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019 こんなのは映画だけで十分だっての!
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学校の裏にある路地を通って、人気のない場所へと向かう女性がいた。
その背後からは、恐らく学校の誰かが通報したのだろう、パトカーのサイレンが鼓膜を振るわせてくる。しかしその女性は、年齢に似合わぬ健脚で狭い路地を走り抜けていった。
「まさか、刑務所暮らしが……こんなことで役立つなんて…………」
本来ならば老化が原因で体力が落ちてくるものの、服役期間の長さが逆に功を奏した。軽い息切れだけでどうにか済ませた女性は、誰も追ってこないことを確認してから、その場に静かに腰を下ろした。
「はあ、はあ……」
冷静に努めようと徐々に感情を沈めていき、思考を巡らせていく。
……元々、女性の計画はこうではなかった。孫を盾に、自分達を売った娘から慰謝料でも何でもいいから金銭を受け取り、それを用いて再起を図るつもりだった。
夫を囮にしているうちに孫と接触する計画を立てたというのに、あの国選弁護士を名乗る男に、全てを台無しにされてしまった。家族間の繋がりを再構築する政策だとかで近付いてきたのを、うまく利用するつもりだったのだが、逆に利用されていたらしい。
ただ、それ以外の事情が……女性にはさっぱり分からなかった。
「いったい、どうなって……?」
「どうせ下しか見てないから、自分の上に人がいることも理解できなかったんでしょう?」
女性が声のした方を振り向くと、そこにいたのは、孫を使って接触を図ろうとした人物……彼女の娘だった。
娘は、母の前まで近付くと、そこで足を止める。
「あ、あんた……」
「本当あなたって、昔から変わらないのね……」
「何で、ここに……?」
娘はただ淡々と、母親の上着を指差した。
「多分上着。ポケットのどれかに入っている……GPS端末」
「えっ!?」
慌てて探ると、たしかにポケットの中には、小さな端末が入っていた。
「な、どうし、」
「周りの人間があなたよりも利口だった。それだけよ」
もちろん、入れたのは彼女の孫だった。
実は、常に持ち歩いていたのは二台のスマホだけじゃない。さらに用心を重ねて、少女には緊急用のGPS端末も持たせていた。そして、その持ち主は事前に『公園に逃げ込む』と伝えてきていた。
そうなってくると、目的地とは別の場所にいると伝えてくるGPS端末は、その持ち主が変わっている可能性がある。
そして、一番持っている可能性が高いのは……
「一回警察に送れば、少しは反省すると思ってたのに……」
「育てた恩を仇で返した奴が、ほざくんじゃないよ小娘がっ!」
「……汚水と残飯をご馳走様。くっそばばあ!」
この母娘の関係はもう、合法的な手段では修復できない。
**********
拝啓、あの世にいる(父方の)おじいちゃんにおばあちゃん。あなた方の孫が死なないよう、どうか草葉の陰からお祈り下さい。
……もう、向こうはなりふり構わないみたいなので。
「ちょっと! 目立ち過ぎじゃないのっ!?」
「もう後がないからだろうよ!」
体力が尽きた私を抱えたまま、彼はホームレス達が不法占拠しているテント群の中へと飛び込んでいった。
「昼頃に社長から電話があったんだよ。『少し離れる。念の為、人避けしとけ』ってな」
周囲に他の人達はいなかった。最初、彼がどこかへ行っていたのも、ホームレスの人たちを移動させた帰りだったのかもしれない。
少しして、近くのテントで立ち止まった。おそらく彼のものだろう。
私を降ろすとすぐに手を差し込み、中から肉厚の防弾盾を引っ張り出してきた。
そして構えると同時に、銃弾を受けるまでがワンセット。こんなのは映画だけでいいのに……流れ弾で死んだらどうしてくれるの?
「詳しい事情は知らないが……大方、社長の方は囮だったんだろう。お嬢を人質に引きずり出すか、報復の捌け口にする為に、なっ!」
でも鉛弾を受けている時点で、明らかに生死を問わずだ。もしかしたら彼共々、今日が最後かもしれない。
……まあ、そんなのはごめんだけど。
「逃げ道は!?」
「下っ!」
地面を覆っている足元のビニールシートを剥がしてみると、そこにはマンホールの蓋があった。専用の工具も、置かれたコンクリートブロックに覆われる形で、すでに固定されている。
そこから地下に潜れってことらしいけど、これ下水道じゃないわよね?
