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シリーズ001
001 ダイナー専属護衛募集中
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盗賊が増加した為、市場相場に影響が出始めている。
今でこそ治安の悪さからたまに食い逃げや強盗が押し掛けてくる程度だが、このままではその頻度も増加してくることは容易に想像がつく。
この町で生まれ育ったユキ達にも心得や備えはあれど、数が多くなればいずれ破綻が来る。なによりいちいち対処していたら、本来のダイナー業に支障が出てしまう。
……ただし、問題が二つ。
「お兄、給金とかどないするん?」
「それ以前に人がいないからな……」
そう、町に人気もなければ、店にそんなお金もないのだ。
こんな状態では募集をかけても雇うどころか、面接すら誰も来ない結果になりかねない。
「どうしたものかね……」
陽は頂点に上っている。
昼日中だが人気のないダイナーのテーブル席に腰掛けながら、ユキとカナタは今後どうするかを話し合っていた。また今朝みたいな食い逃げ騒ぎを防ぐ為にも、やはり専属の護衛はどうしても必要となってくる。
「またウチが罠仕掛けとく?」
「客引っ掛けた時点で懲りろ、お前は……」
カナタには悪戯好きと言うべきか、面倒な一面があり、よく適当な仕掛けをこさえては、周囲の人間(主にユキとフィル)が被害を被っている。今朝もフライパンを携えていたが、都合よく持っていたのではなく、何か悪戯に使えないかと金属ゴミから引っ張り出してきたものだったらしい。
「……まあ、これ以上考えていてもらちが明かないし」
ユキは立ち上がると、カナタにも立ち上がるように指を振った。
「午後は店を閉めて……墓参りに行くぞ」
転生した、ということは今世でもユキとカナタを生んだ親はいたことになる。
しかし、二人の両親はもういない。幼少時、『ヤズ』の首都に向かっている最中に盗賊に殺されたと人伝に聞いただけだ。幸いにも死体は帰ってきたが、とても酷い状態だったらしく、ユキ達がその最期を見ることなく埋葬された。
そして今日はその月命日。二人は欠かすことなく、墓参りを続けている。
「まあ、家残してくれてったし、ええ両親やったよな……前世の時と違って」
「あれはあれで仕方ないだろ」
花束と酒瓶を供えると、二人は軽く祈りを捧げた。
「伝統を後世に伝えていくのもまた、人間の義務だ。良くも悪くも、経験は経験だからな」
「……だからお兄、いつも損しとるねん」
「そう言いつつも、お前も付き合ってただろうが」
「破門されて、大阪の分家に放り出されるまではな」
悪戯好きが祟り、両親から勘当されていたのが前世のカナタだ。それが今世でも続いているのだから、もう筋金入りである。
「結局、家の方は取り壊しになってもうたのになぁ」
「……まあ、今世はいい両親だった。それでいいだろう、もう」
後頭部で腕を組んでいるカナタを諫めながら、軽く墓標の周囲を掃除するユキ。
しかし、そこで違和感に気づいた。
「……前に供えた酒瓶がない」
花束は雨風で飛ばされようとも、酒瓶に関しては一月程度で風化するわけがない。しかも中身が入っているので、自然と動き出すなんてことはあり得なかった。
「墓荒らしとか、罰当たりやなぁ……」
「……いや、待て」
瓶が置いてあった場所に穴が残っていた。雨風で土が舞わず、埋まらなかったのだろう。
「跡がある。この状態だと……まだ近くにいるんじゃないか?」
ここは墓場だが、墓標の数はそこまで多くない。だから周囲を見渡しても、二人以外に人影が見えない……はずだった。
「気配がする。これは……寝てるな」
実際ユキの言う通りで、両親の墓標の裏で誰かが寝そべっていた。視界に入らなかったので、今まで気づかなかったのだ。
その横には空の酒瓶が転がっているので、犯人に間違いないだろう。
