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014 勉強は目標を持ち、能動的に行うべし
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放課後。今日は晴れているけど、私は公園に行かず、隣のクラスの教室にいた。
彼の正体が分かったからと言って、いまさら習慣を変えよう等と考えてはいない。ただ単に、用事があるからだ。
「ええと、これがこうなって……」
「わ、分からない……」
他の生徒はすでに帰宅しているので、私達以外には誰もいない。
私は教科書を広げてページを捲り、該当する記載のある箇所を探した。
「……はい、ここ」
「え、あぁ……そっか!」
手渡した教科書は、自称舎弟の彼のものだ。私はそのまま自分のものを広げ、試験範囲の内容を軽く見直す。
……うん、数学は問題なく解けそう。
「ねえ、あんた英語分かる?」
「どこ?」
今度は留年生の彼女の質問に答える為、指された所を流し見した。
「……それ、その前の問題の訳が間違ってると思う。多分別の単語と混同しているから気を付けて」
「えっ、どこ?」
「ここ。綴りが微妙に違うから、怪しいと思ったら念の為、辞書で確認した方がいいわよ」
最近はスマホで検索できるから便利だ。単語を調べるだけなら事足りてしまう。
昔は電子辞書を使っていたけど、頻繁に使う単語を覚えた後は、机の引き出しの中で肥やしになっている。ずっと放置したままだし、もしかしたら電池が切れているかもしれない。
「というか……あんた頭いいわね」
「これも姐さんの実家仕込みで?」
「姐さん言うな。どちらかというと……お母さん仕込みかな?」
まともに学校の勉強を教わる頃にはもう別居していたから、分からない部分は基本的にお母さんから教わっている。たしかにお母さんは高卒だけど、それでも公務員試験を突破する実力はあるから、聞けば大体教えてくれた。
「というかそれ以前に……あんた、頭いいでしょう?」
「う~ん……そうでもないかな?」
たしかに、成績は悪い方じゃなかった。でも成績には段階がある。
基礎も応用も理解できているのが上、基礎はできても応用が利かないのが中、そして基礎すらできないのが下だと、昔お母さんに教わった。
その基準から考えると、私は多分、中。基礎はできているけど、応用が解けないことが多い。関係あるかは分からないけど、なぞなぞやパズルは結構苦手だ。
ああいうのって判断材料が少ないから、観察し辛いのよねぇ……
「一応基礎はできているから平均以上は取れるけど、応用が解けるかどうかは問題次第なところもあるし……高得点も、あまり取ったことはないかな?」
それでも、基本ができなければ応用を解くなんて絶対に無理だろうし……今のところは、基礎を押さえるのに専念しておこう。
「でも姐さん、実際勉強できるでしょう……俺達よりも」
「私を含めるな。あんたよりはできるわ」
まあたしかに、この面々で成績順をつけるとなると……
一位、私
二位、彼女
三位、彼
となる。しかも一位と二位はそこまで差はなく、逆に三位とはかなり離れている。下手したら間に越えられない壁があるかもしれない。
赤点という、補習や追試で冬休みを終わらせるかもしれないという壁が。
「でもあんたさ、普段どうやって勉強しているの? 明らかに基礎力が違い過ぎるんだけど」
「どうやって、って……」
今日持ってきているのは、古典の一冊だけだから、これを見せた。
お母さんもそこまで得意な方じゃないから、自分で勉強しとかないと、次の期末が心配だし。
『……大学共通学力試験の過去問?』
声がハモっている。そんなに驚くことかな?
