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リナ、考える
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魔王討伐の仲間が全員集まって、のんびりできたのはほんの数日だった。
世界樹を越えて、中の国の上辺をかすめるようにして、一行は進んだ。
中の国では、世界樹を中心に森を挟んで、ドーナツのように国々が栄えていた。そのドーナツの輪の外から、夕べの川を目指すのである。
なぜドーナツの部分を避けたのか。それはふかふかの甘いドーナツに、黒く苦いアイシングがべったりと塗られたように、魔王軍の侵攻が進んでいたからである。
斥候として選ばれたのは、ドラコスとゾーイ、それからパーシモンとルドルフだった。彼らは中の国の国々の様子を見にいった。
パーシモンは転移の魔法が使えた。ルドルフはあんな少年のなりながらも、中身はじじいである。
「その辺の魔物やら幻獣やらを倒しながら武者修行しとったら、いつの間にかこんなに時間が経っとった。儂は強い奴と戦うのが好きじゃ。強い奴がおるところにはどこにでも行く。だから、この魔王盗賊の旅も、儂、わくわくすっぞ!」
リナはルドルフのキャラ設定にデジャブを覚えた。リナはどちらかというとM字ハゲの王子の方が好きであった。
中の国の幾つかは魔物達に食い荒らされた人間と、運悪く魔族に成りはてた人間の国になっていた。
彼らは、知性を持たないものですら、一様に明けの川を目指して進んでいるようだった、とドラコスが伝えた。
「やっぱ、あれっすかね。フロリナねーさんを目指して……あれ、でもフロリナねーさんは今ここですよね」
ゾーイも流石に斥候に出て帰ってくると気分が悪そうであった。彼は、上手に残された食料品などを手に入れてくることができた。
「それなんですよねぇ。もとから、魔王ってのも不思議な存在で、特に今まで中の国をどうしようとか、その為に魔物を統率しようとかいう気配がなくて、君臨すれども統治せずって感じだったんですよ。
指示系統も見たところしっかりしていませんし。知性のとっても高い魔物は、逆に侵攻に参加していないものもいます。所謂雑魚はむしろ何かに怯えるように、ひとを襲っています。黒い影にみんな急かされているようなものです」
魔王になったエルフのアリステア。
(あれかしら、ダークエルフってやつかしら……)
ライトエルフとか、ハーフエルフとか、ダークエルフとか。
リナが中二真っ盛りの時は、王道ももちろんいいのだけれど、そこからちょっと外れた異端の存在に心引かれたものだった。
隻眼に憧れたり、羽根がもげることに萌え狂ったり、完全なものよりも、欠けたもの。永久に戻らない、欠けた部分を探す苦しみを想像すると、もだえるように興奮した。
異端ゆえの孤高、孤高ゆえの強さ、強さ故の――異端。
莉那は魔王アリステアにきっと傾倒しただろう。闇堕ちしたエルフ、かっこいい、強そう、美形! 羽根!
