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花びらの君に散るらしく
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滴るような闇の安らぎがリトを包んでいた。
闇はやがて夢と混じり合う。リトにとって、瞼はもう世界を隔てない。
闇の中に、小さな人影が見えた。
やせっぽちの手足で風を切って走る。それはリトだった。
花びらを集めて歩いた。
ユーリは木陰に座っていて、リトは萌え出して大きく天に向かって葉を広げた草をかき分け、花を探して歩く。
ぶんと耳の近くで羽音が唸り、リトは跳びすさる。その足下で茎が折れた花をリトはつまみ上げる。
濃い紫や青色の春の花を摘んで、リトはユーリの元に駆け戻る。
ユーリの金色の髪に、木漏れ日が踊る。彼の白い膝に、リトは花びらを散り敷く。
ひとひらひとひら花びらは重なって、白い膝の間を鮮やかに染めていく。
少年のくっきりとした膝が作る花だまりに、リトは手を突っ込んで、ぎゅうぎゅうと花びらを握る。
ほら、ユーリ、おいしいよ!
リトがユーリの口元に花団子を近づけると、ユーリの吐息に乗って花びらが一枚二枚舞う。
「そんなの、食べられなかったよね」
「リト? どうしたの?」
リトはユーリの膝の間に収まって、彼の太股に頭を乗せていた。
ユーリの肌はリトと同じように、しっとりと汗ばんでいる。情交の名残の色濃い肌は、まだ快楽の余韻に揺蕩っている。
「夢を見た……みたい。おかしいな、もう夢も真っ暗だったのに」
ユーリの手がリトの額にかかる髪をなで上げる。閉じた瞼に口づけが落ちてきて、リトは微笑する。
「ユーリは覚えてる? 小さい頃、リトに花びらのご飯を……ふふ、ままごとね。ユーリの口に花びらを押し込んで」
確か、彼は花びらを口にした。リトはユーリの口を押さえて、無理矢理飲み込ませたのだ。
「すごく嫌そうだったの。苦かったかな。ユーリがそんな顔をするのが珍しくて、調子に乗って」
その頃から体の小さかったリトの手を振り払おうとして、勢い余ったユーリの膝に残り貯まっていた花びらが、一斉に宙に舞い散った。
濃紫、水色、紺、確かそんな、青や紫ばかりの花びらが、ユーリの頭と言わず、肩と言わず、振り散った。
光は眩しく、世界は美しかった。空は高く澄んで、鳥が飛んでいた。虫が飛び回り、花々が咲き、緑は濃く茂っていた。
風を抱きしめる。森や小川の空気を吸い込む、触れる、味わう。
ユーリの笑顔が見えた。彼は笑っていた。楽しげに、声をあげて。花びらは彼の瞼を撫で、唇を撫で、また膝に落ちた。
あの頃のリトは、ユーリに自分の手に触れられる限りのものを贈り物にしていたように思う。
幼いリトにとって、ユーリが盲目であるということは、知ってはいても理解できることではなかったのか。
夏になれば、小川の水に浸されて冷えた丸くすべすべした石を拾い、秋になれば形のよい落ち葉を選び、冬になれば雪玉を握って、ユーリのところに運んだ。苦手な勉強も、ユーリに本を読むためだと思えば、真剣に取り組めた。
色を知らないユーリにリトを教えた。暖かいのが赤、冷たいのが青、葉は緑、魚の鱗の銀。見えないユーリは、どんな思いで、教えられていたのだろう。
頑是なく、そうやって繰り返せば、いつかユーリもリトと同じように物事を理解すると思い込んでいたのか。ともすれば、ユーリにリトの見えているものが、自分の世界が伝わると思っていたのかもしれない。