「ん……っ!」
彼が銃弾を防いでいる間に、私はマンホールの蓋を持ち上げて点検口を確保。あまり空気は淀んでなく、匂いもそこまで酷くない。
事前に逃げ道として準備していたらしい。後は汚水用の排水溝じゃなければいいけど。
「雨水用の排水溝だ。すぐ潜れっ!」
言われるまでもない。彼の声を背に、私は梯子を滑り降りていく。
中にも事前に準備していたのか、照明器具が取り付けられている。その下には鞄も置いてあったが、回収している余裕はなかった。
「走れ、お嬢っ!」
彼は盾を置いて、私の後から半ば飛ぶ形で降りてくる。
「盾はっ!?」
「意味なし!」
二人して点検口の真下から離れるとすぐに、銃声が響いてきた。さっきまで彼が盾で受けていたものとは、明らかに音が違う。
「小銃弾だっ! 通販で買える程度の盾じゃまともに防げるかっ!」
「でもあの人、自動小銃なんて持ってなかったわよっ!?」
さっき応接室で観察した時は、大型の銃器を隠し持っている気配がなかった。変に何かを持っていれば、その時点で気付いたはずだけど……
「多分単発銃だ! 手間は掛かるが、下手な大口径より反動が少なくて威力のあるやつも撃てるんだよっ!」
唯一の救いは、連射できないらしいということだけだ。
たしか最初は別の拳銃を使っていたはずだけど、弾切れかさっきの盾の対策か、武器を持ち換えている。
「というかお嬢、いつもこんな目に遭ってんのかよっ!?」
「今日は特別っ!」
いつもいつもこんなんだったら、普通の生活なんて送れるわけないでしょう!
むしろさっさと死ぬかこっちから縁切ってやるっ!
「……再就職、考え直そうかな?」
「そういうのは全部終わってから考えて! 必要ならお父さんに口利くからっ!」
銃声が少ない分、こっそり呟いた声でも響いてくるんだよなぁ……
やっぱりブラック通り越してデンジャラスな企業だと、離職率も高いわよねぇ……って、現実逃避している場合じゃないっ!
「他に武器はないの!?」
「いや、このまま別の場所から出た方がはや、……お嬢っ!」
「ったっ!?」
十字路に入った途端、銃弾を躱す為だと思うけど、私は彼から不意討ちを受けて横に転がってしまう。
「……っく!」
とっさに通路の上で受け身を取り、起き上がってすぐ壁に背を付けた。ただでさえ狭い空間だからか、未だに銃声が耳に木霊している。
彼も無事のようだけど、反対側の通路に飛び込んでいるのが見えた。
まずい、分断された……
「お嬢、一つ……謝っていいか?」
通路を挟んで、彼の声が聞こえてくる。
「私を突き飛ばしたこと?」
「いや……通路を間違えたこと」
「……え?」
思わず頭を出しかけたけど、すぐに引っ込めた。もし間に合わなかったらと思うと、背筋が寒くなってくる。
「そっち…………一番遠い出口に向かう方だった」
「……ちょっと後で話さない?」
よくよく考えたら、彼もまた素人だということを忘れていた。
銃声に対してビビらない点は評価できるけど、護衛として素人寄越すとか、お父さんも何考えているんだろう……やっぱり人手不足なのかな?
「それより……どうする? 再装填に手間取ってるのか、まだ距離は開いているみたいだが……」
「どうもこうも……」
はっきり言って、銃相手じゃ対処のしようがない。
せめて飛び道具でもあれば話は別だろうけど、こんな状況じゃあガスガンなんて焼け石に水だ。
この際、二人別々に逃げるしかない。でも……背中から撃たれる可能性を考えると、現実的じゃない。これは最後の手段にするとして、何か一つ、時間を稼ぐ手段を考えた方がいいかも。
「そっちは何か持ってないの? こっちはタクティカルペンだけ」
「こっちもガスガンだけだ。後はそれ用のBB弾とボンベ位だな……」
……これじゃあ死んで下さい、って言っているようなものだ。
もう遮二無二駆け出した方がいいだろうか?
