴァン殿下に似ているような…?それにしても、わたくしドキドキしてしまって…これって浮気と言うものなのかしら…)

 ミリアムはディックに手を引かれながら、琥珀宮から紅玉宮、紅玉宮から翡翠宮へと歩を進めた。
 ディックは王城の中にも詳しく、道中の部屋についてや、宮の成り立ちについてなど、教育係よりも分かりやすく話してくれた。

 そして、翡翠宮のエミリオの執務室が見えてくるとニコリと笑ってその手を離した。

「さ、ここまでくればもう迷わないね?楽しい時間だったよ。ありがとう可愛いレディ」
「わ、わたくしこそ、助けて頂き本当にありがとうございました。それに、楽しくも大変ためになるお話をたくさんお聞かせ下さいまして、感謝いたしますわ」

 ミリアムはゆっくりとした動作でカーテシーを行った。

「ハハッ。そう堅くならないで。そうだな、今度は一緒にお茶が出来るといいね。エミルにお願いしてみるよ」
「あ、あの、ディック様、貴方はいったい?」

 ディックは人差し指を立てて、ミリアムの口元に持っていくとパチンッとウィンクしてみせる。

「フフフ、そのうちわかるよ。それじゃあね」

 そう言うと颯爽と去っていってしまった。
 未だ頬を染めたミリアムは、ハッと気付くと、急いでエミリオの執務室の前にいる近衛に声をかける。
 散歩中にいなくなってしまったミリアムを探していたのだろう、近衛は慌てた様子でエミリオの執務室の戸を叩き、ミリアムが見つかった旨を話すと、中からガタガタッとした物音と共に扉が開き、レオナルドが飛び出してきた。

「ミリィ!俺の天使!いったい何処に行っていたんだ!ああー肝が冷えた!」

 ギュウギュウと強く抱きしめられると、脛を押さえて涙目のエミリオも後から飛んでくる。

「おい!レオ!ミリアムを離せ!私もミリアムを!…くぅー!痛い」
「ふん!注意力が散漫だからテーブルに脛など打つんだ!ああ、ミリィ!迷子にでもなっていたのか!?」
「お、お兄様!苦しいですわ!」

 渋々レオナルドがミリアムを離すと今度はエミリオがギュッと、ミリアムを抱きしめた。

「教育担当からミリアムがいなくなったと聞いて心配したぞ、ミリアム。こんな時に限ってベアトリーチェ様も不在で、私は生きた心地がしなかったよ」
「申し訳ありませんでしたエミリオ様。つい廊下の装花に夢中になってしまい、迷子になってしまいました」
「そうか、よくここまで来れたね?」

 ミリアムはディックの事を思い出し、正直にエミリオに話すことにした。

「あの、実は琥珀宮に迷い込んでしまいまして、こちらまで、ある方に送っていただきましたの」
「ある方?」
「はい、ディック様とおっしゃる方で、白い騎士服をお召になっていて、細身で背が高く、栗色の御髪に琥珀色の瞳をされた方です。それで、わたくし…申し訳ございません!ディック様にとてもドキドキしてしまいました!これって、浮気になるのでしょうか…?」

 上目遣いで涙を溜めるミリアムを見て「うぐっ!」と何かを堪えるエミリオだったが、自分以外にドキドキしてしまったという告白に心中は穏やかではない。
 頭の中でミリアムが言った特徴を反芻する。

(細身で長身、栗色の髪に琥珀色の瞳、白い騎士服、ディック…ああ!)

「ミリアム、大丈夫だ。その人なら浮気ではない」
「ご存知の方ですか?」
「ああ。ミリアムもそのうちわかるよ」

 そう言ってエミリオは笑った。



 ミリアムがディックの正体を知ったのは、その後王妃オルネラに招待されたと三人での小さなお茶会の席で、オルネラの隣で微笑むベネディクタを紹介された時だった。
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