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002 海賊版は金にならない
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徐々に肌寒くなる気候の中、私は放課後にまたふらりと、公園に来ていた。
事前に買い物をしてくることはしない。もし彼に会えば、買い出しを頼まれることもあるからだ。
あれから数回、私は彼との時間を過ごした。
別に特別なことをしているわけじゃない。とりとめのない話をすることもあれば、ベンチに並んで腰掛けたまま、日暮れまで読書をするだけで終わることもある。
とはいえ冬に近づこうとしているのだ。時期的に長居できるわけじゃない。けれども私にとっては待ち望んだ、ただ趣味に没頭したり仲の良い友達と遊んだりする、ささやかな時間だった。
(まあ相手は同じ学校のクラスメイトではなく、歳の離れたおじさんなのはいただけないけれどね……)
「はぁ……女の子と遊びに行きたい」
「女性同性愛者だっけ?」
「……友情的な意味で、よ」
いつものベンチに腰掛けながら、彼は何か作業をしていた。普段はラノベとかの本を手にしていることの方が多いが、今日は何故か小さなノートパソコンを起動させ、カタカタとキーボードを叩いている。
近づきながら思わず呟いた一言に反応されたので、私は溜息交じりに応えた。
「いじめがなくなったからって、すぐ友達ができるわけじゃないの。こっちも放課後はおしゃれなカフェで友達とお茶したいわよ」
「一人でもいけるだろ?」
「下手したらコーヒー一杯で五百円も持っていかれるのに? あまり浪費癖をつけたくないんだけど」
お小遣いを貰っている立場でバイトもしていない私にとって、自動販売機の缶コーヒーですら高額だと思う時があるのだ。実際、物語の登場人物だけでなく、チェーン店でたむろしている他の高校生達も、一体どうやってその代金を捻出しているんだろう?
……全員が真っ当にバイトをしているか、お金持ちの子息令嬢の類であればまだいいけれども。
「そりゃそうだ……じゃあ今日もおつかい行って来てくれ。小遣いやるから」
そう言って差し出されるのは数枚のお札。無論お小遣いを弾んでくれたからじゃない。私の電子マネーにお金を預ける為だ。本人曰くポイントチャージによる節約が目的で、資金洗浄ではないらしい。
『番号控えられた覚えはないから大丈夫だよ。口座の金も手配前に全額降ろしたしな』
とは事前に聞いているものの、ATMの中身なり監視カメラの記録なりから番号を把握されていたりしないのだろうかと、つい心配になってしまう。
とはいえその辺りの警察側の事情は詳しく知らないので、今のところ何も言えないんだけどね。
「何買って来ればいい?」
「唐揚げ弁当とお茶、あと雑誌」
「雑誌?」
漫画でも読みたいのかな?
ホームレスの癖に余裕があるなと考えていたら、彼はパソコンの画面から顔を上げて首を振った。
「いや副職とかマネー系の雑誌。余裕のあるうちに稼げる手段を見つけたいんだよ」
「……求人雑誌の方がいいんじゃないの?」
「いや……面倒臭いもとい警察に見つかったらどうする?」
……本当に性格に難がありそうね、この男は。
そしてコンビニで弁当等を購入してきた私は、ベンチに腰掛けてから彼の横に置いてあげた。なのに、何故かパソコンから目を離そうとしない。
「そういえば、さっきから何をしているの?」
「小遣い稼ぎ」
覗き込んでみると、何かの動画を編集しているのが分かった。どんな内容か見てみると、彼以外に偶に見かけるホームレスが料理している様子を撮影したもの、だと思う。
「パソコンの苦手なホームレスに代わって編集して、動画サイトに載せているんだよ。奴さんはそれで広告料稼いでいるわけ」
「それって、振込先とかもいるんじゃないの?」
「必要な物は全部、当の本人のやつ。家追い出されても、解約しなければ口座はそのまま残っているんだよ。さすがに住所不定だと怪しまれるだろうが、銀行側が気づかない限りはそのまま残っていることがわりと多くてな」
さすがに個人情報には配慮しているのか、編集中の画像に個人を特定できるものは見当たらない。
……そういえば、取り分はどうなっているのだろうか?
