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第三十九章 終戦

04 苦い勝利

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 私はアナスタシア、イシュタル様にお仕えする愛人……
 私の目の前で、イシュタル様がお倒れになられました。

 ゆっくりと崩れ落ちて行かれるのを見た時、私は悲鳴をあげました。
 イシュタル様はこの二日、飲まず食わずで戦い続けられていた、ということです。

 お顔は青白く、全身返り血を浴び、お召し物はボロボロに引きちぎれています。
 途中で胸に晒しを巻かれましたが、しばらくは上半身裸で、味方の劣勢を支えておられたそうです。

 至高王が戦死なされて、イシュタル様の双肩に全軍の生死がかかっていたため、無理をなされたのでしょう。
 トールさんあたりに聞くと、人間業ではない、神の領域ということです。

 ビクトリアさんが飛んできました。
 私はすぐにリリータウンにお運びしようと言ったのですが、ビクトリアさんは首を振りました。
「まだ終わっていない。」
 私は怒鳴りそうになりましたが、真意は理解できます。

 私はトールさんたちに、
「すぐにこの場に、イシュタル様の本営を設置してください。」
 サリーさんもアテネさんもあわててやってきます。
 アリスさんはおろおろしています。

「アリスさん、すぐにリリータウンに戻って、イシュタル様のお衣装を持ってきてください。」
「なにか身体によい食べ物を持ってきてください、貴女ならわかるでしょう。」
「ビクトリアさん、お湯をお願いします。」
「イシュタル様には、湯あみをしていただかなければ、このままではあまりにお可哀そう。」

「アナスタシアさん、持ってきました。」
「お湯をもってきたぞ。」

 ダフネさんと小雪さんが、やっとこの時点できました。
「巫女様は大丈夫ですか?」
「巫女様は、お一人で敵を引きつけ支え続けられて、今回の勝利は巫女様なくてはあり得ない所でした。」

「多分、気が抜けたのでしょう、それで無理が表に出たのでしょう、しかしここまでよく……」
 私は涙がでました。

「とにかく暖かくして、休んでいただきましょう。」
「ところで殿方は邪魔です、イシュタル様のお身体をふくのです。」
 ビクトリアさんとアテネさんが、殿方を放り出しています。

 私とサリーさん小雪さんで、イシュタル様の晒しをとりました。
 晒しは真っ赤に染まっています、私は返り血と思っていましたが……
 晒しを取ってみて息をのみました。

「小雪さん、これは……」
 そこには……イシュタル様の柔肌に、見るも無残な刺し傷が大きくありました。
 真っ赤なっていたのはイシュタル様の血だったのです。

「マスターはご自分で傷を治すことができますが、それは自身の体力・気力が必要です。」
「多分、マスターは何回も、ご自分で傷を治しながら戦われたのでしょうが、あまりに傷を頻繁に負い疲労と相まって、治癒が追いつかなくなったのでしょう。」

「ご自分で脳内麻薬物質を強制的に分泌して、痛みを耐え忍んでおられたのでしょう。」
「普通の人間なら激痛で気が狂っているでしょう、危険を承知でなされたのでしょうが、マスターといえどもこうなると治癒には時間がかかります、ここまでなさるとは……」

 とにかく傷口を消毒して、お身体を清潔にしなくては。

 小雪さんが泣いています、この方も泣くのですね。
 クールな人で冷徹な感じがしますが……

「ダフネさん、戦の後始末は大丈夫でしょうね。」
「イシュタル様がお倒れになっている間に、変なことになっていては顔向けできません。」
「大丈夫です、ピエールに掃討戦を命じてあります、兵にも動揺はありません。」

 サリーさんはボロボロ泣いています、イシュタル様が一番愛している方です。
 二人きりでこのエラムを旅した方です。
 本当に優しく愛らしい人です。
 愛人の中でもこの方は特別の存在、だれもが認めています。

 そのサリーさんがイシュタル様の手を取って、「お嬢様、早くお元気になってください」と云っています。
 こころなしかイシュタル様の手は、サリーさんの手を握り返したように思えます。

 すこし嫉妬を感じてしまいます、私はこんなときにも……

 ここにいる皆さんは多分同じことを思っているでしょう。
 イシュタル様がこんなになるまでして、やっと掴んだ勝利ですが、私は何もお役に立っていない……
 心からは喜べない勝利です。
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