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リナ、今だけでいいから

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(何回目……)

 確かに数えていた気がするのに、とりとめもなくキスの記憶は散らばっていく。
 集め損ねたビー玉のよう、きらきら、輝きでリナを眩惑する。

「ふっ……」

 補給とサクヤが言うキスは、どんどん深まっていく。濡れた舌が二人の唇が繋がったところを、奇跡みたいに行き来する。
 自分のものではない舌が、口の中で動くことに困惑しきりだったのに、リナはその柔らかで熱い感触を受け入れつつある。

「んっ……!」

 上顎、口の中の天井をくすぐられて、リナは耳を忙しなく動かした。

(へん……っなの……。くすぐったい)

 リナは顎を掴んだサクヤの指に爪を立てる。引きはがそうとした指は、頼りなく彼の手の甲をひっかいた。

「んっ……ん……ん……」

 サクヤの指の力は強く、しっかりとリナの顎をとらえている。なのに、痛みはちっともない。
 その代わり、彼の舌はリナの口の中をくすぐってばかりいる。

「んぅっ……!」

 そろ、と本当に微かに、触れられたか触れられてないかくらいの強さでくすぐられて、リナは頭からつま先まで、電流が走ったように感じた。

「リナ」
「サク……ヤぁ……」

 やっと舌が出て行って、間近から二人は見つめ合う。リナの潤んだ若葉色の瞳と、漆黒のサクヤの目が、星々が瞬くように、信号を送り合う。

「……ほ、補給なら、もういい、でしょ」
「……アンタを愛してるよ」

 ちぐはぐな信号は、空に浮く星々が、本当は何千、何万光年と離れているのに似ている。

「そ、そういうのは、ずるい」

 リナは真っ赤な顔で、サクヤの剥き出しの肩を押す。やはりびくともしない。
 ポニーテールに凜々しく涼やかな顔立ち。切れ上がった眦は意志の強さそのまま。
 脱げかかったシャツと、スカートにハイソックス。

(みっともない格好だって、言ってやれればいいのに)

「あんまり、あの……ドキドキさせないで」

 リナが言うと、サクヤは神妙な顔になる。

「……ドキドキすんの? 何で」
「え、だって、あの、いきなり、ちゅ、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅーしたりとか、あ、あ、あ、あ、あ、ああああ、あいし、てる、とか」
「気持ちわりぃとか、困るとかじゃなくて?」
「う? え、気持ち、わる、い?」

 真っ赤な顔で耳を伏せたリナの顎には、サクヤの手が添えられたままだった。
 彼は瞼を伏せて、顔を傾ける。目を閉じればプラネタリウムに座っているみたい。星空のただ中に放り出されて、天も地も無く。
 今度のキスはすぐに離れていく。

「……気持ち、悪いか?」

 サクヤにしては気遣うように、ぶっきらぼうな問いは甘い。
 リナは耳を伏せきって、「ううん」と小さく呟いた。

「アンタがいない間……一日半か」
「そ、そんなに経ってたの!? だって、いいとこ半日も経ってないのに」
「ほんとは、片時だって、俺の側から離したくないんだ」
「……だ、だからっ、そ、そういうことは……あ、あたし、怒ってるんだから!」
「怒ってる?」
「サ、サクヤはあたしを守るって、言ったのに……あ、あたし、から離れちゃ、ダメなんだから……!」

 リナの頬の赤さは耳にまで伝染していた。人間とは違う、感情を素直に表す瞳。色と言うだけで無く、リナの瞳は確かに彼女の心を表現していた。
 本来、エルフは殆ど感情が揺らがない。耳をリナのように動かすことも、瞳の色を揺らめかせることもないのだ。
 空や湖のように、美しくとも、ただその時にその色を纏うだけで。

「俺がいなくても……みんなが、いただろ。お前の大好物の設定山盛りのイケメンが――ひとりじゃなかっただろ」
「……うん、でも、サクヤがいないと……さびしいよ……サクヤが、いて欲しいよ。か、肝心な、恐い時に、いっつも、サクヤ、いないんだもん……」