(でも、今はちっともかっこいいと思えない……嘘です。かっこいいと思います。でも何かいやです)
莉那はそっと厨二病を封印し、それっぽい大学生になった。
就職してしばらく経った頃には、もうすっかり『大人』になっていた。
大人になると、子供の頃とは世界ががらりと変わっていたのだ、と先祖返りのエルフであるリナは思う。
レアなもの、特別なものに憧れた。それは夢の中で、きらきらと宝石のように輝いた。
けれど、本当の社会では違うのだ。
普通じゃないって、すごく大変。
ちょっと太ってるだけで、ちょっと変な服を着てるだけで、ちょっとマニアックな趣味をしてるだけで、「普通じゃ無い」って言われてしまう。
もし、現代の日本で、隻眼だったらどうなるだろう。眼帯がかっこいいどころじゃすまない。きっと、道を歩くだけでじろじろ見られる。
そもそも、隻眼では両眼視ができないから、机の上からコップを持ち上げる一つでも大変だ。腫れ物扱いされるだろう。それで、「かっこいい眼帯!」なんて言えるだろうか。
隻眼や盲目のキャラクターはよく出てくる。見えなくてももの凄い能力を発揮する。彼らは決して普通の雑魚キャラに負けたりしない。
迫害されても、決して負けたりしない。
いつもまわりの目が気になるお年頃の中二世代。
いじめられるのも、はみ出るのも恐かった。
だから、特別な存在に憧れた。
莉那はいわゆる雑魚キャラだ。厨二病を経て、大人になると、「普通」や「平凡」のありがたみがわかった。
普通に会社に行って、普通に家に帰って、普通に家族がいること。
特別な冒険はないが、普通な日々。
漫画や小説、アニメの中に夢を膨らませることと、地に足をつけた普通の生活の両方を生きることが、転生する前の莉那の人生だった。
『魔王の黒い花嫁』
ワードとしては非常に高まる。それでも、なりたいかと言われたら、一度大人になったことのあるリナはそのワードの耽美さの後ろにあるものに気づいている。
厨二病患者の特徴は、相手に共感的過ぎることだ。キャラクターの気持ちになって、道ばたでいきなり泣き出したりなんて、よくあること。
リナにもそれは備わっていて、「普通」を知った今も、帰らずの森で見た、彼の涙に、胸を痛めていた。
日一日と、仲間達の顔が引き締まっていく。特にオーランド王子あたりは、深く心を痛めているのがリナにも伝わった。
彼らの会話がふと耳に入ってくることがある。『あの街に生存者はいなかった』『食い合いをしていた』とか、『……を庇って』『断末魔』『皆殺し』とか。
彼らはリナには悲劇そのものを見せない。魔族との戦いも、決してリナには見せようとしなかった。
リナは、後衛のサクヤの腕の中でエルフ耳を塞いで戦いが終わるのを待たなければならなかった。
サクヤは聖女のくせに、リナに全てを決めさせたがる。
もし、リナが魔王を倒すのをやめたい、と言えばきっと願いを叶えてくれる。
(サクヤはひどい)
けれど、そう願うには、ドーナツみたいにふかふかで幸せな中の国の人々の生活は、ぺしゃんこに潰されていることをリナは知った。
世界樹を越えて、中の国の上辺をかすめるようにして、一行は進んだ。
中の国では、世界樹を中心に森を挟んで、ドーナツのように国々が栄えていた。そのドーナツの輪の外から、夕べの川を目指すのである。
なぜドーナツの部分を避けたのか。それはふかふかの甘いドーナツに、黒く苦いアイシングがべったりと塗られたように、魔王軍の侵攻が進んでいたからである。
斥候として選ばれたのは、ドラコスとゾーイ、それからパーシモンとルドルフだった。彼らは中の国の国々の様子を見にいった。
パーシモンは転移の魔法が使えた。ルドルフはあんな少年のなりながらも、中身はじじいである。
「その辺の魔物やら幻獣やらを倒しながら武者修行しとったら、いつの間にかこんなに時間が経っとった。儂は強い奴と戦うのが好きじゃ。強い奴がおるところにはどこにでも行く。だから、この魔王盗賊の旅も、儂、わくわくすっぞ!」
リナはルドルフのキャラ設定にデジャブを覚えた。リナはどちらかというとM字ハゲの王子の方が好きであった。
中の国の幾つかは魔物達に食い荒らされた人間と、運悪く魔族に成りはてた人間の国になっていた。
彼らは、知性を持たないものですら、一様に明けの川を目指して進んでいるようだった、とドラコスが伝えた。
「やっぱ、あれっすかね。フロリナねーさんを目指して……あれ、でもフロリナねーさんは今ここですよね」
ゾーイも流石に斥候に出て帰ってくると気分が悪そうであった。彼は、上手に残された食料品などを手に入れてくることができた。
「それなんですよねぇ。もとから、魔王ってのも不思議な存在で、特に今まで中の国をどうしようとか、その為に魔物を統率しようとかいう気配がなくて、君臨すれども統治せずって感じだったんですよ。
指示系統も見たところしっかりしていませんし。知性のとっても高い魔物は、逆に侵攻に参加していないものもいます。所謂雑魚はむしろ何かに怯えるように、ひとを襲っています。黒い影にみんな急かされているようなものです」
魔王になったエルフのアリステア。
(あれかしら、ダークエルフってやつかしら……)
ライトエルフとか、ハーフエルフとか、ダークエルフとか。
リナが中二真っ盛りの時は、王道ももちろんいいのだけれど、そこからちょっと外れた異端の存在に心引かれたものだった。
隻眼に憧れたり、羽根がもげることに萌え狂ったり、完全なものよりも、欠けたもの。永久に戻らない、欠けた部分を探す苦しみを想像すると、もだえるように興奮した。
異端ゆえの孤高、孤高ゆえの強さ、強さ故の――異端。
莉那は魔王アリステアにきっと傾倒しただろう。闇堕ちしたエルフ、かっこいい、強そう、美形! 羽根!