「それで、いくら儲けているの?」
「俺の方は編集作業一回で三千円。人気動画ならほっといても再生数が伸びて、その分広告料が入る。だから少し時間が経てば、向こうは簡単に元が取れるんだと」
「へぇ、そうなんだ……」
動画投稿の広告料で生計を立てる人がいるのはよく聞くけど、実際はそこまでの儲けにはならないと聞いたことがある。そもそも投稿者が多すぎて動画自体が埋もれることも多く、簡単に億万長者にはなれないとのことだ。
「まあ、それでも常連の視聴者がいるからこそ、確実な収益につながっているんだよ。料理系でホームレス、ってのも意外性があるのか、ウケがいいみたいだし」
「……なんでその人ホームレスやっているの?」
正直利益を出しているのならば部屋を追い出されることもなかっただろうに、何故住処を得ようとしなかったのかな?
「よくは知らんが、どっかの金融会社と揉めたんだと……よし、できた」
そして編集が終わったのか、彼は動画ファイルに保存してからノートパソコンを閉じる。
「後は動画を確認して、問題なければパソコンごと返して終わりだな」
パソコンを底に敷いていた鞄に仕舞ってから、ようやくお弁当に手を付け始めた。私もホットコーヒー片手に、一緒に買ってきた映画雑誌を開く。
「最近は何か、面白い映画やってるか?」
「どうかな……」
ページをパラパラとめくりつつ、私は彼にそう返す。
「クラスで映画の話をしたら少しはとっつきやすいかとも思ったんだけど、ピンとくるような映画がなくて……普通に本でも読んでいた方が、まだ趣味が合いそうな気はするけれど」
「そんなもんだろう。映画も本も一緒だ。観たり読んだりして、面白いと思えるかどうかだけだからな」
お弁当を手早く食べ終えた彼は、今度は私の買ってきた雑誌に目を傾けている。特に自宅でできる副業特集には、指を這わせて真剣に読み込んでいる程だ。
……肝心の自宅自体ないくせに。
「ホームレスでも副業なんてできるの?」
「むしろホームレスの方が、仕事しやすいこともあるよ」
しかし正直なところ、ホームレスの仕事といえば、空き缶拾いで生計を立てているイメージしか出てこない。そもそも、たとえ安価な肉体労働であったとしても、安いワンルームの家賃や最低限の食事位は賄えるはずだ。職場によっては社宅や寮も用意してもらえる。でなければ、その手の需要や供給なんて生まれるわけがない。
身体を壊したとかであればその限りではないだろうが、事情があって生活保護を受けられないか、彼みたいに後ろめたさがあるから働けないかのどちらかが原因で真っ当な仕事につけないからホームレスが生まれてくる。
なんてことを……私は勝手に考えていたりする。
「フリーランスとかだと作業環境にもよるが、ホームレスでも問題なく働けることも多いんだよ。まあ、大体は空き缶拾いが多いってのも事実だけどな」
「へぇ、そうなんだ……」
「おまけにいざという時、引っ越しの手間がないからな。住み込みの仕事があれば身一つで余計な手間を掛けずに入社、なんてこともザラにある。諸事情で部屋借りれない以外はまともな人間も結構いるし」
感心するものの、悪いけど私は多分、ホームレスになりたくないだろうな、と内心考えてしまう。
たしかに色々と楽かもしれないが、そこまで捨ててしまうとかえって選択肢が狭まらないだろうかと、不安になるからだ。
「まあ、普通に就職する気なら、止めといた方がいいのはたしかだけどな」
私がとっさに思い浮かぶようなことは、誰もが似たようなことを考えていてもおかしくはない。だから彼には、私が何を考えているのか、簡単に予想できているようだ。
「とはいえ、数の必要な工場労働とかだと、元ホームレスも結構混ざっているかもしれないな。『現状よりはまし』だと考えてさ」
「それはそうだけど……そうなる前にならない努力もできるんじゃないかな?」
「就職活動してみりゃ分かるよ」
そう言って彼は雑誌のページをめくり、次の記事に目を通す。
「先が見えないとな、人間の大半は目の前のゴールが正解だと思うことの方が多い。実際は自分で正しくしていくしかないんだが……そいつを理解する頃には完全に歳喰っちまってるから、どうしようもなくなるんだよ」