「今は廃止されて新しく変わったけど……教科によってはそこまで変更点もないし、最終的に解かなきゃいけないなら基礎の段階で『これ位は解けるように』ってお母さんに渡されたの」
進学するかは別にしても、基礎学力さえしっかりしていれば色々と潰しが効くからって、授業の範囲で分かる問題を解かされていただけなんだけどな……
「いや、理屈は分かるけどさ……そもそもあんた、その問題解けるの?」
「実際の試験じゃないから、教科書片手にそこそこ」
まあ、それも……お母さんにどの問題を解けばいいのか聞きながらだから、自習とは言い難いけどね。
「期末試験も、教科書見ながらなら……」
「それ試験の意味ないから。でもそうか、教科書を見ながらか……」
人によっては予備校や塾、家庭教師とかの授業を追加することで勉強した気になっていることもあるらしい。でも学校の勉強なんて、理解と暗記の二つさえできていれば、基本はどうとでもなるものだ。
さらに上の段階や応用力、もしくは進学先への受験対策にこそ、予備校等を利用すべきだと言われた。実際、お父さんの会社にも高学歴の人は何人かいるけど、ほとんどが受験対策や浪人中の勉強先としてしか、利用していなかったらしい。中には過去問だけで合格した猛者もいたとか。
だからお母さんも、よっぽど成績が悪くなければ、それらの手段を取ることはなかった。一応選択肢として用意してくれているけれど、今のところ私が利用することはない。
基本ができている上に、応用力を上げたいと思える程の目標もないし。
「でも基礎位は押さえておかないと、確実に受験が面倒臭くなるわよ?」
「それは分かっているんだけどね……」
そして彼女はまた、英語の勉強に戻っていった。私もまた内容を確認するけど、今回の範囲なら最低でも、平均点位は取れるだろう。
「学校の勉強って、なんでこうもやる気が削がれるのよ……」
「目標がないからじゃない?」
私はお母さんから、成績に関しては何も言われたことがない。基本さえできていれば、後はどうとでもなると考えているからだろう。
まあ中学の時、勉強せずに酷い点を取った時はさすがに怒られたことはある。それ以降は赤点を取らなかったから、特に怒られたことはないけどね。
というより……言うだけ無駄だと思われているんだろう。
「『目的のない内は、何をやっても本気になれない』」
「……それ、誰の言葉?」
「お父さん」
実際、私には将来に対する目的意識が欠けている。
……なりたい職業が、未だに見つかってないからだ。
「だからお母さんも、基礎さえできていれば何も言ってこないのよね。『それよりもまず、将来の目標を見つけなさい』って、よく言われるかな」
「将来、っすか……」
彼もまた、将来の目標がないのか、さらにだらけた態度を取ってきている。
「楽して生きたい、っすね……」
……訂正。そういやこいつ、逆玉狙いで私に近付いてきたんだった。
「お父さんに頼んで紹介してもらおうか? 高給な仕事」
「本当ですか、姐さん!?」
だから姐さん呼びを止めろ。
そう言おうとしたのだが、先に留年生の彼女に遮られてしまった。
「……それってマグロ? カニ?」
「知らない。でも人手はいつも足りないって聞いてるけど?」
年収はいいらしいけど漁獲量にもよるし、何よりきついから、よっぽど覚悟のある人間しか希望してこないって昔お父さんが言ってたなぁ……でもなんで知ってるんだろう?
「姐さん、漁師は勘弁して下さい……」
「だから姐さん呼び止めて……そもそも誕生日いつよ?」
せめて生まれが早ければ、年齢的な理由で止めさせられる。
そんな思いで聞いてみたのだが、彼の返事は無情だった。
「一月生まれっす」
「うう……」
目論見が外れてしまった。
「呻くってことは……十二月か、それより前?」
「……当たり。十二月生まれ」
十二月生まれだから、大抵の人相手なら年下になれるのに……
「大丈夫よ、私は二月生まれだから」
「……そもそも一個違いじゃん」
「それはしょうがない」
生半可な慰めなら、むしろ要らない。
私は次の質問が出てくるまで、ずっと顔を伏せっていることにした。
『このまま知らないフリを続けていてくれ。上手くいけばクリスマスまでに片付く』
それは、クリスマスを家族で過ごそうという意味だけじゃない。
……私は、十二月二十六日に生まれた。
家庭によっては、クリスマスの時期に近ければ、誕生日と一緒くたにして祝われるという話をよく聞く。でも、うちの場合は逆だ。
私が生まれて、よっぽど嬉しかったのかは分からない。でもお父さんの会社では二十四日からの三日間は、独自の特別期間になる。
クリスマスイブとクリスマス、そして私の誕生日だからと社員全員に特別手当が支給される。もし勤務に出ればさらに追加の手当が出るし、会社内ではお父さん主催の忘年会(社員の参加費無料)が開かれた。
とはいえ、実質はクリスマスと私の誕生日のパーティーだというのは、会社の人達も理解している。だから別居する前はいつも、私だけ多くプレゼントを貰えた気がして嬉しかった。
お父さんやお母さんも、たとえクリスマスに仕事が入ってしまったとしても、私の誕生日には必ず傍にいてくれた。前日まで働けば休みやすいという事情もあったかもしれないけど、自分を優先してくれる両親が、何よりも嬉しかった。
……だからお母さんの誕生日や結婚記念日は、空気を読んでいつも留守番していた。
前に聞いた限りだと、別居後も仕事の振りをして、ちょくちょく会いに行っていたのかもしれない。昔から優先順位の最上位が、自分すら差し置いてお父さんだったからなあ、あの人……
「……あれ、お嬢?」
なんてことを考えながら、帰宅している時だった。
いつもの彼が、何故か私の下校中、公園じゃない場所に現れたのだ。『知らないフリを続けていてくれ』という伝言はどこに行ったのやら。
「あなた何しているの、こんな所で?」
「見ての通り、冷えるから肉まん買いに行ってた」
この人、私に正体がばれたからか、もう指名手配された逃亡者の振りを止めていた。いつもなら私が頼まれて買いに行く用事を、自分でやっているらしい。
ちょっと寂しい気もするけど……元々、いつ終わっても仕方がない距離の付き合い方をしていた。いまさらどうこう言うことはできないだろう。
ついでに言うと、もう公園に行くのも辛い程、寒くなってきたし。彼、風邪引かないかな?