「こんな間抜けな墓荒らしがおるなんてな……」
「どうしたものかね」
体格から見て男だろう。
黒ずんだ革のテンガロンハットを顔に載せ、後ろに組んだ腕を枕にして寝ている。ユキ達が近づいて話をしていても、いっこうに起きる気配がない。
「とりあえず……起こすか」
「そやな」
そして動くカナタの右手を、ユキは素早く掴んだ。
「……お前、今何しようとした?」
「やから、起こそうと……」
今カナタが持っている物を使えば、下手をすると起きるどころか永眠してしまう。だから慌てて止めたユキが口を開こうとした時だった。
「……火薬はないだろ、おい。どこで手に入れたそんなもん」
その言葉を発した口が、帽子に隠れているのはすぐに分かった。
カナタを庇う様にしてユキが間に入り、護身用に腰に差している小太刀の柄を握る。
「あんた……火薬を知っているのか?」
この世界には、魔法がある。
形態化された術式や魔法導具(刻んだ『魔法』を安定して『導』く器『具』)への応用等で、前世での科学技術に匹敵する発展を遂げてきたのがこの世界だ。それでも別世界からくる転移者やこの世界の科学者達により科学技術の発展は進み、大陸世界の西側ではすでに『銃』が生まれていると聞く。
だが、ここは大陸の南側にある田舎町だ。
カナタが隠し持っている火薬のことを知る者等、ほとんどいないはずだ。しかも、それをおそらく臭いだけで言い当てる程身近にいる人間なんて、少なくとも今まで、二人の近くにはいなかった。
「あんた……何者だ?」
「この酒供えてあった墓の下の奴等の知り合い。昔馴染み、って奴だ」
片手で帽子を持ち上げて身体を持ち上げた男は、初老に差し掛かった位の年齢に見えた。先程の話が本当であればユキ達の両親の知り合いなのだろうが、それよりも少し老けて見える。
「死んだ、って人伝に聞いていたからな……近くに来たんで墓参りに赴いてみれば、美味そうな酒が供えてあったんで、いただいてたんだよ」
「罰当たりなおっちゃんやなぁ……」
「代わりの物は供えるつもりだったさ」
被り直した帽子から手を放し、代わりに懐から取り出したのは蒸留酒用の小型水筒だった。しかしそれも古びているのか、表面には錆が浮いているのが分かる。
「昔、旦那の方から貰ったんだ。ぼちぼち寿命だから、美味い酒でも入れて供えとこうと思ってな」
「要するにゴミ捨てかいな」
「人から貰った物ってのはな、こうでもしないと捨てづらいんだよ」
スキットル片手に軽く伸びをした男は、そのまま立ち上がって墓標の前まで回り、静かにそれを置いた。
「いい奴等だったよ。互いに助け、助けられを繰り返した、ある意味戦友だ」
「そうなのか?」
ユキは男との話を続ける気のようだが、その手は小太刀の柄から離れていない。
「俺は、あんたの話は聞いたことがないんだが……」
「……お前等がちびっこい頃に死んだからな。まあそれ以前に、多分話さなかったと思うぞ?」
男は帽子を一度降ろし、軽く一礼してからユキ達の方へと振り返った。
「両親から、仕事のことは聞いたか?」
「……何も」
「じゃあ、俺のことは話さないだろう。なにせ仕事仲間だったんだからな」
ユキもカナタも、両親が何をして生計を立てていたのかは、子供だったということもあり、詳しくは聞かされていない。
分かっているのは、今はダイナーに改造した家を持っていたことと、定期的に町の外へ『出稼ぎ』に行っていたことくらいだ。
「両親の最期は、なんて聞いた?」
「……『ヤズ』の首都に向かっている最中、盗賊に殺された、と」
「盗賊、か。まあ、ある意味盗賊だよな……」
無精髭を指でなぞりながら、男は寝転がっていた場所に置いていた荷物を持って、背負い上げた。
「聞きたいなら教えてやるぞ、どうする?」
「じゃあ、一つ聞かせてぇな」
口を挟んだのは、今まで口を噤んでいたカナタだった。
「おっちゃん、名前は?」
「ああ、言ってなかったっけ? こっちはあいつ等から名前は聞いてたんだがな……」