見えるリトと、見えないユーリの、世界の違いが認められなくて、自分の世界を必死でユーリに訴えていた。
その無神経な行為が、間接的にユーリの世界を否定していたのかもしれない。
ユーリはリトの行為を否定せず、受け入れ続けていた。リトは、ユーリに押し付けることばかりして、自分から彼の世界に寄り添おうとしなかった。
見えない世界は、決して見える世界に劣るものではなかったのに。
見えずとも、ユーリは感じていたはずだ。ユーリの存在のすべてで、世界の美しさを、リトと一緒に感じていたのに。
なぜなら、リトは、見えない今、ユーリの存在を最も懐かしく、憩わしく感じているのだから。
「……ユーリ、ありがとう……」
「急に、どうしたの」
「私、ずっと見ていたの。空とか、木とか花とか、ユーリを。見えなくなっても、それは無くなったわけじゃないんだね。ずっと私の中にあるんだね。ユーリがずっと、私の世界にいてくれたから」
「リト」
世界を感じることは、慈しむ行為に似ている。体を重ねるごとに、リトの鎧は砕けていく。肌に触れ、匂いを嗅ぎ、唇で刻み、深くつながって混じり合う。
見えなくても鮮明に、ユーリはそこにいた。
「……ユーリの世界にも、きっと私がいた」
リトの世界の中心に、ユーリがいた。ずっとずっと長いこと、思いが恋に変わっても。
「見えなくても、ちゃんとわかってるんだね。私よりも、ずっと、ちゃんとわかってたんだね」
リトは体を起こし、ユーリの顔があるはずの場所をのぞき込んだ。
もし、魂があるなら、この視線に、見えない視線に宿ればいい。
「ユーリ、ごめんね。ありがとう。やっとわかった。ずっと、ずっと、ユーリが好きだよ」
「……俺を、リトが」
「好きだよ」
「俺が、王子だから」
「王子でも、ユーリが好きだよ」
「俺が……見えないから」
「見えない、ユーリが好きだよ」
「……嘘だ」
「だから、次は私の番。もう何にもいらないよ。ユーリは私にたくさん大事なことを教えてくれたから」
「俺が、リトに何を教えて…何ができるって言うんだ!」
「たくさんくれたよ。見えるものも、見えないものも」
ふとしたときに触れる暖かさ、手から伝わる温もりや、言葉を交わすこと、ともに過ごす日々。
思い、心。
「ユーリは私を守ってくれたよ」
「……違う! 俺は、何も」
「ユーリはくれたよ、私に、あなたの心を。私が気づくより、ずっと前から」
「それはリトだ。俺はリトから全てを奪った。目を奪った。世界を奪った。体を、心を奪ったから、リトはそんなことを言うんだ!」
「あげるよ、全部」
リトにはユーリがどんな顔をしているかわからない。自分がどんな顔をしているかもわからない。
でも、きっとリトは今笑っているのだ。失って、奪われて、それでも、リトの中のユーリはあり続ける。
リトの世界は美しい。それは、見えても、見えなくても、ユーリがここにいてくれるからなのだ。
「でもね、もう一度、ユーリの顔が見られたら、どんなにいいだろう。
……好きだよ、ユーリ」
リトはユーリを抱きしめた。
「リトは、いつでも、俺を見つけてくれるんだね……見えなくても」
唇と唇を重ねる。指を腕を、肩を重ね、体を重ね、存在を重ねる。
余分な行為はひとつもなく、かといってそれで満ち足りるということもないのだ。
リトは視る。ユーリの体温を、鼓動を、吐息を。
欲望を受け取る。リトは吸収し、欲望は濾過され、ユーリに還る。
そうして彼女は少しずつ闇に解けていくのだ。
闇に浮かぶ人影。孤独と絶望の向こうに、リトは見つける。
彼女にとってかけがえのないもの。いつも探し出して、見つけ出す光。
