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第七章 夏の教訓

娼婦のカリ

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 その頃、カトマンズのボーダーナート寺院近くの路上……売春婦が客引きをしていますが……
 その中の一人が……「女神さま……」とつぶやいています。
 あの熱心に祈っていた、姉妹の姉のほうです。

「きっとあの方だったのよ!」
 妹の火傷が治る直前、妹の顔を撫でた、美しい女性をチラッと見たのです。
 カリと呼ばれているこの娼婦は、カマラリ出身で、妹まで主人が強姦しようとしたので、逃げ出し娼婦になって、妹を養っているのです。

 夜もかなり更けてきています。
 カリは妹の待つバラックに、帰ろうとしたときです。
 誰かが前を歩いています、外国人のようです。

 こんなところを歩いていると、さらわれるわ……
 二人いるようですが、後姿からしても、どちらも少女といってよいでしょう……
 一人は白人のようで、金色の髪と白い肌が、夜目にも鮮やかです。

 カリはとにかく、忠告することにしました。
「もし……こんなところを、こんな時間に歩いているとさらわれますよ……はやくホテルにお戻りなさい……」

 言ってからカリは、言葉が通じないだろうと思いましたが……

 金髪の少女が振り返ります、そして、
「ご忠告ありがとう」
 と、完璧なネパール語で応えました。

 その少女はじっとカリを見て、もう一人の少女に何か云っています。
 すると……その少女が振り返りました。

 思わずカリは拝みました。
 そして呼びかけてしまいました。
「女神さま!」
 と……

 クリームヒルトは、呼びかけた女性に見覚えがありました……」
「美子姉様、ボーダーナート寺院で祈っていた、姉妹の方です」
「判っていますが……振り返ったら縁を持ってしまいますので……」

 するとスピンクスが囁きます……
「サリー様には内緒にしますよ」

 クリームヒルトも、
「出会ったこと自体、縁は発生していると思いますが……神様がおられるのであれば、振り返らなくては……」

 ため息をついたような美子姉様でしたが振り返って、「また会いましたね、お名前は?」
 と、云っていました。

「カリといいます……また女神様にお会いできるとは……」
「妹のやけどは、貴女様が治してくださったのではと、思っていました」
「それで女神ですか……」

「穢れた身で、御前にいるのは不謹慎なのでしょうが、一言お礼を申しあげたく思っていました」

「穢れた身?」
「私は夜に体を売って、生活していますので……」
「だから何だというのですか、望んだわけでもないでしょう?」

「……望んだのです……妹と生きていくためには……自ら望んで穢れたのです」

 美子姉様が優しい顔になりました。
「立派なお言葉ですね……カリさんといいましたね……私に何か願いはありますか?」
「女神さま……お教えいただきたいことが……」
「云ってみなさい、答えられることなら、答えてあげます」

「この世に住まう人々はなぜ、いがみ合い争うのでしょうか……」
「利己特性と呼ばれるもの、つまりは自ら先に良くなければならない、その思いがあるからでしょう」

「なくせないのでしょうか?」
「人の人たる証の一つが利己特性、それゆえに人は進化した」
「では神様は、私たちが争うことを望まれているのですか?」
「利己特性を克服し、さらなる進化を望まれたのでしょう」
 ここで初めてカリは沈黙しました。

「どうしました、聞きたいことは終わりましたか、まだ有るでしょう?」
「怖いのです……」
「どうして?明日を知ることがですか?」
「……」
「扉を開いたのは貴女ですよ?」

 意を決っしてカリは聞いてみました。
「……神様は私たちを……お見捨てになったのですか?」

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