「そんなものなの?」
「成り行き任せに生きていくと必ずそうなる。断言してもいい」
そこは腐っても、元社会人らしい。妙な説得力がある。
「大半の一般人は普通に半端だからさ、『自分はそうならない』って軽く見ていることの方が多いんだよ。ガチで頭の切れる奴は本気度合いを魅せるなり起業するなりしてあっさり成功するし、逆に頭が回らない連中は元々追い込まれていることも多いから、肉体労働でも真剣に働いてなんだかんだ結果を出している」
お茶を飲んで一息吐いてから、彼は話を続けた。
「……そういう半端じゃない連中が社会を回しているから、この世界はまだまともなんだよ。半端な奴が運良くまともな仕事に就ける分にはいい。だが切っ掛け一つで堕落するのが人間だ。引き籠るか犯罪に走った瞬間、人生を半分捨てた『駄目な奴』が社会の重りになっていく。それがこの世界の心理だ」
「……半分?」
言葉の意味が分からず、私は思わず首を傾げてしまう。すると彼は、自分の発言がさすがに抽象的すぎたと考えたのか、言い方を変えてきた。
「要するに立ち直れるかどうかだよ。残された機会を活かしてやり直すか、それとも完全に捨てて『社会の害悪』になるか……まあ、結局は当人の問題だ。俺だって未だに自首の選択肢を残したままだしな」
「とか言いつつ、自首しないのは『もう半分』を捨てている様なものじゃないの?」
「それは言わないお約束。本当、いい金儲けの手段はないかな……っと」
再び雑誌に目を向ける彼に、私はふと、あることに思い至った。
「動画編集や『社会の害悪』とかで思い出したけど、海賊版とかあるじゃない。犯罪組織が資金集めにしているって話をよく聞くんだけど、あれって儲かるんじゃないの?」
「今はもう儲からないよ」
頭を浮かすことなく、彼はそう答えてきた。
「考えてもみろ。海賊版を作成する為のパソコンはともかく、コピー元のデータ取得に焼き付ける為のDVD-Rの購入だけでも、結構な元手になる。それに市販品のDVD-Rは普通の映画ソフト程容量が大きくないから、音声や画質を圧縮しないと保存できない。おまけに店にもよるが、大抵のレンタル屋では時期や在庫次第とはいえ、一枚百円で借りられる」
そこまで言われると、彼の伝えたいことが大体分かってくる。
「つまり……一枚百円以下じゃないと売れない、ってこと?」
「その上販路を用意した上で警察の目からも逃れなきゃならないんだ。なのに最近じゃあオンラインや定額レンタル、ストリーム配信まである。わざわざ海賊版を手に入れる理由なんて……もしかして、海賊版対策も普及させた理由の一つじゃないのか?」
「どうだろう……」
私の頭では、否定できる理由が思い浮かばない。
一人でも多くの利用者を増やして利益を上げようとする企業の営業努力だろうが、裏でそういう思惑が動いている可能性もたしかにある。少なくとも、その考え自体は間違っていないんじゃないかな……
「というわけで、いまさら海賊版売ろうなんて考える奴はいないよ。いても海外配信の無修正動画売るのが関の山じゃないか?」
「本当エッチな話が好きよね。男って……」
こればかりは呆れる他なかった。
売る方もそうだが、買う方も買う方だ。援助交際どころか風俗にすらいかず、性欲を違法動画で発散するなんて考え自体、ばかげているとしか思えない。
「男なんてそんなもんだよ。女だって、BLとか好きだろ?」
「あれは性欲とは別物。少なくとも私には恋愛ものの延長にしかみてないわよ」
「……男が掘り合っているのは?」
「いまいち」
これでも花の女子高生だ。インターネットでその手の動画も見たことはある。でも男同士の恋愛は尊く思えても、性交についてはどうもピンと来ないのよね。
「私が経験ないからかもしれないけど、何か気持ち悪いのよね……男女の性交もそんな感じなのかな?」
「そいつは完全に個人の話だ。俺の口からはなんとも言えないな」
とうとう彼は、雑誌を閉じた。
「ぅあ~っ…………」
うまく儲ける手段が見つからなかったのか、ベンチの背もたれに体重を乗せて、思い切り身体を伸ばしている。
「さあて……これからどうすっかな?」
