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涙の数だけ
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生贄。
リナはその言葉を反芻した。それから、拘束されている、自分が名付けたばかりの、黒髪黒目のエルフに掴みかかった。制止しようとしたドラコスの手を振り払う。
スカーフェイスの騎士団長は、リナの思いがけない力強さに、一度振り払われた手を伸ばすのにたたらを踏む。
「……どういうこと!?」
膝をついていたラピスは捕縛の術にか、リナにのど元を掴み上げられたからか、僅かに眉を顰める。
「……どうもこうもなかろう……。傷ついた根は腐りゆくのみ。あの愚かな竜騎士王子は、その身に余る力を得た。そもそも竜騎士として持っていた力、更に、お前から授かった力……。世界樹にとどめを刺すはずだった力……それから、俺の力、そこにいる木偶達の、
おっと、子鹿のように震えながら俺に殺気を向けるのか。何もできず、仲間を失った烏合の衆。お前等の力もだ。
全ての力が、この忌々しい世界樹の根と最も近い場所から、俺が囓り取ってやった世界樹の根に注ぎ込まれ……火土風水、精霊の力、闇の力、竜の力、エルフの力、そして世界樹そのものから為る、原始の混沌の力……滅びの炎だ。
俺は、世界樹を滅びの松明としてやろうと思ったのだよ。
竜騎士王子は、竜と同化することで滅びの炎を身の内にため込んだ。幾らかも持つまい。人間のひ弱な身体は、もとより強大な力の器とはならん」
ラピスの饒舌さは、彼がエルフであることを如実に表していた。
エルフは謳うように語る。
「おそらく竜騎士王子は、腐りゆく根に、自分をすげ替えるだろう。奴自身が、世界樹を支える根となるのだ」
「……ばかっ!」
リナはラピスの胸元を掴んでいた手で、彼の頬を打った。
ぱちん、という音が、静寂の中に虚しく響く。
虹色に輝く美しい瞳に、みるみる涙が盛り上がる。
ひく、としゃくり上げて、リナは自分の顔を両手で覆い、しゃがみ込む。
「ばかは……っ、あたし……!」
――アンタ、ばかだな。
何度もサクヤに言われたことだ。ここに来てリナは、サクヤの指す「バカ」が、決して能力の低さという意味ではなかったことに気づいた。
リナは、いつも自分の周りにいる大切な人々の思いに、後になって気づく。
どれだけ、父母が兄が、古居 莉那を愛し、慈しんでくれたか。
失ってから、その思いがどれだけ、リナを支えていてくれたのか理解する。
フロリナの生は、リナを大切にしてくれる、愛してくれる人々の希望だ。
気づかない愚かさ、自分だけで精一杯になる愚かさ。
「ありがとうなんて……、ひどすぎるよ」
溢れ出た涙がリナの手のひらを濡らす。このまま手のひらの中に隠れていたい。それくらいリナは自分が悔しく、恥ずかしい。
『おーい』
ひく、とリナは喉を鳴らした。聞き慣れない声――女の声だ。
『ヘイ、そこの落ち込んでるガール、顔を上げてごらん』
リナは恐る恐る涙に濡れた顔を上げた。
仲間達の顔が見える。みな一様に、緊迫した様子で、リナを見守っていた。
「……いま、女の人の、声、した?」
ずびっと鼻をすすりあげながら、リナは側に跪いたリーナスに尋ねた。
「いいえ、しませんでしたが」
『ノンノン! こっち! こっちだよ~ん!』
リナはきょろきょろあたりを見回す。
「フロリナ、どうしました? とうとう気が狂」
「パーシモン! そなたは全く空気を読もうとせんな!」
眼鏡の魔術師と、見た目は少年、頭脳は老人の拳闘士にもこの声は聞こえていないようだ。
