異世界転生したので黒歴史と戦います

千日紅

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かえして

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 リナが黒歴史ノートに書いたプロット(らしきもの)では、ありがちな魔方陣に向かって、それっぽい触腕つきの長髪イケメン(リーナスにあたる)が、いかにもなエロイムエッサイムをすると、魔方陣がぴかーっとして、ターミネーターのごとくフロリナがデデンデンデデンする……みたいな流れ……リナもうろ覚えだ。
 しかし、世界樹の世界に召喚されたのは、先祖返りのエルフの娘フロリナではなく、聖女のサクヤだった。
 サクヤの存在が消えて、リーナスからは召喚の記憶もなくなっている。 サクヤのいたはずの場所には、リナがすり替わっている。召喚されたのは、長い黒髪、制服のサクヤではなく、銀の髪に金の斑の、虹色の瞳のエルフ。
 辻褄の合わないこと、少しの違和感。

 ――宝玉の力を使ったのは、フロリナだったろうか。

 そうだったはずだ。

 ――旅の導き手として。

 あの、外見はともかく、中身はまるっきりその辺の娘と変わらなかったリナが、男達を束ねた。

 ――どうしてリナの瞳は若葉色なのか。

 虹色から若葉色へ、かつてのカロリナの瞳の色へ。

 リーナスはリナの訴えに、一番に耳を傾けてくれた。
 彼は召喚の当事者だったからかもしれない。
 オーランド王子と騎士団長ドラコスは、特にオーランド王子は、リナの思い違いではないかと言って、なかなか折れようとしなかった。

 これらの交渉は、リナの身体への負担を慮って、水鏡を通して行われた。

 燃えさかる焔の川の向こうに、サクヤは一人旅立ってしまった。
 それはおかしい、とリナは強く思う。

 リナの頭の中には、サクヤと離ればなれになった頃から、いつも誰かの声がこだましている。
 声は、とても懐かしく、少しイラッとくる。

『幸せになるんだよ』

 誰かを犠牲にして、幸せになるのはちょっと違うんじゃないか。
 そう言いたい相手が――サクヤがいない。
 だから、何はともあれ、サクヤを連れ戻して、言ってやりたいのだ。

(サクヤは、間違ってるんだから……)

 リナの知る限り、サクヤは聖女の役割を嫌がっていた。リナがそう思う理由は、サクヤがリナと二人きりになると、すぐに女装を解いていたことだ。
 きっと聖女だけではなく、何かの役割は、サクヤにとって負担になる。
 誰だってそうだ。自分の着たい服じゃないのに、着せられる服は着心地が悪い。
 サクヤは、自分の意志で、魔王の衣を纏った。けれどそれは、自分が好きで着る服じゃない。
 リナのために、我慢して、嫌いな服を着ているなら――最悪だ。

 何が最悪って、何も気づかないで、まんまとサクヤの思い通りになってしまった自分が最悪。
 サクヤに、犠牲になることを決意させたフロリナが、リナが、頼りない小娘で、妄想ばかりしてて、無能で、最悪なのだ。



 リナは、パーシモン、ルドルフと根源の間に詰めていた。
 リーナスを先触れにして、オーランド王子が根源の間に登場する。ドラコスと、ゾーイを従えていた。
 城門前の民衆達が散って、騒ぎが収まってから、ゾーイもまた、城を訪れたのだ。

「ゾーイ!」

 リナを見て、ゾーイが白い歯を見せて笑う。ゾーイの赤髪が、青白い光の中で沈みかけた太陽のように燃え立っていた。

「フロリナねーさん! ちはっす!!
 自分が最後っスか。兄さん達にはイケてるお土産、超沢山持ってきたんすけどー、フロリナねーさんにもいろいろありますよ!」

 ゾーイは快活に挨拶し、それから神妙な顔で、オーランド王子に礼を取った。

「どうした、ゾーイ」

「いや、あの、ほんとはここに来てすぐ言わなきゃだったんですけど、ちび達の学校のこと……何から何まで、ありがとうございます」

 オーランドは目元を和らげて、精悍な頬を緩めた。

「いや、当然のことだ。ゾーイの目と耳には、世話になってるからな」

 等価交換だ、とオーランド王子は気さくに答えた。
 リナは胸を押さえた。

(本当は、それだって、サクヤが言い出したことだったのに……)

 恨めしげなリナに、オーランド王子は、どう話しかけたらいいか考えあぐねているようだ。

(オーリさまは、サクヤのことをあたしの妄想だと思ってる。でも、サクヤはあたしの妄想なんかじゃないもの!
 この世界が、あたしの妄想だったとしても、サクヤだけは違う)