「一個いるか? あんまんかピザまん」
「じゃあ……あんまん」
もしかしたら、一緒にいるホームレスの人達の分も買ってきたのかもしれない。多めに詰められたレジ袋からあんまんを取り出すと、私に手渡してきた。
「ありがとう」
「おう」
彼は公園へと向けて歩き出した。どうせ同じ道だし、食べながら一緒に行こうと隣に並ぶ。
「あんまんとピザまんが好きなの?」
「いや、肉まんが一個しか残ってなかったんだ。後はそれ位しかなかったんでね」
……むしろ、それを私に渡した方が、争いの火種をなくせるんじゃないのかな。今は肉々しいもの食べる気分じゃないからいいけど。
勉強の後はやっぱり、甘い物よね。あむあむ。
「ちなみに肉まんはやらんぞ。これは俺のだからな」
ただケチなだけだった……
「他の人は欲しがらないの?」
「多分大丈夫だろう。どうせ先に選ぶのは俺だし」
なんてとりとめもないことを話していると、かなり冷たい風が吹き荒れた。
「寒い……」
「かなり冷え込んできたからな……俺もそろそろ、家畳むかな?」
まあたしかに……彼がホームレス達に混ざって、段ボールハウスに住む義務は元からない。
「そもそもあなた、元々はどこに住む予定だったの?」
「住む予定というか、近くに安アパート借りてるんだよ。そこに前住んでたとこに残してた荷物をまとめてある」
しかし予想以上に狭い所しか借りれなかったらしく、冬までに片付けて住めるようにしているとのことだ。
「しかし美味そうに食うな……甘い物好きなのか?」
「というより、勉強疲れで甘い物が食べたかったのよね」
あんまんはそこそこだけど、あん自体は結構好きな方だった。
できれば皮のないこしあんの方が食べやすくて良かったけど、コンビニのあんまんにそこまで求めるのは酷か。
「ああ、そうか……もうすぐ期末か?」
「そう。だから放課後に居残って勉強してたの」
普段は家で勉強しているけど、偶にはいいものだ。誰かと一緒にいる機会がなかったというのもあるけど……ああいう同年代だけの勉強会自体、初めてだったし。
「……お嬢、友達ができて良かったな」
「うるさい……」
これがツンデレ、ってやつかも。
微妙に事情を把握されているとはいえ、照れ臭いものは照れ臭いのだ。だからさっさと、話題を変えようと、彼に聞いてみた。
「そういえばあなたって、勉強はできる方だったの?」
「いいや。才能任せでほとんど勉強してなかった」
……こういう人間にはなりたくない。私は強く思った。
「なまじ、勉強なんてできるもんじゃないな。すぐ怠け癖がついちまう」
それは良く分かる。『赤点を取らない為』だって、ある意味では立派な目標だ。それすらないというのも、成長できなくなる要因足りえるのかもしれない。
目標はなく、半端な才能しかないというのは、ある意味、一種の不幸とも言える。
「でも怠け癖がなかったら……私達、多分会わなかったんじゃない?」
「かもな。そもそも生まれてすら……っ!?」
不意に、隣から不穏な声が聞こえてきた。
「どういう意味?」
「ああ……俺が言ったってことは内緒で頼む」
事前にそう言ってから、彼は口を開いた。
「……俺、社長と同じ大学の出身なんだよ」
「あれ? そうだったんだ」
ガクン、と肩が落ちる音が聞こえたような気がした。まあどうせ、お父さんがそこまで偏差値のいい大学に行ってないとかだろうけど、その件はとっくに知っている。
そもそもお母さんが高卒なのに、娘の私が学歴に差別意識を持つなんてこと自体が、あるわけない。
「てことは社長が……前は別の会社で働いていた、ってことも?」
「中学上がる前に、お母さんから聞いてる」
勉強に目的意識を持たなければいけない教訓として話してくれたけど、その頃にはすでに別居していた。できればお父さん本人から聞きたかったかなぁ……
お父さんは昔、大学を卒業してからは別の会社に入社していた。
当時は警備会社を立ち上げたばかりで、相続どころか存続すら怪しかったから、一先ずは社会に出て働けと、追い出されたらしい。とはいえお父さんも立派な目標を持っているわけではないので、就職したのは残業だらけの半ブラック企業だった。