はた、とゾーイと目が合う。ゾーイは赤い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、
「超やばくないっスか? もう俺キャパ越えそうなんですけど-!」
と叫ぶ。
その拍子に、ゾーイが抱えていた竜の幼生がとてっと床に落ちる。
竜の幼生は、とてとてとてっとリナのもとまで歩いてくると、リナの膝にその鋭い爪の生えた小さな手を置いた。
『こっこでーす! こっここっこー!』
「んっ!?」
リナは再度あたりを見回す。それから竜の幼生に視線を戻す。
縦長の瞳孔がぷくっと太る。
「……まさか、きゅーちゃん……」
竜の幼生が口を開ける。ぞろぞろ並んだ白い牙の列。
『一度しかできないの。これは決まりだから。それが今だってことは、あなた引きがいいわ。これってラッキー! ここであなたがオッケーって言ってくれたら、あたし達ウィンウィンよ』
「……は?」
リナにしか聞こえない女の声は、立て板に水の勢いで続く。
竜の幼生はくねくねと尻尾をくねらせた。
『水が上から下へ流れるように、風がとどまることがないように、火が灰にするように、土が墓となるように、あなたと世界の理に忠実であることを誓うわ』
竜の幼生が、ぼうっと発光し始める。
「え……?」
『オッケー! って言ってくれる?』
「え……」
光は竜の幼生を中心に繭のようになって膨らんでいく。
『早く! ほら! はい、オッケーって言うの!』
リナは完全に相手の勢いに負けた。
「お、オッケー……?」
『イエス!』
(あれ、何かこれって、あの有名なファンタジー小説の名シーンのぱくりっぽく……)
光の繭が弾けた。
リナは混乱していた。ここ一時間の間に、彼女に起こったイベントのせいだ。
「リナ~? リナちゃ~ん、しっかりして~?」
特に、今、リナの肩を持って揺さぶっている人? のせい。
「あの、えーと……あなた、は」
竜の幼生が作った光の繭から出てきた彼女は、リナとほぼうり二つの顔をしていた。トップアイドルと、そのアイドルに似た学年で一番かわいい子くらいの差である。エルフの容貌の美しさは人形めいた対称性によるところが大きいから、リナからその精緻さを取り除いた感じだ。
決定的に違うのは、彼女の皮膚のところどころに竜の鱗のような模様が浮いていること。それから、瞳は緑色をしていて、その瞳孔が盾に伸びていること。
髪は銅色をして、つやつやと輝いている。これもリナとは好対照だ。
それから全裸だ。
「きゅーちゃんです! オ・ト・ナの女になったきゅーちゃん!」
「……きゅうりの」
「おっとー、商品名は出しちゃノンノン!」
「えっと、あのあたしの知ってるきゅーちゃんは、竜の幼生の……」
「そのきゅーちゃんです!」
「……えぇ……?」
「ちょっと! もっとテンション上げてこ!」
(なかなか無茶を言う……)
「とりあえず、服! 服着よう!」
焦ったリナに、リーナスが長衣を手渡す。
(オーリさま……)
こんな時、一番頼りになったひとは、今はいない。
リナはぐっと涙を堪えて、急いで服を着せかける。仲間達のうち、何人かは行儀良く視線を落とし、何人かは逆のことをして、それぞれが声を潜めて話し出す。
ざわめきが、リナの混乱しきった頭を撫でていく。
「お前……カロリナか……」
少女をガン見していたうちの一人、ラピスが呟いて、空気が変わった。
服を着終わった少女がラピスを振り返り、にっこりと微笑む。
「……気づくの遅くない? アリステアがサクヤという存在を産んだのなら、カロリナが何かの存在を産むとは考えなかった? アリステア、いいえ、ラピス」
少女はリナにも笑いかける。