もう時間は、流れているのか止まっているのかもわからない。
寝て、起きて、愛し合う、ただそれだけ。
ふいに、リトは、闇に飲まれてから、初めて自分とユーリ以外が立てる音を聞いた。
小鳥の鳴く声。
「ユーリ、鳥がいるの」
「俺には聞こえない。聞こえないんだよ、リト」
ぴりゅりゅ、ぴりゅ。
「ほら、また聞こえた」
さまよわせたリトの手を、ユーリが取る。ユーリの指は、リトの指にはまった指輪をぐるりと撫でた。
リトはそこに指輪があったことを思い出す。
これは何の指輪だったろう――誰のくれた――指輪だっただろう。
「潮時だね。――やっぱり、リトはリトなんだね。知ってる? リトはずっと、俺の希望だった」
「ユーリ?」
「お別れだよ、リト」
ユーリの男らしい体が震えている。
「泣いてるの?」
「リト……好きだよ。ずっと、リトが好きだった。だから、俺は見たんだ。リトの目も、鼻も、口も。ずっと、リトの顔が見たかった。リトは俺の前ではいつも無理してた。我慢してた。そうさせてる自分が悔しかった。見えないことが嫌だった。リトを苦しめる自分が嫌いだった。ずっと憎んでいた――そしてまた、俺はリトを苦しめる」
「ユーリ」
「たくさんリトをもらったから、もういいんだ。覚えたよ、リトの目の色。もうすぐ明ける空の色だね」
ユーリがリトから離れる。リトは彼を求めて手を伸ばした。
「ユーリ! どこにいるの!?」
「俺は闇になる。俺は願いを、欲望を叶えた。リト、お前は俺の騎士。忘れるな」
声が遠のいていく。ユーリが去ってしまう。
このまま離れれば、もう二度と会えなくなってしまう。
「いや、ユーリ……行かないで……誰か……」
リトの指にはまった指輪が仄かに熱を持つ。
誰か――味方が欲しいとき――。
「誰か……ユーリを止めて……」
止まっていた砂時計が砂を落とし始める。
ユーリ、王子、ユーリ王子。王子の騎士である自分、騎士リト。
襲撃者、蛇身の怪物、賢者―――。
金の指輪。
「……銀月さま!」
暗闇を裂いて一条の光が落ちてくる。
リトの元にまっすぐに落ちてきた光は、球形になる。高く澄んだ音を立てて光の卵が割れ、白く大きな翼が広がった。
その優美な白い鳥の姿が、リトには見えた。
翼の羽ばたきとともに、闇が霧散していく。
はばたきごとに、リトの世界が光を取り戻す。
「ユーリ……」
光が戻っても、ユーリの髪は黒いままだった。黒い瞳の、別人のように大人びた彼は、リトを一瞥すると、闇とともに消えた。
白い鳥が翼を大きく広げ、リトを包み込む。
「ユーリ! 行かないで!!」
忘れないで、リトだけが俺の騎士、俺の剣。
リトを包んだ光は一旦大きく広がると、急激にしぼみ、金剛石の輝きを放つと、空に飛び立った。
闇はやがて夢と混じり合う。リトにとって、瞼はもう世界を隔てない。
闇の中に、小さな人影が見えた。
やせっぽちの手足で風を切って走る。それはリトだった。
花びらを集めて歩いた。
ユーリは木陰に座っていて、リトは萌え出して大きく天に向かって葉を広げた草をかき分け、花を探して歩く。
ぶんと耳の近くで羽音が唸り、リトは跳びすさる。その足下で茎が折れた花をリトはつまみ上げる。
濃い紫や青色の春の花を摘んで、リトはユーリの元に駆け戻る。
ユーリの金色の髪に、木漏れ日が踊る。彼の白い膝に、リトは花びらを散り敷く。
ひとひらひとひら花びらは重なって、白い膝の間を鮮やかに染めていく。
少年のくっきりとした膝が作る花だまりに、リトは手を突っ込んで、ぎゅうぎゅうと花びらを握る。
ほら、ユーリ、おいしいよ!
