上 下
35 / 46
第五章 ビクトリアの物語 西部辺境諸侯領平定戦

06 アリスの戦い

しおりを挟む

「アリスはどうしている?」
「いつもの通り、はしゃいでいるわ。」
 と、サリーが答えた。

 そう、アリスにとっては、このような戦いなど、何ほどの事も無い。
 アリスと小雪の力がどれほどなのかは、本人たち以外は、ヴィーナスしか知らないだろう……

「ところで順調なの?」
「拍子抜けするほど順調だ、イワンは有能だ、そろそろ城外の敵へも、状況が伝わるころだろう。」
「籠城もそろそろ終わり、ホラズム王国軍も、明後日には敵の背後の地点に進出する。」

「明日一日、グレンフォードに攻勢に出てもらう、ホラズム軍は、軍と呼ぶには錬度が低い、うっかりすると敵に気付かれるからな。」

「そこでビクトリア司令官が、トレディアで一暴れする訳ね。」
「まあな、しかし敵がいなくなりそうだな。」
「貴女の魔弾も打ち込んだら?」

「あれではかなりの敵が逃げおおせる、私は殲滅を意図している。」
「あるじ殿は、ぐうの音も出ないほど、叩いて来いとお望みである、それに今回は死神をだす。」
 さすがに、サリーが蒼ざめた。

「本気?」
「出し惜しみはせぬ。」

 死神とは、ヴィーナスが繰り出す地獄の魔法……
 人という種族が、太古から普遍的に持っている、恐怖を具体化したもの。
 それに出会うと、生きとし生きるものに明日はない。

 過去、幾度となくエラムの大地に呼び出され、おぞましい死をまきちらした魔物、北の蛮族相手に放たれたそれは、万余の死体の山をつくり出した。

 それも恐怖に歪んだ死体、半分ほど腐り溶けた姿で……恐怖と絶望……
 それも生きながら腐って死んでいく……

 ビクトリアは、それを出すという……

 ヴィーナスの愛人の中で、死神を出せるものは二人だけ、小雪とビクトリア……
 精神的にタフでなければ、発動した者もただでは済まない。

 この恐怖に対面しても、動じない胆力が必要なのだ……
 ビクトリアは間違いなしに、アリスは使えると確信はしている。

 そんな話しをしていると、爆発音が連続的に聞こえ、兵士たちが南東の城壁付近に集まり始めた。
 グレンフォードが陣頭指揮をとり、盛んに反撃しているが、爆発音は止まらない、ついに敵が弱点を探し出したようだ。

「どうやらビクトリア殿のいっていた、城の弱点に気付いたようです、魔法士の集団で爆裂を集中しています。」

 何事かとアリスがやってきて、状況を把握したのか、
「あのあたりの丘を、えぐればいいのでしょう?」
 と、指差して……云ったがすぐに、巨大な魔力を発動、丘が窪地になってしまう……

「アリスさん、限度というものがありますよ。」
 とサリーがたしなめるが、アリスは、
「お姉さまに逆らうなんて、息を吸うのも許せない!」

 どうやらアリスにとって、ヴィーナスに逆らう者は敵、それ以外の何物でもないようで、この辺りは小雪と良く似ている。

 敵は殲滅する相手、ある意味、非常に判り良いシンプルな考えである。
 有機体アンドロイドとして製造されたアリス……
 純粋培養されたような所が痛々しい……

 慌ててダニエラが走ってきて、
「アリス様、お力はもっと違う場所でお使い下さい。」
 と、云います。

「でも、敵ですから、禍根は断たねば!」
「敵でも人なのですよ、このトレディア城を守るためとはいえ、人が死ぬ時は、少しぐらい敬意を表しても損はないですよ!」

「でも……お姉さまは……」
「ヴィーナス様はきっと悲しまれます、心ではつらい思いで戦われているのでしょう、決して虫を殺すように、殺しているのではないと思います。」

 ダニエラか……いい女だ……
 しかし戦には向かない……

 ビクトリアは口を開いた、
「アリスが正しい、負ければ何をいっても戯言に過ぎぬ、戦いとは非情な物、能書きとは勝者に許される特権、人の死を悼むなら、戦場に出ない事だ。」

「必要なのは狂戦士、血に狂う者ども、ダニエラ、ヴィーナス様は戦いの最中には、何も考えておられない、人の死を悼むのは、戦場から引き揚げてからだ。」

 歴戦の戦士、ビクトリアはいい放った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...