「あたしは、竜のきゅーちゃん。リナが名付けてくれたでしょ、それがルールよ。カロリナは死んだわ。でもカロリナの思いは消えなかった。ちりぢりになったデータの幾らかは、竜の幼生に宿った。でも、その竜の幼生も、死んでしまうはずだった。
……リナが、助けてくれたのよ。世界樹《サーバー》と、あたしをつなげてくれたの。
あたしはサクヤと同じように、カロリナの記憶を持った新しい存在、きゅーちゃん。
竜と契約を結び、竜騎士は生まれる。リナ、あなたはあたしと、竜と契約したの」
リナは泣いて赤くなった目を大きくした。
「それって……!?」
「そ、オッケーしてくれたでしょ。今、この時より、リナ、あなたは竜騎士となる。
わかる? 耳を澄ましてみて、うんと遠くの音まで聞こえるはずよ。見ようと思えばどんな小さなものでも見れるはず。高く飛ぶことも、速く走ることも、魔法を使うことも。
竜騎士の力と、世界樹の恵み、条件はそう悪くない」
「条件……」
「オーランド王子、取り戻したいんじゃないの?」
きょとんとして首を傾げた自分と同じ顔を見て、リナはまた眸子に涙を浮かべた。
一度決壊した堤防は、やすやすと涙を溢れさせる。
「……うん……うん……」
「こら、あんまり泣くと、目が溶けちゃうぞ」
ぼろぼろと涙を流しながら頷くリナを、カロリナの思いは抱きしめる。
カロリナにとって、この国の民は全て、彼女の子供と同じ。かつて愛したアリステアとの、命を賭して守った我が子から連綿と受け継がれてきた命の煌めき。
「あたしが助けてあげる。ごめんね、うちのひねくれた旦那が意地悪ばっかりして。見た目はいいけど昔っから中身がひねくれてんだよね」
「誰のことだっ!」
間髪入れずラピスが突っ込みを入れる。
「あ、もと旦那だったわ」
「お前は……っ!」
リナの肩を抱く腕に力が入る。腕の持ち主は、何だか泣きそうな目で、不敵な笑いを浮かべていた。
「あなたはいつも人間のことを愚か愚かと言ってばかり。人間の強さを知ろうとも……信じようともしてくれなかったでしょ。
今度こそ、信じさせてあげるわ」
カロリナとアリステアの間柄がどんなものだったのか、伝え聞いていたのと、実際を見るのは大分違う。
アリステアはカロリナを失ったと思い込んで、その身が砕けるほど嘆き悲しんだはずだったが。リナは両親の夫婦げんかを見守るこどものように、ちらちらと二人の様子を窺う。ラピスは相変わらずむっつりした顔でぶつぶつ文句を言っている。
「まあ、何とかなるわよ、リナ」
「きゅーちゃん……カロリナは……あたし……の前々世……じゃないの?」
「全然前世じゃないわよ。だって、覚えてないでしょ。ルート違い」
サクヤのように、カロリナの思いも世界を越えて漂流したと見え、彼女はリナの事情も、古居 莉那の世界のこともよく知っていた。
従って、二人の会話は、他の者にとっては半分以上、内容の理解できないものになる。セッテイだとか、チートだとか、聞き慣れない単語が飛び交う。
しかし、そんな状況でも、二人は顔立ちはよく似ているが性格上は大分違うようだ、と誰もが感じていた。
ラピスはぶつぶつと毒づいている。ドラコスは状況を確認するために一旦、祈りの塔を出て行った。
パーシモンとルドルフは、オーランド王子奪還の作戦を立てている。
ゾーイは考えることを放棄して、厨房からくすねてきた材料で、サンドイッチを作り始めた。
「じゃあ、きゅーちゃんは……」
「リナはリナでも、あたしは旧リナ、あなたは新リナってところね」
「あなたきゅーりな……、あたしニューリナ……」
「そーそー!」
それを横で聞いていたリーナスは、ネーミングセンスに限っては、この二人はよく似ていると思った。それから、便宜上、もと竜の幼生きゅーちゃんを、カロリナと呼ぶことを提案した。これには、全員が賛同した。
