65 / 83
第七章 夏の教訓
カトマンズの夜
しおりを挟む星空が素晴らしい……真夏というのに、湯たんぽが必要な、標高三千八百メートルのホテル……
頭上にきらめくシャンデリアの下、クリームヒルトは深夜のテラスに佇んでいます。
「人に物をあげるのは難しいのよ?」
美子姉様は何を云いたかったの……
誰かがテラスに出てきました。
「あら、クリームヒルト、起きていたの?」
「美子姉様……」
「チョット野暮用で出てくるけど、朝までには戻ってきますから、無用の心配などしないでね」
美子姉様が闇に消えて行きました……
「覗き見しませんか?」
と後ろから声がします。
振り返るとスピンクスさんがいました。
「行き先知っているの?」
「知りませんが、マスターの座標ぐらい、いつも把握しています」
転移した先は、カトマンズ郊外のある尼僧院の一室です。
一人の尼僧が、ターラ菩薩のお経――あらゆる祈りが叶う、平和が訪れるというチベット仏教、ラマ教のお経――を唱えています。
尼僧の前に美子姉様、浮かび上がりました。
「……」
「敬虔な尼僧よ、私をなんと見るか?」
「ターラ菩薩様……」
「私は私をターラとは認識していない」
「多くの名を持っているが、アナーヒターと呼ばれている」
「西方ではイシュタルともアフロディーテともヴィーナスとも呼ばれ、東洋では観音とも呼ばれている存在……しかしこの世界の存在ではない……」
「……」
「なんとお呼びすればいいのでしょうか……」
「名はなんとでも呼べばいい、ただ私の庇護の下にある人々は『黒の巫女』と呼んでいる」
「私もそれを許容している」
「黒の巫女さま……ご光臨を賜り感謝致します」
「ターラ菩薩の経を唱えるものに、今から言う事は心が痛むが、よく聞きなさい」
「なんなりと……」
「来年になると太陽が変調をおこす、世界規模で気候が大変動をおこす、飢饉がやってくる」
「……」
「助けたいが、この世界の人々はあまりに心がすさんでいる、多くの世界に対して、責任と義務を負っている私としては、この世界を救うぐらいなら、もっと心正しき世界を救わなければならない」
「……」
「汝は人を救いたいか?」
「出来るなら……」
「なら、人の心より利己特性をなくすべく努力せよ、日々感謝する心が、満ち満ちれば私も力を貸すことができる……」
「難しいなら、汝が守れるだけの事をせよ」
「他の尼僧たちにもお言葉をを賜れませんか……」
「呼ぶがよい、親しく話をしてみよう」
十二名の尼僧さんがやって来ました。
その中の年上の尼僧さんが、
「汝は女悪鬼、敬虔な尼僧をたぶらかしおって!この地より早々に立ち去れ!」
「やれやれ、信じられないようならばここまでか、しかし尼僧よ、汝は何をもって私を悪と決めたのか?」
「正しい言葉は無数の呪詛の中にあり、すべてを否定するのは、悪しき言葉を恐れるからであろう?まぁいい、聞く耳を持たぬなら、語る口はない」
そう言うと、すーと消えた美子姉様でした。
クリームヒルトはスピンクスとこのやり取りを見ていました……
やはり、救われない人々……でも美子姉様……あっさりと引き下がったわね……
「尼僧さん、慌てていますね、行きますか?」
と、スピンクスが言います。
「そうですね、美子姉様のお側に……」
美子姉様は、通りをブラブラと歩いていました。
「美子姉様!」
「いやだ、見ていたのね」
「すいません」
「なかなかね……福を受け取れないものは、受け取らないのでしょうね……」
「やはりおやつ程度しか、受け取れないのでしょう」
「クリームヒルト、お菓子の話、分かったのね」
「はい、福を福と出来ないのは、理解できないから、つまりはその資格がない……無理にあげても、身につかない……」
「そうなのよね……尼僧さんだから、資格があると思ったのですが、常識という色眼鏡を掛けていたようですね」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」
マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。
目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。
近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。
さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。
新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。
※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。
※R15の章には☆マークを入れてます。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる