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016 試験後も兜の緒を締めなきゃいけないなんて……

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 試験も終わり、私は自称舎弟の彼と共に、留年生の彼女が働いているコスプレ喫茶に来ていた。
 別にデートというわけじゃない。三人で『対帰宅部』用の幽霊部と化している文芸部室を占領する計画を立てに集まったのだ。
 ただ、それ以前に……いつの間にか一緒にいることが多くなったけど、彼との関係性っていったいどうなっているんだろう?
 彼氏じゃないのはたしかだけど……
「注文はどうする?」
「私はカフェオレ。ミルクは多めにお願い」
「俺はコーラで」
「はい了解、サービスでクッキーも持ってくるわね」
 注文を取り終えた彼女は、伝票片手に厨房へと姿を消した。
 話は彼女のバイト上がりにする予定だけど、それにしても……テーブル席に男女二人で腰掛けているのに、デートの感じにならない。
 彼女と後で合流するから、というのもあるけど……やっぱり前回の失敗が尾を引いている。もう彼相手だと、たとえ二人きりでいても、デートだと思うことはできないかもしれない。
 少なくとも……彼を『異性』だと思えない内は。
「それにしても、あなたも文芸部だったんだ……」
「本当は最初、運動部にいたんすよ」
 ……意外な話だった。
 前に喧嘩した時は、特に運動できるようには思えなかったけど。
「でも中学帰宅部で、普段から運動してなかったから体力不足でついていけずに退部して……偶々人数の少なかった文芸部に入部したんですよ」
「あ~……どうりで」
 結局はよくある話に収束した。
 運動部に入ったはいいものの、体力不足を理由に辞めるなんて……まさしく、勉強と同じだ。目的意識モチベーション一つで継続に繋がるかどうかが変わってくるとか。
「ちなみに何部だったの?」
「バスケ部っすよ。漫画のヒロインが可愛くて始めたのに……」
 そういえば……学校にはマネージャーなんて制度も、ついでに言えば女子バスケ部バスすらなかったような。
 しかし彼女目当てに始めるとか……動機が不純すぎる。
「……姐さん、これ女性に聞くのは失礼かと思うんですけど、」
「未成年相手に紹介するわけないでしょう。そもそもお父さんの会社自体、そんなに女性いないし」
 たしかに性犯罪も犯罪だけど、女性が加害者側にいる時点でろくなものじゃない。
 お腹を痛めて産んだくせに、その子供を遺棄して捕まった人もいるのだ。そんな外道染みた前科を持っている時点で、もう完全に勧誘スカウトの対象外。
 他の仕事を紹介されることはあっても、会社に女性が就職するなんてことはほとんどない。
 大方、エッチなお姉さんでも紹介して欲しかったんでしょうけど……
「で、でも年下好きショタコンで捕まった女性ひととかも、きっといるっすよね?」
 図星を指されて狼狽えつつも、ネットで拾ったのか、そんな話を持ち出してくる。まあ、たしかに『事実は小説より奇なり』とも言うし、実際にいたらしいけど、ねぇ……
「たしかにそういう人もいたって聞いたことがあるけど……若くて美人、って条件を付けるなら一人もいないわよ」
「そ、そんな……」
 落胆してるところ申し訳ないけど、服役期間を含めての年齢を考えてなかったのだろうか?
 そんな都合良く、美人で歳の近いお姉さんがいるわけないのに。
「いいかげん、自分を高めて相手を魅了できるよう努力したら?」
「そんなこと……できるんすか?」
「そもそも顔だけで寄ってくる女性ひとって、大体外れらしいわよ」
 まあ顔に限らず、地位や財産、権力を狙うような輩がまともじゃないのは男女問わずである。いくら人間関係を築く基点の大半が打算とはいえ、恋愛にまでそれを持ち込んでしまうのは良くないと思う。
 そんな相手と親密な関係を築こうなんて……私だったら相手を信頼できずに、始めることすらしないだろう。理由がなくなった途端、あっさり破局するのが目に見えているし。
「あなたも最初、お金目当てで私に絡んできたんだし……自分がロクデナシだって、自覚ある?」
「姐さん、酷い……」
「だから姐さん言うな」
 丁度注文した飲み物が運ばれてきたので、私は若干ジト目になりながら、彼を見(下し)た。やっぱりこいつ、一回シメた方がいいのかな……?
「にしても……姐さんって、小食なんすか?」
「姐さん止めて。まあ元々食べない方だけど……別に普通でしょう?」
 サービスのクッキーにも手を伸ばすけど、一、二枚食べれば十分だった。飲み物もあるし、変に食べ癖付けると太っちゃう。
 そもそもお腹が空かないのなら、必要以上に食べることもないし。
「いや……社長令嬢って割には、あんまりお金使ってる印象イメージがなかったもんでつい」
「……ああ、そういうこと」
 なんとなく、彼の言いたいことが理解できた。
「あのね……会社の社長だからって、必ずイコール金持ちとは限らないでしょう?」
 一応は高給取りなはずなのに、お父さん自身、あまりお金を持とうとしない。
 独身時代にストレスを発散する為に散財していたとかで、生活費や仕送り等の必要な分以外は全部貯金や資産運用に回すようにしているらしい。財布にも現金をそこまで入れず、クレジットカードの上限も最低金額で済ませているとか。
 ……そういえばお母さん、一時期その辺りを勘違いして貢ごうとしたら、逆に遠ざけられかけたとか言ってたっけ?
 それに、あの警備会社も、そんなに儲かっているわけじゃない。
 社員の人達への手当てはもちろんのこと、利益より生命いのちを優先するあまり、備品や保険といった経費を掛け過ぎているからだ。
 おまけにその保険も、業務内容からか審査が通り辛いらしく、掛け金をかなり多めにしないと入れなかったと聞いたことがある。もし離婚してしなかったら、お母さんや私の審査も辛口になっていたかもしれないと、前に愚痴られたし。
 ある意味離婚したことで発生した、メリットの一つだ。
「じゃなきゃ、世間に『倒産』の二文字が生まれるなんてこともないだろうし」
「まあ、そりゃそうすけど……」
 微妙に納得し辛い表情をしているけど、今の世の中では自営業をする話も増えてきている。その辺りを調べてみれば、どんな職業でも必ず儲かるとは限らないと分かるだろう。
 ……大なり小なり必ず苦労する、という共通点があるのだから。
「だから私も、普段からあまりお金を使わないようにしているの」
 まあ不定期とはいえ、周りの家庭よりかは多めにお金に貰っていることは内緒にしておこう。というか、ついこの前までそのことに全然気付いてなかったから、微妙に恥ずかしくて言えないのよね。
 それに……変に話すと集られそうだし。主にこいつに。
「でも部室を占領するなんて……方法はあるんすか?」
「方法も何も……むしろ学校側からは喜ばれるんじゃないの?」
 何せ、占領しようとしているのは『対帰宅部』用に残された幽霊部だ。適当に活動実績さえでっち上げれば、内申書に記載する内容も多くなるので、逆に喜ばれることになるかもしれない。
 心配するとしたらただ一つ、すでに占拠されている可能性があること位だろう。
「とりあえず、先客がいるか確認。いなければ文芸部室を、いれば他に空いている部室を探す、ってところじゃない?」
「まあ、手に入れる前から場所に拘る必要、ないっすもんね……」
 そもそも計画を立てると言っても、これからどうするかの予定を立てるだけだ。それだって、私が考える限りいくつかのステップを踏むだけでいいと思う。
 1、現状確認
 2、人がいたら状況次第で他を探すかを決める
 3、いなくても無断使用の痕跡がないか調べる
 4、問題なければ占拠
 5、駄目なら別の場所を探してからやり直し
 とりあえず、それだけを話しておいた。後は彼女が来たら、手順を詰めていけばいい。
「そう考えると……簡単に思えてくるからすごいっすよね」
「部活動なんて、元々は生徒が自発的にやるものでしょう? 適当にやる気があるように見せておけば、学校側向こうも何も言ってこないわよ」
 カフェオレを飲み干した私は、次は別の物を注文しようと、メニュー表を流し読みした。



 しかし、状況は部室の占拠どころではなかった。
「面会希望、ですか?」
「え、ええ……」
 未だに距離感を測りあぐねている女性教師から、放課後になった途端に呼び出されてそう言われた。
 しかし……ある意味同情してしまう。多分電話応対したのは偶々だろうけど、無言の圧力でも受けたのか、私を呼び出して直接伝えてきたのだから。
 別に、そこまで面倒臭めんどがらなくてもいいのに……ぽりぽり。
「もう少ししたら訪問されるそうなので、後で校長室隣の応接室に来て下さい」
「はぁ、分かりました……ちなみにどなたですか?」
 少なくとも、両親ではないだろう。学校に電話して面会希望を出すなんて面倒なことを、わざわざする理由はない。緊急の用件なら、それこそ電話を取り次がせれば済む話だ。
 何より、今日お母さんは普通に出勤して行った。誰かの訃報とかそういう話も聞いてなかったと思うけど……
「あなたのお婆様、らしいのですが……」
「お婆様?」
 おばあちゃんも、おじいちゃんと一緒に鬼籍に入るはずだけど……あれ?
