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第七章 夏の教訓
カトマンズの夜
しおりを挟む星空が素晴らしい……真夏というのに、湯たんぽが必要な、標高三千八百メートルのホテル……
頭上にきらめくシャンデリアの下、クリームヒルトは深夜のテラスに佇んでいます。
「人に物をあげるのは難しいのよ?」
美子姉様は何を云いたかったの……
誰かがテラスに出てきました。
「あら、クリームヒルト、起きていたの?」
「美子姉様……」
「チョット野暮用で出てくるけど、朝までには戻ってきますから、無用の心配などしないでね」
美子姉様が闇に消えて行きました……
「覗き見しませんか?」
と後ろから声がします。
振り返るとスピンクスさんがいました。
「行き先知っているの?」
「知りませんが、マスターの座標ぐらい、いつも把握しています」
転移した先は、カトマンズ郊外のある尼僧院の一室です。
一人の尼僧が、ターラ菩薩のお経――あらゆる祈りが叶う、平和が訪れるというチベット仏教、ラマ教のお経――を唱えています。
尼僧の前に美子姉様、浮かび上がりました。
「……」
「敬虔な尼僧よ、私をなんと見るか?」
「ターラ菩薩様……」
「私は私をターラとは認識していない」
「多くの名を持っているが、アナーヒターと呼ばれている」
「西方ではイシュタルともアフロディーテともヴィーナスとも呼ばれ、東洋では観音とも呼ばれている存在……しかしこの世界の存在ではない……」
「……」
「なんとお呼びすればいいのでしょうか……」
「名はなんとでも呼べばいい、ただ私の庇護の下にある人々は『黒の巫女』と呼んでいる」
「私もそれを許容している」
「黒の巫女さま……ご光臨を賜り感謝致します」
「ターラ菩薩の経を唱えるものに、今から言う事は心が痛むが、よく聞きなさい」
「なんなりと……」
「来年になると太陽が変調をおこす、世界規模で気候が大変動をおこす、飢饉がやってくる」
「……」
「助けたいが、この世界の人々はあまりに心がすさんでいる、多くの世界に対して、責任と義務を負っている私としては、この世界を救うぐらいなら、もっと心正しき世界を救わなければならない」
「……」
「汝は人を救いたいか?」
「出来るなら……」
「なら、人の心より利己特性をなくすべく努力せよ、日々感謝する心が、満ち満ちれば私も力を貸すことができる……」
「難しいなら、汝が守れるだけの事をせよ」
「他の尼僧たちにもお言葉をを賜れませんか……」
「呼ぶがよい、親しく話をしてみよう」
十二名の尼僧さんがやって来ました。
その中の年上の尼僧さんが、
「汝は女悪鬼、敬虔な尼僧をたぶらかしおって!この地より早々に立ち去れ!」
「やれやれ、信じられないようならばここまでか、しかし尼僧よ、汝は何をもって私を悪と決めたのか?」
「正しい言葉は無数の呪詛の中にあり、すべてを否定するのは、悪しき言葉を恐れるからであろう?まぁいい、聞く耳を持たぬなら、語る口はない」
そう言うと、すーと消えた美子姉様でした。
クリームヒルトはスピンクスとこのやり取りを見ていました……
やはり、救われない人々……でも美子姉様……あっさりと引き下がったわね……
「尼僧さん、慌てていますね、行きますか?」
と、スピンクスが言います。
「そうですね、美子姉様のお側に……」
美子姉様は、通りをブラブラと歩いていました。
「美子姉様!」
「いやだ、見ていたのね」
「すいません」
「なかなかね……福を受け取れないものは、受け取らないのでしょうね……」
「やはりおやつ程度しか、受け取れないのでしょう」
「クリームヒルト、お菓子の話、分かったのね」
「はい、福を福と出来ないのは、理解できないから、つまりはその資格がない……無理にあげても、身につかない……」
「そうなのよね……尼僧さんだから、資格があると思ったのですが、常識という色眼鏡を掛けていたようですね」
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