リナはその言葉を反芻した。それから、拘束されている、自分が名付けたばかりの、黒髪黒目のエルフに掴みかかった。制止しようとしたドラコスの手を振り払う。
スカーフェイスの騎士団長は、リナの思いがけない力強さに、一度振り払われた手を伸ばすのにたたらを踏む。
「……どういうこと!?」
膝をついていたラピスは捕縛の術にか、リナにのど元を掴み上げられたからか、僅かに眉を顰める。
「……どうもこうもなかろう……。傷ついた根は腐りゆくのみ。あの愚かな竜騎士王子は、その身に余る力を得た。そもそも竜騎士として持っていた力、更に、お前から授かった力……。世界樹にとどめを刺すはずだった力……それから、俺の力、そこにいる木偶達の、
おっと、子鹿のように震えながら俺に殺気を向けるのか。何もできず、仲間を失った烏合の衆。お前等の力もだ。
全ての力が、この忌々しい世界樹の根と最も近い場所から、俺が囓り取ってやった世界樹の根に注ぎ込まれ……火土風水、精霊の力、闇の力、竜の力、エルフの力、そして世界樹そのものから為る、原始の混沌の力……滅びの炎だ。
俺は、世界樹を滅びの松明としてやろうと思ったのだよ。
竜騎士王子は、竜と同化することで滅びの炎を身の内にため込んだ。幾らかも持つまい。人間のひ弱な身体は、もとより強大な力の器とはならん」
ラピスの饒舌さは、彼がエルフであることを如実に表していた。
エルフは謳うように語る。
「おそらく竜騎士王子は、腐りゆく根に、自分をすげ替えるだろう。奴自身が、世界樹を支える根となるのだ」
「……ばかっ!」
リナはラピスの胸元を掴んでいた手で、彼の頬を打った。
ぱちん、という音が、静寂の中に虚しく響く。
虹色に輝く美しい瞳に、みるみる涙が盛り上がる。
ひく、としゃくり上げて、リナは自分の顔を両手で覆い、しゃがみ込む。
「ばかは……っ、あたし……!」
――アンタ、ばかだな。
何度もサクヤに言われたことだ。ここに来てリナは、サクヤの指す「バカ」が、決して能力の低さという意味ではなかったことに気づいた。
リナは、いつも自分の周りにいる大切な人々の思いに、後になって気づく。
どれだけ、父母が兄が、古居 莉那を愛し、慈しんでくれたか。
失ってから、その思いがどれだけ、リナを支えていてくれたのか理解する。
フロリナの生は、リナを大切にしてくれる、愛してくれる人々の希望だ。
気づかない愚かさ、自分だけで精一杯になる愚かさ。
「ありがとうなんて……、ひどすぎるよ」
溢れ出た涙がリナの手のひらを濡らす。このまま手のひらの中に隠れていたい。それくらいリナは自分が悔しく、恥ずかしい。
『おーい』
ひく、とリナは喉を鳴らした。聞き慣れない声――女の声だ。
『ヘイ、そこの落ち込んでるガール、顔を上げてごらん』
リナは恐る恐る涙に濡れた顔を上げた。
仲間達の顔が見える。みな一様に、緊迫した様子で、リナを見守っていた。
「……いま、女の人の、声、した?」
ずびっと鼻をすすりあげながら、リナは側に跪いたリーナスに尋ねた。
「いいえ、しませんでしたが」
『ノンノン! こっち! こっちだよ~ん!』
リナはきょろきょろあたりを見回す。
「フロリナ、どうしました? とうとう気が狂」
「パーシモン! そなたは全く空気を読もうとせんな!」
眼鏡の魔術師と、見た目は少年、頭脳は老人の拳闘士にもこの声は聞こえていないようだ。
はた、とゾーイと目が合う。ゾーイは赤い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、
「超やばくないっスか? もう俺キャパ越えそうなんですけど-!」