男は肩を竦めてから、自分の名前を口にした。
「ブッチだ。ブッチ・バールテク、それが俺の名前だ」
今でこそ治安の悪さからたまに食い逃げや強盗が押し掛けてくる程度だが、このままではその頻度も増加してくることは容易に想像がつく。
この町で生まれ育ったユキ達にも心得や備えはあれど、数が多くなればいずれ破綻が来る。なによりいちいち対処していたら、本来のダイナー業に支障が出てしまう。
……ただし、問題が二つ。
「お兄、給金とかどないするん?」
「それ以前に人がいないからな……」
そう、町に人気もなければ、店にそんなお金もないのだ。
こんな状態では募集をかけても雇うどころか、面接すら誰も来ない結果になりかねない。
「どうしたものかね……」
陽は頂点に上っている。
昼日中だが人気のないダイナーのテーブル席に腰掛けながら、ユキとカナタは今後どうするかを話し合っていた。また今朝みたいな食い逃げ騒ぎを防ぐ為にも、やはり専属の護衛はどうしても必要となってくる。
「またウチが罠仕掛けとく?」
「客引っ掛けた時点で懲りろ、お前は……」
カナタには悪戯好きと言うべきか、面倒な一面があり、よく適当な仕掛けをこさえては、周囲の人間(主にユキとフィル)が被害を被っている。今朝もフライパンを携えていたが、都合よく持っていたのではなく、何か悪戯に使えないかと金属ゴミから引っ張り出してきたものだったらしい。
「……まあ、これ以上考えていてもらちが明かないし」
ユキは立ち上がると、カナタにも立ち上がるように指を振った。
「午後は店を閉めて……墓参りに行くぞ」
転生した、ということは今世でもユキとカナタを生んだ親はいたことになる。
しかし、二人の両親はもういない。幼少時、『ヤズ』の首都に向かっている最中に盗賊に殺されたと人伝に聞いただけだ。幸いにも死体は帰ってきたが、とても酷い状態だったらしく、ユキ達がその最期を見ることなく埋葬された。
そして今日はその月命日。二人は欠かすことなく、墓参りを続けている。
「まあ、家残してくれてったし、ええ両親やったよな……前世の時と違って」
「あれはあれで仕方ないだろ」
花束と酒瓶を供えると、二人は軽く祈りを捧げた。
「伝統を後世に伝えていくのもまた、人間の義務だ。良くも悪くも、経験は経験だからな」
「……だからお兄、いつも損しとるねん」
「そう言いつつも、お前も付き合ってただろうが」
「破門されて、大阪の分家に放り出されるまではな」
悪戯好きが祟り、両親から勘当されていたのが前世のカナタだ。それが今世でも続いているのだから、もう筋金入りである。
「結局、家の方は取り壊しになってもうたのになぁ」
「……まあ、今世はいい両親だった。それでいいだろう、もう」
後頭部で腕を組んでいるカナタを諫めながら、軽く墓標の周囲を掃除するユキ。
しかし、そこで違和感に気づいた。
「……前に供えた酒瓶がない」
花束は雨風で飛ばされようとも、酒瓶に関しては一月程度で風化するわけがない。しかも中身が入っているので、自然と動き出すなんてことはあり得なかった。
「墓荒らしとか、罰当たりやなぁ……」
「……いや、待て」
瓶が置いてあった場所に穴が残っていた。雨風で土が舞わず、埋まらなかったのだろう。
「跡がある。この状態だと……まだ近くにいるんじゃないか?」
ここは墓場だが、墓標の数はそこまで多くない。だから周囲を見渡しても、二人以外に人影が見えない……はずだった。
「気配がする。これは……寝てるな」
実際ユキの言う通りで、両親の墓標の裏で誰かが寝そべっていた。視界に入らなかったので、今まで気づかなかったのだ。
その横には空の酒瓶が転がっているので、犯人に間違いないだろう。
「こんな間抜けな墓荒らしがおるなんてな……」
「どうしたものかね」
体格から見て男だろう。
黒ずんだ革のテンガロンハットを顔に載せ、後ろに組んだ腕を枕にして寝ている。ユキ達が近づいて話をしていても、いっこうに起きる気配がない。