だから当時は苦労したらしいし、そのせいで鬱状態になったからと休職、退職と転がり落ちたとのことだった。お陰でおじいちゃんから会社を継がされる羽目になり、その過程でようやく社会人としての自覚を持ち、自身の適性を把握することになったとか。
『……まあ、最初から完璧な人間なんていないけどね』
とはお母さんの言である。まったくもって、その通りだった。
『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』
と誰かが言ってた気がするけど、人間の大半は愚者だ。経験から学ぶしかない。
「親父さんの、その話聞いてて……何でお嬢、今の高校に入ったんだよ? たしかあそこ、そこまで偏差値良くなかっただろ?」
それは放課後、勉強会の時に留年生の彼女達からも聞かれた。しかし私の答えは、これでもかという位に単純過ぎた。
「……一番家に近かったから」
普通科ならある程度進学先は自由だからと、よっぽどひどい高校でない限りはどこでもいいと、今の進学先を認めてくれた。それは嬉しかったんだけど……もうちょっと真剣に心配して欲しかったな、とは私の勝手な希望である。
これもある意味反抗期なのかな、と考えている内に公園の入り口に着いていた。
そこで彼と別れた私は、そのまま立ち止まらずに、家へと帰った。
彼の正体が分かったからと言って、いまさら習慣を変えよう等と考えてはいない。ただ単に、用事があるからだ。
「ええと、これがこうなって……」
「わ、分からない……」
他の生徒はすでに帰宅しているので、私達以外には誰もいない。
私は教科書を広げてページを捲り、該当する記載のある箇所を探した。
「……はい、ここ」
「え、あぁ……そっか!」
手渡した教科書は、自称舎弟の彼のものだ。私はそのまま自分のものを広げ、試験範囲の内容を軽く見直す。
……うん、数学は問題なく解けそう。
「ねえ、あんた英語分かる?」
「どこ?」
今度は留年生の彼女の質問に答える為、指された所を流し見した。
「……それ、その前の問題の訳が間違ってると思う。多分別の単語と混同しているから気を付けて」
「えっ、どこ?」
「ここ。綴りが微妙に違うから、怪しいと思ったら念の為、辞書で確認した方がいいわよ」
最近はスマホで検索できるから便利だ。単語を調べるだけなら事足りてしまう。
昔は電子辞書を使っていたけど、頻繁に使う単語を覚えた後は、机の引き出しの中で肥やしになっている。ずっと放置したままだし、もしかしたら電池が切れているかもしれない。
「というか……あんた頭いいわね」
「これも姐さんの実家仕込みで?」
「姐さん言うな。どちらかというと……お母さん仕込みかな?」
まともに学校の勉強を教わる頃にはもう別居していたから、分からない部分は基本的にお母さんから教わっている。たしかにお母さんは高卒だけど、それでも公務員試験を突破する実力はあるから、聞けば大体教えてくれた。
「というかそれ以前に……あんた、頭いいでしょう?」
「う~ん……そうでもないかな?」
たしかに、成績は悪い方じゃなかった。でも成績には段階がある。
基礎も応用も理解できているのが上、基礎はできても応用が利かないのが中、そして基礎すらできないのが下だと、昔お母さんに教わった。
その基準から考えると、私は多分、中。基礎はできているけど、応用が解けないことが多い。関係あるかは分からないけど、なぞなぞやパズルは結構苦手だ。
ああいうのって判断材料が少ないから、観察し辛いのよねぇ……
「一応基礎はできているから平均以上は取れるけど、応用が解けるかどうかは問題次第なところもあるし……高得点も、あまり取ったことはないかな?」
それでも、基本ができなければ応用を解くなんて絶対に無理だろうし……今のところは、基礎を押さえるのに専念しておこう。
「でも姐さん、実際勉強できるでしょう……俺達よりも」
「私を含めるな。あんたよりはできるわ」
まあたしかに、この面々で成績順をつけるとなると……
一位、私