でもそうすると後ろからズドン、と撃たれかねないし……いや、一か八か。
「ねえ……ボンベに穴を空けてから、別れて逃げるってのは?」
「できなくはないが……」
反対側の通路から、彼が持っている分のボンベを懐から取り出していた。しかし予備を含めても、使いかけ込みで三本位しかないみたい。
「火種がない。相手にわざと発砲させるしか、起爆の手がないぞ」
「逃げられれば……とりあえずは十分よ」
足音が響いてくる。
反響しているせいか、足音が増えて聞こえてきて、他にも伏兵がいるような錯覚に陥ってしまう。
距離が開いていた分、今までの会話は聞かれてないと思うけど……これ以上彼と相談することはできない。
一応彼は言われるまま、ガスガンの銃床を用いてボンベを加工しているみたい。だけど、金属音が排水溝内に響いているので、何か細工されていることは向こうも気付いている。
ガスにまで、意識が回らなければいいけど……
「……ひゃっ!?」
もうすでに相手の射程距離内だった。
ちょっと顔を出そうとしただけで発砲してきた。しかも響いてきた銃声は、最初私に向かって撃ってきた銃のものだ。多分、小銃弾をいつでも撃てるように、拳銃弾で牽制してきているのだろう。
(……ま、だ、な、の?)
声量を下げて話し掛けると、彼は親指を立ててきた。ようやく準備ができたらしい。
私はゆっくりと手を挙げ、指を三本立てた。
彼も壁に背を付けて立ち上がると、来た道に向けて投げる準備に入っている。
指を一本折る。後二つ、私もすぐ動けるように身構えるけど、先にあの犯罪者が発砲してくる方が早かった。
着弾した場所は私と彼の間、奥に向かう通路の足元。元から期待してなかったけど、これで完全に、合流しようとした途端発砲される未来が確定した。
どう転んだとしても、そして、あの犯罪者や彼がどう動こうとも、私が生き残るには先へと進むしかない。
(ま、た、ね)
彼の頷きに、私も返した。
彼が私の為に命を懸ける理由はない。そしてそれ以上に、彼が命を懸けたところで、助かるとは到底思えない。
もちろん……私が命を懸けてもだ。
二本目の指を折った、あと一つ。
「動くな……」
犯罪者から警告を受けるものの、私達の次の行動は、もう決まっている。
彼が持っているボンベを投げてガスを出させ、発砲と同時に爆発に巻き込む。もしくはそれで銃を封じている内に逃げることだ。少し冷えるけど、銃弾や威力のある飛び道具じゃなければ、ブレザーを盾にして多少は防げる。
どっちに転んでも、全力で走るだけ……え?
「…………ぁ、」
声を上げる前に、身体を抱き寄せられてしまった。
「投げろっ!」
私と彼、そして犯罪者以外にも人がいた。
足音が反響していたので、気のせいかと思っていたけど……私が向かおうとしていた先からもう一人、誰かが来ていた。でも、その人は敵じゃない。
いきなり近付かれたので、顔は分からない。でも、すぐに私の知っている人だと分かった。
だって、先程の声と……今投げ飛ばされた煙草の匂いを、私は知っているから。
ガスガンのボンベだけでは、大した爆発を起こせるわけじゃない。そもそも、ガスの総量はそこまで多くないからだ。
だけど、相手を気絶させる位はできたかもしれない。
もっとも……私の精神はもう、限界だった。
「おとう、さん……」
極度の緊張感から解放された途端……私は意識を手放してしまった。
**********
その男は、いつもテントを立てている公園とは、別の場所にいた。
「お疲れだったみたいね……」
「……余計なお世話だ」
そこへ避難させていた他のホームレス達に声を掛けた後、男はいつもと感触の違うベンチに腰掛けていた。そこに、彼の元カノが話し掛けてきたのだ。
「何でいるんだよ? ここに」
「別の興信所で人を探す依頼があって、うちに情報目的で電話があったの。それで話を聞いてみたら……その捜索相手が、この前の女子高生だったからちょっと気になったのよ。おまけに依頼人が弁護士の振りをしていたらしいから、犯罪に巻き込まれたのかと思って来てみたんだけど……」
「……その件なら、もう片付いた」
男の雇い主である社長は、緊張の糸が切れた娘を連れて、車で帰っていった。警察には話を通しているのか、社員の何人かが対応しているらしい。
男も事情聴取の為、後日警察署に出頭しなければならないが、今は少し、身体を休ませたかった。
刑務所には、様々な人間がいる。感情的に罪を犯した者や、逆に冤罪を突き付けられた者。そして……犯罪者としてしか生きられない者達が。
そういう人間を知っているから、男は初めての銃撃戦でもどうにか動けた。似たような目や、危ない場面にも出くわしたことはあるものの、それでも、これまでの経験が無駄じゃないことだけは分かる。