 星が瞬くのは、きっと誰かに伝えるためだ。星にひとりきり、取り残された誰かに、ここにいると伝えるため。
 リナの手が、おずおずとサクヤの背中に回される。
 サクヤはリナを抱き返す。彼女の髪をこすりつけるようにして、サクヤはリナの頬に、自分の頬を押し当てた。

「……あいつらが好きか?」
「好きだよ、みんないい人だもん。……パーシモンとルドルフはまだよくわかんないけど、悪い人じゃなさそうだし」
「そうか、ならいい」

 近くにいて、星。
 瞬きの間に消えないで。

「……サクヤは?」
「俺も、あいつらは悪くないと思ってるよ」
「そうじゃなくて、あたしが、サクヤを、好きとか、嫌いとか」
「……声、震わせて言うようなことか」
「……あたし……サクヤは、きらい」
「リナ」
「すぐ、嘘つくし、約束、守らないし……キス、するし。絶対、好きになってあげないんだから」
「嘘はついてないし、嫌いでもいい、リナ。アンタは誰を好きになってもいい。でも、俺はずっと誰よりも初めから、アンタを愛してる」

 リナを強い視線で射貫くサクヤに文句を言ってやりたい。思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけ、殴る蹴るして、爪を立ててひっかいて、ぎゃふんと言わせてやりたい。
 異世界から召喚されて、女子高生のなりをしている、口達者で、リナの黒歴史をあげつらって、意地悪で、いつも愛を語る言葉だけは熱烈な、名前のない星。

 また唇が塞がれる。閉じた瞼の裏で、星が幾つも流れていく。
 瞼を閉じた時に見えるただの残像だと言い切ることは難しい。こんな星ひとつにも、想像の翼をはためかせた。
 リナはいつも、曖昧で心酔わせる夢を見ていた。

「……魔王と結ばれる、黒い花嫁っていうのもあるぞ」
「……何それ」
「竜騎士の花嫁、これが王道だな。騎士団長の嫁も、昨今のはやりに乗ってる感じがある。
 神官も清らかなオーラ出しといて実はむっつりスケベでしたとかってティーンズラブっぽい流れで行けそうだし、盗賊と新たなる冒険の旅に出たって流れもいい。
 大魔道士はアレはアレで変態だから、触手プレイとかいろいろハジケられるんじゃないか。ショタじじぃも手ほどきするんだかされるんだか……どっちでもおいしいか」
「だから、何、言ってるのよ」
「逆ハーだろ? アンタが黒歴史紡ぎまくってたころには、そんな言葉も無かっただろうけど。
 逆ハーとかチートとか、ほにゃららデレとか。サーバー世界樹はアンタのために……、アンタが幸せになるために……」
「……サクヤ?」

 リナの肩にサクヤの重みがのし掛かる。

「……疲れた。眠るから、側に……」
「サクヤ! 起きて!」
「アンタは、ここにいて……ここに」

 どんどん力の抜けていくサクヤと、もつれ合うようにして即席のベッドに倒れ込む。

「サクヤ……」

 サクヤは目を閉じていて、気絶するように眠り込んでいた。
 彼の腕はリナに巻き付いて、剥がせない。

「これから、どうしたらいいのか、サクヤが教えてくれるんじゃないの……?」

 眠り込んだサクヤの顔には、確かに、疲労の影が濃かった。
 リナはサクヤのポニーテールに手を伸ばし、結んでいるゴムを外してやる。

「……ながっ! ちょんまげもできそう」

 紐ゴムをびょんびょん伸ばしながら、頬をつついたり、鼻を摘まんでみても、サクヤはすうすう寝息を立てている。
 そうなると、リナも気が抜けて、眠気に襲われる。

(なくしたら、困るもんね)

 長く黒い紐ゴムを、ぐるぐるサクヤの手首に巻いて、ついでに、自分の手首にも巻き付けて、リナも目を閉じた。
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