二位、彼女
三位、彼
となる。しかも一位と二位はそこまで差はなく、逆に三位とはかなり離れている。下手したら間に越えられない壁があるかもしれない。
赤点という、補習や追試で冬休みを終わらせるかもしれないという壁が。
「でもあんたさ、普段どうやって勉強しているの? 明らかに基礎力が違い過ぎるんだけど」
「どうやって、って……」
今日持ってきているのは、古典の一冊だけだから、これを見せた。
お母さんもそこまで得意な方じゃないから、自分で勉強しとかないと、次の期末が心配だし。
『……大学共通学力試験の過去問?』
声がハモっている。そんなに驚くことかな?
「今は廃止されて新しく変わったけど……教科によってはそこまで変更点もないし、最終的に解かなきゃいけないなら基礎の段階で『これ位は解けるように』ってお母さんに渡されたの」
進学するかは別にしても、基礎学力さえしっかりしていれば色々と潰しが効くからって、授業の範囲で分かる問題を解かされていただけなんだけどな……
「いや、理屈は分かるけどさ……そもそもあんた、その問題解けるの?」
「実際の試験じゃないから、教科書片手にそこそこ」
まあ、それも……お母さんにどの問題を解けばいいのか聞きながらだから、自習とは言い難いけどね。
「期末試験も、教科書見ながらなら……」
「それ試験の意味ないから。でもそうか、教科書を見ながらか……」
人によっては予備校や塾、家庭教師とかの授業を追加することで勉強した気になっていることもあるらしい。でも学校の勉強なんて、理解と暗記の二つさえできていれば、基本はどうとでもなるものだ。
さらに上の段階や応用力、もしくは進学先への受験対策にこそ、予備校等を利用すべきだと言われた。実際、お父さんの会社にも高学歴の人は何人かいるけど、ほとんどが受験対策や浪人中の勉強先としてしか、利用していなかったらしい。中には過去問だけで合格した猛者もいたとか。
だからお母さんも、よっぽど成績が悪くなければ、それらの手段を取ることはなかった。一応選択肢として用意してくれているけれど、今のところ私が利用することはない。
基本ができている上に、応用力を上げたいと思える程の目標もないし。
「でも基礎位は押さえておかないと、確実に受験が面倒臭くなるわよ?」
「それは分かっているんだけどね……」
そして彼女はまた、英語の勉強に戻っていった。私もまた内容を確認するけど、今回の範囲なら最低でも、平均点位は取れるだろう。
「学校の勉強って、なんでこうもやる気が削がれるのよ……」
「目標がないからじゃない?」
私はお母さんから、成績に関しては何も言われたことがない。基本さえできていれば、後はどうとでもなると考えているからだろう。
まあ中学の時、勉強せずに酷い点を取った時はさすがに怒られたことはある。それ以降は赤点を取らなかったから、特に怒られたことはないけどね。
というより……言うだけ無駄だと思われているんだろう。
「『目的のない内は、何をやっても本気になれない』」
「……それ、誰の言葉?」
「お父さん」
実際、私には将来に対する目的意識が欠けている。
……なりたい職業が、未だに見つかってないからだ。
「だからお母さんも、基礎さえできていれば何も言ってこないのよね。『それよりもまず、将来の目標を見つけなさい』って、よく言われるかな」
「将来、っすか……」
彼もまた、将来の目標がないのか、さらにだらけた態度を取ってきている。
「楽して生きたい、っすね……」
……訂正。そういやこいつ、逆玉狙いで私に近付いてきたんだった。
「お父さんに頼んで紹介してもらおうか? 高給な仕事」
「本当ですか、姐さん!?」
だから姐さん呼びを止めろ。
そう言おうとしたのだが、先に留年生の彼女に遮られてしまった。
「……それってマグロ? カニ?」
「知らない。でも人手はいつも足りないって聞いてるけど?」
年収はいいらしいけど漁獲量にもよるし、何よりきついから、よっぽど覚悟のある人間しか希望してこないって昔お父さんが言ってたなぁ……でもなんで知ってるんだろう?