リトがユーリの口元に花団子を近づけると、ユーリの吐息に乗って花びらが一枚二枚舞う。
「そんなの、食べられなかったよね」
「リト? どうしたの?」
リトはユーリの膝の間に収まって、彼の太股に頭を乗せていた。
ユーリの肌はリトと同じように、しっとりと汗ばんでいる。情交の名残の色濃い肌は、まだ快楽の余韻に揺蕩っている。
「夢を見た……みたい。おかしいな、もう夢も真っ暗だったのに」
ユーリの手がリトの額にかかる髪をなで上げる。閉じた瞼に口づけが落ちてきて、リトは微笑する。
「ユーリは覚えてる? 小さい頃、リトに花びらのご飯を……ふふ、ままごとね。ユーリの口に花びらを押し込んで」
確か、彼は花びらを口にした。リトはユーリの口を押さえて、無理矢理飲み込ませたのだ。
「すごく嫌そうだったの。苦かったかな。ユーリがそんな顔をするのが珍しくて、調子に乗って」
その頃から体の小さかったリトの手を振り払おうとして、勢い余ったユーリの膝に残り貯まっていた花びらが、一斉に宙に舞い散った。
濃紫、水色、紺、確かそんな、青や紫ばかりの花びらが、ユーリの頭と言わず、肩と言わず、振り散った。
光は眩しく、世界は美しかった。空は高く澄んで、鳥が飛んでいた。虫が飛び回り、花々が咲き、緑は濃く茂っていた。
風を抱きしめる。森や小川の空気を吸い込む、触れる、味わう。
ユーリの笑顔が見えた。彼は笑っていた。楽しげに、声をあげて。花びらは彼の瞼を撫で、唇を撫で、また膝に落ちた。
あの頃のリトは、ユーリに自分の手に触れられる限りのものを贈り物にしていたように思う。
幼いリトにとって、ユーリが盲目であるということは、知ってはいても理解できることではなかったのか。
夏になれば、小川の水に浸されて冷えた丸くすべすべした石を拾い、秋になれば形のよい落ち葉を選び、冬になれば雪玉を握って、ユーリのところに運んだ。苦手な勉強も、ユーリに本を読むためだと思えば、真剣に取り組めた。
色を知らないユーリにリトを教えた。暖かいのが赤、冷たいのが青、葉は緑、魚の鱗の銀。見えないユーリは、どんな思いで、教えられていたのだろう。
頑是なく、そうやって繰り返せば、いつかユーリもリトと同じように物事を理解すると思い込んでいたのか。ともすれば、ユーリにリトの見えているものが、自分の世界が伝わると思っていたのかもしれない。
見えるリトと、見えないユーリの、世界の違いが認められなくて、自分の世界を必死でユーリに訴えていた。
その無神経な行為が、間接的にユーリの世界を否定していたのかもしれない。
ユーリはリトの行為を否定せず、受け入れ続けていた。リトは、ユーリに押し付けることばかりして、自分から彼の世界に寄り添おうとしなかった。
見えない世界は、決して見える世界に劣るものではなかったのに。
見えずとも、ユーリは感じていたはずだ。ユーリの存在のすべてで、世界の美しさを、リトと一緒に感じていたのに。
なぜなら、リトは、見えない今、ユーリの存在を最も懐かしく、憩わしく感じているのだから。
「……ユーリ、ありがとう……」
「急に、どうしたの」
「私、ずっと見ていたの。空とか、木とか花とか、ユーリを。見えなくなっても、それは無くなったわけじゃないんだね。ずっと私の中にあるんだね。ユーリがずっと、私の世界にいてくれたから」
「リト」
世界を感じることは、慈しむ行為に似ている。体を重ねるごとに、リトの鎧は砕けていく。肌に触れ、匂いを嗅ぎ、唇で刻み、深くつながって混じり合う。
見えなくても鮮明に、ユーリはそこにいた。
「……ユーリの世界にも、きっと私がいた」
リトの世界の中心に、ユーリがいた。ずっとずっと長いこと、思いが恋に変わっても。
「見えなくても、ちゃんとわかってるんだね。私よりも、ずっと、ちゃんとわかってたんだね」
リトは体を起こし、ユーリの顔があるはずの場所をのぞき込んだ。
もし、魂があるなら、この視線に、見えない視線に宿ればいい。
「ユーリ、ごめんね。ありがとう。やっとわかった。ずっと、ずっと、ユーリが好きだよ」
「……俺を、リトが」
「好きだよ」
「俺が、王子だから」
「王子でも、ユーリが好きだよ」
「俺が……見えないから」
「見えない、ユーリが好きだよ」
「……嘘だ」
「だから、次は私の番。もう何にもいらないよ。ユーリは私にたくさん大事なことを教えてくれたから」
「俺が、リトに何を教えて…何ができるって言うんだ!」