 ぽん、とリナの肩をルドルフが叩いた。
 ルドルフはリナよりも年上みたいな無邪気な顔をして、

「フロリナ、おぬしは、もうちょっと、男心に聡くなったほうがいいの。何なら儂が手取り足取り」

 パコーンとルドルフの白髪頭をパーシモンが脱いだ靴で叩く。

「おやめなさい、ミスターチャイルド。とっつぁん坊やが色気を出しても脂ぎったジジイくらいしか釣れませんよ!」

「わざわざ靴を脱ぐな!」

 リナは引きつり笑いをしながら、そっと彼らから離れる。
 ハノンとグリフォンは根源の間の外に立って、これから始まる儀式の番をしている。
 竜の幼生は、魔方陣の間をケンケンパで飛んで遊んでいる。
 魔方陣のチェックをするリーナスの横にしゃがみ込んだ。

「どうしました、リナ」
「……ううん」

 水鏡を保持していたのはリーナスである。彼は、私的な時間も割いて、リナの様子に気を配ってくれた。

(学校で言えば、保健の先生だよね)

 リーナスも、本当はサクヤのことを信じていない。でも、リナがかわいそうだから、リナの言うことを信じてくれている。

 みんな、リナには優しい。気遣われている。

(でも、何だかひとりぼっちみたい)

 数えるのも忘れてしまうくらい、サクヤが去ってから、リナはそう思っている。

 神殿の地下、根源の間には、フロリナ、神官リーナス、竜騎士オーランド王子、騎士団長であり土の加護を受けるドラコス、同じく火のゾーイ、それから水のパーシモン、風のルドルフが揃う。

 儀式は、月が空を駆け上るのを待って始まった。

 リナを除く全員が魔方陣を囲んで輪になって立つ。
 リーナスが両手を組んで、魔方陣に向かって跪いた。

「世界樹よ」

 呪文の詠唱が始まる。
 詠唱が進むにつれ、魔方陣の光が増す。青白い光は、極光の輝きとなっていく。

 リナは傍観者でしかなかった。
 リーナスの額に脂汗が浮き、肩が震える。
 負担はリーナスにだけかかっているのではなかった。
 立っていた仲間も、ひとりひとり膝をつく。
 祈りを捧げるためではなく、立っていることが辛くなっていったのが、表情から伝わってきた。
 それでも、オーランド王子だけは床を踏みしめて立っている。
 いくらか青ざめた顔に、両眼を険しく尖らせて、魔方陣を睨み付けている。その目がちらりとリナに向けられて、リナは慌てて顔を背けた。

(……オーリさま、何だか……)

 鬼気迫る――恐いくらい、そのせいだ――胸が――どきどきしたのは。

「世界樹よ、朝の国の神官リーナスが申し上げる。
 根を伸ばせ、
 水よ青く薫れ、
 風を緑にそよがせ、
 火は赤くほのめき、
 土は砦となり実りを蓄えよ。
 根を伸ばせ、
 世界樹よ、憂苦にある主の民を導き給え。
 世界樹の根の恵みに報い奉らんと、御身をひとえにお祈り奉る。
 与え賜え、憂苦の民に、御恵みを与え賜え。

 暗黒のとき来たれり。

 闇の魔手は、夜の腐れし縁を這い上がり、朝と夕を引き裂かんとす。
 白くささめく月を引き裂き、赤々と燃ゆる太陽を砕き散らさんとす。

 今こそ、主の民に救いを。救世の使徒を遣わせ賜え。

 右手に水、左手に風、足に土、頭に火を、それぞれ捧げ奉る。
 我が名はリーナス、世界樹の従順なる僕《しもべ》。

 救いを与え賜え。

 開け扉よ、光を照らし救世の力を持ちし世界樹の使徒を聘さん。ルクス・エテルナ・ルミネ・ノクティス!」

 光の洪水が起こった。

 光が、ありとあらゆる色が溢れている。
 リナは質量を持った光に、溺れそうになりながら、手を伸ばす。
 光の中心で、魔方陣が回っている。
 それは平面的な円から、立体になり、地球儀のようになって回った。
 地球儀が増える。
 合わせ鏡の間に生まれる、幾千、幾万の地球儀。
 数珠のように繋がって、大きく小さくなりながら、地球儀は回る。

 その中に、小さな黒いシミが生まれる。

 鮮やかな色、煌めく光、そこに生まれた黒い点は、みるみる大きくなる。

 リナは手を伸ばした。

(おねがい)

 古居 莉那は、都合のいい無宗教で、クリスマスはケーキを食べて、初詣には神社に行く。
 困った時に、「カミサマ」と言ってはみるものの、「神様」は知らない。

 だから、誰に願えばいいのかわからない。世界樹に? 誰に? 誰でもいい。

(サクヤを返して)

 リナの手が、そこに生まれた誰かの手を掴んだ。
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