「姐さん、漁師は勘弁して下さい……」
「だから姐さん呼び止めて……そもそも誕生日いつよ?」
せめて生まれが早ければ、年齢的な理由で止めさせられる。
そんな思いで聞いてみたのだが、彼の返事は無情だった。
「一月生まれっす」
「うう……」
目論見が外れてしまった。
「呻くってことは……十二月か、それより前?」
「……当たり。十二月生まれ」
十二月生まれだから、大抵の人相手なら年下になれるのに……
「大丈夫よ、私は二月生まれだから」
「……そもそも一個違いじゃん」
「それはしょうがない」
生半可な慰めなら、むしろ要らない。
私は次の質問が出てくるまで、ずっと顔を伏せっていることにした。
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それは、クリスマスを家族で過ごそうという意味だけじゃない。
……私は、十二月二十六日に生まれた。
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私が生まれて、よっぽど嬉しかったのかは分からない。でもお父さんの会社では二十四日からの三日間は、独自の特別期間になる。
クリスマスイブとクリスマス、そして私の誕生日だからと社員全員に特別手当が支給される。もし勤務に出ればさらに追加の手当が出るし、会社内ではお父さん主催の忘年会(社員の参加費無料)が開かれた。
とはいえ、実質はクリスマスと私の誕生日のパーティーだというのは、会社の人達も理解している。だから別居する前はいつも、私だけ多くプレゼントを貰えた気がして嬉しかった。
お父さんやお母さんも、たとえクリスマスに仕事が入ってしまったとしても、私の誕生日には必ず傍にいてくれた。前日まで働けば休みやすいという事情もあったかもしれないけど、自分を優先してくれる両親が、何よりも嬉しかった。
……だからお母さんの誕生日や結婚記念日は、空気を読んでいつも留守番していた。
前に聞いた限りだと、別居後も仕事の振りをして、ちょくちょく会いに行っていたのかもしれない。昔から優先順位の最上位が、自分すら差し置いてお父さんだったからなあ、あの人……
「……あれ、お嬢?」
なんてことを考えながら、帰宅している時だった。
いつもの彼が、何故か私の下校中、公園じゃない場所に現れたのだ。『知らないフリを続けていてくれ』という伝言はどこに行ったのやら。
「あなた何しているの、こんな所で?」
「見ての通り、冷えるから肉まん買いに行ってた」
この人、私に正体がばれたからか、もう指名手配された逃亡者の振りを止めていた。いつもなら私が頼まれて買いに行く用事を、自分でやっているらしい。
ちょっと寂しい気もするけど……元々、いつ終わっても仕方がない距離の付き合い方をしていた。いまさらどうこう言うことはできないだろう。
ついでに言うと、もう公園に行くのも辛い程、寒くなってきたし。彼、風邪引かないかな?