「たくさんくれたよ。見えるものも、見えないものも」
ふとしたときに触れる暖かさ、手から伝わる温もりや、言葉を交わすこと、ともに過ごす日々。
思い、心。
「ユーリは私を守ってくれたよ」
「……違う! 俺は、何も」
「ユーリはくれたよ、私に、あなたの心を。私が気づくより、ずっと前から」
「それはリトだ。俺はリトから全てを奪った。目を奪った。世界を奪った。体を、心を奪ったから、リトはそんなことを言うんだ!」
「あげるよ、全部」
リトにはユーリがどんな顔をしているかわからない。自分がどんな顔をしているかもわからない。
でも、きっとリトは今笑っているのだ。失って、奪われて、それでも、リトの中のユーリはあり続ける。
リトの世界は美しい。それは、見えても、見えなくても、ユーリがここにいてくれるからなのだ。
「でもね、もう一度、ユーリの顔が見られたら、どんなにいいだろう。
……好きだよ、ユーリ」
リトはユーリを抱きしめた。
「リトは、いつでも、俺を見つけてくれるんだね……見えなくても」
唇と唇を重ねる。指を腕を、肩を重ね、体を重ね、存在を重ねる。
余分な行為はひとつもなく、かといってそれで満ち足りるということもないのだ。
リトは視る。ユーリの体温を、鼓動を、吐息を。
欲望を受け取る。リトは吸収し、欲望は濾過され、ユーリに還る。
そうして彼女は少しずつ闇に解けていくのだ。
闇に浮かぶ人影。孤独と絶望の向こうに、リトは見つける。
彼女にとってかけがえのないもの。いつも探し出して、見つけ出す光。
もう時間は、流れているのか止まっているのかもわからない。
寝て、起きて、愛し合う、ただそれだけ。
ふいに、リトは、闇に飲まれてから、初めて自分とユーリ以外が立てる音を聞いた。
小鳥の鳴く声。
「ユーリ、鳥がいるの」
「俺には聞こえない。聞こえないんだよ、リト」
ぴりゅりゅ、ぴりゅ。
「ほら、また聞こえた」
さまよわせたリトの手を、ユーリが取る。ユーリの指は、リトの指にはまった指輪をぐるりと撫でた。
リトはそこに指輪があったことを思い出す。
これは何の指輪だったろう――誰のくれた――指輪だっただろう。
「潮時だね。――やっぱり、リトはリトなんだね。知ってる? リトはずっと、俺の希望だった」
「ユーリ?」
「お別れだよ、リト」
ユーリの男らしい体が震えている。
「泣いてるの?」
「リト……好きだよ。ずっと、リトが好きだった。だから、俺は見たんだ。リトの目も、鼻も、口も。ずっと、リトの顔が見たかった。リトは俺の前ではいつも無理してた。我慢してた。そうさせてる自分が悔しかった。見えないことが嫌だった。リトを苦しめる自分が嫌いだった。ずっと憎んでいた――そしてまた、俺はリトを苦しめる」
「ユーリ」
「たくさんリトをもらったから、もういいんだ。覚えたよ、リトの目の色。もうすぐ明ける空の色だね」
ユーリがリトから離れる。リトは彼を求めて手を伸ばした。
「ユーリ! どこにいるの!?」
「俺は闇になる。俺は願いを、欲望を叶えた。リト、お前は俺の騎士。忘れるな」
声が遠のいていく。ユーリが去ってしまう。
このまま離れれば、もう二度と会えなくなってしまう。
「いや、ユーリ……行かないで……誰か……」
リトの指にはまった指輪が仄かに熱を持つ。
誰か――味方が欲しいとき――。
「誰か……ユーリを止めて……」
止まっていた砂時計が砂を落とし始める。
ユーリ、王子、ユーリ王子。王子の騎士である自分、騎士リト。
襲撃者、蛇身の怪物、賢者―――。
金の指輪。
「……銀月さま!」
暗闇を裂いて一条の光が落ちてくる。
リトの元にまっすぐに落ちてきた光は、球形になる。高く澄んだ音を立てて光の卵が割れ、白く大きな翼が広がった。
その優美な白い鳥の姿が、リトには見えた。
翼の羽ばたきとともに、闇が霧散していく。
はばたきごとに、リトの世界が光を取り戻す。
「ユーリ……」
光が戻っても、ユーリの髪は黒いままだった。黒い瞳の、別人のように大人びた彼は、リトを一瞥すると、闇とともに消えた。
白い鳥が翼を大きく広げ、リトを包み込む。
「ユーリ! 行かないで!!」
忘れないで、リトだけが俺の騎士、俺の剣。
リトを包んだ光は一旦大きく広がると、急激にしぼみ、金剛石の輝きを放つと、空に飛び立った。
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