 もしかして……
「もちろん、面会前に身分確認はしますので不審者と会せるようなことは致しません。ただ、わざわざ面会を希望する理由が分からないのですが……」
「いえ、気にしないで下さい。十分位したら、応接室に行きますので」
 私は先生に一礼してから、職員室を後にした。
 ちょっと保険、掛けとこうかな……



「……あ、お疲れ様っす」
「何かあったの?」
「うん……ちょっといい?」
 職員室の前で待っていた二人を連れて、私はいつもの屋上へと上がってきた。元々来るつもりはなかったけど、長話をする気もないので、寒いのはちょっとだけ我慢してもらう。
 私も我慢するから。
「ごめん、部室の占拠はまた今度にして。ちょっと……人と会うことになっちゃって」
「浮かない顔してるけど……嫌な相手なの?」
「う~ん……どうなんだろう?」
 留年生の彼女の隣に腰掛けながら、私は少し呻いた。
「その人多分、私の母方の祖母だと、思うんだけど……」
「姐さん、なんかあるんすか?」
「だから姐さん止めて」
 自称でも舎弟を気取るのなら、せめて私の言うことを聞けと思うのは、私だけじゃないはず。
「母方、ってもしかして……」
「そう。脱税で逮捕されていたはずの人」
 そういえば彼女とも、その話が切っ掛けで友達になったんだっけ?
「堂々と出歩いている、ってことは元犯罪出所者だと思うけど……お母さんからは何も聞いていないから、ちょっとどうしたものか分からなくて」
「脱税っすか……出られたってことは、そこまで重くないんすね」
「たしか、十年以下の懲役だったと思うわよ」
 彼の方を向き、その疑問に答えた。
 でも、自分で口にしておいて、一つ気になっていることがある。
 そう、基本は十年以下だ。でも私は生まれてからずっと、お母さんの実家について何も聞いていない。しかもお父さんとは仕事で会ったと言っていた。
 そうなると、時系列から考えて……私が産まれる前には捕まっていないとおかしい。
(やっぱりあの仮説……本当に?)
 内心の考えを振り切り、私はからスマホを取り出し、充電を確かめた。うん、何とかなりそう。
 少し操作してからスマホを仕舞い、今度は制服の内ポケットに差しておいたペンを確かめる。
「ちょっとごつくない? そのペン……」
「いや、これってまさか……」
 どうやら彼は、これがどういうペンものか分かったらしい。
 私も使うのはこれが初めてになるかもしれないけど、護身具としては割と役に立ちそうだから、わざわざ押入から引っ張り出してきたのだ。
 普段は必要ない方がいいけど、今回ばかりはそうも言っていられない。
「……よし」
 準備はできた。
 私は立ち上がると、軽く頬を叩いて気合を入れた。そして応接室に向かう前に、少し歩いてから振り返る。
「二人共、ちょっとお願いがあるんだけど……頼んでもいい?」
 すると二人は顔を見合わせ、そして同時に同じ言葉を返してきた。
『もしかして……やばい?』
 まあ、もしかしたらやばいかもだけど。別に命懸けろとまでは言う気ないんだけどなぁ……
「大丈夫、大丈夫。別に命懸けろとまでは言わないから」
 そして私は、二人にあることを頼んでから応接室へと向かった。



 しかし……簡潔になるとはいえ、先にメッセージアプリとかで、お母さんに連絡しておけば良かったと後々後悔するのは、私が未熟な証なのかもしれない。
 ……本当、やっておけば良かった。
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