「面倒なことに、巻き込まれたもんだよ……」
「にしても変わったわね。まさか、今度は助ける側なんて」
「……別に」
男は立ち上がって、かつて裏切ってきた相手に向けて言った。
「昔は感情に飲み込まれたから、罪を犯しただけだ。誰であっても……無暗に敵を作る趣味はねえよ」
そう、もう間違えない。
男はそう告げると、いったん家に帰ろうとした。
今回の件が片付いたら、一度実家に帰ろう。再就職の当てができたので、一度報告に帰りたかった。
……散々迷惑を掛けたのだ。
警備会社に勤めるかは未定だが、無職の内に帰省して、多少は親孝行してこよう。
そう考えて歩き出そうとした彼だが……
……背中に、何かが突き刺さっていくのを感じていた。
その背後からは、恐らく学校の誰かが通報したのだろう、パトカーのサイレンが鼓膜を振るわせてくる。しかしその女性は、年齢に似合わぬ健脚で狭い路地を走り抜けていった。
「まさか、刑務所暮らしが……こんなことで役立つなんて…………」
本来ならば老化が原因で体力が落ちてくるものの、服役期間の長さが逆に功を奏した。軽い息切れだけでどうにか済ませた女性は、誰も追ってこないことを確認してから、その場に静かに腰を下ろした。
「はあ、はあ……」
冷静に努めようと徐々に感情を沈めていき、思考を巡らせていく。
……元々、女性の計画はこうではなかった。孫を盾に、自分達を売った娘から慰謝料でも何でもいいから金銭を受け取り、それを用いて再起を図るつもりだった。
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ただ、それ以外の事情が……女性にはさっぱり分からなかった。
「いったい、どうなって……?」
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女性が声のした方を振り向くと、そこにいたのは、孫を使って接触を図ろうとした人物……彼女の娘だった。
娘は、母の前まで近付くと、そこで足を止める。
「あ、あんた……」
「本当あなたって、昔から変わらないのね……」
「何で、ここに……?」
娘はただ淡々と、母親の上着を指差した。
「多分上着。ポケットのどれかに入っている……GPS端末」
「えっ!?」
慌てて探ると、たしかにポケットの中には、小さな端末が入っていた。
「な、どうし、」
「周りの人間があなたよりも利口だった。それだけよ」
もちろん、入れたのは彼女の孫だった。
実は、常に持ち歩いていたのは二台のスマホだけじゃない。さらに用心を重ねて、少女には緊急用のGPS端末も持たせていた。そして、その持ち主は事前に『公園に逃げ込む』と伝えてきていた。
そうなってくると、目的地とは別の場所にいると伝えてくるGPS端末は、その持ち主が変わっている可能性がある。
そして、一番持っている可能性が高いのは……
「一回警察に送れば、少しは反省すると思ってたのに……」
「育てた恩を仇で返した奴が、ほざくんじゃないよ小娘がっ!」
「……汚水と残飯をご馳走様。くっそばばあ!」
この母娘の関係はもう、合法的な手段では修復できない。
**********
拝啓、あの世にいる(父方の)おじいちゃんにおばあちゃん。あなた方の孫が死なないよう、どうか草葉の陰からお祈り下さい。
……もう、向こうはなりふり構わないみたいなので。
「ちょっと! 目立ち過ぎじゃないのっ!?」
「もう後がないからだろうよ!」
体力が尽きた私を抱えたまま、彼はホームレス達が不法占拠しているテント群の中へと飛び込んでいった。
「昼頃に社長から電話があったんだよ。『少し離れる。念の為、人避けしとけ』ってな」
周囲に他の人達はいなかった。最初、彼がどこかへ行っていたのも、ホームレスの人たちを移動させた帰りだったのかもしれない。
少しして、近くのテントで立ち止まった。おそらく彼のものだろう。
私を降ろすとすぐに手を差し込み、中から肉厚の防弾盾を引っ張り出してきた。
そして構えると同時に、銃弾を受けるまでがワンセット。こんなのは映画だけでいいのに……流れ弾で死んだらどうしてくれるの?
「詳しい事情は知らないが……大方、社長の方は囮だったんだろう。お嬢を人質に引きずり出すか、報復の捌け口にする為に、なっ!」
でも鉛弾を受けている時点で、明らかに生死を問わずだ。もしかしたら彼共々、今日が最後かもしれない。
……まあ、そんなのはごめんだけど。
「逃げ道は!?」
「下っ!」
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そこから地下に潜れってことらしいけど、これ下水道じゃないわよね?