「真面目にバイト先でも探したら?」
「指名手配犯のホームレス雇ってくれる職場なんてあるのかね……」
この男は本当、性格に難があるんじゃないかと思う。
私は盛大に溜息を吐いた。
事前に買い物をしてくることはしない。もし彼に会えば、買い出しを頼まれることもあるからだ。
あれから数回、私は彼との時間を過ごした。
別に特別なことをしているわけじゃない。とりとめのない話をすることもあれば、ベンチに並んで腰掛けたまま、日暮れまで読書をするだけで終わることもある。
とはいえ冬に近づこうとしているのだ。時期的に長居できるわけじゃない。けれども私にとっては待ち望んだ、ただ趣味に没頭したり仲の良い友達と遊んだりする、ささやかな時間だった。
(まあ相手は同じ学校のクラスメイトではなく、歳の離れたおじさんなのはいただけないけれどね……)
「はぁ……女の子と遊びに行きたい」
「女性同性愛者だっけ?」
「……友情的な意味で、よ」
いつものベンチに腰掛けながら、彼は何か作業をしていた。普段はラノベとかの本を手にしていることの方が多いが、今日は何故か小さなノートパソコンを起動させ、カタカタとキーボードを叩いている。
近づきながら思わず呟いた一言に反応されたので、私は溜息交じりに応えた。
「いじめがなくなったからって、すぐ友達ができるわけじゃないの。こっちも放課後はおしゃれなカフェで友達とお茶したいわよ」
「一人でもいけるだろ?」
「下手したらコーヒー一杯で五百円も持っていかれるのに? あまり浪費癖をつけたくないんだけど」
お小遣いを貰っている立場でバイトもしていない私にとって、自動販売機の缶コーヒーですら高額だと思う時があるのだ。実際、物語の登場人物だけでなく、チェーン店でたむろしている他の高校生達も、一体どうやってその代金を捻出しているんだろう?
……全員が真っ当にバイトをしているか、お金持ちの子息令嬢の類であればまだいいけれども。
「そりゃそうだ……じゃあ今日もおつかい行って来てくれ。小遣いやるから」
そう言って差し出されるのは数枚のお札。無論お小遣いを弾んでくれたからじゃない。私の電子マネーにお金を預ける為だ。本人曰くポイントチャージによる節約が目的で、資金洗浄ではないらしい。
『番号控えられた覚えはないから大丈夫だよ。口座の金も手配前に全額降ろしたしな』
とは事前に聞いているものの、ATMの中身なり監視カメラの記録なりから番号を把握されていたりしないのだろうかと、つい心配になってしまう。
とはいえその辺りの警察側の事情は詳しく知らないので、今のところ何も言えないんだけどね。
「何買って来ればいい?」
「唐揚げ弁当とお茶、あと雑誌」
「雑誌?」
漫画でも読みたいのかな?
ホームレスの癖に余裕があるなと考えていたら、彼はパソコンの画面から顔を上げて首を振った。
「いや副職とかマネー系の雑誌。余裕のあるうちに稼げる手段を見つけたいんだよ」
「……求人雑誌の方がいいんじゃないの?」
「いや……面倒臭いもとい警察に見つかったらどうする?」
……本当に性格に難がありそうね、この男は。
そしてコンビニで弁当等を購入してきた私は、ベンチに腰掛けてから彼の横に置いてあげた。なのに、何故かパソコンから目を離そうとしない。
「そういえば、さっきから何をしているの?」
「小遣い稼ぎ」
覗き込んでみると、何かの動画を編集しているのが分かった。どんな内容か見てみると、彼以外に偶に見かけるホームレスが料理している様子を撮影したもの、だと思う。
「パソコンの苦手なホームレスに代わって編集して、動画サイトに載せているんだよ。奴さんはそれで広告料稼いでいるわけ」
「それって、振込先とかもいるんじゃないの?」
「必要な物は全部、当の本人のやつ。家追い出されても、解約しなければ口座はそのまま残っているんだよ。さすがに住所不定だと怪しまれるだろうが、銀行側が気づかない限りはそのまま残っていることがわりと多くてな」
さすがに個人情報には配慮しているのか、編集中の画像に個人を特定できるものは見当たらない。
……そういえば、取り分はどうなっているのだろうか?