(でも、今はちっともかっこいいと思えない……嘘です。かっこいいと思います。でも何かいやです)
莉那はそっと厨二病を封印し、それっぽい大学生になった。
就職してしばらく経った頃には、もうすっかり『大人』になっていた。
大人になると、子供の頃とは世界ががらりと変わっていたのだ、と先祖返りのエルフであるリナは思う。
レアなもの、特別なものに憧れた。それは夢の中で、きらきらと宝石のように輝いた。
けれど、本当の社会では違うのだ。
普通じゃないって、すごく大変。
ちょっと太ってるだけで、ちょっと変な服を着てるだけで、ちょっとマニアックな趣味をしてるだけで、「普通じゃ無い」って言われてしまう。
もし、現代の日本で、隻眼だったらどうなるだろう。眼帯がかっこいいどころじゃすまない。きっと、道を歩くだけでじろじろ見られる。
そもそも、隻眼では両眼視ができないから、机の上からコップを持ち上げる一つでも大変だ。腫れ物扱いされるだろう。それで、「かっこいい眼帯!」なんて言えるだろうか。
隻眼や盲目のキャラクターはよく出てくる。見えなくてももの凄い能力を発揮する。彼らは決して普通の雑魚キャラに負けたりしない。
迫害されても、決して負けたりしない。
いつもまわりの目が気になるお年頃の中二世代。
いじめられるのも、はみ出るのも恐かった。
だから、特別な存在に憧れた。
莉那はいわゆる雑魚キャラだ。厨二病を経て、大人になると、「普通」や「平凡」のありがたみがわかった。
普通に会社に行って、普通に家に帰って、普通に家族がいること。
特別な冒険はないが、普通な日々。
漫画や小説、アニメの中に夢を膨らませることと、地に足をつけた普通の生活の両方を生きることが、転生する前の莉那の人生だった。
『魔王の黒い花嫁』
ワードとしては非常に高まる。それでも、なりたいかと言われたら、一度大人になったことのあるリナはそのワードの耽美さの後ろにあるものに気づいている。
厨二病患者の特徴は、相手に共感的過ぎることだ。キャラクターの気持ちになって、道ばたでいきなり泣き出したりなんて、よくあること。
リナにもそれは備わっていて、「普通」を知った今も、帰らずの森で見た、彼の涙に、胸を痛めていた。
日一日と、仲間達の顔が引き締まっていく。特にオーランド王子あたりは、深く心を痛めているのがリナにも伝わった。
彼らの会話がふと耳に入ってくることがある。『あの街に生存者はいなかった』『食い合いをしていた』とか、『……を庇って』『断末魔』『皆殺し』とか。
彼らはリナには悲劇そのものを見せない。魔族との戦いも、決してリナには見せようとしなかった。
リナは、後衛のサクヤの腕の中でエルフ耳を塞いで戦いが終わるのを待たなければならなかった。
サクヤは聖女のくせに、リナに全てを決めさせたがる。
もし、リナが魔王を倒すのをやめたい、と言えばきっと願いを叶えてくれる。
(サクヤはひどい)
けれど、そう願うには、ドーナツみたいにふかふかで幸せな中の国の人々の生活は、ぺしゃんこに潰されていることをリナは知った。
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