「ん……っ!」
彼が銃弾を防いでいる間に、私はマンホールの蓋を持ち上げて点検口を確保。あまり空気は淀んでなく、匂いもそこまで酷くない。
事前に逃げ道として準備していたらしい。後は汚水用の排水溝じゃなければいいけど。
「雨水用の排水溝だ。すぐ潜れっ!」
言われるまでもない。彼の声を背に、私は梯子を滑り降りていく。
中にも事前に準備していたのか、照明器具が取り付けられている。その下には鞄も置いてあったが、回収している余裕はなかった。
「走れ、お嬢っ!」
彼は盾を置いて、私の後から半ば飛ぶ形で降りてくる。
「盾はっ!?」
「意味なし!」
二人して点検口の真下から離れるとすぐに、銃声が響いてきた。さっきまで彼が盾で受けていたものとは、明らかに音が違う。
「小銃弾だっ! 通販で買える程度の盾じゃまともに防げるかっ!」
「でもあの人、自動小銃なんて持ってなかったわよっ!?」
さっき応接室で観察した時は、大型の銃器を隠し持っている気配がなかった。変に何かを持っていれば、その時点で気付いたはずだけど……
「多分単発銃だ! 手間は掛かるが、下手な大口径より反動が少なくて威力のあるやつも撃てるんだよっ!」
唯一の救いは、連射できないらしいということだけだ。
たしか最初は別の拳銃を使っていたはずだけど、弾切れかさっきの盾の対策か、武器を持ち換えている。
「というかお嬢、いつもこんな目に遭ってんのかよっ!?」
「今日は特別っ!」
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むしろさっさと死ぬかこっちから縁切ってやるっ!
「……再就職、考え直そうかな?」
「そういうのは全部終わってから考えて! 必要ならお父さんに口利くからっ!」
銃声が少ない分、こっそり呟いた声でも響いてくるんだよなぁ……
やっぱりブラック通り越してデンジャラスな企業だと、離職率も高いわよねぇ……って、現実逃避している場合じゃないっ!
「他に武器はないの!?」
「いや、このまま別の場所から出た方がはや、……お嬢っ!」
「ったっ!?」
十字路に入った途端、銃弾を躱す為だと思うけど、私は彼から不意討ちを受けて横に転がってしまう。
「……っく!」
とっさに通路の上で受け身を取り、起き上がってすぐ壁に背を付けた。ただでさえ狭い空間だからか、未だに銃声が耳に木霊している。
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まずい、分断された……
「お嬢、一つ……謝っていいか?」
通路を挟んで、彼の声が聞こえてくる。
「私を突き飛ばしたこと?」
「いや……通路を間違えたこと」
「……え?」
思わず頭を出しかけたけど、すぐに引っ込めた。もし間に合わなかったらと思うと、背筋が寒くなってくる。
「そっち…………一番遠い出口に向かう方だった」
「……ちょっと後で話さない?」
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銃声に対してビビらない点は評価できるけど、護衛として素人寄越すとか、お父さんも何考えているんだろう……やっぱり人手不足なのかな?
「それより……どうする? 再装填に手間取ってるのか、まだ距離は開いているみたいだが……」
「どうもこうも……」
はっきり言って、銃相手じゃ対処のしようがない。
せめて飛び道具でもあれば話は別だろうけど、こんな状況じゃあガスガンなんて焼け石に水だ。
この際、二人別々に逃げるしかない。でも……背中から撃たれる可能性を考えると、現実的じゃない。これは最後の手段にするとして、何か一つ、時間を稼ぐ手段を考えた方がいいかも。
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「こっちもガスガンだけだ。後はそれ用のBB弾とボンベ位だな……」
……これじゃあ死んで下さい、って言っているようなものだ。
もう遮二無二駆け出した方がいいだろうか?