「とりあえず……起こすか」
「そやな」
そして動くカナタの右手を、ユキは素早く掴んだ。
「……お前、今何しようとした?」
「やから、起こそうと……」
今カナタが持っている物を使えば、下手をすると起きるどころか永眠してしまう。だから慌てて止めたユキが口を開こうとした時だった。
「……火薬はないだろ、おい。どこで手に入れたそんなもん」
その言葉を発した口が、帽子に隠れているのはすぐに分かった。
カナタを庇う様にしてユキが間に入り、護身用に腰に差している小太刀の柄を握る。
「あんた……火薬を知っているのか?」
この世界には、魔法がある。
形態化された術式や魔法導具(刻んだ『魔法』を安定して『導』く器『具』)への応用等で、前世での科学技術に匹敵する発展を遂げてきたのがこの世界だ。それでも別世界からくる転移者やこの世界の科学者達により科学技術の発展は進み、大陸世界の西側ではすでに『銃』が生まれていると聞く。
だが、ここは大陸の南側にある田舎町だ。
カナタが隠し持っている火薬のことを知る者等、ほとんどいないはずだ。しかも、それをおそらく臭いだけで言い当てる程身近にいる人間なんて、少なくとも今まで、二人の近くにはいなかった。
「あんた……何者だ?」
「この酒供えてあった墓の下の奴等の知り合い。昔馴染み、って奴だ」
片手で帽子を持ち上げて身体を持ち上げた男は、初老に差し掛かった位の年齢に見えた。先程の話が本当であればユキ達の両親の知り合いなのだろうが、それよりも少し老けて見える。
「死んだ、って人伝に聞いていたからな……近くに来たんで墓参りに赴いてみれば、美味そうな酒が供えてあったんで、いただいてたんだよ」
「罰当たりなおっちゃんやなぁ……」
「代わりの物は供えるつもりだったさ」
被り直した帽子から手を放し、代わりに懐から取り出したのは蒸留酒用の小型水筒だった。しかしそれも古びているのか、表面には錆が浮いているのが分かる。
「昔、旦那の方から貰ったんだ。ぼちぼち寿命だから、美味い酒でも入れて供えとこうと思ってな」
「要するにゴミ捨てかいな」
「人から貰った物ってのはな、こうでもしないと捨てづらいんだよ」
スキットル片手に軽く伸びをした男は、そのまま立ち上がって墓標の前まで回り、静かにそれを置いた。
「いい奴等だったよ。互いに助け、助けられを繰り返した、ある意味戦友だ」
「そうなのか?」
ユキは男との話を続ける気のようだが、その手は小太刀の柄から離れていない。
「俺は、あんたの話は聞いたことがないんだが……」
「……お前等がちびっこい頃に死んだからな。まあそれ以前に、多分話さなかったと思うぞ?」
男は帽子を一度降ろし、軽く一礼してからユキ達の方へと振り返った。
「両親から、仕事のことは聞いたか?」
「……何も」
「じゃあ、俺のことは話さないだろう。なにせ仕事仲間だったんだからな」
ユキもカナタも、両親が何をして生計を立てていたのかは、子供だったということもあり、詳しくは聞かされていない。
分かっているのは、今はダイナーに改造した家を持っていたことと、定期的に町の外へ『出稼ぎ』に行っていたことくらいだ。
「両親の最期は、なんて聞いた?」
「……『ヤズ』の首都に向かっている最中、盗賊に殺された、と」
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無精髭を指でなぞりながら、男は寝転がっていた場所に置いていた荷物を持って、背負い上げた。
「聞きたいなら教えてやるぞ、どうする?」
「じゃあ、一つ聞かせてぇな」
口を挟んだのは、今まで口を噤んでいたカナタだった。
「おっちゃん、名前は?」
「ああ、言ってなかったっけ? こっちはあいつ等から名前は聞いてたんだがな……」
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