と叫ぶ。
その拍子に、ゾーイが抱えていた竜の幼生がとてっと床に落ちる。
竜の幼生は、とてとてとてっとリナのもとまで歩いてくると、リナの膝にその鋭い爪の生えた小さな手を置いた。
『こっこでーす! こっここっこー!』
「んっ!?」
リナは再度あたりを見回す。それから竜の幼生に視線を戻す。
縦長の瞳孔がぷくっと太る。
「……まさか、きゅーちゃん……」
竜の幼生が口を開ける。ぞろぞろ並んだ白い牙の列。
『一度しかできないの。これは決まりだから。それが今だってことは、あなた引きがいいわ。これってラッキー! ここであなたがオッケーって言ってくれたら、あたし達ウィンウィンよ』
「……は?」
リナにしか聞こえない女の声は、立て板に水の勢いで続く。
竜の幼生はくねくねと尻尾をくねらせた。
『水が上から下へ流れるように、風がとどまることがないように、火が灰にするように、土が墓となるように、あなたと世界の理に忠実であることを誓うわ』
竜の幼生が、ぼうっと発光し始める。
「え……?」
『オッケー! って言ってくれる?』
「え……」
光は竜の幼生を中心に繭のようになって膨らんでいく。
『早く! ほら! はい、オッケーって言うの!』
リナは完全に相手の勢いに負けた。
「お、オッケー……?」
『イエス!』
(あれ、何かこれって、あの有名なファンタジー小説の名シーンのぱくりっぽく……)
光の繭が弾けた。
リナは混乱していた。ここ一時間の間に、彼女に起こったイベントのせいだ。
「リナ~? リナちゃ~ん、しっかりして~?」
特に、今、リナの肩を持って揺さぶっている人? のせい。
「あの、えーと……あなた、は」
竜の幼生が作った光の繭から出てきた彼女は、リナとほぼうり二つの顔をしていた。トップアイドルと、そのアイドルに似た学年で一番かわいい子くらいの差である。エルフの容貌の美しさは人形めいた対称性によるところが大きいから、リナからその精緻さを取り除いた感じだ。
決定的に違うのは、彼女の皮膚のところどころに竜の鱗のような模様が浮いていること。それから、瞳は緑色をしていて、その瞳孔が盾に伸びていること。
髪は銅色をして、つやつやと輝いている。これもリナとは好対照だ。
それから全裸だ。
「きゅーちゃんです! オ・ト・ナの女になったきゅーちゃん!」
「……きゅうりの」
「おっとー、商品名は出しちゃノンノン!」
「えっと、あのあたしの知ってるきゅーちゃんは、竜の幼生の……」
「そのきゅーちゃんです!」
「……えぇ……?」
「ちょっと! もっとテンション上げてこ!」
(なかなか無茶を言う……)
「とりあえず、服! 服着よう!」
焦ったリナに、リーナスが長衣を手渡す。
(オーリさま……)
こんな時、一番頼りになったひとは、今はいない。
リナはぐっと涙を堪えて、急いで服を着せかける。仲間達のうち、何人かは行儀良く視線を落とし、何人かは逆のことをして、それぞれが声を潜めて話し出す。
ざわめきが、リナの混乱しきった頭を撫でていく。
「お前……カロリナか……」
少女をガン見していたうちの一人、ラピスが呟いて、空気が変わった。
服を着終わった少女がラピスを振り返り、にっこりと微笑む。
「……気づくの遅くない? アリステアがサクヤという存在を産んだのなら、カロリナが何かの存在を産むとは考えなかった? アリステア、いいえ、ラピス」
少女はリナにも笑いかける。
「あたしは、竜のきゅーちゃん。リナが名付けてくれたでしょ、それがルールよ。カロリナは死んだわ。でもカロリナの思いは消えなかった。ちりぢりになったデータの幾らかは、竜の幼生に宿った。でも、その竜の幼生も、死んでしまうはずだった。