「それで、いくら儲けているの?」
「俺の方は編集作業一回で三千円。人気動画ならほっといても再生数が伸びて、その分広告料が入る。だから少し時間が経てば、向こうは簡単に元が取れるんだと」
「へぇ、そうなんだ……」
動画投稿の広告料で生計を立てる人がいるのはよく聞くけど、実際はそこまでの儲けにはならないと聞いたことがある。そもそも投稿者が多すぎて動画自体が埋もれることも多く、簡単に億万長者にはなれないとのことだ。
「まあ、それでも常連の視聴者がいるからこそ、確実な収益につながっているんだよ。料理系でホームレス、ってのも意外性があるのか、ウケがいいみたいだし」
「……なんでその人ホームレスやっているの?」
正直利益を出しているのならば部屋を追い出されることもなかっただろうに、何故住処を得ようとしなかったのかな?
「よくは知らんが、どっかの金融会社と揉めたんだと……よし、できた」
そして編集が終わったのか、彼は動画ファイルに保存してからノートパソコンを閉じる。
「後は動画を確認して、問題なければパソコンごと返して終わりだな」
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「最近は何か、面白い映画やってるか?」
「どうかな……」
ページをパラパラとめくりつつ、私は彼にそう返す。
「クラスで映画の話をしたら少しはとっつきやすいかとも思ったんだけど、ピンとくるような映画がなくて……普通に本でも読んでいた方が、まだ趣味が合いそうな気はするけれど」
「そんなもんだろう。映画も本も一緒だ。観たり読んだりして、面白いと思えるかどうかだけだからな」
お弁当を手早く食べ終えた彼は、今度は私の買ってきた雑誌に目を傾けている。特に自宅でできる副業特集には、指を這わせて真剣に読み込んでいる程だ。
……肝心の自宅自体ないくせに。
「ホームレスでも副業なんてできるの?」
「むしろホームレスの方が、仕事しやすいこともあるよ」
しかし正直なところ、ホームレスの仕事といえば、空き缶拾いで生計を立てているイメージしか出てこない。そもそも、たとえ安価な肉体労働であったとしても、安いワンルームの家賃や最低限の食事位は賄えるはずだ。職場によっては社宅や寮も用意してもらえる。でなければ、その手の需要や供給なんて生まれるわけがない。
身体を壊したとかであればその限りではないだろうが、事情があって生活保護を受けられないか、彼みたいに後ろめたさがあるから働けないかのどちらかが原因で真っ当な仕事につけないからホームレスが生まれてくる。
なんてことを……私は勝手に考えていたりする。
「フリーランスとかだと作業環境にもよるが、ホームレスでも問題なく働けることも多いんだよ。まあ、大体は空き缶拾いが多いってのも事実だけどな」
「へぇ、そうなんだ……」
「おまけにいざという時、引っ越しの手間がないからな。住み込みの仕事があれば身一つで余計な手間を掛けずに入社、なんてこともザラにある。諸事情で部屋借りれない以外はまともな人間も結構いるし」
感心するものの、悪いけど私は多分、ホームレスになりたくないだろうな、と内心考えてしまう。
たしかに色々と楽かもしれないが、そこまで捨ててしまうとかえって選択肢が狭まらないだろうかと、不安になるからだ。
「まあ、普通に就職する気なら、止めといた方がいいのはたしかだけどな」
私がとっさに思い浮かぶようなことは、誰もが似たようなことを考えていてもおかしくはない。だから彼には、私が何を考えているのか、簡単に予想できているようだ。
「とはいえ、数の必要な工場労働とかだと、元ホームレスも結構混ざっているかもしれないな。『現状よりはまし』だと考えてさ」
「それはそうだけど……そうなる前にならない努力もできるんじゃないかな?」
「就職活動してみりゃ分かるよ」
そう言って彼は雑誌のページをめくり、次の記事に目を通す。
「先が見えないとな、人間の大半は目の前のゴールが正解だと思うことの方が多い。実際は自分で正しくしていくしかないんだが……そいつを理解する頃には完全に歳喰っちまってるから、どうしようもなくなるんだよ」
「そんなものなの?」
「成り行き任せに生きていくと必ずそうなる。断言してもいい」