「一個いるか? あんまんかピザまん」
「じゃあ……あんまん」
もしかしたら、一緒にいるホームレスの人達の分も買ってきたのかもしれない。多めに詰められたレジ袋からあんまんを取り出すと、私に手渡してきた。
「ありがとう」
「おう」
彼は公園へと向けて歩き出した。どうせ同じ道だし、食べながら一緒に行こうと隣に並ぶ。
「あんまんとピザまんが好きなの?」
「いや、肉まんが一個しか残ってなかったんだ。後はそれ位しかなかったんでね」
……むしろ、それを私に渡した方が、争いの火種をなくせるんじゃないのかな。今は肉々しいもの食べる気分じゃないからいいけど。
勉強の後はやっぱり、甘い物よね。あむあむ。
「ちなみに肉まんはやらんぞ。これは俺のだからな」
ただケチなだけだった……
「他の人は欲しがらないの?」
「多分大丈夫だろう。どうせ先に選ぶのは俺だし」
なんてとりとめもないことを話していると、かなり冷たい風が吹き荒れた。
「寒い……」
「かなり冷え込んできたからな……俺もそろそろ、家畳むかな?」
まあたしかに……彼がホームレス達に混ざって、段ボールハウスに住む義務は元からない。
「そもそもあなた、元々はどこに住む予定だったの?」
「住む予定というか、近くに安アパート借りてるんだよ。そこに前住んでたとこに残してた荷物をまとめてある」
しかし予想以上に狭い所しか借りれなかったらしく、冬までに片付けて住めるようにしているとのことだ。
「しかし美味そうに食うな……甘い物好きなのか?」
「というより、勉強疲れで甘い物が食べたかったのよね」
あんまんはそこそこだけど、あん自体は結構好きな方だった。
できれば皮のないこしあんの方が食べやすくて良かったけど、コンビニのあんまんにそこまで求めるのは酷か。
「ああ、そうか……もうすぐ期末か?」
「そう。だから放課後に居残って勉強してたの」
普段は家で勉強しているけど、偶にはいいものだ。誰かと一緒にいる機会がなかったというのもあるけど……ああいう同年代だけの勉強会自体、初めてだったし。
「……お嬢、友達ができて良かったな」
「うるさい……」
これがツンデレ、ってやつかも。
微妙に事情を把握されているとはいえ、照れ臭いものは照れ臭いのだ。だからさっさと、話題を変えようと、彼に聞いてみた。
「そういえばあなたって、勉強はできる方だったの?」
「いいや。才能任せでほとんど勉強してなかった」
……こういう人間にはなりたくない。私は強く思った。
「なまじ、勉強なんてできるもんじゃないな。すぐ怠け癖がついちまう」
それは良く分かる。『赤点を取らない為』だって、ある意味では立派な目標だ。それすらないというのも、成長できなくなる要因足りえるのかもしれない。
目標はなく、半端な才能しかないというのは、ある意味、一種の不幸とも言える。
「でも怠け癖がなかったら……私達、多分会わなかったんじゃない?」
「かもな。そもそも生まれてすら……っ!?」
不意に、隣から不穏な声が聞こえてきた。
「どういう意味?」
「ああ……俺が言ったってことは内緒で頼む」
事前にそう言ってから、彼は口を開いた。
「……俺、社長と同じ大学の出身なんだよ」
「あれ? そうだったんだ」
ガクン、と肩が落ちる音が聞こえたような気がした。まあどうせ、お父さんがそこまで偏差値のいい大学に行ってないとかだろうけど、その件はとっくに知っている。
そもそもお母さんが高卒なのに、娘の私が学歴に差別意識を持つなんてこと自体が、あるわけない。
「てことは社長が……前は別の会社で働いていた、ってことも?」
「中学上がる前に、お母さんから聞いてる」
勉強に目的意識を持たなければいけない教訓として話してくれたけど、その頃にはすでに別居していた。できればお父さん本人から聞きたかったかなぁ……
お父さんは昔、大学を卒業してからは別の会社に入社していた。
当時は警備会社を立ち上げたばかりで、相続どころか存続すら怪しかったから、一先ずは社会に出て働けと、追い出されたらしい。とはいえお父さんも立派な目標を持っているわけではないので、就職したのは残業だらけの半ブラック企業だった。
だから当時は苦労したらしいし、そのせいで鬱状態になったからと休職、退職と転がり落ちたとのことだった。お陰でおじいちゃんから会社を継がされる羽目になり、その過程でようやく社会人としての自覚を持ち、自身の適性を把握することになったとか。
『……まあ、最初から完璧な人間なんていないけどね』
とはお母さんの言である。まったくもって、その通りだった。
『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』
と誰かが言ってた気がするけど、人間の大半は愚者だ。経験から学ぶしかない。
「親父さんの、その話聞いてて……何でお嬢、今の高校に入ったんだよ? たしかあそこ、そこまで偏差値良くなかっただろ?」
それは放課後、勉強会の時に留年生の彼女達からも聞かれた。しかし私の答えは、これでもかという位に単純過ぎた。
「……一番家に近かったから」
普通科ならある程度進学先は自由だからと、よっぽどひどい高校でない限りはどこでもいいと、今の進学先を認めてくれた。それは嬉しかったんだけど……もうちょっと真剣に心配して欲しかったな、とは私の勝手な希望である。
これもある意味反抗期なのかな、と考えている内に公園の入り口に着いていた。
そこで彼と別れた私は、そのまま立ち止まらずに、家へと帰った。
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トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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大衆娯楽
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💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
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