……リナが、助けてくれたのよ。世界樹《サーバー》と、あたしをつなげてくれたの。
あたしはサクヤと同じように、カロリナの記憶を持った新しい存在、きゅーちゃん。
竜と契約を結び、竜騎士は生まれる。リナ、あなたはあたしと、竜と契約したの」
リナは泣いて赤くなった目を大きくした。
「それって……!?」
「そ、オッケーしてくれたでしょ。今、この時より、リナ、あなたは竜騎士となる。
わかる? 耳を澄ましてみて、うんと遠くの音まで聞こえるはずよ。見ようと思えばどんな小さなものでも見れるはず。高く飛ぶことも、速く走ることも、魔法を使うことも。
竜騎士の力と、世界樹の恵み、条件はそう悪くない」
「条件……」
「オーランド王子、取り戻したいんじゃないの?」
きょとんとして首を傾げた自分と同じ顔を見て、リナはまた眸子に涙を浮かべた。
一度決壊した堤防は、やすやすと涙を溢れさせる。
「……うん……うん……」
「こら、あんまり泣くと、目が溶けちゃうぞ」
ぼろぼろと涙を流しながら頷くリナを、カロリナの思いは抱きしめる。
カロリナにとって、この国の民は全て、彼女の子供と同じ。かつて愛したアリステアとの、命を賭して守った我が子から連綿と受け継がれてきた命の煌めき。
「あたしが助けてあげる。ごめんね、うちのひねくれた旦那が意地悪ばっかりして。見た目はいいけど昔っから中身がひねくれてんだよね」
「誰のことだっ!」
間髪入れずラピスが突っ込みを入れる。
「あ、もと旦那だったわ」
「お前は……っ!」
リナの肩を抱く腕に力が入る。腕の持ち主は、何だか泣きそうな目で、不敵な笑いを浮かべていた。
「あなたはいつも人間のことを愚か愚かと言ってばかり。人間の強さを知ろうとも……信じようともしてくれなかったでしょ。
今度こそ、信じさせてあげるわ」
カロリナとアリステアの間柄がどんなものだったのか、伝え聞いていたのと、実際を見るのは大分違う。
アリステアはカロリナを失ったと思い込んで、その身が砕けるほど嘆き悲しんだはずだったが。リナは両親の夫婦げんかを見守るこどものように、ちらちらと二人の様子を窺う。ラピスは相変わらずむっつりした顔でぶつぶつ文句を言っている。
「まあ、何とかなるわよ、リナ」
「きゅーちゃん……カロリナは……あたし……の前々世……じゃないの?」
「全然前世じゃないわよ。だって、覚えてないでしょ。ルート違い」
サクヤのように、カロリナの思いも世界を越えて漂流したと見え、彼女はリナの事情も、古居 莉那の世界のこともよく知っていた。
従って、二人の会話は、他の者にとっては半分以上、内容の理解できないものになる。セッテイだとか、チートだとか、聞き慣れない単語が飛び交う。
しかし、そんな状況でも、二人は顔立ちはよく似ているが性格上は大分違うようだ、と誰もが感じていた。
ラピスはぶつぶつと毒づいている。ドラコスは状況を確認するために一旦、祈りの塔を出て行った。
パーシモンとルドルフは、オーランド王子奪還の作戦を立てている。
ゾーイは考えることを放棄して、厨房からくすねてきた材料で、サンドイッチを作り始めた。
「じゃあ、きゅーちゃんは……」
「リナはリナでも、あたしは旧リナ、あなたは新リナってところね」
「あなたきゅーりな……、あたしニューリナ……」
「そーそー!」
それを横で聞いていたリーナスは、ネーミングセンスに限っては、この二人はよく似ていると思った。それから、便宜上、もと竜の幼生きゅーちゃんを、カロリナと呼ぶことを提案した。これには、全員が賛同した。
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