そこは腐っても、元社会人らしい。妙な説得力がある。
「大半の一般人は普通に半端だからさ、『自分はそうならない』って軽く見ていることの方が多いんだよ。ガチで頭の切れる奴は本気度合いを魅せるなり起業するなりしてあっさり成功するし、逆に頭が回らない連中は元々追い込まれていることも多いから、肉体労働でも真剣に働いてなんだかんだ結果を出している」
お茶を飲んで一息吐いてから、彼は話を続けた。
「……そういう半端じゃない連中が社会を回しているから、この世界はまだまともなんだよ。半端な奴が運良くまともな仕事に就ける分にはいい。だが切っ掛け一つで堕落するのが人間だ。引き籠るか犯罪に走った瞬間、人生を半分捨てた『駄目な奴』が社会の重りになっていく。それがこの世界の心理だ」
「……半分?」
言葉の意味が分からず、私は思わず首を傾げてしまう。すると彼は、自分の発言がさすがに抽象的すぎたと考えたのか、言い方を変えてきた。
「要するに立ち直れるかどうかだよ。残された機会を活かしてやり直すか、それとも完全に捨てて『社会の害悪』になるか……まあ、結局は当人の問題だ。俺だって未だに自首の選択肢を残したままだしな」
「とか言いつつ、自首しないのは『もう半分』を捨てている様なものじゃないの?」
「それは言わないお約束。本当、いい金儲けの手段はないかな……っと」
再び雑誌に目を向ける彼に、私はふと、あることに思い至った。
「動画編集や『社会の害悪』とかで思い出したけど、海賊版とかあるじゃない。犯罪組織が資金集めにしているって話をよく聞くんだけど、あれって儲かるんじゃないの?」
「今はもう儲からないよ」
頭を浮かすことなく、彼はそう答えてきた。
「考えてもみろ。海賊版を作成する為のパソコンはともかく、コピー元のデータ取得に焼き付ける為のDVD-Rの購入だけでも、結構な元手になる。それに市販品のDVD-Rは普通の映画ソフト程容量が大きくないから、音声や画質を圧縮しないと保存できない。おまけに店にもよるが、大抵のレンタル屋では時期や在庫次第とはいえ、一枚百円で借りられる」
そこまで言われると、彼の伝えたいことが大体分かってくる。
「つまり……一枚百円以下じゃないと売れない、ってこと?」
「その上販路を用意した上で警察の目からも逃れなきゃならないんだ。なのに最近じゃあオンラインや定額レンタル、ストリーム配信まである。わざわざ海賊版を手に入れる理由なんて……もしかして、海賊版対策も普及させた理由の一つじゃないのか?」
「どうだろう……」
私の頭では、否定できる理由が思い浮かばない。
一人でも多くの利用者を増やして利益を上げようとする企業の営業努力だろうが、裏でそういう思惑が動いている可能性もたしかにある。少なくとも、その考え自体は間違っていないんじゃないかな……
「というわけで、いまさら海賊版売ろうなんて考える奴はいないよ。いても海外配信の無修正動画売るのが関の山じゃないか?」
「本当エッチな話が好きよね。男って……」
こればかりは呆れる他なかった。
売る方もそうだが、買う方も買う方だ。援助交際どころか風俗にすらいかず、性欲を違法動画で発散するなんて考え自体、ばかげているとしか思えない。
「男なんてそんなもんだよ。女だって、BLとか好きだろ?」
「あれは性欲とは別物。少なくとも私には恋愛ものの延長にしかみてないわよ」
「……男が掘り合っているのは?」
「いまいち」
これでも花の女子高生だ。インターネットでその手の動画も見たことはある。でも男同士の恋愛は尊く思えても、性交についてはどうもピンと来ないのよね。
「私が経験ないからかもしれないけど、何か気持ち悪いのよね……男女の性交もそんな感じなのかな?」
「そいつは完全に個人の話だ。俺の口からはなんとも言えないな」
とうとう彼は、雑誌を閉じた。
「ぅあ~っ…………」
うまく儲ける手段が見つからなかったのか、ベンチの背もたれに体重を乗せて、思い切り身体を伸ばしている。
「さあて……これからどうすっかな?」
「真面目にバイト先でも探したら?」
「指名手配犯のホームレス雇ってくれる職場なんてあるのかね……」
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