でもそうすると後ろからズドン、と撃たれかねないし……いや、一か八か。
「ねえ……ボンベに穴を空けてから、別れて逃げるってのは?」
「できなくはないが……」
反対側の通路から、彼が持っている分のボンベを懐から取り出していた。しかし予備を含めても、使いかけ込みで三本位しかないみたい。
「火種がない。相手にわざと発砲させるしか、起爆の手がないぞ」
「逃げられれば……とりあえずは十分よ」
足音が響いてくる。
反響しているせいか、足音が増えて聞こえてきて、他にも伏兵がいるような錯覚に陥ってしまう。
距離が開いていた分、今までの会話は聞かれてないと思うけど……これ以上彼と相談することはできない。
一応彼は言われるまま、ガスガンの銃床を用いてボンベを加工しているみたい。だけど、金属音が排水溝内に響いているので、何か細工されていることは向こうも気付いている。
ガスにまで、意識が回らなければいいけど……
「……ひゃっ!?」
もうすでに相手の射程距離内だった。
ちょっと顔を出そうとしただけで発砲してきた。しかも響いてきた銃声は、最初私に向かって撃ってきた銃のものだ。多分、小銃弾をいつでも撃てるように、拳銃弾で牽制してきているのだろう。
(……ま、だ、な、の?)
声量を下げて話し掛けると、彼は親指を立ててきた。ようやく準備ができたらしい。
私はゆっくりと手を挙げ、指を三本立てた。
彼も壁に背を付けて立ち上がると、来た道に向けて投げる準備に入っている。
指を一本折る。後二つ、私もすぐ動けるように身構えるけど、先にあの犯罪者が発砲してくる方が早かった。
着弾した場所は私と彼の間、奥に向かう通路の足元。元から期待してなかったけど、これで完全に、合流しようとした途端発砲される未来が確定した。
どう転んだとしても、そして、あの犯罪者や彼がどう動こうとも、私が生き残るには先へと進むしかない。
(ま、た、ね)
彼の頷きに、私も返した。
彼が私の為に命を懸ける理由はない。そしてそれ以上に、彼が命を懸けたところで、助かるとは到底思えない。
もちろん……私が命を懸けてもだ。
二本目の指を折った、あと一つ。
「動くな……」
犯罪者から警告を受けるものの、私達の次の行動は、もう決まっている。
彼が持っているボンベを投げてガスを出させ、発砲と同時に爆発に巻き込む。もしくはそれで銃を封じている内に逃げることだ。少し冷えるけど、銃弾や威力のある飛び道具じゃなければ、ブレザーを盾にして多少は防げる。
どっちに転んでも、全力で走るだけ……え?
「…………ぁ、」
声を上げる前に、身体を抱き寄せられてしまった。
「投げろっ!」
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いきなり近付かれたので、顔は分からない。でも、すぐに私の知っている人だと分かった。
だって、先程の声と……今投げ飛ばされた煙草の匂いを、私は知っているから。
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だけど、相手を気絶させる位はできたかもしれない。
もっとも……私の精神はもう、限界だった。
「おとう、さん……」
極度の緊張感から解放された途端……私は意識を手放してしまった。
**********
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「……余計なお世話だ」
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「何でいるんだよ? ここに」
「別の興信所で人を探す依頼があって、うちに情報目的で電話があったの。それで話を聞いてみたら……その捜索相手が、この前の女子高生だったからちょっと気になったのよ。おまけに依頼人が弁護士の振りをしていたらしいから、犯罪に巻き込まれたのかと思って来てみたんだけど……」
「……その件なら、もう片付いた」
男の雇い主である社長は、緊張の糸が切れた娘を連れて、車で帰っていった。警察には話を通しているのか、社員の何人かが対応しているらしい。
男も事情聴取の為、後日警察署に出頭しなければならないが、今は少し、身体を休ませたかった。
刑務所には、様々な人間がいる。感情的に罪を犯した者や、逆に冤罪を突き付けられた者。そして……犯罪者としてしか生きられない者達が。
そういう人間を知っているから、男は初めての銃撃戦でもどうにか動けた。似たような目や、危ない場面にも出くわしたことはあるものの、それでも、これまでの経験が無駄じゃないことだけは分かる。
「面倒なことに、巻き込まれたもんだよ……」
「にしても変わったわね。まさか、今度は助ける側なんて」
「……別に」
男は立ち上がって、かつて裏切ってきた相手に向けて言った。
「昔は感情に飲み込まれたから、罪を犯しただけだ。誰であっても……無暗に敵を作る趣味はねえよ」
そう、もう間違えない。
男はそう告げると、いったん家に帰ろうとした。
今回の件が片付いたら、一度実家に帰ろう。再就職の当てができたので、一度報告に帰りたかった。
……散々迷惑を掛けたのだ。
警備会社に勤めるかは未定だが、無職の内に帰省して、多少は親孝行してこよう。
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